第126話 とっても心配だよ・・・

 園遊会から戻った翌日に登校すると、門の前に以前オルカが五輪で金メダルを取った時に見たような報道関係者がそこにいた。またオルカの取材待ちかなと思って様子を窺うと、美術部のヒロインの絵が国展で賞を取ったという事で集まった人たちだった。

 今年の文化祭では、美術部の展示でポーっと赤い顔をして放心したようになったり、動悸息切れをして蹲る生徒が続出し、その場で好きな相手の名前を叫び出すという現象が起きたらしい。

 国展に出された絵で何か問題を起こさなかっただろうか。


『出された絵には催淫効果があります』

(卑猥な絵って事?)

『いえ、卑猥とされているような描写はありません』

(何で催淫効果なんてあるんだ?)

『彼女は自身の絵を見た相手に、描いた時の感情を感じさせる力があります』

(・・・それは異能?)

『はい、私が現在使用している念話に近い力です。力は弱いですが指向性と効果時間がコントロールされていませんし、受け取り側の状況によって効果が変わるので、情報伝達の正確性に難があります』

(状況?)

『催淫効果のある絵では同調性が高い相手には酩酊感、そうでない相手にはは不快感を与えるようです。あと肉体年齢が未熟な場合は眠くなるみたいです』

(催淫効果じゃなく催眠効果って事?)

『はい』


 そういえば商店街のシャッターに描かれた絵にイタズラしようとした人が、なんか化け物に怯えるようになったって噂を聞いたな。もしかして異能の効果だったのかな?


『いたずら書きが許せないという気持ちで書いた絵なので、そういったイメージが伝わるようになったようです。悪意を持っていない場合は特に影響はありません』

(なるほど・・・となると文化祭の時の絵は恋する気持ちでも込もってたのか?)

『はい』

(じゃあ国展に出されたのが催淫効果のある絵だったって事は、その恋が実ったって感じか・・・)

『いえ、坂木様に懸想していますが交際までには至っていません』


 スミスの憑依体の念話の内容に、思わず立ち止まってしまった。


「お兄ちゃんどうしたの?」

「あ・・・あぁなんでもない」

「トイレに行きたいなら我慢しないほうが良いよ?」

「それもそうだな・・・じゃあ俺はトイレに向かうよ」

「うん、お昼休みにね」

「あぁ」


 俺は少しだけ動揺した気持を隠すため、トイレに寄ってから教室に向かった。


---


 スミスの憑依体から詳しく聞いたところ、美術部のヒロインが国展に出したのは、自宅で描いた坂城の肖像画だったそうだ。

 ただ坂城の事を考えて眠れない夜に描き足し続けた絵だったらしく、思春期特有の妄想がその絵に投影されたようで、見た人が発情した時の様に高揚をするらしい。

 ただ一途に相手を思う気持を持たない人は汚物を見た時のような不快感を感じるそうだ。

 絵の劣化により段々効果が薄くなるし、何度か見ると耐性もついていくそうだ。ただ国展に出した絵は非常に強い念が込められているそうで、薄まりにくく耐性を貫通しやすいらしい。


「あれ?梶原君がこっちのクラスに来るなんて珍しいね。京都土産かい?」

「渡すついでにちょっと聞きたいことがあってな」

「なに?」

「ちょっとここではな・・・」


 坂城から交際している相手がいると聞いていないけれど、特定の相手がいる可能性はあると思った。人目がある場所で美術部のヒロインの事を聞いた事で変な噂が立ったら、変に拗れる可能性がありそうだと思った。


「分かった、少し離れた場所に行こうか」

「すまん」


 俺は昼休みではなく放課後まで待った聞きに行ったのだけど、何故かクラスメイト達が大勢残って駄弁っていたので、坂城だけ校舎裏に連れ出す事になった。何故か周囲にヒソヒソと話す奴がいたけれど、別に怪しい話をする訳では無いので気にしないで欲しいと思った。


「それで話って?」

「あぁ、美術部の今井についてだな」

「今井さん?あぁ彼女の絵良いよね! 梶原君も賞を取ったって聞いて気になった感じ?」

「いや・・・お前と今井の関係が気になってな」

「今井さんとの関係?たまに美術室に行って描いているものを見させてもらっているぐらいだけど?」

「アドバイスとかしているのか?」

「ううん、そんな事は僕には事出来ないよ。綺麗な絵だねって褒めるぐらいかな」


 なるほど、それで自分の絵を褒めてくれる坂城が好きになったって感じか・・・。


「それっていつ頃から?」

「1年の時の文化祭の後からだね。美術部の展示で吐いた人が出たとき、近くにいた僕が介抱したって話はしたよね」

「あぁ」

「そのあと僕も絵を見たんだけど良い絵だと思ってさ、それ以来、部活の練習前に美術室に寄って、見せて貰っていたんだよ」

「一緒に出掛けたりとかしないのか?」

「部活が休みの日に画材を買うのに付き合ったりしたよ、物によっては結構重かったり大きかったりして運ぶのが大変そうだったからね」

「他には?」

「美術館のチケットが余ったからって誘われた事があったかな、あとは自宅で描いてる絵が行き詰まったから息抜きしたいって言われてカラオケハウスに行ったね」

「なるほど・・・」


 ゲームだとショッピング街に行くと文具店で画材を買うってイベントあったな。あと美術館とカラオケは、好感度があがりやすいデートスポットだった筈だ。

 ヒロインからデートに誘われるって好感度が高くないと殆ど発生しない。スミスの憑依体が言うように、坂城は美術部のヒロインから懸想されるほど思われているのだろう。


「坂城は今井自身の事はどう思ってるんだ?」

「素敵な子だって思うよ?」

「付き合いたいとかは?」

「えっ?・・・考えた事は無いよ」


 ゲームだとヒロインは、好感度があがると立ち絵がデレ顔になって分かりやすかったりする。けれど坂城が美術部のヒロインに好意を寄せられている事に気がついている様子は無い。

