第129話 Boys, be ambitious
2日から実家巡りを行った。身内となっているオルカも連れてのお参りとなる。オルカを親戚に紹介したいという理由もあったけれど、爺ちゃんと婆ちゃんがオルカを連れてこいの大合唱だった事も理由だ。テレビで話題の相手を見たいのだろう。
義父の車にはチャイルドシートが設置されている。この世界の日本はチャイルドシートの着用義務はないけれど、既にメーカーからは販売はされていて着用義務化という話も出ているので先取りしている感じだ。俺が前世の記憶からチャイルドシートは必要だと思っていた事と、お袋が長距離移動する際はずっと抱っこしているのが大変だと言った事で設置される事になった。
オルカは、以前国体に参加した水泳部のメンバーと同じ様に、始めて食べる遠州を中心に展開するハンバーグチェーンの味に驚き感動していた。あの時オルカだけ別行動だったので、この店を知らなかったようだ。
昼食を終え車に乗り込み道を走り出したところ、オルカが由比8㎞と書かれた標識を指さした。
「あの地名、ユイちゃんと漢字が一緒だね」
「ユイの名前は私の由比佳から取られて付けられたのよ、そして私の名前は私の母がこの街の出身だからこの名前なの」
「そうなんだ・・・」
由比には港があってそこはシラスとサクラエビの漁が盛んだ。そのためシーズンになると駿河のローカルニュースで名前が出て来る。あくまでローカルニュースなので駿河県に長期滞在した事が無いオルカには初耳の地名だったようだ。
「そういえばオルカちゃんの名前って珍しいけど由来があるの?」
「元々お母さんが男でも女でも良いようにってカオルって名前を付けてたんだって。だけどお母さんが私を産んですぐに死んだ事を、お父さんのお父さんが縁起が悪い名前だって言ったみたいで、お父さんがせめてと思って漢字を逆にした織香で役所に届出したんだって」
「そうなんだ・・・」
シャチを現すORCAが由来なのだろうと思い特に疑問に思っていなかったけれど違ったようだ。それにしても縁起が悪いって、オルカの父方の祖父は死人に鞭打つような事を言う人なんだな。オルカから父方の親族の話を始めて聞いたけど、あまり好きでは無いからかもしれないな。
「シャチが好きなオルカに合ってる名前だね」
「うん」
俺は少し複雑な気分がしたけど、オルカ自身は今の名前が好きなようだし、ユイが言うように合ってる名前だと思うので気にしない事にした。
「お兄ちゃんは単純に高い志っていう意味が由来だよね~」
「単純で良いんだよ」
「地震学者になるっていう立派な志があるじゃない」
「志だけじゃなく背も高くなっちゃったのよねぇ」
俺は何となく「Boys, be ambitious.」という言葉を思い出していた。
前世で少年よ大志を抱けと訳されていたこの言葉。北海道の札幌という所にあった大学にいた外国の先生が言った言葉だけど、この世界の日本には来訪しなかったようで、知られていない言葉になっていた。けれど俺は今、まさに大志を抱いている状態だと思う。元々公務員か公益法人の社員という手堅い志だったのに。名前につられたのか随分と大きなものに変化していた。
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義父の実家があるのは奥深い山間地域だけど、上流にあるダムや国有林の管理用の道が整備されている。そして特徴的なのがその道路と並走するようにローカル鉄道が走っている事なのだが、とても変わった運営をしている。
「あれって煙吐いてるけど汽車?」
「そうだよ」
「汽車ってこんな所でまだ残ってるんだね・・・」
「ここでは電車も走るけどそれも古い電車なんだよ」
「ふーん・・・」
廃線になった電車や汽車を観光列車として走らせるために使っているらしく、立派な道と並走するように汽車が走る線路が続いて居る。
「珍しいなら乗ってみたら良いわよ?」
「えっ?」
「親父や義父さんの実家はこの線路沿いの集落だから、汽車で行く事も出来るんだよ」
