第112話 権現

 権現とは神が現世に顕現する事を表すらしい。

 長きに渡った戦国時代を終わらせ、長い間の太平の世の礎を作った徳川家康を神格化しているのが東照権現だ。

 前世では徳川家康は東照大権現と言われていたけれど、この世界では大を付けたりはしない。西の皇家と東の将軍家という感じに権力が二分し完全なる日本統一では無かったという違いがあるからかもしれない。

 それでも皇家の影響の強い西日本にとっての天照大御神のように、将軍家の影響の強い東日本では東照権現を多くの人が敬い祀っている。

 家康公が生誕した地である三河県、余生を過ごして没した地の駿河県、幕府を開いた武蔵府、徳川家康の遺言により改葬された江戸の鬼門にあたる方向の下野県にある東照宮は特に有名で、出世や幸運や護国の神として愛され多くの人が訪れている。


「・・・という事は俺は華族扱いなのか?」

「華族では無いっす、けれど華族にとっては権現様の傍流の義兄弟ぐらいの立場なんで敬服の対象っす」

「傍流?」

「権田家は権現様の兄君であり、2代将軍秀忠様の相談役だった松平定勝様の5男の権田定房様から始まる家で、350年将軍家の祭事を仕切って来たすごい家っす」

「すごい家の関係者だとしても、華族じゃないのに敬服するのか?」

「幕府の御用鉄砲鍛冶士と仕官先が無い武家の倅とどっちの方が偉いと思うっすか?」

「鉄砲鍛冶士なのか?俺には分からないよ」

「士族には平民を無礼討ちが許されていたので、制度上は武家の倅が上っす。でも御用鉄砲鍛冶士を無礼討ちにしたら、幕府の怒りを買って刺客が送られるっすよ」

「そうなのか?」

「武家と言っても農民が戦の時の槍働きで武家として取り上げられたりした場合も多いっす。制度的に華族じゃなくても、手柄を立てたり上役に取り立てられたものは敬う対象っす」

「なるほど・・・」


 祝勝パーティーがおわったあと、ホテルの部屋で田宮から事情を聞いているのだが、華族の制度は一般人とはやはり違った。


「平民が華族になることはあるのか?」

「華族の誰かが嫁か養子に迎えれば華族っすね」

「なるほど・・・」


 前世でも女性皇族が民間の男性と結婚すると皇族から抜けたりしたし、民間の女性でも皇族と結婚すると皇族になったもんな。女性はその家に入るって感じか。


「華族は血筋主義なんすが、血筋なんて後付けもできるっす」

「どういう事だ?」

「華族当主が自分の身内だと宣言すれば華族に出来るもんす」


 前世でも豊臣秀吉が関白になるために、自分の母親をどこかの皇族か公家の御落寵だと言って自身の血筋を後付したんだっけな。同じ感じ事が華族の血筋でも作れるのか。


「立花さんやユイっちなら、自身の血筋だと言いたい奴はいると思うっす」

「それを言うならオルカもじゃ無いのか?」

「水辺先輩の家も4代前が華族なんで、そこの当主あたりが養子にしたがってると思うっす」

「そうなのか?」

「水辺家は北条水軍の中核を成した伊豆海賊衆を開祖とする家で代々海軍の名門っす、現当主は海軍中将っすよ」

「そりゃ凄い」


 3代前や4代前に華族じゃ無くなったのは、その時代に大政奉還が行われ、膨張し過ぎている将軍家や武家を縮小させたからだ。当主と直系の親族だけが華族として残り、他は民間に降ろされたのが理由だ。同じ家でも分家させたりして宗主家と分かれてる場合は残ったそうだけど、そうではない場合は家が断絶して無くなった家もあるらしい。

 先の大戦では軍属になっていた華族が真っ先に戦死したため、当主やその子孫の多くが亡くなり武家の多くも断絶している。疎開をせず都市防衛に残ったために空襲で一家揃って亡くなったりしている話も聞く。現田という権田の分家もそうやって断絶した家の1つだと、リュウタから聞いた事があった。


