第104話 リア充

「ほら、すごいよ、海の色が空の色を反射してグラデーションになっている」

「うん・・・」


 俺は観覧車の中でオルカに外の景色の状況を伝えた。手前の空は黒色に変わっていて、太陽が沈んだ方はまだ赤色で、途中の空は赤、紫、青に見えるグラデーションになっていた。


「水平線の方の雲はまだ光が当たってるんだね、下がまだ光ってるよ」

「うん・・・」


 オルカは恐る恐るではあるけれど窓の方に目を向けていて、反応は薄いけどちゃんと見れてはいるようだった。


「ほらゆっくりで良いから反対を見てごらん、街の明かりが奥まで続いてるよ」

「うん・・・」


 やはり反応は薄い。けれど先ほど籠が最頂部を超えて少し多めに揺れたけど特に戸惑った様子は感じなかった。


「太陽が沈む瞬間は見れなかったけど、街の夜景も一緒に見れたし良いタイミングだったのかもね」

「うん・・・」


 オルカは俺に抱き着きながら窓の外ではなく俺の方をジッと見つめていた。鈍い俺でもさすがにこれは分かる。これはつまりイケる状態だ。前世でスーパーの店長時代に店の外の駐車場で何故かいちゃついてた高校生カップルと同じことが出来るという状態だろう。

 あの時は駐車場に手押しカートの回収に行こうとした時に、大学を中退して何故かアルバイトの募集に来たので採用した24歳の青年が、店の入り口近くの陳列のポップ貼りをしながら駐車場の方を見て「リア充マジ死ね」と不穏な事を呟いていた事があり、カートを回収しながら何だろうと周囲を見渡した時に高校生カップルを見つけたのだ。

 さすがにあの時の高校生の様な際どい部分へのタッチはするつもりは無いけれど、この様子から接吻をしなければオルカからヘタレと思われてしまう程度の状態だというのは分かる。


 オルカは俺がオルカが見つめている事に気が付いた事が分かったようで目を瞑った、つまり「分かるよね?」とオルカに接吻を催促されているのだ。

 俺が少し躊躇っているとオルカからゴゴゴゴと音が聞こえる様なプレッシャーを感じる様になった。これはもしかして異能?


『はい』


 マジか・・・。

 ゲームではオルカは戦闘パートでブリーチングアタックという水面から飛び上がって敵に体当たりする必殺技を使ったので、そいう力に目覚めるのかと思っていたけれど、随分と違う力に目覚めたようだ。


 俺はオルカのプレッシャーに観念した訳ではないけれど、観覧車が残り1/4に差し掛かる隣の籠から見えないタイミングで接吻を行った。オルカから出ていた威圧感が一気に霧散しなんか甘い雰囲気が漂うようになった。もしかして異能?


『はい』


 マジか・・・。

 吊り橋効果に異能の発現を促す効果があったとでも言うのか?


『私があなた様に行っている念話に近い能力です。ほぼ近接した相手であれば、ある程度気持ちが伝える力があります』


 なるほど・・・。

 スミスの憑依体と心の中で会話のようなものをしていると、オルカの威圧がまたゴゴゴゴと感じる様になった。なんで?


『私と話す事で他の女の事を考えてると思われています』


 マジか・・・俺の気持ちもある程度伝わるのか・・・。


『はい』


 スミスの憑依体の事を頭から追い出していくとゴゴゴゴという威圧感が弱くなっていった。

 接吻を終えた時、観覧車は降りる直前まで下がっていた。


「何かオルカから怖い雰囲気がしたんだけど・・・」

「なんかタカシが私を抱きしめているのに上の空になっている感じがしたんだよ」

「上の空?」

「別の事を考えているような?」

「そうなんだ・・・」


 係員が外から扉を開けてくれたので、オルカの手を取り籠から降りた。


「ユイの事でも考えちゃった?」

「考えて無いよ」

「そうなの?」

「オルカの事しか考えて無かった」

「そうなんだ・・・」


 考えていたのはスミスの憑依体から聞いたオルカの異能の事だし間違ってはいない。誤魔化しの気持ちが伝わってしまう可能性があるので、今は強く接触はしない方が良いだろうと思った。


「閉園時間までまだ時間はあるけど出ようか」

「うん、ユイへのお土産を買っていこう」

「プリンで良いと思うけど、近くで売ってる場所あるかな・・・」

「あのプリンって何で全ての店で売ってないんだろうね」

「内容量が僅かに少ないからじゃないかな?」

「そうなの?」

「80グラムと74グラムの差でしか無いんだけどね」

「そうなんだ・・」

「うん、味に大きな差は無いし、多い方を選ぶんだと思う」

「ユイは味も全然違うって言ってるよ」

「ユイにとってはそうなんだろうね・・・」

「うん・・・」


 遊園地前のバス停近くにあった店にはユイが拘るプリンは置いて居なかった。結局少し遠周りになるけれど、いつも買っているスーパーに行って3パック買ってユイへのお土産にした。合計324円の安上がりなお土産だけど、下手なものを買って帰るよりユイは喜ぶ。


