第130話 クイッ
親父と義父の実家がある集落の駅で降りて改札を出ると、村人総出じゃないかというようなお出迎えがあった。オルカを連れて来ることが伝わっていたようで、「オラが村に世界一の嫁っ子がやってきた!」的なイベントになってしまったようだ。
自治会長による花束贈呈と記念写真撮影とサイン会まであって疲れたけれど、祖父母がとても喜んでいたので、孝行が出来たといえるのかもしれない。
お袋とユイの母親の実家も似たようなお出迎えイベントがあった事もあり、例年に比べて恐ろしく疲れる帰省だった。一番周囲に群がられていたオルカが一番疲れていると思ったけれど、こういう事に慣れ始めているのか、結構元気だった。
帰省から帰った1月4日、例年と同じく親分に挨拶に行った。お互い名門家の当主同士となっているので、奥の間に通されて気軽な感じではなく堅苦しい挨拶を行った。そのため疲れが顔に出てしまったらしく親分に指摘される事になった。
「それはお疲れな事だ、でも良い田舎じゃないか」
「確かにその通りですね」
「足元を疎かにすれば掬われるが、足元を大事にすれば救ってくれる事もある。そういう縁は大切にするんだぞ」
「はい」
「掬う」と「救う」と同じ読みだったため、条件反射的に返事をしたあと少し頭が混乱してしまった。親分もそれに気が付いたようで一瞬顔を歪めたあとツボに入ったらしく豪快に笑い出した。
「がはははっ! 今年の初笑いは坊かっ!」
「えっ?・・・俺が笑わせたんですか?」
親分の自爆による笑いな気もするけど、親分にとっては俺に笑わされた事になるらしい。
「儂もこういう立場だからな、配下や縁者が集まる場では厳めしい態度をするのが癖になっておる。そのせいで初笑いは遅くなるものだ」
「色々大変なんですね・・・」
「あぁ、でもこんな事が初笑いになるのは何年振りか」
「初笑いを覚えているのですか?」
「儂のジンクスでな、今まで下らない事で笑った年ほど良い一年なんだ」
「という事は?」
「今年は良い一年になるぞ!」
親分は俺から見ても分かるぐらい機嫌が良くなっていた。そんなに喜ぶなら毎年下らない事で親分を笑わせたいけれど、親分の笑いのツボは良く分からないし、見せてくれるようなものでもなさそうなので、難しいかもなと思った。
親分の家から帰ると、ユイとオルカは俺の部屋の壁に飾られていた去年作った連凧を河川敷に上げにいっていた。俺も河川敷に行きたい衝動にかられたけれど、受験の追い込みをしないとと考え家で過ごした。
オルカはその翌日から2日間駄菓子屋の手伝いをしていたけれど、月末のアジア大会のために追い込みをかけなければならないと言って京都に戻っていった。実業団が契約している室内の長水路プールがあるので、こっちにいるより大会の環境と近い練習が出来るそうだ。電車はかなり混みあっているようだけど、グリーン車のチケットを押さえているらしく、問題無く帰れるそうだ。
3学期は学校へ来る人は減っていた。学校としての授業のカリキュラムは続いているけど、期末試験が無いため成績は2学期までの成績で付けると言われていた。
受験の為に出席出来ない生徒が増えて来るため、2学期と違い、3学期は申請せず休んでも全て出席扱いにすると言われていた。だから自身の都合に合わせて通学して来ない生徒が多くなっていた。
ただ不用意な旅行などをして事故に合う事は問題になるので、卒業旅行は卒業式のあとにするよう言われていた。
既に推薦を貰い進路が決まった生徒などは運転免許を取るため教習所に行ったり、バイトで大学で遊ぶお金を貯めていた。
共通一次試験を3日後に控えた3限目の社会の選択授業が自習になってしまったため。クラスメイトの田村と丹波が卒業旅行の話をしていた。2人は1月前ぐらいに同じ私学の入学試験を受けたと言っていたので、合格通知でも届いて浮かれているのだろう。
「今の流行りは琉球旅行だろ、首里城の改修工事を終えたばかりらしいぞ」
「台湾はどうだ?」
「大河ドラマのロケ地巡りが出来る琉球の方が良いだろ」
少し声が大きい、共通一次試験目前でみんな神経がピリピリしているのに、この空気の読めなさはかなりまずい。
「中山王尚巴志だっけ?」
「あぁ、今幼年期が終わって、これから青年期の南山佐敷按司になる所なんだよ、そこの姫役がめっちゃ綺麗でさ」
