第131話 宇宙素材

 1月末頃、デリーで行われた水泳のアジア選手権で、オルカは400mと800mの他、1500m自由形でも世界新記録を出し優勝した。

 オルカは今まで400mと800mに出場していたけれど、今後は1500mにも出場するそうだ。


 高校生の公式大会では女子は800mしかない。しかし一般の大会に出れば1500mに出場が出来る。

 オルカは以前1500m自由形は大勢を周回遅れにして泳ぎ続ける事が寂しいから嫌いだと言っていた。初めてそれを聞いた時は群れで泳ぎたい水生生物みたいな事を言うなと思ったものだ。

 同世代にオルカのライバルになれる長距離選手でもいればオルカは違ったのだろうけれど、オルカのライバルになれる国内選手は3歳以上年上で、小学校と中学校の時は800m自由形でも大会に出るたびに独走し周回遅れにしていたらしい。

 けれどオルカは日本一の選手になり国際大会を目標とするようになった事で、国内最高峰の大会と世界的な大会にだけ出場するようになっていた。そのおかげで、大勢を周回遅れにする事が無くなり1500m自由形の試合でも楽しく泳げるようになった事で出場しようと決めたらしい。。


 俺は1月中旬頃に受けた共通一次試験を終えていた。自己採点結果により問題無く足切りより上の点数が取れていたので。予定通り志望校の理科Ⅰ類の二次試験の願書を提出した。前期日程が2月末頃、後期日程が3月中旬にあるので最後の追い込みを行っている。


 予備校が主催をする模試も受けているがB判定が続いている。俺の中では手ごたえを感じた時でもA判定は取れないようだ。理科Ⅰ類より偏差値の高い理科Ⅲ類でもA判定以外出した事が無いと言うカオリの頭は一体どうなっているのだろうか。


「お兄ちゃん、結果どうだった?」

「またB判定だよ、手ごたえあったんだけどなぁ・・・・」

「1番頭のいい学校なんだから充分すごいよ」

「B判定は合格率65%以上らしいからなんか高くない気がするんだよ」

「前期と後期の2回あるんだしどっちか通るでしょ」

「そんな簡単なもんじゃないと思うけど・・・」


 ユイは俺の気を楽にしようとしてくれているんだと思う、けれど2回しかチャンスが無いというのに65%というのは安心できない。今回の模試で合格率80%以上と評価されるA判定が出ても、1回出ただけだと思い安心出来たりはしないのだけど、1回はA判定出して努力が形となった事を証明したかったと思っていたので残念に思っていた。


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 2月の頭、駿河県にある私立の大学を受験した。共通一次試験の結果と数学と物理の筆記試験で合否が出る。 そこは地震や津波に関して研究している地球物理学科があって、もし志望校に合格しても教えを請いたいと思っている教授がいる所だ。

 偏差値はそこまで高くなく、模試でもずっとA判定が出続けていたので不合格になる心配はしていない。


 試験のあと、その大学が所有する自然史博物館に寄った。そこは俺が駿河県に住んでいた頃、小学校の社会科見学で来た所でもある場所でもあった。

 その自然史博物館は巨大な水槽がある水族館がとても有名だった。けれど俺の目的はそこではなく屋外ある津波の事をわかりやすく説明してくれる装置達だった。

 同じ高さの波でも、地震の波と、通常の海の波では違う事を目視させる装置があったり、ジオラマにその波をぶつけて沿岸地域がどういった事が起きるか、実際に見せてくれるのだ。


 前世では東日本大震災の映像が多く撮られた事で、多くの日本人が津波の脅威を知る事になったが、それまでは他人事のように感じていた人が殆どだった。東南アジアの方で大きな地震津波が発生し、その映像がテレビで流されていたのに、自身に起きかねない事だと危機感を持たなかったのだ。


 しかし海岸に住んでいた多くの人がこの装置を見ていて津波の恐ろしさを知っていたら、当事者意識を持つことができ、波に飲まれて助からなかった多くの人が、早めに避難していたのではと思っていた。

 実際に俺が地震学者を目指そうと思った時に、真っ先に思い浮かんだのがこの装置の事だった。


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「自分の家だと思ってゆっくりしてね」

「ありがとう」


 2月も中旬に入り、俺は京都の大学を受験するために、オルカが拠点にしているマンスリーマンションに来ていた。


「これで仮住まいなのか?すごい立派な所じゃないか」

「事務所の近くでセキュリティが高い所って選んだらここが一番だったんだよ、拘らなければ会社の独身寮があるけどね」


 携帯電話のメールで送られて来た写真で見てはいたけど、写真が荒くて小さいので良く分からなかったけど、実際にみると広くて綺麗な部屋だった。


「独身寮ならセキュリティがしっかりしてるんじゃないか?」

「狭いしプールが遠かったんだよ」

「何でプールは遠いんだ?」

「独身寮は会社のオフィスの近くにあるんだけど、実業団が契約しているプールは結構遠いんだよ、体育館やグラウンドは近いんだけどね・・・」

「なるほど・・・」


 実業団といったってスポンサーになってる親会社には本業があるんだもんな。


「それに・・・タカシがこっちに来たら一緒に住む所を探すでしょ?」

「そ・・・そうだな・・・」


 俺が大学に入ったら、それに合わせて事務所や住居を移動するつもりらしく、全て仮の状態にしてあると言っていた。照れくさい話題であるからか、日焼けがかなり落ちてしまっていたので、オルカが赤面しているのがハッキリわかった。俺も顔が熱いのでそうなっているだろう。


