第89話 歪な親友の娘(母親視点)
親友だったシズカの夫だったタダシさんから同居を打診された時は驚いた。
私は夫と親友を相次いで失い、寂しさに押しつぶされそうになっていた。
息子のタカシに目を向け、寂しさを克服すれば良かったのだけれど、タカシが学校に行っている間に家に1人でいると、寂しさがこみ上げ気が狂いそうになったため、仕事を見つけて外に働きに出て没頭する様になっていった。
タカシの為にお金を稼ぐ必要がある。 タカシは大人びているから大丈夫だ。 そんな事を自分に言い聞かせて、私は家で過ごす寂しさから逃げてしまったのだ。
息子のタカシは大人びていて同級生と波長が合わないのか、親しい友人が出来ている様子が無かった。
ある大口の契約を取った日に、私は仕出しの寿司を買って早退したのだけれど、その時見たタカシの顔にはすごく寂しそうな目が張り付いていた。 タカシはシンジと同じで標準の顔が笑い顔だ。だから寂しそうな目はとても悲哀を感じさせるもので、心がギュッと締め付けられるものだった。
私はそれ以後は、なるべく早く仕事を切り上げ帰る事を心掛けていたけれど、仕事に没頭していた時期に沢山取ってしまった契約が仇となり早く帰る事が殆ど出来ないでいた。
タカシが小学校6年生の8月に入ったばかりの日だったと思う。とても暑い日で、外回りが嫌だなと思いながら日焼け止め効果の強いファンデーションを塗って仕事に出かけた。 タカシは夏休みの課題を既に終えていて、家でテレビを見て過ごしている事が多かった。
私は仕事中にタカシが昔通っていたスイミングに通い始めたら元気になるかもと思い、そう思ってしまったら早くタカシに伝えたくなって帰りたくなった。
なんとか定時までに仕事を終わらせ、美味しいものでも食べに行って話をしようと思い帰宅するとタカシは家にいなかった。
タカシは普段私が帰って来る事が多い終バスの時間の1本前のバスに乗ったぐらいの帰宅時間に帰って来た。 しかも目を赤く腫らしていて泣いていた事が明らかだった。
タカシに遅くまでどこに行っていたのかと聞いたら、一人で遠くに旅行に行ったと答えた。
仕事のある日に毎日置いていく300円の夕飯代の残金を貯めて交通費にしたらしい。
目を腫らしているのは何故かと聞いたら、寂しかったからとタカシは答えた。
私はそれを聞いて、なんて私はなんて酷い母親なんだろうと思った。 夫と親友を相次いで亡くして消沈したからといって、息子を蔑ろにしていいわけは無かった。 大人びているので時々子供に思えない時があるけれど、タカシはまだまだ子供だったのだ。
その日から私は仕事の成果を同僚に譲ってでも定時に帰ってタカシと夕飯を一緒に食べるようになった。 それでもタカシの寂しそうな目をする事は続いていた。 なんとかしなければと考えていた所に、タダシさんから相談したい事があると連絡があったのだ。
タダシさんの相談とは、シズカの子であるユイちゃんの様子がおかしいので遊びに来て貰えないかというものだった。 シズカの3回忌の時に私が疲れて見えたので気になるから会いたいと言っていたけれど、それはついでだろう。
私はユイちゃんの事を聞く気になった。 ユイちゃんはシズカの周りをピョンピョン飛び跳ねている天真爛漫な明るい子だった。 3回忌で見かけた時も悲しそうにしていたけれど法事のあとは公園に明るく遊びに行っていた。
私はタダシさんと長電話をしながら話し込んでしまった。 ついでに私が悩んでいるタカシの事も話してしまった。
タダシさんはユイちゃんがこれから思春期に入るけれど、男手だけでは対処するのは難しいと悩んでいた。
何度かそんな話をしたあと、タダシさんが、お互いに補完しあえるんじゃないかと言い出し、同居を提案された。
私は答えを保留にした、シンジとシズカを裏切ってしまうような気持ちになったからだ。
けれど、タカシのあの目が少しでも晴れるならと思い、ユイちゃんに会うためにタカシを連れてタダシさんの住む街に行く事にした。
私はタダシさんの住む街に行く前に、親友の子供に会うから仲良くして欲しいと言った。 行く場所と相手の名前を聞いた時、タカシは非常に驚いた顔をしたあと私に再婚するのかと聞いて来た。 私はタダシさんから一緒に暮らさないかと提案を受けていた事もあって、可能性はあると答えた。
顔合わせの場所はタダシさんの家の近くにある喫茶店だった。 喫茶店に現れたユイちゃんはオドオドしていて、天真爛漫さは全く感じられなくなっていた。 けれど私の顔を覚えているのかすぐに気が付き話をする事が出来た。
ユイちゃんはタカシに対してすごく警戒の目を向けていた。 時折睨むような感じに目を向けているのだ。
タカシはユイちゃんがまだ1歳にもならない時に出会っているけれど、嫌な事をされた記憶でも残っているのだろうかと思った。
しかし、不思議な事にタカシとユイちゃんは食事を始めるとすぐに打ち解けた。 まるで私とシズカがそうであったように仲良く手を繋ぎ、遊びに行くとでも言うように、買い物に行くと言ったのだ。
タカシの顔は私が今まで見た事も無いような愉快そうな顔をしていた。 1人で遠くに旅行を行くぐらいだ、知らない土地であっても買い物をして戻って来るぐらい余裕なのだろう。
タカシはかなり聡い子だし喫茶店からタダシさんの家は近い。 スーパーマーケットに行くらしいので、近所の事だろうし大丈夫だろう。
遅くなって私とタダシさんが喫茶店にいなくても、ユイちゃんに聞いてタダシさんの家にやってくるだろう。
私は買い物をするためのお金を持っているかだけを聞いて2人を送り出す事にした。
私とタダシさんは残された喫茶店でしばらく話し合った。 そして顔合わせは続けようという事になった。 しばらく喫茶店で待ったけど、2人は夕方になっても戻って来なかった。 客層が主婦から会社帰りのOLと高校生に変わって混み始めたので、喫茶店を出てタダシさんの家で待つ事にした。
タダシさんの家はシズカがいた頃とは違い、所々散らかっていた。 タダシさんが家ではなく待ち合わせに喫茶店を指定した理由と、家で待たせてと言った時に躊躇した理由が良く分かった。
見かねて家の片付けをしながら待っていると、予想した通りタカシとユイちゃんはタダシさんの家の方に帰って来た。 2人は目的のものを見つけたと言って嬉しそうにカップのプリンの入ったスーパーの袋を掲げ、本当の兄妹のように仲良さそうに手を繋いでいた。
2人が仲良さそうにプリンを食べている間に、顔合わせを続けようという話は、同居をしてみようという話に変わっていた。 私とタカシは引っ越しをしなければならないけれど、幸いにも私は保険の外交員で、顧客の引き継ぎをすればタダシさんの街にある支店に移動することは可能だった。 今までの顧客分のマージンは減ってしまうけど、タカシとユイちゃんの幸せの方が大事だと思っていた。
同居はタカシの中学校入学を機にする事にした。 何か問題があったらすぐに離婚するという条件を付けて入籍をして姓を変えたので、年頃に差し掛かる他人であるタカシとユイが同居しているという風な噂が立つ事はあまりなく馴染めるのではと思った。
お互いの両親は特に揉めなかった。 私もタダシさんも一人っ子ではなく既に家を出ているし、死別したお互いの相手と幼馴染同士で、お互いは大学の同級生でもある友人でもあった事で納得してくれた。
シンジとシズカの両親もタカシとユイちゃんに父親役や母親役が必要だという理由を理解し応援してくれた。
同居を初めてすぐにこれは大成功だと思った。 通勤距離は前より遠くなったけどタカシとユイちゃんは本当に仲良くしていて、兄弟というより初々しい恋人のようにも見えたからだ。
私はシズカとお互いの子を結婚させられたら良いねと話していたので、その事をとても喜んだ。 そんなに喜びに幸せを感じたからだろう。私は年甲斐も無くタダシさんに誘われて同意して関係を持った。 そして続けているうちに私はタダシさんに惹かれるようになっていた。
年齢的にもう産むことは出来ないだろうけど女として求められるというのはとても嬉しい事だった。 シンジとシズカに少し悪い気はしたけれど、避妊もしているし大人な関係だと許して貰う事にした。
タカシとユイちゃんはお互いと過ごすばかりで、親友と呼べるような相手は出来ていないようだった。 タカシは中学校で水泳部の部長や生徒会長をやったりしていたし、ユイちゃんはバスケのキャプテンをしていたのだけれど、家に誰かを遊びに連れて来る事は一度も無かった。
けれどタカシが高校を入学してすぐに、水辺オルカさんという人を度々連れて来るようになった。 3人で過ごしている事が多いけれど、タカシと2人で過ごしている事もあるし、ユイと2人で過ごしている事もあるので三角関係になっているように思えた。
それ以降タカシとユイちゃんを訪ねて友達が来るようになった。
