第128話 プラシーボ効果

「あら奇遇ね、明けましておめでとう」

「綾瀬・・・いや今は田宮か、明けましておめでとう、今年もよろしくな」

「はい、梶原君もよろしくね」


 大き目のタクシーを呼び神社の前について、これから神社に入ろうと鳥居をくぐろうとしたした所で、最近田宮に姓が変わった綾瀬が神社から出て来る所に遭遇し声をかけられた。

 後ろには女性を背負ったリュウタと武田の妹と大人の男性が居た。お互いに新年の挨拶をしていったので鳥居の近くでしばらく滞留する事になってしまった。他の参拝客の邪魔になるといけないので、鳥居から少し離れて話をする事になった。


「今年は去年より遅く来たのね」

「あぁ・・・今年は弟と妹が出来て忙しかったんだよ」

「もしかして妹さんと水辺さんが背負っているのがそう?」

「あぁ」


 リュウタから「兄貴に似て凛々しいっす」と言われているユイが抱っこしている方が姉の方のシズカで。 武田の妹に「キャー可愛い」と言われているマスクとサングラスで変装しているオルカが抱っこしている方が弟のシンジだ。ちなみの俺は笑顔が貼りついたような顔が素なので凛々しいと言われた事は皆無だったりする。


「そっちも遅目に出てきたんだな」

「権田さんのところや、田宮君の所に挨拶してから来たのよ」

「なるほどな」


 リュウタが先ほど背負っていたのは田宮となった綾瀬の母親で、その横に居た男性は父親らしい。よく見るとその男性には見覚えがあった。園遊会用の服を作る時に俺を採寸してくれた男性だったからだ。


「綾瀬・・・いや田宮の父親って呉服屋やってるのか?」

「親戚みたいなものだし、カオリで良いわよ」

「じゃあ俺はタカシだな」

「分かったわ・・・それで父はあっちのショッピングセンターで小さな呉服屋をやっていたのよ。最近畳んだのだけれどね」

「畳んだ?」

「えぇ、免疫力に不安がある母の事を考えて、空気が綺麗でストレスが少なそうな美濃県の山間部に引っ越す事にしたのよ」

「へぇ・・・」


 たしか美濃県の山間部には最近世界遺産になった古い集落があった筈だ。そこまで田舎に行くわけではないだろうけど、空気が綺麗そうな所ではありそうではあった。


「白川郷って知ってるでしょ? そこの少し麓の方にある街なんだけど、良い絹を作っているらしくて、お父さんはそこの生糸で作った服を作るのよ」

「世界遺産の近くに引っ越すのか・・・」


 カオリの両親は俺がまさかと思った、その世界遺産に引っ越すようだ。


「元々白川には父に生地や糸を卸していた人がいたのよ、そのツテと権田さんに口利きで良い家をお世話して貰えたわ」

「親分の口利き?」

「白川って元々天領で、権田さんの分家の方が管理していたそうなの。だから権田さんの縁が強い方がお世話をしてくれるそうなの」

「なるほどな」


 天領とは江戸時代に幕府直轄地だった場所だ。お袋の実家の村のある地域も天領で、養蚕をしながら蚕の糞で硝石を作っていた。白川郷も蚕の産地らしいので親分の分家の方が生糸を生産しながら硝石を作っていたのだろう。


「交通の便は悪そうだな」

「観光客を招くため、周辺をかなり整備するらしいわよ」

「へぇ・・・」


 白川郷は交通の便は悪いからこそ古い集落が残ったと言われていた。世界遺産になった事により人の往来は増えそうだと思ったけれど、道路の整備までするというのは知らなかった。


「しばらくは色々大変そうだな、ほら生活物資とか手に入りにくそうじゃ無いか?」

「最近はネット通販という便利なものが出来ているのよ。白川のような辺境でも商品が手に入りやすくて生活しやすいそうよ?」

「へぇ・・・」


 スミスがアメリカで作った会社が買収したネット通販会社が1年前日本に進出していた。かなり便利なのだが、あまり知られていない。


「リュウタに背負われていたけど、まだ本調子ではないんだろ?引っ越して大丈夫なのか?」

「お医者様が言うには病は完治しているとみて良い状態らしいわ。ただ手足に痺れが残っていてまだリハビリに通っている状態なの。この階段はきついだろうってリュウタさんが背負ってくれたけどね」

