第124話 安産祈願
園遊会の会場は春と同じ京都にある御苑だけれど、セットされた場所は変わっていた。御苑内にも春に適している場所と秋に適している場所があるのだろうか。俺は今までそういう風物を積極的に愛でて来なかったので、見事に手入れされている他の庭園内の場所と大きな違いを感じられなかった。
一応植物の様相は春と秋では大きく違っていた。春は花や新緑を愛でるという感じだったけど、秋は紅葉を楽しむ感じだった。紅葉というと銀杏や紅葉程度しか知らないけれど、ニシキギ、ナツハゼ、クロモジ、オオデマリなどがあるようで、文学に明るい人なら「ここで一句」なんて事になるのだろう。
俺もオルカも残念ながらそこまでの教養は無かったので、「綺麗だねぇ」という感嘆で終わりだった。
「そちが梶原景時公の末裔か。公は世間で言われるような者では無く、忠義にあつかったと朕には伝わっておる。汝の忠義が良きものである事を願っておるぞ」
「これからの実績により良きものであると証明して見せます」
「ほほ・・・楽しみな若者よな、大いに期待しておるぞ」
「はっ!」
陛下と交わした言葉は以上の内容だ。
休息場所ではオルカの婚約者の男という感じの認識で話しかけて来る人が多かったけれど、陛下は俺に一切オルカの事を上げて言わなかった。それをとても嬉しく思った。
前と同じ様に自由に庭園を散策するタイミングで会場を出てホテルに戻った。
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園遊会の翌日、俺とオルカは、俺が志望している京都の大学の構内を散策しようと出かけた。この世界では部外者の大学への出入りはあまりチェックはされていなかった。前世でも関西の小学校で不審者による殺傷事件が起きたあと制限されるようになっていた。
前世の俺は一時的に警備会社でバイトしていたけれど、その求人募集があったのは、その時期に各学校で一斉に警備会社と契約したため、人員不足が起きていたからだった。
キャンパスはいくつかの場所に別れているようだけど、とりあえず俺が理科Ⅰ類から目指している地震学研究所のある理学部があるのは北側の川沿いにある場所だった。バスの路線図を見ると正門前というバス停があるのでそこを目指して乗る事にした。校舎らしい大きな建物が見えたけど、バス停の名前は病院前だった。多分綾瀬が目指している医学部のある場所なのだろう。バスの車内に正門前というアナウンスがあったので止まりますボタンを押して、停車したあとオルカと降りた。しかしその留所の周りの周囲は全部校舎っぽい建物で、どこが正門か分からなかった。
周囲の学生らしい人に「正門は何処ですか?」と聞いたら、バスで通って来た道より細い道を入った所を指さされ、その先にあると教えられた。
教えられた道の先に赤い鳥居が見えた。まさかあれが正門じゃないよなと思いながら歩いて行くと、左側に大学名が書かれた門があった。
正門の正面には、校舎の絵を描きなさいと言われたらこの形で書く人が多そうだという形をした、赤いタイル張りの時計がついた建物があった。
正門の横に構内の案内地図があったので見ると、理学部は北側にあるようだった。西側にはプールと体育館があるので、サークルに所属すれば水泳の練習やバスケの練習も出来る様に出来る筈だ。
「高校に比べて随分と大きいんだねぇ・・・」
「全国からここを目指して来る人がいるからこんなに大きくなるんだろうね」
敷地の北側にある理学研究科という場所に行き、その校舎の周囲を歩いていると、大きなグラウンドがあった。そこでは2人の生徒らしい人がランニングをしていた。あまり早くないので体力づくりなのではと思う。
今研究所に顔を出しても意味が無いので、周囲をぐるっと散策して。西側にある体育館と長水路のプールの周辺を見てから。元の正門に戻った。
「鳥居の方に行って見ようか」
「うん」
大学の近くにある神社だからさぞご利益があるだろう。
鳥居を抜けて中に入るとかなり大きな神社だと分かった。
「社がいっぱいあるんだね」
「色んな神様を祀っているんだと思うよ」
「そうなんだ・・・」