段々声が大きくなってきて周囲の空気がどんどん悪くなっているのを感じる、暴発が起きそうだ。他クラスの生徒も居るけど、問題を起こしてるのは自クラスの生徒だし、学級副委員の俺が注意すべきだろう。
「中山王なのに南山に居たの?」
「だからこれから中山征伐を行って中山王になる足が「お前ら静か「うるさいっ!」」」
どうやら判断が一歩遅かったようで他クラスの女生徒が暴発してしまったようだ。
シンと静まり返る教室と、田村と丹波を睨む教室の中の生徒たち。素直に謝って黙ればなんとかおさまるだろう。
「な・・・何?」
「何で睨んでるんだよ」
これはまずい。普段なら自習では私語も起きるし、居眠りする奴もいる。旅行や趣味の話をしても誰も指摘しないしこうやってキレる奴も出ない。
「2人とも廊下に出ようか」
「ヒイッ!」
「な・・・何だよ」
俺はクイッと親指で廊下に向うドアを指し、2人を誘導した。
「な・・・殴らないで・・・」
「自習なんだし良いだろ?」
空気がどんどん悪くなってるのが分かる。このままでは彼ら2人は孤立した状態で卒業式を迎える事になりかねない。
「このままだと空気がどんどん悪くなる。とりあえず外にでようか」
「うん・・・」
「分かった・・・」
流石にこんなに空気が悪くなれば、鈍感な2人でも気が付くようだ。
「こっちに来い」
俺は教室の窓からの死角の位置に2人を誘導して指を口に当てて静かにというジェスチャーをしたあと、小声で話をした。
「不味いことしたって理解出来てるか?」
「うん・・・」
「流石にな・・・」
それが分かるなら2人は大丈夫だろう。
「これから俺は2回大きく手を叩くから、1回目の時は田村、2回目の時は丹波が痛がるような言葉を言ってくれ」
「殴られないのに?」
「それに何の意味があるんだよ・・・」
「その後教室の前に言って全員に深くお辞儀して謝罪する、そのあと佐々木にも個別に謝罪だ」
「何でそんな事を?」
「普通に謝るんじゃ駄目なのか?」
それで許して貰えるなら良いんだがな。
「お前らこのままだと、卒業のクラスの寄せ書きが悲惨な事になるぞ?佐々木が2年の時クラスメイトだった早乙女と親友なのは知ってるだろ?早乙女は八重樫の彼女だぞ?」
「うっ・・・」
「それは嫌だな・・・」
八重樫はクラスのムードメーカーであり続けた。貫禄があるしリーダーシップがあるし、兄貴分的な性格で慕われていた。
「下手したら2年後の成人式のあと、2人だけ誰からも飲み会に誘われない可能性もあるぞ」
「嫌だよそんなの」
「マジかよ・・・」
田村と丹波は高校1年からなんだかんだと3年間一緒のクラスで縁がある奴だ。出席番号が近いため1年の時は掃除当番のグループが一緒だった。だから俺は2人は多少空気が読めないけれど馬鹿じゃないし悪い奴でもない事を知っていた。
「俺にビンタされた事にすれば、他の奴らの溜飲が下がるし、気の毒に思って許して貰いやすくなるんだよ」
「そうなんだ・・・」
「なるほど・・・」
「でも本当にビンタされたとかされなかったとか、そういう事は誰にも言うなよ?あくまでフリだけなんだから、察しの良い奴にバレるからな」
「うん」
「分かった」
俺は指に当て続けていた指を離すと、2人の前に両手を出し叩くだけの状態にした。
俺が小さく頷くと二人も小さく頷き返した。
「行くぞっ」
俺は大きく一回手をパンッと鳴らした。
「痛いっ!」
俺はもう一回手をパンッと鳴らした。
「痛てっ!」
俺の拍手と田村と丹波の痛がる演技の声は廊下に大きく響いていった。
教室内が騒がしくなったので、田村と丹波に合図して、教室の前の席から3人で入っていった。
「ごめんなさいっ」
「すいませんでしたっ」
「2人も反省したようだし許してやって貰えないか?」
教室のドアを開けた時に静まったけてれど、田村と丹波が謝り、俺が同意を求めるという急な展開にザワザワと騒ぎ出してしまった。けれど「僕は良いと思うよ」と真田がアシストしてくれた事と、「佐々木さんが良いなら許せるよ」と、その怒った女生徒である佐々木といつも一緒にいる女生徒が言ってくれた。
「ほら、佐々木さんにも謝ろう」
「ごめんなさい!空気が読めてなかったです!」
「反省してます、許して下さい」