権田君、坂城君、真田君、望月君、哀川君、田宮君、八重樫君、秋山君、早乙女さん、古関さん、ジェーンさん。
私がいない時に来ている人も合わせれば、もっと多いだろう。
水辺さんはユイちゃんの幼馴染で、父親の仕事の関係で引っ越していたけれど最近戻って来た娘らしい。 タカシとは水泳部で一緒だった事もあるのか、学校では良く一緒にいるらしい。 そして水辺さんが段々タカシに惹かれているのが目に見えて分かるようになっていった。
けれどタカシは明らかにユイちゃんを異性として好きだし、ユイちゃんもタカシを異性として意識しているので少し可愛そうだなと思っていた。
そんな日が続きタカシが高校2年の大晦日に、ユイちゃんがリビングの扉の前で聞き耳を立てているという不可解な行動をしていた。 けれど愉快げな様子から私はただ頷いてその場を通り過ぎてしまった。 そしてまたリビングに戻った時にタカシが水辺さんにプロポーズしていた。 タカシ本人に自覚は無さそうだけどアレは言い訳の余地もなくプロポーズの言葉だった。
ユイちゃんの様子からユイちゃんは2人の恋を応援していた事を初めて知った。 3人の関係がいつの間にかそんな風に変化していた事を知って驚いてしまった。
ゴルフの打ちっぱなしから戻って来たタダシさんに状況を説明し、すぐに婚約の打診を水辺さんの父親にしに行くことにした。
水辺さんの父親は、アメリカで働いていて年末年始に一時帰国しているだけなので、私達が顔を合わせる機会は少ない。 すぐに事情を話しておかないと間に合わないと考えたからだ。
水辺さんの父親はあっけなくタカシとの婚約を了承した。 既にアメリカの方で再婚していて、そちらの生活を重視しているようで、水辺さんが私達の娘になる事が都合が良かったらしい。
タダシさんはユイちゃんが母親離れが出来たと喜んでいた。 以前タダシさんにユイちゃんの母親役が私では無くタカシだと言った事を覚えていて、今回の状況にそうだと思ったようだ。
その喜びはタダシさんの財布の紐を緩ませ、豪華な寿司とお酒を大量に買うという結果になった。
私もその喜びに発情のような気持が湧いてしまい、タダシさんと夜に燃え上がろうと考えてしまっていた。
年が改まり、私とタダシさんはいそいそと寝室に向かい息を殺しながらお互いを貪りあった。 そして満足してベッドに寝そべり息を整えている時に、部屋のタカシの部屋からタカシとユイちゃんと水辺さんの衝撃的な会話が聞こえてしまった。 タカシの部屋の音は私達の寝室に結構筒抜けなのだ。
私はすぐに飛び出して止めたい衝動に駆られたけど、タダシさんに抱きしめられて止められた。 タダシさんは私の耳元で最後まで話を聞こうと小さな声で言った。
私はユイちゃんが私が思っていたよりももっと歪んでいて、タカシと水辺さんが巻き込まれている事を初めて知った。 けれど3人とも幸せそうに話をしていた。
こんな事は許される事ではない。だから止めなければと思った。 けれど感情では3人を応援してしまっていた。
タダシさんは泣いている私を慰めながら優しく私を抱いた。そして3人を応援しようと囁き続けた。
私とタダシさんは3人分の婚約指輪を用意した。 一般家庭ではあり得ない事だけど、公家や武家にはそういった事があるためか、宝飾品の店員も気にせず依頼を受けてくれた。
私がユイちゃんに婚約指輪を差し出し、私とタダシさんが3人を応援する意思を示した時、ユイちゃんは悲しそうだった。胸は痛んだけれど、タカシとオルカさんがフォローしたのか、ユイちゃんは翌日の夜にはいつもの様に元気になっていて選択は間違って無かったのだと安心した。
「6周目ですな、しかも双子のようです」
「そうですか・・・」
「かなりの高齢出産になりますし双子ですので・・・」
「産みます」
「・・・そうですか・・・当院も可能な限りサポート致しますので頑張っていきましょう」
「はい」
生理不順が始まっていて、上がるのも近いと思っていたのに、私はタダシさんの子を身籠っていた。 妊娠は既に経験している事なのですぐに兆候に気がつき病院にいった。
避妊をしなかったのはあの日に優しく抱かれた2回目の時だけだ。
お腹を撫でながら「絶対に産みますからね」と声をかけた。
その時には男の子だったらシンジ、女の子だったらシズカと名付けようと既に決めていた。
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