第110話 下克上

 男子バスケの準決勝。俺達はウィンターカップで負け試合を楽しんだ圧倒的格上だった相手と戦った。


 監督は俺達に外からのシュートを見せつけろと言って、ポイントガードが俺、シューティングガードが田宮、スモールフォワードがキャプテン、パワーフォワードが望月、センター柚木というスタメンで送り出した。


 俺達のチームは俺や田宮以外も全員フリーなら4割近くスリーポイントシュートが入る選手ばかりになっている。

 その内望月が6割、キャプテンと柚木が5割強、哀川と海野が5割弱とシュートセンスを開花させた。

 ノーマークなら俺も田宮も7割入る、当然相手からマークが付いてしまうけれど、ワンマークの状態なら俺が5割で田宮が4割は入る。俺は長身である事や、格上との1on1に慣れている事もあり、田宮よりマークには強い。


 相手チームは最初、俺と田宮にマークをつける以外はオーソドックスな守備だった。ジャンプボールで俺がキャプテンの前にボールを落とし、キャプテンがそのまま速攻でフックシュートを決めたあと、相手が2点を返すまでは普通の展開だった。しかし次の俺達の攻撃の番で、俺からパスを受けた望月が右サイドからスリーを決めた事で相手の守備がガタガタと崩れだした。望月の綺麗なシュートフォームからシューターが3人だと思われたからだ。

 そのおかげか、そのあと田宮が神がかり的にシュートの決定率を上げ始めた。マークが付いても2連続で3Pを決めた。しかもシュートラインの結構手前からだ。

 そして1回シュートを外したあと、ハーフラインを越えたあたりからシュートを2本連続で決めてしまった。それは相手には強烈な印象を与えてフェイントになった、田宮へのパスを相手が非常に警戒し始めた事で、田宮以外が非常に楽になった。


 俺達は外からシュートを打つので守備の戻りが早い。

 相手チームは攻めあぐねているため守備の戻りが早く、俺達のチームの攻撃の際には相手の守備が崩れている事が多かった。

 俺もゴール下の当たりが弱いのでドリブルで切り込みダンクを決めた。会場が少し静かになり「えっ?今のダンク?」という女性の声が目立って聞こえたあと会場が大きく盛り上がった。

 相手チームの監督がたまらずタイムを宣言し試合の流れが止まった。


「立花っ!ナイスダンクっ!」

「ライン超えてたし、ゴール下ががら空きだった」

「あの10番、立花が後ろに下がると思ってたみたいで背後をマークしていたぞ」


 ゴールをガラ空きにする守備って変だな。俺にスリーをさせるなって指示だけで動いてたのかな。


「それにしても守備の圧が冬より弱いっすね」

「卒業した3年の分だろうな、俺達はあの時のメンバーが揃ってるしレベルアップもしてるからな」

「1年にあの時の雪辱譲れないと思って頑張ったもんなぁ」


 負け試合を楽しんだけど、それはそれとして負けたことはみんな悔しかったようで、誰一人1年生とメンバー入替が起こらなかった。中学バスケの有力選手も入部していて、単純な能力なら3年生のベンチメンバーを上回る才能を示す生徒もいた。そのため入替も検討された。けれど去年1年生だった田宮の様に尖った才能を持っていた生徒や、柚木や渡辺の様にチームの穴である高さを埋めてくれるような生徒ではなかった事と、スタミナと体格の面で3年生のメンバーの方が秀でていて安定感があった事から、部内の紅白戦で何度か試合した結果、総体まではそのまま行く事を監督が決めていた。


「いい調子だぞ! このまま行け! 望月と柚木! もっと積極的に外から打って良い」

「了解」

「中が開いたら八重樫と立花はガンガン攻めてやれ、そして田宮のマークが緩んだ時がチャンスだ」

「「「了解」」」

「阪東の指揮は王道だ。そして選手は絶対服従。だからこんなコロコロ変わる展開に選手は追いついていかない。今のお前らなら、かき回し放題だぞ。」

「「「了解!」」」

「今日は勝つぞ!」

「「「おー!」」」


 相手チームは長身な選手が多い。そして体格のいい選手2人を外し細身で素早そうな選手2人に切り替えていた。

 相手チームのポイントガードが守備が固まっている俺達のゴール向かってゆっくりとドリブルで近づいて来た。


 体格のいい選手がいないので俺は積極的な守備が出来ると思った。手足の長さも素早さの俺の方が上だ。おれがバスケ選手としての欠点は重心が高く押しが軽いと言うことが一番ネックだった。その憂いが無いなら俺は積極的なプレーが出来る。


