第116話 満点の回答
「お兄ちゃん! オルカちゃんが2つも金取ったよ!」
「あぁ合宿所で見てたよ」
「すごいねぇ、お祝いしないと」
「うちの周りがもう少し落ち着かないとなぁ・・・」
「そうかぁ・・・」
オルカは400m自由形でも金メダルを取った。世界新記録まで僅か0.12秒足りなかったけれどそれでもオリンピック新記録を出しての見事な金メダルだ
これからオルカは国からの様々な式典に参加し、メディアにも前より多く出演する。国体もあるので練習はするだろうけど、しばらくは家には帰って来れないと、親分さんの紹介したマネジメント会社から携帯に連絡があった。
実際に駄菓子屋の周囲に報道関係者らしい人が多く現れ周囲の家に不躾な突撃取材をしていたらしい。
うちは予め親分さんから応対しないように忠告を受けていたし、メディア関係者も親分さんが派遣してくれた人が追い散らしてくれたので問題は起きなかった。けれど学校前には取材陣がいて門の前で守衛と揉めていた。
オルカの婚約者である俺も見つかると面倒という事になり、親分さんの派遣してくれた車が派遣されるまで学校を出ることが出来なかった。
親分さんから連絡を受けた義父は、貴重品を持ってお袋とユイを伴い、親分さんの手配した、今俺がいるホテルに避難したそうだ。
オルカのお祖母さんも近所に迷惑はかけられないと、店を閉めて親分さんの家に滞在しているらしい。
学校には新学期からしばらくは車通学になる事を伝えているらしく、このホテルから通う事になるそうだ。
こんな騒ぎになってしまったので、海水浴に行くという予定が中止になりそうだった。興味深い検証を予定していたけれど、周囲で騒ぎを起こしかねない事でもあるのでしない方が良いだろう。
『残念です』
スミスはこの検証に興味を持っていたので、俺が中止を決めた事が残念のようだ。
ゲームで7月から8月に起こせるイベントが実際に起きるという検証であるため、オリンピック前にすれば良かったのだけれど、オリンピックに集中しているオルカに変なイベントは起こしたく無かったので保留にしていたのだ。
「お袋は?」
「お父さんと病院に行ってるよ」
「なるほどな・・・」
俺はカバンを置いてから本革張りらしいソファに座った。
「汚れた服は、あそこの袋に入れて出しておけば洗ってくれるよ」
「分かった」
「それにしてもすごい部屋だな」
「うん、もしかしたら家より広いんじゃない?」
「そうだな・・・」
ユイが見ていたらしい点きっぱなしのテレビでは、オルカが優勝したレースのダイジェストとインタビューが流れていた。「私は立派な日本になったよ!」の部分は特に強調されて流されて、この部分は水泳部の仲間達がオルカに伝えた声援の言葉で、その仲間の一人が指輪の婚約者だとまで解説されていて、その相手がどんな人物かも説明していた。
「梶原景時の末裔ってなんだろうね?」
「あぁ、その事については親分さんから説明があるみたいだ」
「分かった」
梶原景時は鎌倉幕府を開いた源頼朝の腹心だ。源義経を英雄視する物語では悪役として出てくる人物で小男というイメージが強い。そして確か源頼朝が亡きあと勢力争いに敗れ、鎌倉から駿河の方まで一家で逃げたあと、近くの豪族に見つかり全員殺されてしまっていた筈だ。
確かに俺の名字は確かにお袋が再婚するまで俺の親父の実家の姓である梶原だった、親父が梶原景時の末裔だったなんて話は聞いたことが無かったし、一家全員殺された人の末裔なんておかしな話だ。
「ほへぇ〜」
「なんだ?その変な言葉は」
「お兄ちゃん達の家ってすごかったんだねぇ」
「これも親分さんから聞かなければならない事なのかな・・・」
「そうなの?」
「多分ね」
お袋の実家の松井家は徳川家の弓術指南役なんてそんなに立派な家じゃない。お袋の実家のある集落は弓道場すら無い場所だ。集落の中に猟師を副業にしている農家の人は数人いたけれど普通に猟銃を使っていた。集落の途中にある道の駅内にある周辺の文化を紹介する展示コーナーには、実際に昔使っていたという火縄銃と、硝石を税として回収したと書かた古文書のコピーが展示されていた。硝石は蚕の糞から造られていたそうで、当時お袋の実家の近くは養蚕が盛んだったという説明がされていた。
そんな場所なので江戸時代には既に火縄銃で猟をしていて、弓で猟をしていた集落では無いように思う。
---
ユイに言われてルームサービスでお昼ご飯を食べたあと、ホテル内にあるプールでユイに泳ぎの指導をした。その後部屋に戻ると、お袋と義父が部屋で待っていた。
「あっ、おかえり〜」
「仕事に行ってきたの?」
「ただいま、権田さんより話があるっていうから少し早めに帰って来たけどね」
早めと言っても6時を回っている。義父の少し早めというのは残業をぜず帰る事なのだろう。
「多分朝からされてるタカシに関する報道の事よ」
「あれって本当なの?」
「違うだろ・・・」
