第111話 バスケの先生

「お疲れさん!」

「「「お疲れさんっす!」」」


 監督の掛け声と共に男女のバスケ部と集まった関係者全員がコップを掲げた。


 上野県は全国有数の麦の産地で、水資源も豊富であることから、石狩県に本社があるビール会社の製造工場があり、そこの会社直営のビアガーデンが有名らしい。そのため、男女のバスケ部は共にインターハイ制覇を果たしたお祝いをするため、このビアガーデンにやって来たのだ。

 といっても生徒たちは全員未成年なので全員ソフトドリンクで、ビールを飲んでいるのは引率の先生達と、応援に駆けつけた父兄達だ。

 食事は焼き肉かしゃぶしゃぶの食べ放題でそのビール会社が製造しているビールとソフトドリンクが飲み放題。食べ盛りの子供たちがいても、懐の心配が要らない場所だからと選ばれたパーティ会場だった。


 テーブルは焼き肉の卓としゃぶしゃぶの卓に分かれていて、俺達はしゃぶしゃぶの宅に座っていた。

 石狩県は羊肉を使った焼き肉が名物らしく、この上野県にあるビアガーデンでも羊肉が焼肉やしゃぶしゃぶのとして注文が可能だった。


「あなた達優勝おめでとう!」

「「ありがとう!」」

「アリガトウゴザイマス」


 台湾県の方でよく飲まれているという茉莉花で香り付けされたお茶が入ったコップを打ち合わせて戦いの結果を称え合う。

 1つのしゃぶしゃぶの卓には最大6人座ることが可能で、俺達のしゃぶしゃぶの卓には俺の他に、お袋と義父とユイとスミスと田宮だった。


「田宮も得点王とMVPおめでとうな」

「ありがとうっす」

「本当すごかったよね」

「ヤク80%ノケッテイリツデシタ」

「大学からスカウトも来たみたいだな」

「ありがたい事っす」

「お兄ちゃんにも来てたでしょ!?」

「ユイニモキテマシタヨ」

「スミスには・・・色々来てたな」


 ここに居るメンバーには、試合前後に全員何かしらのオファーがやって来ていた。

 俺は受験でしか入れない大学に行くつもりなので当然受けないが、ユイや田宮にとったらいい話らしい。

 ユイと田宮に来ていたのは京都にある体育大学で、学費免除にまかない付きの寮完備という条件が提示されたそうだ。ユイは乗り気だが、田宮は前向きに検討中との事らしい。


 ユイが乗り気なのは、俺が志望している大学に近い事と、最近体育教師になりたいと考えるようになったらしく、その体育大学の教育学部に行って教員になる道を考えていたかららしかった。


 田宮が悩んでいるのは元々成績が良く普通に大学に行ける学力を持っている事みたいだった。

 バスケは好きだけれど体格に恵まれている訳でもなくそれで身を立てようとは考えていなかったらしく。けれど高校に入って急にシューターとしての才能が開花して、周囲が急に評価し始めたため、自身の才能に半信半疑という所があるようだった。


「ユイっちは学校の先生っすか」

「うん、楽しんでバスケをする事教えられる先生になりたいなって思ってね」

「それ良いっすね」

「うん、あの2人見てると凄く楽しそう」

「小森先生と小西先生っすか」

「うん・・・」


 ユイはどうやらキャプテンと肩を組みながらビールを飲んでる男子バスケ部の顧問と、その顧問と近々結婚するという早乙女に絡んでいる女子バスケ部の顧問を見て教師になる事を選んだようだ。


「田宮君は将来決めてる事とかあるの?」

「いや無いっす、親父が軍にいるんで、何も無ければ士官学校に行こうかなと考えてたぐらいっす」

「あら、お父様は立派なお仕事してるのね」

「そうっすね、そう思うっす」


 お袋は田宮の話を聞いてすごく褒めていた。この世界の日本では親が軍隊にいるというのは、周囲から凄く尊敬される事だったりする。テレビでもラジオでもその活動の様子が英雄的に報じられているし、子供がつきたい仕事の上位にもランキングされていた。