俺も子供の頃は前世でもテレビでしか見た事がなかった汽車に興奮し、帰省した時に乗せて貰うのが楽しみだった。親父が死んでからは帰省先はお袋の実家だけになって乗らなくなったし、お袋の再婚によって親父の実家にも通う様になったけれど、その時にはそこまで興奮しなくなっていたため、外から見るだけで充分になっていた。
「私も久しぶりに乗りたいな」
「3人で乗ったらどうだ? 始発駅まで戻るよ。下りの時に乗るのでもいいけど、汽車は登りの方が力が必要で煙を一杯吹くから、そっちの方が乗りごたえがあるからね」
「折角だしそうしよう」
「うん」
義父の提案で、汽車の麓の始発駅に戻る事になった。
俺とユイとオルカが降りると、義父は「実家の方で待ってるから」と言ってお袋とシンジとシズカと共に先に向かっていった。義父の実家の場所は俺とユイが分かるので辿り付くのに問題は無かった。
かなり古臭い木造の駅舎に入り切符を買って汽車が到着するのを待つ。先ほど電車が上がっていたのを見たばかりという事もあり、汽車の発車時間まで1時間以上時間があった。年末年始という事もあり多くの人が駅舎やホームにいた。写真をバシャバシャ取っている大人もいれば、大人に手を繋がれている子供もいた。
ここで乗る事が出来る車両の駐機場や整備場は展示場になっていて入場料を払うと入ることが出来るようだった。小さい頃に一度入った事があったけど良く覚えていなかった。
「時間もあるし見に行こうか」
「うん」
「私、入るの久しぶりだよ」
「俺も一度だけ入った事あるな」
「2人は入った事あるんだ」
「お母さんがいた時にね。お父さん学校の遠足で何度も入った事あるからって、今日みたく先に車で行っちゃったんだよ」
「俺の親父も同じ事言ってお袋と2人で入ったな」
「なるほど・・・」
中に入ると年始だというのに車両を整備している人がいた。複雑な機構が多いし、1回使う度に沢山の整備が必要なのだろう。
「これ作られたのが戦争前だって・・・すごいねぇ・・・」
「そうだねぇ・・・」
子供の時はすごく大きく感じたけれど、今見ると意外と車両は小さく見えた、けれどやはり黒くて武骨な外見は重厚感があってカッコいい。塗料や油の匂いだろうか、車両は病院の消毒液の様な匂いが漂っていた。
「お兄ちゃんもこういうのに憧れる?」
「小さい頃はね」
「あそこで説明をしてくれてるよ」
青い整備員の制服を着た人が、子供達に車両などの説明をしているようだ。運転席にものせてくれるらしい。
「気になるんだったら行って来たら?」
「大丈夫」
「私は行って来る!」
ユイは見た目の綺麗さに反して本当に無邪気な行動を取る。周囲の人が身長180cmを超えるユイの登場にギョッとしたような視線を向けたけど、子供達の母親とでも思われたのかその場に溶け込んでしまった。
「もう作られてない部品もあるんだって、壊れたら大変だから整備が大事だって言ってた」
「そりゃそうだろうな、動くのはもうここにしか残っていなのかもしれないし」
「そうだよね・・・」
整備場所を出て駅のホームに向かう。
まだ30分以上も時間があるのに既に客車はホームに入っていた。
「火を焚いてから走れるようになるまで時間がかかるんだろうなぁ」
「どうやってここまで持ってきたの?」
「牽引する車両とかあるんじゃないか?」
「なるほど・・・」
そういう詳しい事までは分からないので適当に説明しただけだけど、ユイは信じてしまったようだ。
「転車台?」
「汽車には前と後ろがあるからここに乗せて反転するんじゃないの?」
「取っ手が付いてるから手で回すんだな」
「原始的だねぇ」
「あっ・・・電気でも回せるみたいだよ」
「本当だ」
ホームの先の方を歩いて行くと丸く大きな穴と、その穴を渡したような線路が1本通した転車台という装置があった。小さい頃に来た時はこの装置は無かったので、最近作られたのだろう。あんな重い車両を人力で反転させられるものかと思うけど、実際あるのだから出来るのだろう。
「あの漫画の奴隷がずっと回されていた装置みたいだね」
「結局何の装置なのか分からないままだったアレね」
どうやらユイはまだオルカから漫画を借りているらしい。お兄ちゃんはユイの将来をとても心配しているっていうのに・・・。
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