「・・・いいわよ・・・許すわよっ!」
佐々木の言葉に一気に弛緩する教室内。小さな笑いが起こり、真田がパチパチと拍手をしたことで大きな拍手になってしまった。
「自習中だぞ、他の教室の迷惑になる、俺も全員を廊下に出したくないぞ」
俺が親指でクイッと教室のドアを指差すと、笑いが起こった。俺が指を口に当てた事で口を抑えたりクスクスという笑いに変わっていった。
「ほら2人も戻ろう、旅行のカタログを見たり筆談する程度なら誰も何も言わないからな、だろ?」
「そりゃそうだ」と誰かが言ったあと「でもそれを見たらやっぱイラっとはするな」という声があがり大爆笑になってしまった。
俺が親指をクイッと教室のドアを指差すと、悪乗りした何人かが廊下に出て、そしてそれに続くように全員が廊下に出てしまった。
俺は廊下に出た全員に小声で1列に並べと言って、男子には強めのしっぺ、女子にはや弱めのしっぺをして教室のドアをクイッと指差した。
空気がかなり弛緩してしまったが、あの重苦しい空気では自習どころじゃ無かっただろう。
空気の読めない丹波が俺に「助かったぜ」と言って来たので、軽くデコピンをして指をクイッとして教室に戻した。
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「地理の教室で起きたトラブルを巧くまとめたみたいじゃない」
「クラスメイトが騒がしかったからな、学級副委員長としてやっただけだよ」
カオリは社会で世界史を選択しているため隣の教室で授業を受けていた。
「音が私達の教室にも聞こえて来たわよ」
「クラスメイトをビンタした事は酷いと思わなかったのか?」
「本当はビンタして無いんでしょ?」
どういう事だ?あれはどこの教室からも死角である位置で行った。廊下を覗いている奴がいないことも確認している。
「・・・どうして分かった?」
「あの時の音は素肌同士がぶつかった音だったわ、だけど田村くんも丹波くんも肌が露出してる部分に平手の跡が無かったのよ」
それは盲点だった。自分の太ももを平手で叩けば軽い音にならず気が付かれ無かったな。
「気がついているのはカオリだけか?」
「それは私には分からない事だわ」
「それもそうか・・・」
カオリは察しがいいけれど、心が読める訳じゃ無いからな。
『真田様だけ気がついています、ただし誰にも喋る気は無いようです』
なるほど、真田は俺の小賢しい行為を見逃してくれたらしい。
「どうやってあんな大きな音を立てたの?」
「俺の手は大きいからな、拍手をすれば大きな音が出る」
俺がカオリに手を開いて見せると、カオリは手を自身の手を開いて俺の手に当てた。カオリの手は小さく、俺の手の第二関節ぐらいの大きさしか無かった。
「カオリの手は意外に小さいな」
「背は普通なんだけど、手足と顔だけは小さいのよ」
「小顔はとてもモテそうだな」
「えぇとてもモテるのよ・・・」
カオリは自他ともに認める学校一の美少女だからな・・・人外の存在を除いて。
『恐縮です』
スミスは容姿が自由自在という反則だしな。
「それでも田宮君と婚約してから手紙が減ったのよ・・・」
「まぁそれがあればな・・・」
カオリは田宮家の家紋が意匠化された鍔が付いてる脇差を持つようになっている。
脇差というのは上意討ちが許される刀の一種だ。これを田宮家の当主に渡されたという事は、上位者でも意に沿わなければ従う必要は無いし、襲われればそれで切り捨ててもいいとお墨付きが与えられた状態となっているという事だった。
これは俺が持つ小刀と同じ意味を持つけれど。権田家の家紋があまり知られていないのに対し、田宮銃剣術の道場は全国各地にあるので家紋がよく知られていた。さらに多くの陸軍幹部を排出している本家を意味する意匠である縁取りが施されていた。そのためそれを持つカオリの名字が田宮になった事も含めてその影響力についてはすぐに周知されていった。
「本当に楽になったわ・・・」
「それは良かったな」
カオリにアタックをかけていた人達が少し可愛そうになる発言だけど、以前かなりの数の手紙が毎日のように来ていると聞いていたので、仕方ないなと思ってしまった。
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