「田宮は華族だったのか?」

「下級の武家の出ですがそうっす、一応道場も持ってるっす」

「駅前の方にある田宮流銃剣術道場ってもしかして田宮の家なのか?」

「そうっす」


 田宮流銃剣術は陸軍で正式採用されている戦闘術の1つだと聞いたことがある。元々田宮流は居合術の名門だったそうだけど、時代の武器が銃に変わるに従い銃剣術を取り入れ、刀を使った居合術だけじゃなく、銃剣を使った戦闘術と銃の射撃術などを教えているらしい。


「華族にしては口調が砕けてるからそうは思って無かったよ」

「俺は次男ですし、道場では落ちこぼれの味噌っかすだったから、あまり厳しく躾られなかったっす」

「なるほどな・・・」


 でもあのシュートのコントロール、もしかして射撃術に関しての才能が高いとかありそうだよな。


『はい、狙撃の才能はこの世界有数です』


 スミスからお墨付きが出たので本当なのだろう。まさか将来の国際超A級スナイパーがここにいるとはな。背後に立ったら裏拳するようになったりしないよな?


「銃撃でも遠くから狙い撃つ才能が高いとかあるのか?」

「空気銃での射撃は得意だったっすね、実銃は18歳になるまで触れないんで知らないっすが」


 田宮銃剣術道場には地下に射撃場があるという噂は本当ぽいな。まぁ親分の家にもあるからこの世界の華族の家にはあるのが普通なのかもしれないけれど。


「士官学校だったら武蔵の方か?」

「京都の方を考えてたっす、田宮本家の田宮流道場が京都にあるんすが、後継ぎが娘さんしかいないんで俺に婿養子という話が来てるっす」

「なるほどな・・・だから京都の大学からのスカウトも考えてたのか」

「そうっす、道場の跡取りは、別に軍人にならなくてもなれるっす、だからバスケで体育大学行くのも有りだと思ったっす」

「なるほどな・・・」


 田宮は将来は京都にある道場の跡取りでもあるわけか。


「俺が京都の大学に入ったら、その道場に通わせて貰えないか?」

「えっ・・・別に良いと思うっすが、そっちは良いんすか?」


 田宮は俺の持っている小刀をチラっと見てそう言った。田宮は華族なのでこの小刀の意味が分かるようだ。でもそうか、親分か・・・。


「確かにそうだな、でも俺はコレを持っているが、権田流という訳じゃ無いんだ。権田家の跡取りの兄弟分ってだけなんだよ。だけどこれを抜かなきゃならない時の心構えぐらいは学びたいと思ってるんだ。権田流は京都には無さそうだしな」

「あの方々の流派はこの街にしか無いっす」

「問題なければお願いするよ」

「分かったっす、でも立花さんは権田リュウタさんの兄弟分だったんすね」


 なんか田宮にしては妙に居住まいを正した感じに話している感じがした。華族の人にとっては権田家は大きな家っぽいけど、俺自身はただの平民だぞ。


「俺はただの平民だよ」

「ただの平民じゃ無いっす・・・」

「えっ?」

「権田リュウタ様の兄弟分という事はそういう事っす」

「そうなのか?」

「はいっす・・・」


 どうやら俺は権田の親分の事をまだ過小に判断していたようだ。


「すまない、ずっと普通の平民だと思っていたから色々疎いんだ」

「分かったっす、後で教えるっす」


 俺と田宮の話を聞いていた、お袋も義父もユイも呆けていた。ただの地元の顔役だけと思ってた権田の親分が、想像以上の大物だと初めて知ったからだ。


『権田家は将軍家の祭事を司ってる家です』

(祭事?)

『将軍家が神格化して崇めるている東照権現を祀る家です』

(東照権現って・・・)

『徳川家康です』

(なるほど・・・) 


 そういえば分家が現田って言ったっけ・・・権田に現田で権現・・・そうか・・・徳川家康か・・・。

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