「そ・・・そういえばジェーンの会社が提供してくれた水着素材って凄いね、タイムがすごくあがったよ」


 オルカは照れ隠しに話題を変える事にしたらしい。


「ジェーンの会社じゃなくて、ジェーンのお父さんがいる会社な」

「そうそれそれ」


 スミスのダミーにしている会社が所有する日本の子会社で、外からの撥水性と内からの透水性と伸縮性と水の抵抗の軽減性の全て適っているという素材が開発され、それをオルカモデルの水着用素材としてオルカの所属する実業団の親会社に提供していた。

 特にオルカ専用として提供した素材は、一般販売品として提供した素材よりグレードが高いものらしく、地球の技術では30年ほど作れないらしい。スミスの憑依体が言うには、無重力下でアモルファス化して得られるようになる素材が必要で、現在ではスミス達お手製のものが提供されたそうだ。

 オルカ曰く恐ろしいほど体にフィットしていて、泳いでいる時何も引っ張られる感覚が無いため裸じゃ無いかと錯覚するらしい。

 スミスが言うには、力が平均的に分散しているだけで、胸や尻などの水の抵抗となる凹凸部分は締め付けているらしい。

 アモルファス化した素材は、繰り返し使用しても劣化が起きにくくなる部分だけらしく、一般販売品素材でも使い捨てで使うなら同じ状態の性能になるそうだ。


『地球にある素材と技術では作っています。ただそこまで水着に向いた精度で作るのは約29年と5ヶ月後に発表される技術が必要なだけです』


 スミスの憑依体によると製造法は特許で雁字搦めにしてあるらしく、類似商品を作ること自体が困難にされているらしい。

 そういう権利関係が緩い国もあるけれど、オルカモデル用として提供した素材は、かなり高い技術と設備投資が必要らしく早々真似できないらしい。


「受験の会場の送り迎えは事務所の人が車を出してくれるから安心してね」

「助かるよ」

「テーブルと椅子は私は使わないから、自由に使って良いからね」

「ありがとう」


 3日後に実施される二次試験まで、教材を再読して抜けが無いか確認して過ごす事にした。


---


 会場の送り迎えはオルカの事務所のスタッフがしてくれた。オルカも同乗したけど、そのまま練習に行くらしく手を振って別れた。

 試験会場は何カ所かの校舎に別れていたけれど、以前下見をしていたので迷うことなく到着できた。開始1時間前に到着したけれど結構混みあっていたので、会場の位置も曖昧な状態でギリギリ到着していたら、開始時間に間に合わなかったかもなと思った。


 カオリや真田は別の会場のようで開始時間の5分前に見渡したけれど見かけなかった。特に会場で慣れ合うような事ではないと思い連絡は取り合っていなかったけど、顔を見ないと遅刻しているのではないかと心配になってしまって心拍数があがった。

 他人の心配を出来るほど余裕は無いし、心を乱している場合でも無いので、心を落ち着かせるため、何度か深呼吸をして受験にのぞむ事になった。


 受験が終わり会場を出たあとオルカに電話をかけて迎えを頼んだあと電話を切ったら、いつの間にか真田が俺を見つけて寄ってきていたようで声をかけてきた。


「梶原君お疲れ様、人が多いから待ち合わせが大変そうだけど、梶原君は身長高いから目立つね」

「真田もお疲れ様」


 真田は身長が低いからこういう人が多い場所では埋もれてしまって目立たない。俺も真田の方から声をかけられ無ければ気が付かなかっただろう。


「会場で見かけなかったけど、どこの教室だったんだ?」

「教養棟1階の大講義室だったよ」

「同じ学校だからって会場が近い訳では無いんだな」

「願書の到着順とかじゃない?」

「なるほど・・・」


 高校受験は同じ中学校同士が固まってたから何となく近いのではと思っていた。


「出来はどんな感じだ?」

「手応えは感じたよ。ミスが無いことを祈る感じだね。そっちはどう?」

「俺は真田ほど頭の出来が良く無いからな。手応えを感じたが自己採点してみるまで安心できないな」

「そっかぁ・・・」


 俺としては予想していたよりも解けている気がしている。けれどそれは他の受験生もそう思っているかもしれない。俺はB判定というボーダーライン上にいるので、自己採点の結果と合格ラインの予想を比較し、ちゃんと上回っていることを確認するまでは安心できない。


「真田はそのまま帰るのか?」

「ううん、姉さんと合流したあと不動産屋に行くよ」

「それは気が早くないか?」

「いい物件は埋まるのが早いみたいだからね、姉さんか僕のどちらかは受かるだろうし、無駄にならないよ」

「そうなのか?」

「うん」


 1人用と2人用の物件は違うような気がするけど、夫婦みたいな姉弟だし部屋が手狭でも問題が無いって事なのか?

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