第123話 ポンポン
10月に入ってすぐにお袋は産気づき男の子と女の子という珍しい双子を産んだ。高齢出産で双子の出産という母子ともに危険なものではあったけれど、以前スミスに処置をお願いしたからか、何事もなく終える事が出来たそうだ。
男の子の方の名前はシンジで女の子の方の名前はシズカ。俺の親父とユイの母親の名前を付けていた。戸籍上問題ないのかとお袋に聞いたら、同じ世帯内に同名の人がいない状態であれば大丈夫なんだそうだ。
お袋が病院から戻って来た事で、ホテルの部屋は騒がしくなってしまったけれど、この大きな部屋は防音が効いているので大丈夫らしい。
俺は受験勉強の手を止める訳にはいかないので。お袋に呼ばれた時に駆け付けられるよう、ユイか義父がいない時は耳栓を付けずに勉強をして過ごしていた。
文化祭の日もユイと少しだけ出し物を見てすぐに帰り、赤ん坊の世話を手伝いながら勉強を行った。夕方から予備校で講義があるので、ユイと出かける事はしなかった。
ユイはオルカと一緒にホテル内のスポーツジムやスカッシュ場などで汗を流して楽しんでいた。汗を流したあとに入ったミストサウナがラベンダーの香りだったらしく、部屋中に良い匂いをさせていた。
去年の文化祭で、科学部は巨大な空気砲を作り、それをグラウンドで披露したのだけれど、その衝撃波が体育館の窓ガラスを割ってしまうという事件に発展していた。文芸部では2年前と同じようなピンク作品が販売されて生徒会が即座に没収し、美術部は絵を見た生徒の平衡感覚がずれて目を回すという謎の絵が問題となった。けれど去年と違い警察も消防も救急も駆け付けない穏やかな文化祭だったと言われていた。
今年もあの問題児ヒロイン3人が居る限り何かは起きると思うけれど、俺とユイはそれに関わる事無く学校を後にしたので関係無かった。
---
11月に入った頃、親分からオリンピックの話題が薄れたからホテルから家に戻っても大丈夫だと言われたため、俺とユイとお袋と義父は家に戻った。部屋の空気の入れ替えをしたあと、義父は少し伸びてしまった庭木の手入れをし始めたので手伝おうとしたけれど、そんなに酷くないから大丈夫と言われた。だから俺とユイは赤ん坊の世話をしているお袋に声をかけたあと、久しぶりに公園で1on1で楽しんだ。
オルカ自身はさすがにまだ街に出ると騒ぎになりそうだという話になっていたため、まだお婆さんの所には戻らなかった。田舎の自動車教習の合宿に参加して免許取得を目指すそうだ。マネジメント会社から、身分を隠したい人がこっそり通う騒がれない教習所を紹介されたらしい。
車は既に三河県にある国産車メーカーのSUVを注文しているらしい。運転席が広々としているけれど4桁万円のすごい高級車だと書かれていて庶民では無くなってしまった感じがした。
車は京都にある仮事務所名義になっているらしい。オルカは京都の実業団に所属するので、そのまま活動拠点を京都に移していくそうだ。
最近、京都のキー局の動物のクイズ番組に出演したので、半分芸能人になっているのだと思う。まぁ大好きな北極圏の水生動物特集だったから出たと言っていたけれど、珍問ばかりだったからかオルカは全問不正解だった。でもキラキラしながらVTRを見ている所がお茶の間で受けたようで、別のクイズ番組のオファーが物凄い来ているそうだ。
中間テストが終わりスポーツ大会で男子は野球と卓球で俺は野球に出場という事になっていた。ただし俺はオルカが学校に来なくなっているので、オルカの体育委員の代理として本部の雑用をしていた。そのため試合には出場しないままスポーツ大会は終了してしまった。
女子はラクロスとフットサルでユイはラクロスに出場したそうだけど、2回戦敗退だったそうで、後は教室でクラスメイトと駄弁ってすごしていたらしい。
受験勉強の方は何となく手ごたえを感じるようになっていた。模試では相変らずB判定だけど、合格圏ではあるので油断せず邁進すれば良いとふるい立たせていた。
---
家に戻った1週間後に秋の園遊会にオルカが呼ばれていたため俺もパートナーとして参加するため京都に向かった。
ホテルの部屋は以前より良い部屋になっていて前の少し豪華なシティーホテルのツイン部屋から、寝室と小さなリビングに別れた部屋になっていた。オルカがその部屋を予約したからだ。
「久しぶり」
「元気そうで何よりだね、なんか芸能人みたいに活躍しているね」
「マネジメント会社が色々な仕事を入れて来るんだよ、ファンが付いた方がスポンサーも喜ぶからってさ」
「水泳の練習はちゃんとしてる?」
「それは大丈夫だよ、実業団のプールもあるし事務所にもトレーニング器具を置いてるからね」
「事務所にトレーニング器具?」
