第122話 投資話

 懐かしい昼食を食べたあとに挑んだ男子100m自由形決勝で、俺は3位、相良は8位に入賞して終了した。「気合お願いするっす」と言われて二番煎じの敗北を楽しめバチンをしたのだけれど、順位の上昇が起きることは無かった。

 俺は高校最後の試合となる決勝で予選より0.13秒上回り予選2位の人を上回ったけれど、9コースを泳いでいた予選のリスタートでタイムを落としていたオリンピック男子100m自由形の代表であった2人に先着されて3位という結果で終わった。

 相良も自己ベストを更新はしたけれど、予選で勝っていたその2人に先着した分順位を落とした形で8位となった。


 オルカは予選でのターン失敗をきっちり修正したけれど、プールコンディションは良くなかったようで、オリンピックで出した自己ベストより0.44秒遅いタイムだった。ただ自己ベストより遅いといっても大会新記録でぶっちぎりの優勝というさすが日本の水辺という貫禄だった。


 翌日、マダムと坂城と相楽は、マダムの車で周辺観光を楽しみに行っていた。マダムがうなぎを食べたいと言いながら、フリーペーパーのグルメ地図を見ていたので、美味しいうなぎに舌鼓の三重奏でもしに行くのだろう。

 俺とオルカはそれにはついていかず、オルカが泊まったホテルで待ち合わせて、湖が一望でき小さな鳥居が見える屋上のレストランで一緒に食事をした。


「今回のプールだと自己ベストは難しいよな・・・」

「うん、今日は風が強くてプールに波が立つから少し上げ目の呼吸になって体のバランスが少し落ちるよ。あと壁が滑るから慎重にターンする分遅れるんだよね」


 朝刊のスポーツ欄にオルカが国体で優勝した記事が載っていたけれど、そこにはオリンピックでは越えられなかった400mの世界新記録を超えて欲しいという街の声があったと書かれていた。


 今回は会場のコンディションの悪さもあって選手全体の記録があまり良くなかった。待機場所も海からの風が吹き込む位置にあってせっかく温めておいた体を冷やしてしまう悪さがあって体の熱を維持するのに少し苦心したぐらいだ。

 観客席に屋根も無いため、決勝の前に小雨と強風が吹いて環境は劇的に悪化した。観客席に立てたテントが風で飛ばされそうになったため、畳んで駐車場の車の中に避難している選手とその家族が沢山見られた。


「控室貰ってるのが申し訳ない気がするよね」

「そうだな、ちょっと他の選手は可愛そうだったな」

「うん」


 会場の周辺に観客と選手を退避するような建物は無かった。飲料メーカーやスポーツ用品メーカーやボランティアスタッフ用のテントは見られるけど、そこにも風雨をしのぐために多くの人が集まっていて収容能力を超えていて。傘をさしたり雨合羽で凌いでいるだけの人も多くいた。

