第105話 18歳
今年水泳部には100mと200m自由形が早い選手が入って来た。さすが両種目で全国3位の成績を取ったというだけあって、100mのベストタイムが53秒37、200mが1分57秒84。俺の中学校最後の記録より100mで6秒、200mで15秒も早いタイムだった。
スイミングクラブの短水路で測定したタイムが100m55秒22、200mが2分08秒24と体の鈍りがあったけれど、練習していくにつれて調子をあげていき、学校のプールが使える様になった後の記録では100m53秒45、200m2分00秒12まで状態を戻していた。
「いつか先輩を越しますから」
「その意気だな、筋肉の発達はまだ余地がありそうだしな」
「先輩はそんなに筋肉があるって感じじゃないですよね」
「俺は栄養が身長を伸ばす方に向かっちゃったんじゃないかな、でもそろそろ止まりそうだから適度に筋肉が増えて欲しいとは思ってるよ」
「それにしても先輩の泳ぎの形って綺麗ですよね」
「ゆっくりとした反復練習で身に染み込ませたからな」
「俺って右呼吸が苦手なんですよね」
「ちゃんとストレッチして体ほぐしてるか?」
「体固いですね・・・」
「体を柔らかくした方が良いよ、俺が一度伸び悩んだ記録がもう一度伸びたのはそのおかげだと思ってるから」
「柔軟ですか・・・」
「うん、今年のシーズン中は下手に弄らない方がいいかもしれないけど、冬場に念入りに筋を伸ばしていった方がいいよ、こんな感じにね」
「体操選手みたいに曲がりますね」
「でもこの学校に入った時は、相良と同じぐらいしか曲がらなかったんだぞ?」
「そうなんですか・・・」
「あぁ・・・やればやるだけ柔らかくなったって感じだな」
「なるほど・・・」
オルカと続けている柔軟は非常に効果的だと思っている。
水泳は水の抵抗との戦いでもある。水から受ける圧力は速度の2乗で増えていく傾向にあって、筋肉を増やして進む力が増えたとしても、水が当たる面積が増えたら水から受ける抵抗力が急激に増えて結局は上げられる速度の限界が起きてしまうそうだ。
オルカが早いのはスタミナがお化けレベルな部分はあるけれど、スピードの速さは体にかかる水の抵抗が少ない形で泳ぐことが出来るので、手のひとかきや足のひとけりで進める距離に伸びがあるという所にある。オルカの泳ぎは外から見るとゆったり泳いでいるかに見えるけれど、それは常に体の状態を水の抵抗を少ない形に維持するよう姿勢を整えながら泳いでいるからだったりする。
オルカの体は筋肉質ではあるけれどムキっとはしていない。しなやかで柔らかい筋肉が骨を適度に覆っているという感じなのだ。俺の様に肩幅が大きいというのは抵抗が大きいので水泳ではハンデになっている部分があると思っている。
市の大会では予定通り100m自由形は俺と相良、200m自由形は相良と秋山、400m自由形は坂城と秋山、1500m自由形は坂城がエントリーした。
そしてフリーリレーでは、俺と坂城と相良と秋山で行くことになった。100mのタイムが1分を切っている選手を4人揃ったのは俺が入部してから初めての事で、全員ベストタイム近くを出す事が出来れば全国標準記録を超える事が可能となる。市の大会では優勝したけど、ベストタイムのラップを全員が出せずが残念ながら全国標準記録は出なかった。勝負は県大会なのでそれまでになんとか記録を伸ばすかコンディションを整えて超えたいと思っている。
坂城と秋山は距離1段伸ばしてのエントリーとなっているが、坂城は1500mで去年の県大会出場した人の記録を超えたタイムを出して長距離でも通用する事を証明した。秋山は残念ながら県大会出場クラスの記録には及んでいないため、県大会出場は100mフリーリレーのみとなりそうだった。
オルカは好調なようで800m自由形では日本記録を出し、世界記録に約8秒差、今期の世界最高記録に約2秒という記録を出していた。また400m自由形では高校生新記録を抜いて、日本新記録にはあと0.22秒というものだった。オルカにとって、大会新記録とか高校生新記録とかそういうものを抜くのはもう当然となっていて、それには目もくれず「ベストタイムを超えた」とだけ言って喜んでいた。
そんな記録をオルカが出した事はスポーツニュースでも取り上げられていた。800m自由形でのメダル獲得はほぼ確実で、問題は色だけだと解説を受けていた。
本人は至ってノホホンとしておりそのニュースを見ながら「メダル取ったら報奨金出るんだって~」とだけ他人事のように言って、ユイと一緒に大会優勝記念の2個目のプリンを頬張っていた。
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「お誕生日おめでとう」
「おめでとー!」
「ありがとう~」
オルカが3人の中で一番に18歳の誕生日を迎えた。去年と同じようにオルカの部屋に俺とユイがお邪魔をして、お菓子を肴にジュースで乾杯してお祝いをした。
俺はオルカに小さなイルカのペンデュラムが付いたシルバー製のネックレスをプレゼントした。先々週の始まったゴマ太郎の映画をオルカと見に行った帰りに寄った、駅前のショッピングセンターでオルカが少しだけ目に止めていたものだ。
オルカはスポンサー収入が入るようになり経済的に余裕があるし、そこまで高いものでは無いのに買わずにいた理由は分からないけれど、チャンスであるとは思って確保していた。
ユイはいつものようにプリンの詰め合わせだ。何も考えなくて良いというのは楽で良いなとユイがプリンを入れるための綺麗な箱を探している時に思ったけれど、ネックレスを渡した時にすごく喜ばれたので、良かったと思った。
成人は20歳だが18歳というのも何かと特別な年齢だ。18歳未満では出来ない事が結構解禁されるからだ。自動車免許を取る事もその解禁されるものの一つだ。
オルカはオリンピックが終わって落ち着いたら運転免許を取得しに行くと言っている。国体やアジア大会や世界選手権など色々あるけれど、オルカにとってはそれはもう日常の事で、全てを傾けて挑んでいるオリンピックという特別な舞台を超えたら、あとは自分の事に時間を使いたいと思っている様なのだ。
お金も手に入るので可愛い車を買いたいと言って国内メーカーのカタログを取り寄せたりしている。
「タカシは車があったらどこに行きたい?」
「綺麗な海岸線の道とか走りたいかな」
「いいねぇ」
「琉球県とか道が広くて走りやすくて凄い海が綺麗って聞くね」
「車じゃ行けないよっ!」
「確かに・・・それなら船だね」
「船?」
「豪華客船の旅とかクルーザーで自由な海の旅とか小型船に乗って釣りとか水上バイクで走り回るとか・・・」
「あっ・・・いいかも・・・」
「俺は地震研究とかで震源地の海底調査とかするようになったら船舶免許取るだろうしね」
「船舶免許かぁ・・・」
18歳になったら1級の船舶免許が所得制限出来るようになる。16歳で取得出来る2級の船舶免許でも陸から5海里以内なら航行出来るそうだけど、自身の震源地付近の海底調査を目的に取得するつもりなので、俺は将来1級を取ろうと思っていた。
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