第127話 俺を残して先に行け!

 3年の2学期の末に行われる、高校で最後の学力試験で、俺は初めて10位の壁を越え学年7位の結果を取った。

 大学入学を確定させた同級生達の気が抜けていた事もあると思うし、カオリに紹介された数学の参考書の類似問題が多く出たという幸運もあったけれど、俺が部の引退後に勉強に集中した成果でもあるので誇らしく思った。


 男子バスケ部はウィンターカップで予選2位だったけれど、インターハイ優勝校の枠で出場を決めていたので、年末に優勝した女子バスケ部と共に京都に行く事が決まっていた。

 ジュンから聞いた話によると、多くの学校で、外からシュートを打つ選手が増えていたり、外からのシュートへのディフェンスを厚くするなど対策を取っていたらしい。少し付け焼き刃的ではあったけれど、他の高校が手強くなっていたそうだ。

 男子バスケ部の監督はウィンターカップでは苦戦しそうだと言いながらも「それもバスケだと」選手たちにミドルシュートの練習を増やしながら笑っていた。

 4割のスリーポイントが防がれるなら、ミドルを6割に上げれば同じだと考えているらしかった。前キャプテンである八重樫のように8割決めるフックシュートをするミドルシューターが現在男子バスケ部にいないのでそこの穴埋めがしたいらしい。

 3年生の引退後レギュラーになった1年生は。インへの突破力のあるドリブラーな生徒が多いので、監督は俺達の時とは違うチームメイクを考えているのではないかと思っている。


 女子バスケ部はウィンターカップ予選で優勝したけど圧倒的大差という程ではなかったようだ。女子バスケ部の監督もシューターの増加による影響は感じているらしく今後について頭を抱えていた。それに早乙女に代わるポイントガードの選出に悩んでいるらしかった。ユイはボールキープ力とシュート力は高いけれど、視野がそこまで広くなくゲームメイクが苦手なためポイントガードは出来ない。そしてスミスはパスを受けたあとすぐにシュートを打ち決める力は高いけれど、ボールキープ力が高い選手を装ってはいなかった。

 幸い男子バスケ部と違い女子バスケ部は3年生の割合が多く無かったので、大きな戦力ダウンは起こっていなかった。そして1年生に中学校時代にポイントガードをしていた生徒が2人いるので何とかなっているらしい。ただ二人とも早乙女に比べ背が高く、低い位置からパスを出していた早乙女とはリズムが違うらしく、ユイはまだ少しやりにいと言っていた。


 終業式前にユイがウィンターカップに参加するため京都に行った代わりなのか、オルカが街に帰って来ていて、俺とオルカとお袋と義父とシンジとシズカの6人でクリスマスイブを祝った。

 といってもシンジとシズカは哺乳瓶のミルクの御馳走に、泣き声の輪唱で祝うというものではあった。


 翌日オルカはユイを応援しに行くと言って慌ただしく京都に戻っていった。そして大晦日の前日にウインターカップ優勝報告と共にユイと帰宅した。

 ユイとオルカによると、女子バスケ部でも前回より苦戦はしたそうだ。そして男子バスケ部は決勝まで進んだけれど、そこでインターハイで下剋上をした強豪校に今度は下剋上を返されてしまったらしい。 ジュンに電話したら「悔しいっす! 夏は雪辱するっす!」と言っていた。


 年末年始はお袋が子育てで忙しい事もあり、お節は義父がデパートで高級お節を買った。

 年越しそばは、お袋が書いたメモを見ながら俺とユイとオルカの3人で作った。お袋が作ったものより美味しくは出来無かったけれど、お袋は「こんなものよ」と言い、俺も義父も黙ってそれを食べた。お雑煮の出汁も同じ様に取られていたので、そちらの出来もきっと「こんなものよ」なのだと思う。


 お袋は双子の子育てが大変らしく、育休を終えたら退職する事を決めていた。「タカシとユイちゃんが家を出ても寂しくならないわねぇ」と言いながら赤ん坊の世話をするお袋は少し寂しそうだった。


---


「明けましておめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」


 双子の泣き声の合唱と共にあった夜が明け新年の朝になった。例年は起きると既にお袋がお節を並べていて、全員が集まり次第新年の挨拶をしていたけれど。お袋と義父は双子の世話でぐったりしていて、それどころでは無い様子だった。

 俺が食器類を並べ、ユイがお雑煮を仕上げ、オルカがお雑煮用のお餅を焼いたあと、義父が百貨店で買って来たお節と、オルカが京都の百貨店のものと言って渡して来たお重をテーブルに置いた。


「食べられる?」

「お雑煮だけ貰うわ」

「俺達が見ておくから寝なよ」

「お願いするわ」


 お袋は双子の泣き声が聞こえると、離れた部屋にいても条件反射の様に起きてしまうらしい。

 双子なので片方をあやしている間にもう片方が泣き出すなんて事が連続してしまう事があるらしく、昨夜はそれに当たってしまい、お袋と義父はそれにかかりっきりだったそうだ。