「うん、マネジメントの人の仕事は小さな会議室と、机と電話とパソコンと書棚がある小さな部屋があれば良いらしくてさ。だから事務所の奥が私のプライベートスペースとトレーニング室になっているんだよ」
「それなら小さな事務所を借りれば良いんじゃないのか」
「セキュリティと利便性の関係でそこになったみたいだよ」
「ふーん・・・色々あるんだねぇ」
「色々あるみたいなんだよ・・・」
どうやらオルカはかなりの広い事務所を手に入れているらしい。
「ほら・・・」
「うん・・・」
俺が荷物を置いて部屋にあるソファーに座りポンポンと叩くとオルカが隣に座って俺の肩に寄りかかって来た。
「人と会うのは疲れるよ、運動しているだけの方が良いな・・・」
「疲れるなら辞めたっていいと思うよ、人生は楽しく生きた方が絶対良いからさ、お金なんてそんなに稼がなくたって生きていけるよ」
「うん、そうだよね・・・ありがとう・・・・」
マネジメント会社の人は、オルカを最大限儲けさせようと考えているのだと思う。けれどそれによってオルカが精神的に擦り切れてしまったら意味が無い。
俺は膝の上をポンポンと叩くとオルカは俺の膝の上に頭を乗せて横になった。
オルカの頭を優しく撫でるとオルカは気持ちよさそうに目を瞑った。
「早く結婚したいな・・・」
「俺が18歳になったら入籍だけでもしようか?」
「良いの?」
「ユイも16歳になってるから結婚出来るしな」
「うん嬉しい・・・」
男性は18歳、女性は16歳で結婚可能だ。20歳以下は両親の許可が必要だけど大丈夫だと思う。
「俺はまだお金を稼いで無いから結婚式も結婚指輪も無いぞ?」
「そんなのは良いの・・・それに私が全部買ったって良いんだよ・・・」
「そこは男の甲斐性に任せて欲しいな・・・」
「甲斐性が無い旦那で苦労してます」
「俺達まだ学生だし結婚は・・・」
「あっ! 嘘だよ嘘っ!」
親父がお袋に言ったトラウマ級の言葉はなかなか攻撃力があるようだ。いやそんなに涙ぐまなくてもちゃんと結婚するよ。
「そういえばこの前、リュウタとジュンと3人で兄弟盃を交わしたんだよ」
「ジュンって田宮君だっけ?」
「そうだよ」
そういえば田宮を名前呼びにするようになってからオルカと会って無かったっけ。
「何で盃を交わしたの?」
「ジュンが綾瀬の婚約者になったのは知ってるよな?」
「始業式の日に騒ぎになってたからね」
「なんか綾瀬の叔父さんである京都の田宮ソウジって人が親分の兄弟分で、跡取りがいないから綾瀬が養子になってジュンを婿に迎えるんだって」
「ふーん・・・田宮君ってそこの人なの?」
「ううん分家の人らしい、だから婿入りするんだって」
「梶原家、権田家、田宮家の結束を深めるためって事なんだ」
「そう言う事だろうね、それで、お互いの婚約者同士は姉妹になるらしくてさ、綾瀬から今度お祝いしましょうって伝言があったんだよ」
「綾瀬さんとシオリちゃんか・・・」
「あとユイもだよ」
「あっ! そうだねっ!」
ユイも俺の婚約者になった事で姉妹の仲間入りとなっている。
「夕飯どうする?」
「ルームサービス頼もうよ」
「お金持ちだなぁ」
「うん、急にお金持ち・・・なんか怖い・・・」
「気持ちは分かるよ」
俺もオルカも基本的には庶民だからな。
「でもオルカも4桁万円の車を買ったんだろ?」
「うん、お金持ちだもん」
「そっか、お金持ちか・・」
「うん、お金持ちなんだよ・・・」
前世では「お金が無いな・・・」ばかりだったから良く分からない感覚だけど、目の前にお金が積み上がっても使い道が分からず困る事になりそうだというのは良く分かる。
ソファーの前のカウンターチェアの下にルームサービスのメニューが置いてあった。それを見るとディナーで大体1人で8,000円~12,000円かかるようだった。
「こんなに高いのは俺には合わないよ・・・外に行こうっ!」
「えっ?」
「ファンに囲まれたら走って逃げよう? 俺もオルカも足は速いんだからさ」
「うんっ!」
オルカはクラスで綾瀬と同じぐらい足が早い。運動会の色別対抗リレーはクラスの代表だからと綾瀬に譲ったけれど、クラス対抗リレーはオルカがアンカーを走ってた。それに持久力という点ではオルカの方が綾瀬よりあるので走って逃げるという事に関して負ける事はまずない。
俺とオルカは少し動きやすい服に着替え、そして周囲を散策し、見つけた回転ずしの店でお皿の値段を考えずに注文したりお皿を取って食べた。それでも会計は2人分合わせても5,000円かからなかった。
店から出る時にすれ違った客がオルカを見てギョッとした顔をしていたのでバレたようだけど、特に追いかける事はなく薄暗くなり始めた街に溶け込む事が出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます