第118話 隠す事なく
新学期の通学日、俺は梶原家の養子に入っていたため姓が変わっていた。どこかに梶原本家とかがあって引っ越す必要がある訳ではないので、そのまま立花の家で生活をしている。何かが大きく変わった訳では無いけど、前より大きなものを背負っている事にはなるため、少しだけ緊張して学校までの道を歩いた。
綾瀬は婚約したらしく指輪をして通学してきた。婚約相手は男子バスケ部の田宮だ。とても意外な組み合わせに俺は驚いてしまった。
綾瀬と田宮がお揃いの婚約指輪を着けているという噂はすぐに学校を駆け巡った。その噂は、俺の姓が変わった事や、ユイが俺やオルカと同じ模様の婚約指輪を着けて登校したという噂がかき消えてしまうほどのものだった。
「いつからそんな関係だったんだ?」
「私に婚約の話が来たのは正月の少し後ぐらいからよ、その相手がバスケ部の田宮君だと知ったのは先週だけどね」
親が決めた婚約者って事か?
「田宮と付き合ってた訳じゃ無いのか?」
「私の後見人が決めた相手が田宮君なのよ」
「カオリの後見人って親分の事か?」
「権田リュウゾウさんの兄弟分が田宮家の人だったって言えば分かるかしら?」
「親分の兄弟分?」
「分からない?」
なんか親分から聞いたことがあったな・・・。
「あぁっ! お袋さんの件かっ!」
「思い出したようね」
「跡取り娘っていうのは綾瀬の事だったのか・・・」
「去年の始め頃に、私の後見人が権田リュウゾウさんから田宮家の当主であるゲンサイさんに変わっていたのよ。私がこの街にいる間は権田リュウゾウさんが代理人をしてくれているけどね」
なるほどね、田宮が言ってた京都の田宮本家の入り婿になるって件とがっちり繋がった。
「高校を卒業したら私は田宮家に入るわ、だから京都に行ったら、私が立花・・・いえ梶原君の世話を手伝うからね」
「俺の世話?」
「何でも無いわ」
そういえば親分が京都で俺を世話してくれる人を紹介するって言ってたな。 それが田宮家の人ってことか。
「綾瀬は受験大丈夫だろうけど、俺はまだ余裕とはいかないのがなぁ」
「そこは私じゃ世話は出来ないわね」
「分からない問題があったら聞くから宜しく頼むよ」
「それぐらいの世話なら構わないわよ」
俺と綾瀬は教室で遠巻きに見ている人がいる中、普通に話をしていた。 何故なら俺と綾瀬は席替えで前後の席になり、話す事が普通の位置関係だったからだ。
俺は体が大きいため、後ろの席は黒板が見えづらいと不評で、別の人と席を交換する事があるのだけど、綾瀬は気にせず俺の後ろの席で良いと言って着席した。
綾瀬は、「お前の後ろは居眠りしてもバレないから助かる」と言っていた1年の頃の望月とは違うと思うけれど大丈夫だろうか?