「僕もシンジからあんな話を聞いたことはないなぁ」
「私も初耳よ、ずっと百姓の家だと聞いてたわ」
「そうなんだ・・・」
その時部屋のチャイムが鳴らされた。お袋が返事をして扉を開けると、親分の声が聞こえたので来訪が分かった。
「皆さんお揃いだな」
「いらっしゃいませ、本日の来訪はタカシの件という事でよろしいのでしょうか」
「そうだ」
親分の後ろにはリュウタと腹心の人が控えていた。義父の招きで部屋の中にある大きなソファーセットに案内すると親分とリュウタが座った。腹心の人は部屋の内線を使い、ルームサービスでティーセットを注文した。
俺達はその対面に義父、お袋、俺、ユイの順に座り、親分が話を始めるのを待った。
「まずは今日の坊に関する報道は、儂らが流させたものだ」
「そうですか・・・理由をお聞きしても?」
「勿論話すが、悪い話では無いことは先に言っておく」
「はい、権田様が我々にそのような事をするとは思っておりません」
「ふむ・・・理由は坊に家格が必要になったからだ」
「家格ですか・・・」
「水辺の嬢ちゃん、あの実績は大きすぎる、かならず坊ではなくもっと相応しい相手をと横槍が入る」
「既に婚約しててもですか?」
「あぁ、実際に水辺の本家が動いていた」
「水辺さんの家がですか?」
「海軍中将で参謀長の水辺ゴウシが嬢ちゃんを養女に迎えようと動いておった」
「それは大物ですね」
「あぁ・・・儂も海軍にはツテが少ない、だからそうなっても坊との婚約を破棄させないよう、坊をそれに釣り合う家格にする必要があった」
「なるほど・・・」
理由は俺とオルカの婚約を破棄させないためか。確かに俺はオルカに釣り合う様な実績があるわけじゃ無いな。
「坊が水辺の嬢ちゃんに釣り合わないと言ってるんじゃないぞ、皇家や将軍家は坊を認めている」
「えっ?」
「坊は既に日本を救ってる、何百・・・いや何千万にも及ぶ日本人が助かっている」
「タカシ君がですか?」
「あぁ・・・でもこれは世間は知らんし理解はせん話なのだ」
「それは・・・」
その時部屋のチャイムが鳴り、親分さんの背後に控えていた腹心の人が扉を開けに行った。どうやらルームサービスが届いたようだ。
腹心の人によってお茶が配られている間、俺が親分の所でした話と、それによる影響について説明があった。
俺は意味もなく他人に何かを誇る性格では無いので身内にも黙っていたけれど、今回明かされる事になってしまった。
ユイは難しい話に理解できないものか、数学の難しい問題を解いている時の顔をしていた。
お袋は真っ青な顔をして俺の顔を凝視していた。
義父は表情を変えず黙って頷き「分かりました」と言った。
「こうして坊は1人の力では無いが、その知恵で多くの人を動かし、将来起こりうる国難から日本を救ったという訳だ。けれどそれを下手に公表すれば国民は大きな混乱に陥るし、政治に疑念を持ち大きな政変が起きかねん。下手をすれば国防に穴が開き、他国に付け入られる事になるだろう」
「そういう事ですか・・・」
義父は政治関係にも明るいのか、すぐに理解したようだ。
「事が起きれば、坊の予言が正しかった事は証明されるし、それにしっかりと耐えた姿は他国への強みになるだろう」
「そうですね・・・いつ起きるか分かりませんが、そのいつかは確実に起きるものだと理解します」
「儂は坊が大学を卒業する頃に、しっかりとした立場を用意するつもりだった」
「タカシ君の研究に箔付けをつけるためですね?」
「あぁ・・・だが水辺の嬢ちゃんの存在が大き過ぎて、坊が何かをしても、水辺の嬢ちゃんの相方という見方しかされなくなる可能性があった。やっかみから研究の足を引っ張ってくる輩も出てくるだろう」
「ありそうな事です・・・」
オルカの功績は、俺が地震の研究をして結果を発信する事にそんなに影響のある事なのか・・・。
「けれど家格があればそういった事をかなり軽減出来る。家格が高ければ、話が無視できないし信用されやすいからな」
「その通りですね」
「ただしその分失敗した時は大きな責任を伴うのが家格というものだ、坊に大きな荷物を背負わせる事にもなるが、儂は坊なら耐え切ると信じておる」
「分かりました、私もタカシ君がそこまで背負う覚悟を持っているのなら信じることにしましょう」
「うむ、さすが坊の義父上であるな、腹が座っておる」
「いえいえ」
ここまで大きく信用されて、背負えませんとは言えないと思った。それに今回の家格が偽りであったとしても、周囲に信じてもらえるようになるなら願ったり叶ったりだと思う。
「坊は今回の件で何かあるか?」
「どんな大風呂敷でも背負う覚悟はできています、俺がする事は何も変わりませんから」
「うむ・・・見事だ・・・」
どうやら親分が望む満点の回答が出来たようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます