第103話 中の人

「助けてーエターナルソルジャー!」

「「「エターナルソルジャー」」」

「声が小さいと聞こえないよ〜! もう一回! いくよー、助けてーエターナルソルジャー!」

「「「エターナルソルジャー!!」」」


 司会役のお姉さんの扇動に。会場のちびっ子達が真剣に正義のヒーロー達を呼ぶ声をあげた。

 派手なBGMが流れ「とぅっ!」という声がスピーカーから流れ赤色、青色、黃色、桃色、黒色のピチッとした格好をした正義の味方役の人たちが舞台に登場した。

 彼らは舞台にいる蝙蝠っぽい羽根が生えたキグルミを着た「吾輩は悪の秘密結社アクマノイドの構成員であるデビール男爵だ!」とスピーカーから野太い声が出ていた時に派手な手振りをしていたボス役らしい人に指揮された、変な模様がプリントされた黒タイツを着た、スピーカーから野太い声で「行け戦闘員!」と流れた時から一斉に動き始めた集団を、パンチの寸止めや、回し蹴りの空振りをしてバタバタと倒していった。

 デビール男爵らしい人が戦闘員により客席から拉致された本気で泣き叫ぶ子供を抱きかかえて拘束していたけれど、「現れたなエターナルソルジャー!」と野太い声がスピーカーから流れた時に一瞬遅れたテンポで驚いたようなアクションをして、泣き叫ぶ子供を丁寧にその場に降ろした。悪役なんだし人質を盾にするのではと思ったけれど、どうやらデビール男爵はリマ症候群にかかっているらしく紳士的だった。


 リマ症候群のボスは赤色のエターナルソルジャーの人にチョップ1発だけ受けて派手によろめいた仕草をした。

 泣き叫んでいた子供は、桃色のエターナルソルジャーが近づき、優しく抱き上げらて舞台の下に連れて行かれ、その場に居た母親らしい人に手渡された。子供が桃色のエターナルソルジャーに抱き上げられる直前に「おとうしゃん?」と言っていたのかは気のせいだろうか。


 母親に抱き上げられ桃色のエターナルソルジャーに頭を撫でられた子供は既に泣き声が止まっており、母親に「ありがとうって言いなさい」と言われて「ありがとう」とハッキリと答えていた。

 ニコニコ笑顔で「怖かったねぇ」と言う母親だが、さっきまで戦闘員に誘拐された時に庇ってもら無かった事で、母親に見捨てられたと思って泣き叫んでいた子には、もう少し心配そうな顔を見せた方が良いのではと思った。けれど、サクラの花びらが舞っている場面っぽいので、あえて子供に知らせずそういう態度をさせたのだと思い考えるのをやめる事にした。


 エターナルソルジャーは全員フルフェイス型のツルっとした仮面をかぶっていて顔が隠れている。だけどヒーロー側の5人は全員中身は男だと分かる。黄色と桃色のエターナルソルジャーは華奢な体型だったので、それだけでは性別の判別はつきにくかったけれど、肩幅が女性にしては少しあるし、桃色の人は唯一スカートのようなヒラヒラがある恰好をしているけれど、先程回し蹴りを空振りさせたとき、股間の部分が少し盛り上がっていたのに気が付いてしまった。

 スカートらしいものがヒラヒラしてると、どうしても視線がいってしまう男の悲しい性と、ユイ達との1on1で鍛えられている動体視力によって俺ははっきりと認識出来てしまったのだ。

 それに妙にペタンとしていて全く揺れない胸と、あの「おとうしゃん?」により、中の人が男性である事を確信するに至っていた。


 「ちびっ子の諸君!これでこの遊園地の安全は守られた!ありがとう!」とスピーカーから流れる音に合わせてエターナルソルジャーの5人がなんとなくカッコいいポーズをしたあとシューっという音と共にドライアイスの煙が舞台袖から吹き出し、観客のちびっこ達が驚いている隙に正義役の5人が舞台の裏に小走りで退場していった。

 そのあとは解説役のお姉さんの司会で締めくくられてショーが終わった。

 俺がスカートのヒラヒラの中の膨らみの事を考えている間に、悪役側の人達もいつの間にか舞台から退場していたようで、どうやって舞台裏に行ったのかを見逃してしまっていた。


「凄いカッコよかったねぇっ!」

「そうだね・・・」


 オルカの大絶賛している様子から、女性役の筈の桃の中の人が男性だとは気がついていない事を何となく察する事が出来た。わざわざ夢を壊す事を言うべきじゃないと思うので黙っておくことにした。


「やっぱ憧れるよ〜」

「戦いたいの?」

「違うよ〜悪の手から守られたいんだよ〜」

「あぁそれであの子供が捕まった時に羨ましそうにしてたんだ」

「えっ?・・・うん・・・分かっちゃった?」

「「いいな〜」って口に出てたよ?」

「えっ!」

「無意識だったんだね・・・」

「うん・・・」


 ヒーローに憧れるのではなくて、悪の手から守られたいって何だろう?過去に人質になる経験があってストックホルム症候群を患ったとかそんな感じで、人質になる事に憧れてるのだろうか。

 顔に手を覆って恥ずかしがるオルカ。オルカはこういう無邪気な部分を隠したがるけど、少しポンコツな部分があるので大概は隠せてはいない。


 次の催しである、オルカが好きなアザラシの子供が主人公のアニメ、ゴマ太郎とゆかいな仲間たちのショーは15分の休憩の後なので、それまでにはオルカの羞恥心も治まり顔から手が離れるだろう。