オルカは新学期の日には登校したけれどそのまますぐに帰っていった。 既に卒業に十分な出席日数には達して居るそうで、このまま登校しなくても問題ないらしい。席は俺と綾瀬が座る窓際の1番前とその後ろの反対側の廊下側の1番後ろが割り当てられた。
1年の時、武田の席がそうやって決められたの思い出したが、特に感慨は感じなかった。
オルカは俺達が泊まっているホテルに同じ様に宿泊していて、そのホテルの短水路のプールで暇があれば泳いでいる。
報道陣がいなくなった事で、オルカのお祖母さんは駄菓子屋に戻り店を再開していた。けれどオルカが現れればすぐに駆けつけて来る恐れがあるため、オルカはホテルに缶詰になって過ごしていた。
駄菓子屋では親分さんが派遣した女性が手伝っていた。 合気道の名人で捕縛術の達人らしいので、滅多な事は起きないだろうとの事だった。
「勉強の方はどうなの?」
「この前の模試ではB判定だったな、Aはまだ1回も取れて無い」
「あの大学は満点近く取らないとAは出ないわよ」
「綾瀬は毎回A判定なんだろ?」
「そうね」
中間期末も殆ど満点だからな。 模範解答だと言われて綾瀬の英語と数学の答案のコピーが配られた事もあったし。 本当に凄いやつだよ。
「来週の国体過ぎたら追い込みするんでしょ?」
「あぁ、俺にとっての引退試合だな」
「頑張ってね」
「あぁ」
合宿後に通う予定だった予備校は結局色々あって行けなかった。 模試を取り寄せて自主的に行い送って採点してもらう事しか出来なかったのだ。
最近落ち着いて来たので予備校に通っても良さそうに思っている。 1人で勉強するのも色々捗るけれど、ギラギラしている同じ受験生たちの中に入る事で得られるものがあると思っていた。 だから国体後に予備校に行くつもりで準備を進めていた。
始業のチャイムがなり教員が教室に入ってきたので綾瀬が「起立!」と声をあげる。 相変わらずよく通るいい声だ。 「礼」と言われて頭を下げた時に窓から涼し気な風が吹いて、前髪を揺らした。 今日はプールが少し冷たく感じそうだと思いながら「着席」の声と共に席に座った。
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「梶原先輩あがりですか?」
「あぁ、俺は調整中だし早めにあがるよ」
「坂城先輩はまだ泳ぐみたいですよ」
「坂城は少し疲れてると感じる方が早く泳げる特殊な体質だし、俺は付き合えないよ」
「それもそうですね、お疲れ様です」
「お疲れ様」
国体は比較的近い遠州県で行われる。
水泳は、汽水湖の畔にあるプールが会場で、水泳部の参加者である俺と坂城と相良は顧問であるマダムが運転する自家用車で会場に向かう事になった。
お袋が臨月に至り、出産するかもしれないとの事で、義父もお袋についているため今回は応援に来ない。
オルカは安全に配慮し、マネジメント会社が用意した車で向かうらしい。
バスを乗り継ぎホテルに入り、フロントに挨拶をして鍵を受け取ろうとすると、部屋でオルカが待ってると伝えられた。 どうやらプール練習を終わらせ部屋に戻っているらしい。
ホテルスタッフと共に部屋に行き、部屋のチャイムを鳴らすとすぐに返事があった、オルカが風呂やトイレ着替え中という事は無かったらしい。
ドアはすぐに開いたのでマスターキーを持ってついてきたスタッフに礼を言って帰って貰った。
「お帰り」
「ただいま」
最初は違和感を感じていたけれど、ホテル暮らしにも結構慣れた。 便利すぎるので慣れすぎるのも問題だと思っているけど、今は親分から大丈夫だとお墨付きがあるまで避難を続けるしか無い状況だ。
「夏休みの課題提出しておいたよ」
「結構遅れたけど大丈夫だった?」
「提出が無くても卒業は大丈夫だぞって笑われたよ」
「そうなんだぁ〜」
「やらなきゃ良かったと思ってそうだな」
「うん」
「殆ど自分で解いてないからやったとは言わないぞ」
「うっ・・・」
俺はヤレヤレという顔をしたあと荷物を置いて、オルカを抱きしめた。ホテルのプールは塩素が強めらしく、髪から強めの臭いがしていた。
「エヘヘ」
オルカは2年近く髪を伸ばしているためかなりの長髪になっていた。 普段は後ろにまとめて縛っているので分かりにくいけど、髪を下ろしているとその長いストレートの髪が伸びているのが良くわかった。
「髪、随分と長くなったな」
「短くした方が良いって言われるんだけどね」
「2つも金取ったら言われないだろ」
「髪切ってたら400も世界新だったってさ」
「そいつを坊主にして世界新取って下さいって言いたいな」
「あはは、今度言われたらそう言い返しておくよ」
俺がオルカを離すと、持っていた飲みかけのスポーツドリンクペットボトルを渡して来たので有り難く頂戴した。
「プリン食べる?」
「ユイが帰って来てからで良いよ」
「ストレッチはするでしょ?」
「勿論」
「じゃあベッドの上で横になってよ」
「先に洗い物を袋に入れて出しておきたいから先に行って待ってて」
「了解」
この部屋のベッドルームは窓から外の景色が一望でとても綺麗に見える。 開放的な気分でするストレッチは、いつもより体も伸びて気持ちがいい。
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