 坂城は気配り出来る奴だけど、恋愛関係だけ鈍感系になる属性でも持っているのだろうか。


「なんか文化祭の絵を見て切ない乙女の気持ちを感じるって言ってる奴がいてな。それに今回展覧会に出された絵は、艶っぽいって評価を受けたらしいじゃないか。なんとなく、その相手が坂城じゃないかって思ったんだよ・・・」

「えっ?」

「お節介だったらすまん。あっ、これ京都の土産な、じゃあ俺は行くな」

「うん・・・」


 少し放心気味になっている坂城をその場に置いて、俺は校舎裏から俺は教室に戻り鞄を持って家に帰った。


---


 帰宅後、部屋で受験勉強をしていると、部活が終わって帰って来たユイが、ドタドタと早足で階段を駆けあがり、ノックもせず扉をあけ部屋に飛び込んで来た。


「お兄ちゃん! 男の人に告白したって本当!?」

「そんなに音を立てたら双子が起きちゃうだろ・・・ってなんだそりゃっ!」


 ユイの行儀の悪さを諌めようと思ったのに、あまりの発言内容に、それを中断して聞き返してしまった。


「なんか放課後に男の人を呼び出したらしいじゃん! なんかその人真っ赤な顔して教室に戻って来て、フラフラと鞄を忘れたまま帰ったって聞いたよ!? お兄ちゃん一体何をしたのっ!」

「何もしてないって!」


 坂城の奴そんなに動揺してたのか・・・。

 でも坂城も引退して日焼けがおさまってきているとはいえ、最近までガチで練習していた水泳部員なので色黒だ。だから俺は顔が赤くなってるなんて全く気が付かなかった。


「朝から様子が変だと思ったんだよ、お昼でも少し上の空だったしさ・・・でも男の人なんて酷いよ・・・オルカちゃんになんて言えばって痛いっ!」


 ユイがマシンガンの様に喋っていて話が出来そうにないので軽く頭をコツンとした。


「軽く叩いだだけだし、そんなに痛く無いだろ」

「お兄ちゃんこういうのってDVって言うんだよ? そういう高度なプレイは私まだ良く分からなんだけど・・・えへへ・・・」

「なんで照れてるんだ?」

「「どうしてだっ! 俺はこんなにお前を愛しているのにっ!」って言いながらビンタするようになるんでしょ?」

「俺は少しだけユイが心配になったよ・・・」


 オルカがたまにユイに変な漫画を貸しているのは知っていたけど、随分と怪しい漫画を貸しているようだ。


「ユイおいで」


 俺はユイの手を引いてベッドに座るように促した。


「何でうつ伏せになるんだ?」

「えっ?「この雌ブタめっ!」て言いながらお尻を叩くんじゃないの?」

「何だよそれ・・・」


 俺にそんな趣味は無いぞ?


「なんだぁ・・・」

「ユイ・・・オルカから漫画借りるの禁止な・・・」

「な・・・何のこと?」

「お兄ちゃんはユイを普通に愛したいぞ」

「そうなの? 私やオルカちゃんに手を出さないのはそういう趣味だからじゃないの?」

「どうしてそう思う・・・」

「だって男の人が違うならそれかなって・・・」

「俺はユイが心配だよ・・・」


 なんかユイにもオルカのポンコツが感染ってないか?


「ほら、ちゃんとベッドに腰かけて」

「うん・・・」


 なんで残念そうな顔をする・・・。


「呼び出したのは水泳部の坂城だよ」

「やっぱり・・・」


 やっぱりって何だよ。


「あのな? 美術部の今井って分かるか?」

「うん、なんかすごい賞取ったって人でしょ?」

「そう、その今井が水泳部の坂城の事が好きだって噂を聞いて確かめに行ったんだよ」

「「あいつの事より俺の事が好きだよな!」って迫ったって痛いっ!」


 さっきより強めに叩いてしまった、もしかしてユイは叩かれるためにワザとやってるのか?


『天然です』


 そうなんだ・・・それは安心・・・できるのか?


「話は最後まで聞きなさい」

「はい・・・」

「それでな・・・」

「うん・・・」

「京都のお土産渡すついでに聞こうと思ったんだよ、ただデリケートな話題だから人気の無い場所に呼び出したんだよ」

「それだけ?」

「あぁ」

「なんだぁ・・・」


 なんで残念がる・・・。


「でもお兄ちゃんに男の恋人が出来たんじゃなくて安心したよ。 真田先輩とか田宮君とかが怪しいって前にフミ先輩が言ってたしさ」

「お兄ちゃんはとっても心配だよ・・・」


 古関は本当に困った奴だな。 今年の文化祭でも、「夜の大運動会〜男同士の友情が愛情に変わる時〜」という、俺と依田と大石と佐野らしい登場人物が出てくる男同士の恋愛小説を出品してすぐに風紀委員に没収されたようだしな。

 そんな事だから依田に愛想尽かされて別れる事になるんだぞ? たった1日で復縁して、みんなを呆れさせてたけどさ。

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