「全然朝まで気がつかなかった〜」

「若い時はみんなそうよ、歳を取ると眠りが浅くなるの、それに母親は自分の産んだ子の泣き声は聞き分けて起きるものなのよ」

「へぇ〜、私のお母さんもそうだったのかな?」

「シズカも同じような事言ってたわよ」

「じゃあ私もお兄ちゃんの子供を産んだ後はそうなるんだね?」

「そうよ」


 ユイと同じように、俺とオルカも全然朝まで気が付かなかった。けれど大人になると体質が変わるというのは、俺も前世の記憶からも良く知っていた。けれどお袋の言う、母親は我が子の泣き声を聞き分けるというのは初耳だった。けれど母親とはそういうものだと言われると否定できなかった。


「手伝って欲しい時は無理せず起こしてよ?」

「今はこの人も休みだし、父親をやって貰わないとね」

「そうだね、仕事行ってる間は任せっきりにしちゃってるしね」


 それで義父はグッタリなのか。遅くまで残業して帰って来た翌日でも朝にはシャッキリとして出勤する人なのに、子供をあやすのはなかなか大変な事が良く分かる。


「アメリカだとベビーシッターを雇うよ?」

「ベビーシッターって何?」

「赤ん坊の世話を専門にするお手伝いさんだよ」

「乳母の事?」

「オッパイはあげないけどそんな感じだよ」

「それなら私たちがやれば良いんだよ」

「それもそうだね」


 ユイとオルカの2人は、ベビーシッターをするつもりらしい。


「初詣はどうする?」

「赤ちゃんの方が大事!」

「赤ちゃん連れてた人いたし大丈夫じゃない?」

「それなら今年はみんなで行きましょ? 2人には赤ん坊を背負って貰うから」

「僕達は行く前に少しだけ眠ろう、初詣は昼頃から行けば良いよね?」

「大丈夫だよ」

「うん」

「神社は逃げないよ」


 お袋と義父はお雑煮だけ食べて寝室に向かった。


『泣き声が聞こえないようにしておきます』

(聞こえないように?)

『シンジ様とシズカ様の声だけを、正午までユイカ様とタダシ様聞こえなくします』

(ゆっくり休ませてあげるんだね)

『はい』

(お願いするよ)

『承りました』


 以前勉強に集中するために、スミスの憑依体に、俺が呼ばれた時だけ教えるようにお願いして、部屋の外からの音を遮断して貰った事があった。これはその赤ん坊の声だけ遮断するバージョンなのだろう。


「今年は手作りじゃないけど、お婆さんにおすそ分け持って行こう?」

「うん」


 去年は手作りお節だったのでお重に詰める前のものを、大晦日にオルカのお婆さんにおすそ分けに行っていた。今年は出来合いのお節だったため、開けたのが正月の今日であるため、今からおすそ分けに行くようだ。


「お兄ちゃん、少しだけ2人を見ていて」

「了解、戻るときに年賀状と新聞だけポストから取ってきてよ」

「はーい」


 駄菓子屋は正月でも開けるため、まだ開店はしていないけど、オルカのお祖母さんはもう起きている時間だ。


 2人がお節を少しずつタッパーに詰め「行ってきまーす」と言って家を出ると、それを合図にでもしているかのように、シンジとシズカが泣き声の合唱を始めた。


「うん・・・どっちもオシメだな・・・」


 オムツに顔を近づけて匂いを嗅げばしたのかそうで無いかはわかる、同時に泣かれても俺は1人分づつしか替える事が出来ないので1人にはしばらく我慢してもらうしかない。


「レディファーストだからなジュニア」


 俺は親父と同じ名を持つ弟に声をかけると、シズカをベビーベッドから抱き上げておしめを替えた。シズカの方が先に生まれたそうで姉として届け出られている。前世では兄が「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われ俺におもちゃなどを譲ってくれていた。シズカもそのうちお袋から「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われシンジに譲らされるようになるかもしれない。

 当時俺は兄が我慢させられていたという事に気がついていなかった。けれどお袋の三回忌の時に酒を飲みながら兄に愚痴られてそういう事があったと思い出した。その時には両親は他界していたし、お互いに成人していて兄の方がきちんと家庭を築くなど、俺が兄へ譲れるようなものは無くなっていた。罪滅ぼしという訳ではないが、今ぐらいは姉であるシズカを優先してあげたい気持ちがするのだ。


 もしかしたらシンジがお腹の中では「俺を残して先にいけ!」とシズカに先を譲った兄的な立場なのかも知れないけど、法的には先に生まれた方が兄や姉と決まっているので、シズカはずっとシンジの姉として扱われ続けるからだ。

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