全部に祈るのも変だと思い、手水で口をゆすぎ手を洗ってから、本殿らしい場所で500円のお賽銭を入れた。
鐘をガラガラ鳴らし、二礼二拍手したあと、合格しますようにと祈って一礼しておいた。
本殿の左側に社務所があり、そこでお守りがあったので、学業成就と合格祈願お守りを買った。オルカは健康成就と安産祈願のお守りを買っていた。
「なんで安産祈願? お袋の出産は終わったよ?」
「えっ?だって私の恋愛は叶ってるんだし、結婚もするんだから安産祈願だと思って・・・」
「なるほど・・・確かにそうかも・・・」
まだお互いにそういう事をしていないけれど、結婚したとなればするだろうし、結果として出来るものだろう。
「オルカは次のオリンピックは目指さないの?」
「目指すよ? だって地元開催じゃない」
「子づくりはその後ぐらいの方が良い気がするけど・・・その頃には俺も社会人になってるし」
「あっ・・・そっか! 出来たら練習出来なくなるんだ!」
頭の中で大きなお腹を抱えたまま、プールで練習するオルカを想像してしまった。
「マタニティスイミングというのは聞いた事があるけど、さすがに激しく動くものじゃないと思うよ」
「えっ? 何のこと?」
どうやら俺が頭で想像したのは勘違いだったようだ。
「大きなお腹を抱えたオルカが全力で泳ぐ姿を想像しちゃったんだよ」
「そんな事しないよ、子供が出来たらそっちが優先だよ」
「そうか・・・」
「でも今出来たらオリンピックの2年前に現役復帰出来るから取り戻せるんじゃないかな?」
「妊娠すると胸が大きくなるらしいから、泳ぐのに不利になったりしないかな」
「あっ・・・そっかぁ・・・早く泳げなくなるのかぁ・・・」
なんかオルカがすごく悲しそうな顔をするので可哀そうな気持ちになってしまった。
「作りたいなら協力するよ、でもその時は、オルカがオリンピックに出られなくても良いと思った時だよ、子供が出来たせいでオリンピックに出られなかったと後悔はして欲しくないからね」
「そうだね・・・子供は選手を辞めても良いと思った時にするべきだね・・・」
「俺はいつでもオルカに水泳を辞めて良いって言うよ、でもオルカが頑張るんだったら全力応援する、それに子供が出来たあと復帰したいならそれもサポートするよ」
「うん、ありがとう」
オルカは買ったばかりの安全祈願のお守りを見ながら、少し複雑そうな顔をしていた。
「ユイに先越されちゃうかなぁ」
「ユイは学校の先生になりたいらしいし、それが叶うまでは作らないと思うよ?」
「そうなの?」
「ユイが望めば協力するけどね」
「タカシは子供が欲しいって思ってる?」
この質問には少し胸がドキっとしてしまった。
俺は前世で定年後に1人寂しく暮らしていた時に、結婚したかったとか子供がいればと考えた事があった。
現在はユイやオルカが周りにいて寂しくないためか、それを考えた事が無かった。
俺は立ち止まりオルカの目をジッと見つめた。ユイやオルカとの生活に子供がいる事を想像してみたのだ。
オルカは「なに?」と言って首を傾げていた、可愛くて抱きしめたくなったが、人の目がそれなりある場所なので自重して踏み止まった。
「俺は子供がいる生活を望んでいると思う」
「そうなんだ・・・」
「でもそれはオルカに夢を諦めさせるほどのものではないよ、俺たちはまだ若いんだしさ」
「うん・・・」
俺が想像したユイとオルカと子供がいる光景では、みんなが今よりも大人になった姿だった。俺は何故か黒ひげを生やしてパイプを咥えていたし、ユイは今よりずっと落ち着いていたし、オルカは未だに残ってるあどけなさが無かった。
「親父がお袋に言ったあの言葉に似てるけど、意味は全然違うから・・・」
「うんっ!」
俺がオルカと手を恋人繋ぎにしてそう言うと、オルカは明るく元気にそう返事をしてくれた。
その後、俺は受験、オルカは水泳、それぞれの道で頑張るために、京都の駅で別れた。
帰りの新幹線は行きと同じ独り旅だったけれど、何故か帰りの方が寂しかった。けれど英単語の暗記帳を開いて集中したら紛らわせる事ができた。
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