「おかえり~楽しかった?」

「良かったよ~」


 玄関でヒシっと抱き合うユイとオルカ。相変わらずこの2人の仲は良好のようだ。


「話は入ってからにしようよ、昼が軽食だったからお腹が空いてるんだ」

「兄ちゃん達が帰って来るのが遅いから、私たちはもう食べちゃったよ」

「オルカの分はある?」

「大丈夫だよハヤシライス多めに作ってたし」

「了解」


 なるほど、先ほどから感じる洋食屋のビーフシチューのような香りは夕飯がハヤシライスだったからのようだ。


「はい、お土産のプリンだよ」

「わーいっ!」


 プリンを高く掲げて喜ぶユイの姿は、相変らず見た目の綺麗さと態度があっていない。


 リビングにある食卓テーブルで俺とオルカがハヤシライスを大盛にして食べている間、ユイはプリンを皿に落として小さなスプーンですくって頬張り、幸せそうな顔をしている。


「そういえば9時からブリタニックやるよ?」

「一緒に見たいからお婆ちゃんに電話するよ」

「録画予約はしてあるんだよな?」

「うん、でも2時間超えだから1時間テープに3倍速録画だね」

「あっ! うちの録画は等倍だった! ちょっと家に行って来る!」

「うちで録画してるし・・・って行っちゃったな・・・」

「オルカちゃんって時々ポンコツだよね~」


 ブリタニックというのは1年前に人気が出た史実に基づく豪華客船沈没事故を舞台にした感動ストーリーの映画だ。9時からテレビのロードショーで放映される。


 内容は欧州名門侯爵家令嬢で日常に退屈していた女性が、親が決めた婚約者とのアフリカ旅行の帰りに、欧州の生活を夢見て船に密航したあどけなさが残る黒人の少年が船員に見つかり逃げている所に遭遇し、自らのスカートの下に隠して豪華な船室に連れて行き匿ってしまう。

 女性は少年の話を聞くうちに、少年の厳しい生い立ちと、それでも希望を持って生きている強い意思に憧れる。女性は少年を自らの使用人に変装させ、欧州についた後も自らの屋敷で働くように言う。婚約者が突然現れた黒人の使用人に対し怪訝な顔をし、周囲の富裕層たちも珍獣を見る様な目で見るけれど、女性は気にせず船内を連れ回し色んなものを見せ遊びを体験させていく。

 女性は素直にそういったものに感動出来る少年の姿を見て、自らが色々な事に感動できていたいた幼少期を思い出し、自らも楽しく感じている事を認識し始める。

 船の先端で2人が海に向かって叫ぶ所はこの映画のパンフの表紙になり、映画を見ていない人でも知っているシーンになっていて、フェリーなどで真似する人が続出しているそうだ。


 映画ではその有名なシーンのあと事態が急変していく事になる。豪華客船は夜半に戦争で回収を忘れた浮遊機雷に接触して船底が大きく破損したことでゆっくりと沈没する事になるからだ。

 避難用のボートは乗客を全て乗せられる数が無かった。そのため3等船室の乗客は船に取り残された。、当時差別されていた黒人の少年は救助船に乗る事が出来なかった。懇願しても避難船に同乗する富裕層がその少年の同乗を拒否した。また自らの婚約者まで少年を拒否する姿勢を見た女性は、婚約者の説得を振り切り救助船に乗る事を拒否して沈没する船に残る決断をしてしまう。

 少年は沈没の直前まで懸命になって女性を助けようとし、女性はなんとしてでも少年を生かそうと奔走する。そして船が沈没した後に2人は1つの樽につかまり漂流する事になる。女性は眠気に負け樽を離してしまうけれど、少年がずっと女性を手放さず樽にしがみついて沈まない様にしてくれた。けれど女性が気が付いた時には女性だけが浜辺に樽とともに流れ着いていて救助された。けれど少年は近くに流れ着いてはいなかったらしく救助されていなかった。

 女性は少年が助けてくれたのだと思い、流れ着いたという浜辺で少年が来るのをしばらく待ち続けたけれど少年がそこに現れる事は無かった。


 前世で有名な映画にどことなく設定が似ているような気がする映画だけど、そっちとは船の名前が違うし、場所は大西洋では無く地中海だし、ぶつかったのは氷山ではなく機雷という部分が違う。

 でも生き残った女性が夢見る少年と万が一再会した時の事を考え、恥ずかしくない生き方をしようと決心し、婚約者と決別して、少年に聞いたアフリカに咲く香りのとても良い花を栽培し、その花の香りのついた香水を作る会社を設立して自立するというエンディングはとてもなんとなく前世の映画に似ているような感じがする。

 放映時にはオルカと映画館に見に行ったのだけれど、また見たいという話になっていた。けれどテレビで流されるという事を聞いてDVDを借りるのをやめ、ビデオの録画をセットし楽しみにしていた。


「あっ!始まるよっ」

「オルカは録画のセット間に合ったかな?」


 映画は解説者による軽い紹介の後に導入部から始まった。


「間に合った~」

「ほらっ!お兄ちゃんも席つめてっ!」

「はいよ」


 テレビの一番近い位置にある3人掛けのソファーだけど、俺達の体は少し大きいので寄せ合わないと座れない。

 始まった映画は同じものだけど、映画館で見た時は字幕で、今日テレビに流されたのは吹替だったので少しだけ印象が違って見えた。

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