 休憩の間は次のショーの関連の曲を流すようで、そのゴマ太郎のアニメのテーマ曲がスピーカから流されていた。


 舞台裏となってる暗幕から人が出てくる様子が無いことから、もしかしたらゴマ太郎のショーの中の人も同じなのかなと思った。

 そうだとすると、1時半からやっていた魔法少女のショーで出たはずのペアのヒロイン2人の中身はあの黄と桃の中の人がやったのかもしれないなと思った。 


 前世のスーパーのエリアマネージャーをしている時、担当していたショッピングセンター内のスーパーの前が催し物の広場になっていて、連休や子供達の長期休みの時に今日の様なショーが行われていた。

 場所が場所なだけに遊園地のヒーローショーの様な大きなBGMが流れていたり、ドライアイス演出などはなく、小規模で短時間な催しだったけれど、女性役が出て来る時にでも控室から出てくる人が全員男だった事を確認した事があったので、そういうものだと思っていた。

 その時は、女性のああいう派手なアクションが出来るアクターって少ないんだろうなと思っていただけだけど、今日ヒラヒラの先に見たものからは、修学旅行で真田のバスタオル姿を見て鼻血を噴き出した奴程では無いけれど、少なからずショックを受けてしまった。


 この陽気の中で通気性の悪そうな格好してアクションをするのだし、大変な仕事だろうと思う。バブル崩壊前で景気が良くてなりたい仕事が沢山選べる時代に、こういう仕事につくっていうのは、好きでなければ出来ないだろう。


 オルカはいつの間にか顔を覆うのをやめていて、スピーカーから流れる曲に合わせて歌を口ずさんでいた。


「夏休みにゴマ太郎の映画やるから、一緒に見に行こうか」

「えっ!?・・・うんっ!」


 オリンピックは夏休みの期間中に開催する。オルカは夏祭りと夏合宿の間は日本にいない。

 高校総体が終わったら即渡航する感じだ。

 オリンピックでメダルとなったらメディアなどに引っ張りだこになるし、様々な所から表彰をしたいと打診が来るだろう。そうなったらこの約束は果たせなくなるので映画が始まったら早めに行くようにしないと約束を反故にする事になる。

 俺はショーが始まるのを待ち遠しそうにしているオルカの見つめながら、そんな事を考えていた。


---


 ゴマ太郎のショーはトークとダンスとクイズと握手会だった。

 といってもゴマ太郎はアザラシの子供なのでうつ伏せになって寝ながら、スピーカーから流れる音に合わせて尻尾を振り小ぶりな手を動かしてモゾモゾと動くだけだった。

 仲間たちであるペンギン、イルカ、アシカ、シロクマは二足歩行で登場しているらしく、ダンスではモゾモゾと動くゴマ太郎の周りを4人の仲間が曲に合わせて3分間踊っていた。

 一見寝そべっているように見えるし動きも小さいゴマ太郎が1番楽しているように見える、けれど絶対に違うと分かる。

 動きの様子から、中の人は仰向けをしている。多分腹筋や背筋をめちゃくちゃ酷使してあの動きを作っているのだ。

 1番注目されているのが主人公のゴマ太郎なのでサボるわけにもいかない。中の人は相当体を鍛えているのだろう。


 握手会が始まり、オルカは二足歩行のキグルミの人と握手をして、ゴマ太郎の寝そべった着ぐるみの頭部分に抱きついた。オルカの体が沈み込む様子無いので、硬い外骨格みたいので覆われているのだろう。


「硬かった」

「みたいだね」


 握手会から戻ってきたオルカはもっとフワフワな感触だと想像していたようで、少しショックを受けていた。


「次は乗り物の所に行こうよ」

「うん・・・」


 ショックを受けていたオルカだけど、メリーゴーランドに揺られている内に忘れたらしく、コーヒーカップでは大はしゃぎに変わり、ハンドルをぐるぐる回しすぎて俺を盛大に乗り物酔いさせた。


---


 俺の乗り物酔いは、遊園地の外周部分をゆっくりと周回するトレインという名のトロッコ電車に乗っている内に改善した。

 聞いたところによると、オルカは乗り物酔いをしたことは無いらしく車中で本を読んでも平気らしい。ユイも同じ事を言っていたので、2人はマグロ船に乗せられても嘔吐などせず慣れてしまうのだろう。

 そういえば武田がマグロ船に乗せられて1年を過ぎている。元気に働いているだろうか。


「あそこがローターだけど大丈夫?」

「酔いは楽になったから大丈夫だよ」

「良かった・・・」


 ローター単に遠心力で体が壁に張り付いていき、床が下にさがっていっても下に落ちないというアトラクションだ。前世の都心にある遊園地で乗った経験があったので、とても懐かしく感じた。


 ローターを出た時は太陽が少し黄色がかる程度に傾いていた。観覧車に行くと俺達と同じサンセットを目当てにした客が多いのか、人が結構並んでいた。


「乗る時には夜景になっちゃってるかもね」

「それでも良いよ」


 その予想は当たってようで、俺達が乗降口に着いた時には、既に海の中に日は落ちていて、空が紫色に変わり始めていた。



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