 オルカの他にも控室を貰っている選手もいたけれど、そういった選手以外はかなりの悪環境の中で試合をしていたのだ。


「オルカはもう高校には通わないのか?」

「卒業式には出席するけど授業には出ないつもり、自働車教習所と船舶免許の講習を受けるつもりだよ」

「なるほど、賢いね」


 暗い話になっていきそうなので話を明るい方向に変えることにした。


「実業団から早く合流しても良いと言われてるから京都にも拠点を作ってるんだよね」

「へぇ・・・」

「卒業したら私の運転する車で京都に行かない?卒業旅行って感じでさ」

「ユイは?」

「うん、世界選手権終わった頃が終業式だから、一緒に京都まで行かないかって誘うつもり」

「良いんじゃないかな」


 オルカも色々考えているようだ。


「車は新車で買うのか?」

「うんそのつもり、マネジメントの人にもいい車買ってと言われているよ」

「マネジメントの人が?」

「今年の収入が多すぎだから節税のために色々買ったほうが良いんだってさ」

「なるほどね・・・」


 オルカは様々な報奨金を合わせると億単位のお金を手にしてしまっている。そのままだと半分が税金に取られるだけなので、設備投資に使って税金を圧縮したいのだろう。


「私の個人用の事務所を兼ねたマンションの一室とか、トレーニング機器とか、遠征で移動するための車とか、そういうので使ったほうが良いんだってさ」

「それで新車なの?」

「うん」

「なら納期を考えて早めに予約したほうが良いよ」

「そうなの?」

「長いと3ケ月ぐらいかかるよ」

「じゃあ通い始めたらすぐに探そうかな」


 中古車と違って、新車は買いに行ってすぐ手に入るものでは無い、ある程度の完成品はあったとしても、客に合わせた塗装とかパーツの取り付けで時間を要したりする。


「それでどんな車を買う予定?」

「タカシも運転する事考えてSUV車考えてるよ」

「京都って狭い路地裏多いって言うしコンパクトな車の方が良くない?」

「それが必要になったらそれも買うよ」


 大金を手に入れた事で、オルカの金銭感覚が少し狂い始めているのかもしれないな。


「お金の事は人任せは怖いかもね」

「大丈夫だよ、信用できる人だから」

「そうなの?」

「うん」


 マネジメント会社も親分を通して紹介して貰ってるし大丈夫なのかな?でもバブリーな投資なんかに手を出されたら怖いな。


「自分に必要のないものを買ったりしないほうが良いよ、維持管理するだけでもお金はかかるからね、ローンなんか組んで、支払いとか滞ると、そのために無理しちゃうからさ」

「うんそうするよ」


 運動選手が現役で働ける期間は短い。そのあともコーチとか解説者とかスポーツライターとか芸能活動とか、活かす職業につけたとしても報奨金のような泡銭はいつまでもあるわけではない。


「それなら面白い会社見つけてそれに投資したらどう?」

「投資?」

「今インターネットって流行って来てるじゃない?」

「うんそうだね~」

「今後発展していく企業も多いと思うんだ」

「そうだねぇ」

「それで今は円高だから海外の企業の株なんかが安く買えるんだよ」

「円高だから海外のものが安いっていうのと一緒?」

「そうそう、だけど一つの企業に集中して買うと、その企業が倒産した時に大変だから、沢山の企業に分散して投資をするんだよ」

「ふーん・・・」

「アメリカの検索サイトっていうのを運営している会社と、通信販売をしている会社と、動画を投稿するサイトを作ろうとしている会社なんか、そのうち大きくなると俺は思ってるんだ」

「タカシがそう思うなら買ってみようかな」

「大手銀行の投資会社に頼めばやってくれると思うから頼んでみると良いよ」

「分かった」


 俺が何気なく紹介した中にスミスがダミーとして立ち上げた企業も入っている。


 前世で人気が出て巨大マーケットを作った企業のシステムを俺の記憶を読んだスミスは一瞬で構築してしまった。そしてダミー会社の業態として作り上げてしまったのだ。俺も働きだして現金を得たら少しづつ投資を考えているけれど、さすがにマッチポンプの様な気がするので自身では違う会社に投資するつもりではいる。けれどオルカの投資の際に話をするぐらいは良いのではと思い紹介した。買うかどうかはオルカの判断なのでその先は介入はしないけれどね。


 バブル景気もあり株式投資の話はけっこう巷に溢れていた。けれど国内企業への投資という話で海外の企業への投資という話はあまり聞かなかった。日本の景気はいつまでも良いと思っている人が多いためだ。けれどバブル景気はいつかは失速するのを俺は経験している。


 この世界の今のアメリカは自動車や造船半導体などの製造部門の業績悪化で景気が非常に後退していた。それでも日本の経済規模の5倍もあって世界の経済を牽引している。前世でもアメリカは貿易赤字国だと言われていたけれど圧倒的経済力を維持していた。アメリカは自力が非常に高い国だからだ。

 それに新たなものを開発するという分野についてはアメリカは開拓者精神に溢れているため日本より秀でていた。日本も良いものを多く発明していたけれど、アメリカの様に社会の仕組みまで変える発明の多くは日本からでは無くアメリカで開発されていた。


 前世でアメリカは景気対策として国内産業を保護するための円高の介入をした。そして日本は一気にバブルが崩壊したと聞いた事がある。実際この世界のアメリカも円高政策をしていた。日本の内需が冷え込みだしたら一気に冷え込みそうな予感がしている。