---


「じゃあ出発進行!」

「テンション高いっす!」


 帰りの車にはオルカが居ない代わりに田宮が同乗する事になった。

 高校のマイクロバスが1台しか残っていなかった事と、引率教師が減ってしまった事と、父兄の多くが決勝を家族連れで観覧に来ていたため席が足りなかった事から、空席があれば積極的に乗り合おうという事になったためだ。

 田宮は他の男子バスケ部員からスミスと同席出来る事を羨ましがらていた。

 「得点王とMVPっすから」といってニヤリと笑い、ブーイングの合唱が起こるなか俺達の車に乗りこんだ。

 ちなみにユイが俺の隣の席に座ったため、田宮はスミスの隣というブーイングを受けた通りのプレミアムシートに座った。


「帰りは何処に食べに寄るの?」

「武蔵府に入ったあたりでうどんを食べようと思ってるわよ〜」

「さっきバイキングで食べたばっかだろ」

「ホテルの朝食バイキングってなんか大盛りにしたり、おかわりし辛い雰囲気あって・・・」

 

 確かに食べ放題の店ですよと言って入った所では大盛りやおかわりを遠慮する雰囲気無いけど、ホテルの朝食バイキングってガツガツ食べる場所って空気は無いから遠慮するよな。


「俺はミニうどんが美味しかったからおかわりしたけど」

「美味しかったよねぇ、上野の名物なんだっけ?」

「麦の産地でおいしい水が豊富だからだって」

「昨日のビアホールの予約待ちの場所にも似たような事が書いてあったね」

「そっか、ビールも麦と水かぁ」


 義父は車のトランクに会社や取引先の土産だと言って、麦芽とホップだけが原料とうたわれているらしい、工場直売所限定のビールを大量に買っていた。


「うどんって讃岐県のイメージだけど、他にもあるんだね」

「讃岐?」


 ユイは讃岐県と聞いて少し難しく考えたあと思い付いたように顔をパッと明るくした。


「讃岐県って2年前にオルカちゃんが行った県?」

「そこだね、ひやむぎ貰っただろ?」

「何で讃岐でひやむぎなんすか・・・」

「俺がこの時期にうどんの生麺をお土産にしたらカビるんじゃないかって言ったからだな」

「だからひやむぎの乾麺だったんだね!」

「そこはうどんの乾麺じゃ無いんすか?」

「オルカは少しポンコツだからな」

「可愛いよねぇ」

「何となく水辺先輩の事が分かったっす」


 オルカは水泳部のマスコットキャラみたいな所があったもんな。オリンピック後は日本のマスコットキャラになりそうだけど。


「樺太の時は、合宿のお土産に生のカラフトマスをお土産にしようとしていたんで、羽交い締めにして止めたんだよ」

「冷凍とか荒巻じゃなく生っすか?」

「うんパックの生」

「スーパーの鮮魚コーナーじゃ無いんすから・・・」

「何故か売ってたんだよ、しかも安く」

「そりゃ産地は安いでしょう・・・」


 あの時は水泳部やサッカー部には流氷の天使という、ゼリー菓子みたいなの買って帰ったんだよな。そういえば今回も俺のお土産ってわらび餅だからゼリー菓子みたいだな。まぁ夏に涼しそうなお土産って選んでたから、似た感じになったのかもな。


 その後は車内のカーテレビでNTホライズンのDVDが流される中、車は進んだ。車酔いはせず快適なドライブだった。ドーピング検査とかもう無いと思い、酔い止めを飲んだのが良かったのかもしれない。


 うどんの話をしたからか、途中で武蔵野というえらく太くてコシのあるうどんの店によって食べた。

 俺とユイと田宮が鴨長のザル、お袋と義父が山菜天婦羅のザル、スミスが熱々の釜揚げを食べた。


(熱く無いか?)

『これが一番エネルギー吸収効率が良いですから』


 店内は空調が効いているとはいえ、外は真夏日の気温。湯気立つうどんを汗もかかず食べるスミスの異質さに念話で訊ねてみたのだけれど、スミスらしい回答があるだけだった。


 

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