 案の定俺がマークした選手がパスを取ってドリブルに移行しようとした瞬間にスルッとボールに手を伸ばしてすくい上げるようにはたき出した。


「速攻!」


 俺は叫ぶと前の方に転々と転がるボールをキャッチしキャプテンの走る前方にワンバウンドでパスを出した。少し無理な体勢からだったのでよろめいたけど踏みとどまり相手ゴールに向かって走ろうとした。しかしフリーで田宮がボールを取ったのを確認し、一番自陣ゴールに近い相手チームの選手のマークに向け走った。

 田宮は見事にゴールを決めて、相手チームのポイントガードが俺達のゴールのほうをみたけれど、俺が既に速攻のパスコースを潰していたので自らボールを運ぶ事にしたようだ。

 相手のポイントガードには田宮が守備についた。守備は得意ではないけれど、自らの体を寄せて相手のパスコースを減らす。タミヤは俺がマークしている選手にパズがし易いようにそこだけ守備を開ける傾向がある。俺は一歩の距離が長く、手が長いのでスティールが得意なのを知っているのだ。

 けれどさっきの守備で俺がスティールを成功しさせたからか、警戒されたようで俺がマークしている選手にパスをしてはくれなかった。けれど田宮は俺の位置だけノーマークに出来るため、田宮の守備が結構ねちっこく食らいつけるようになっているみたいだった。

 田宮は足腰を鍛えた事でそこそこ粘り強い守備が出来るようになっていた。相手ポイントガードは若干田宮より体格がいいけれど、身長差は同程度でそこまでの差は無いため、守備の穴という程にはなっていなかった。


 結局時間いっぱい24秒のバイオレーション近くになり、ポイントガード自ら無理やりゴール下に切り込んで柚木と望月に阻まれゴールラインを割って俺達ボールでのリスタートになった。

 相手チームの監督がまたタイムを使ったので、俺たちもベンチに向かった。


「田宮ナイスディフェンス!」

「まさか田宮に守備で良くやったと言う日が来るとはな」

「守備が駄目なら守備が上手い人の所にパスさせれば良いっす」

「俺達も立花へのマークしている奴へのパスコースは開けるぞ」

「なるほど、俺もパスが来る前提で守備をするようにしよう」


 相手がドリブルするか、シュートを打つか、パスをするかの3択で動くけど、全てをカバーは出来ない。けれどマークしている選手の進む方向にパスが来ると想定しておけば、一瞬早く動き出せる。


「それにしてもすぐに相手は第1クォーターのタイムを使い切りましたね」

「あそこで切らなければ瓦解しかねない状況だったからな」

「でももうかき回した状態を止める時は選手交代のタイミングだけだ」

「ここでもう一度相手をかき回せる事ができれば、相手はしばらく瓦解したままって事?」

「チャンスですか?」

「あぁ!」


 どうやらかなり有利な状況らしい。

 俺達はこれから本格的に外から攻めようとしていた所だった。その前にタイムを取られ試合が止まっただけだ。相手の監督がそれを察知出来ておらず選手たちに伝えていなければ、相手を崩す事はたやすくなるだろう。


「外から中でグルグル行くぞ!」

「「「おう!」」」


 この監督のネーミングセンスを疑う作戦、外から中でグルグルはがきっちりとハマり、第1クォーターは26対12の大差を付け第2クォーターに進む事が出来た。


 第2クォーターになり、積極的に疲労した選手を交代させたあと、必ず最初の方で外からショートを打った。全員シュートの形を何度も俺や田宮に聞き、またシュートフォームをビデオに撮ってそれを修正して繰り返し身につけた事で、みんな綺麗なフォームをするようになっていた。

 ゴールリングに全くかすらないシュートは打たなくもなっているので、相手チームは全員が今日のスタメンと遜色ないシューターだと勘違いをしていた。

 シュートの決定率がそこまで高くないメンバーでもシュートを打つ姿勢を見せるだけでフェイントとなり守備がどんどん広がって来る。相手の守備はスカスカになり、自分の好きな位置からシュートを打てるようになっていった。

 その頃にはもう俺達は確信していた。下剋上の時は近いと。

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