 バブル崩壊後に堅実な経営によって頑張っている日本企業に投資するのは良いと思っている。特にオルカが買った車の会社は非常に堅実な車の開発をしている。けれどそれに投資するのは、日本が過剰投資に勤しんでる時に買い株価の暴落で苦しむのは、ただただお金をドブに捨てるような行為な気がしている。なので今は為替なんか関係ないほど価値が上がりそうな、前世でこの時期に価値が上がるジャンルの海外の企業に投資する方が良いと思っていた。


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 翌日、俺と坂城と相良はその翌日にマダムの車に乗って街に帰った。オルカはマネジメント会社の人と電車で帰るそうで、俺とレストランで分かれたあと、連れ去られる様に車に乗って去っていった。


 翌朝、街に帰るためにマダムの車に乗って帰路についた。ハンバーグ屋にまた行きたいと坂城が主張したけれど、焼津という街の観光地場に必ず行くと主張するマダムに逆らう事が出来ず主張を引っ込めた。あのハンバーグ屋は駿河県と遠州県に数多くあるから行く機会はいつでもできると思うので、別に落胆する必要は無い気がする。


 観光市場内の食堂に行き、俺は普通の海鮮丼を注文したけど、他の3人は駿河丼という冷凍シラスとサクラエビの解凍したものを乗せた丼ぶりを注文していた。

 水泳部顧問は美味しいと言っていたけれど、坂城と相良は微妙な顔をしていた。美味しいけれど珍味的な所があるし口に合わなかったのだと思う。


 食後に観光市場に行って買い物をした。マダムは「お安い」と言って干物や冷凍マグロや冷凍の釜揚げしらすや黒はんぺんを大人買いをしていた。子供である男3人は生きた貝やエビを見ながらマダムの荷物持ちとしてついて行った。

 10枚入り648円という高級な黒はんぺんがあったけれど、俺が言った10枚入りで89円で売られているものがあった。俺はその安い黒はんぺんを沢山買った。俺の思い出の黒はんぺんはこの安い黒はんぺんで、それでも充分美味しいからだ。


 帰りの箱根の山越えの時、富士山を間近に見る時に丁度夕暮れに差し掛かっていた。夕日に赤く染まる富士山は、昼間の富士山と違う綺麗さがあって、雄大な景色に感動をした。


 下りに入ると外が急に暗くなっていき、また道路が帰宅ラッシュと重なった事でノロノロ運転になってしまった。

 俺は眠気に勝てず居眠りをしてしまい、気が付くと家の前到着していて坂城に肩を揺さぶられて起こされた。駅前の近くに住む相良は先に降りていた。


「お疲れ様でした」

「先生、運転ありがとうございました」

「とても楽しかったです」

「いえいえ、じゃあまた元気に学校でね」


 日焼け防止用の恰好を脱いだいつもの顔になったマダムは車に乗り込み帰っていった。マダムの家は立花家に近いらしいけれど、坂城の家は少し離れているのでマダムが家まで送り届けるらしい。


「おかえりなさい」

「ただいま、色々疲れたよ」

「プリン食べる?」

「食べようかな」


 お袋は風呂に入っていて義父はまだ帰って居ないようだった。溜まってしまった洗い物を袋に詰めると、俺はユイがテーブルに持ってきたくれたプリンを食べた。


「お土産はこのお菓子?」

「うん、定番だろ?」

「そうだねぇ・・・」


 帰省で何度も駿河や遠州に行く俺達には、そこのお土産に目新しさを感じない。けれど何か買って帰らねばと思い、汽水湖周辺の有名な焼き菓子をお土産に買って来た。


「夜のお菓子だから今食べても良いんだよね?」

「お袋が風呂から出て来てからが良いんじゃないか?」

「それもそうだね」


 美味しいけれど、特段感動する訳ではない遠州の銘菓。でもあると何となく手が出てしまう不思議なお菓子なので、ユイもなんとなく食べたくなったのだと思う。


「黒はんぺん買って来たけど食べるか?」

「あっ・・・食べる」


 黒はんぺんは安いしチープなビニールに包まれたものでお土産という感じではなかったけれど、ユイの反応は意外と良かった。こっちの街で生まれ育ったユイには珍しいものなので、定番のお菓子より嬉しいようだった。

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