「なるほどな・・・」


 先ほどまでリュウタが背負っていたから心配したが、ほぼ完治はしているようだ。


「じゃあお互いに受験頑張りましょうね」

「あぁ」


 カオリは頑張らなくても問題ないぐらい頭が良いけれど、健闘を称えるという意味の言葉にひねくれた答えを返しても仕方ないので普通に返答をした。


---


「お兄ちゃん! 早くおみくじを引こう!」

「こらこら、シズカを抱っこしているんだぞ」

「はーい」


 みんなで本殿で祈願したあと、社務所にある売店に駆けて行こうとするユイに注意をした。

 しっかりと固定してくれるタイプの抱っこ紐ではあるけれど、シズカもシンジも首がまだ完全に座っていないそうなので、強い振動は良くないだろう。


「学業成就と合格祈願のお守りと絵馬とおみくじをお願いします」

「はい・・・丁度2000円になります・・・おみくじは・・・75番ですね、はいどうぞ」

「ありがとうございます」


 売り子役の巫女服の女性から絵馬とおみくじとお守りを入れられた白い紙袋を受け取った。

 おみくじを開けると吉。去年は中吉だったので、一つあがった感じだと。神社によってこの吉と中吉の評価は逆になるらしいけれど、ゲームの設定だと吉の方が上に設定されて居たので多分この神社でもそうだろう。


「お兄ちゃん大凶が出た~」

「私は凶・・・」

「うーん・・・でも凶と大凶は今が一番悪いって意味で、これから上がるっていう良い結果とも言われているからさ」

「本当?」

「今が悪い?」

「今が悪くないなら、これからもっと良くなるっていう兆しだよ」

「そうなの?」

「願望、今の峠を越えれば叶うって書いてあるじゃないか。あとは努力せよとか注意せよとか油断するなとか、落ち着きの無いユイに注意してくれてるんだよ」

「本当だ・・・」

「私も同じような感じだよ」

「ほら、ユイには赤子を抱いている時は走ったら危ないって言っただろ? 躓いていたら大凶が起きていたかもしれないんだよ」

「うん・・・」

「私もついて行こうとしちゃた・・・」

「ほら、結びに行こう?」

「うん・・・」

「結べば厄払い出来るよ」


 ユイは少し足取りが重くなった状態でおみくじを結ぶところに行き、そこの藁縄に結んだあと手を合わせて拝んでいた。オルカもそれを見て自分が結んだおみくじの所に戻って同じように拝み始めた。


「絵馬を買ってるなら書こう」

「うん」

「タカシが合格出来る様に書かないと」


 絵馬には自分の願いを書いて欲しい、いや俺もユイが受験する時にはユイが合格しますようにと書いたか。

 俺は今回、絵馬に「志望校に合格しますように」とだけ願いを書いて絵馬をかけた。


 ユイとオルカは俺が合格しますようにとか、みんなが健康でありますようにとか、悪い事が起きませんようにとか、いっぱい書いているようだった。


「こうやってみんなで初詣に来るのも良いわね」

「帰省した時に氏神参りしてるだろ?」

「でもなんかここは違う気がするのよ」

「氏神に比べて大きな神社ではあるけどさ・・・」

「そういう感じなのかしら?」


 なんだろう、お袋はゲーム的な効果でも感じているのだろうか。


『そんな効果は観測されていません、お母上は久方ぶりの快眠でスッキリしたことにより酩酊感を感じてるようです』


 なるほど、種明かしをすれば特に何でもない事だった。でもプラシーボ効果であってもお袋がスッキリした気分でいるのなら、それは充分なものだと思う。


「京都の大学に入ってもちゃんと帰省して来るからさ、その時はみんなでお参りに来ようよ」

「そうね・・・」


 お袋は神社の境内にある、しめ縄が巻かれている御神木を見ながらそう呟いた。

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