第106話 余裕(武田視点)

 3回目の航海は余裕だった。流すように働いているのに簡単にこなせてしまう。味気ない生活だけど、前世のニートのような生活と大差ない生活だと思えばあまり気にならなくなった。漁場についたら忙しいけど、暇な時はずっと暇で狭い船室ではあるけれど1日中ゴロゴロ出来る。適当に働いてあとはゴロゴロしているだけで生活は安定している。案外悪くないかもしれないと思うようになっていた。


 港について外に出ていく時に持って行く小遣いは、騙されても大丈夫な程度だけ持って行くようになった。俺はそこまで馬鹿じゃないからな。


 俺がそうし始めたのを知ったのか、今回俺を港の外に連れ出した船員は、俺の謝礼金だけで満足して一緒に船に戻って来た。それから何回も連れ出しては帰るという日々を送った。


 夜の店に行って女を指名してシケ込むのも慣れた。アジア系、欧米系、アフリカ系など様々な10代前半から40超えの熟女までよりどりみどりだし、金さえ払えば多少乱暴に扱っても許された。前世でやった陵辱系のエロゲをしているみたいで結構楽しむ事ができた。


「今日も出るのか」

「あぁ、悪いか?」

「整備と補給に手間取ってるから次の出港はまだ数日かかるが、お前そんなに出入りして遊べる金が残ってるのか?」

「次の小遣いから前借りしてるから余裕だよ」

「なんだよ借金してるのかよ・・・」

「どうせあと3年ぐらい努めれば大金手に入れられるんだ、多少使っても大した事ねぇよ」

「そう思ってるなら良いが・・・」

「なんだよ・・・」


 船長の野郎がなんか気になることを言いやがったので俺は訊ねてしまった。


「じゃあ俺がちゃんとお前の分の金から奴に渡しとくぞ?」

「あぁ?こういうのは払わなくても騙された方が悪いんじゃねぇのかよ」

「それはそうなんだが、奴は次の航海でも船に残るからな、払わないなんて事したら後ろからブスリなんてあり得るぞ?」

「なんだよそれ」


 同じ船員に殺されるってか?

 仕事中は手の届く位置にナイフも槍もあるので、そいつを同じ船員に取られて襲われたら、それをかわすなんて無理だ。


「別に払うっていうなら問題なんて起きねぇよ、船を降りるときに誰かを騙して消えるってなら構わねぇけど、船に残る間は金払う約束は守っておけって話だ」

「わかったよ」


 日本に比べて物価が安いので酒も女も大した金額にならない。停泊予定の10日間毎日飲み歩いても1000万から比べたら微々たる金額だ。


「あと病気には気をつけろよ?」

「病気だぁ?」

「梅毒や淋病や最近はエイズってのもあったよな」

「そんなの薬飲めば一発だろ?」

「船の上で発症しても薬はねぇぞ、それにエイズは不治の病じゃねぇのか?」

「不治ぃ?そんなのいつの話だよ」

「日本じゃもう治療法があったのか?潜伏期間も長い病って聞くしそれなら大丈夫なのか?」

「そうじゃねぇのか?俺の知り合いも薬飲めば大丈夫って言ってたぞ?」

「そうか・・・それなら淋病と梅毒の薬はお前の金で買っておいてやるから飲んどけよ、他の奴にうつされたくはねぇからな」

「分かったよ」


 なんだ、そういう手段があるのなら最初から用意しとけよ。

 俺は安心して夜の店に向かうため船員の手引で港の外に出かけた。


---


「はいよ、これが今回の港でお前があいつらに借りた金額とこれが薬の代金だ、薬はこの紙に書いた通りに飲めば良いらしいぞ」

「ん・・・何だよこれっ!高いだろっ!」


 日本円にしたら全部で250万を超えてるじゃねーか、港に出る仲介料が1回単位で金が出るのかよ、それに店の金も聞いてたのより高ぇぞ、それに薬が50万って何だよっ!


「港の出入りの手間賃に、店で・・・まぁかなり派手に遊んだようだがこんなもんだろ?なんか女を殴ったりしてしばらく働けなくしてたらしいじゃねぇか」

「そ・・・それも高いけど、なんだよこの薬代はっ!」

「ん?裏ルートで取ったから処方されたからそりゃ高くなるだろ」

「裏ルートってんだよ! 病院で処方して貰えよっ!」

「そんな簡単に処方してくれる所なんてこの国にはねぇよ!」


 はぁ?病院ぐらいどこの国にもあるだろっ! 戦場にすら国境ない医者とかなんかそんな奴らがいるぐらいだぞ?


「そうだっ! 保険だっ! かなり割引になる筈だっ!」

「なんだよ保険って、お前は船なのか?」

「船じゃねぇよ、日本人は誰もが保険に入ってるもんだろ?」

「その日本人の保険とやらは、この国でも通用するのか?」

「はぁ・・・?」


 そんなの知らねぇよ。病院に行くって言えば金と親が渡してくる保険証持っていけば多くても数千円ぐらいしかかからなかったって事ぐらいしか知らねぇ。


「じゃあ薬は止めるか? 半額ぐらいで買い取ってはくれるから売っても良いぞ?」

「なんだよ半分になるのかよ」

「でも飲んでおいた方が良いぞ? 船の上で発症したら処分するしか無くなるからな」


 船長が俺に船ベりからポイってする様な動作をした。俺はコックの時の記憶が蘇って身震いしてしまった。


「買うよっ! 買えば良いんだろっ!」

「あぁ、それが良いと思うぞ、俺もお前みたいな有能な船員に消えて貰いたくねぇしな」


 くそぉ、手痛い出費だった。騙されたんじゃねーが、同じ目にあったような気分がするぜ。


「あとお前の船室、備品が汚れたり壊れたりしすぎているから入れ替えておいたぞ、そっちも給料から引くからな。ちゃんと大事に使わねぇと出ていく金増えるだけだぞ」

「何だよっ! 船のものを俺が払って直すのかよっ!」

「船の安全な航行や漁のためなら船主が金を出すさ、食料だって船主が払って補充してくれているんだしな。でも船室の備品は違うぞ? 一定の期間使っているのなら払ってくれるが、それより早けりゃその船室を使ってる船員の給料から引くんだよ、他人のものを壊したら弁償するのは当たり前だろ?」

「いくらかかったんだよ」

「こんぐらいだな」


 日本円で12万ぐらいか・・・。


「今回交換したものは殆が港の近くで手に入るものだったしな、そんなに高くねぇだろ?」

「分かったよ・・・」


 船長から離れて船室に行くと、確かに昨日俺が出た時と部屋のものの多くが入れ替わっていた。でもこの程度のものが12万もするものなのか?

 でも今更どうしようもなさそうだな・・・残り700万とちょっとか・・・。

 1000万と聞いて気持が大きくなったけど700万と聞くと急にショボく感じるな。


 またチョロいか暇かの時間が続く海上生活か・・・。

 まぁ考えても仕方ないか。あと2年半、3回繰り返せば終わるんだしな。

 俺は薬の飲み方が書かれた紙を読んでクシャっと丸めると床にポイッと捨てた。朝と晩にこの粉薬と錠剤を飲めば良いんだな。


 俺は今日の夕飯後から飲む事と、漁までなるべく船室でゴロゴロ過ごすことを決め、新しくなった薄っぺらい毛布を被ってフテ寝した。

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