第88話 青い雲

「いつか見た希望~♪」


 俺は凧作り用の竹ひごを調整しながら前世のCMで流れているメロディーを歌っていた。


「これっていくつまで並べられるの?」

「ん? 余り多いと糸と繋いでる竹ひごの部分が割れたり糸が持たなかったりして千切れるけど、それまでならならいくつでも繋げられるみたいだぞ」

「へぇ~」


 俺は竹ひごを整えて準備をしている間。 ユイとオルカには、障子紙を形通りに切り抜いて貰い、そのあと水彩絵の具で思い思いに絵を描くようにお願いしていた。


「削ったら弱くならないの?」

「竹ひごは節の部分だけ幅が広くて重いからね、だから削りながら真ん中で重さが均一になるように整えていくんだよ。 弱くなるけどバランスが崩れるより良いからね」

「蝋燭の火であぶっているのは?」

「歪みやしなりの調節だね。 竹ひごは自然の竹を使っているから1本1本違うんだよ。 左右のバランスが悪い場合は、炙って調整しているんだ」

「ふーん・・・」


 義父が計画していた国産ディーラーの新車初売り行き計画は、会社から参加を命令されているゴルフ接待の代役は立てられなかったようで延期という事になった。

 チラシを確認すると来場者にクジを引かせて、総額100万円の新車のオプションかカーケアプションかグッズをプレゼントというものだった。

 来場者全員合わせて総額100万円なので、1人頭にするとそう大したプレゼントは無いだろう。 総額100万円の殆どは最大10万円ぐらいの新車オプションチケットやカーケアオプションではないかと思う。 しかもそれは冷やかし客にチケットを使わない事を勿体なと思わせ、新車購入を考えさせる罠のようなプレゼントじゃないかと思う。


「お兄ちゃんが描いた、この青と黄色のこれって何?」

「青空と富士山だよ」

「なんで富士山が黄色なの?」

「そういうものだからだよ」

「このチョロっとした水色の葉っぱみたいのは?」

「さっき歌ってただろ?」

「雲?」

「そういう事」


 前世の連凧に敬意を表して俺はCMに出ていた凧に描かれていた絵を描いた。 空が紫色で富士山が白のバージョンもあったと思うけど、俺と兄さんが憧れた時のCMの凧は、この空が青で富士山が黄色で描かれた連凧だった。あれって何連だったんだろうな?

 障子紙を切ったら12枚分切れたので12連凧を作ることになり、1人4枚づつ絵をかく事になった。 竹ひごは折れたり割れたりする事も考え、多めに買っていたので十分に足りた。


「ユイが書いて居るのってもしかして・・・」

「大王ダンゴムシ?」

「グソクムシっ!」


 1枚目はお皿に乗ったプリンとスプーン、2枚目はミカンの成ってる木、3枚目はバスケットボールとバスケットゴール、4枚目は水族館で見ていたあの深海の虫だった。

 こんな小さな凧が上空にあがったら見えなくなるけど、地上で持っている時はダンゴムシにしか見えないぞ。


「オルカの絵は海の生き物ばっかだな」

「うん、好きだもん」


 ヒトデに魚にペンギンにイルカ。 結構リアルで上手い。 オルカは絵の才能もあったようだ。


「お兄ちゃんのは全部黄色い富士山?」

「俺に絵の才能は無いからなぁ・・・簡単に書けるしこれで良いんだよ」


 ゲームでは勉強メニューは理系、文系、芸術、雑学の選択式でそれに関するパラメーターを上げる事でテストの成績があがった。 けれどリアルなこの世界では、科目ごとにきっちりと勉強する必要がある。 そして全国模試の点数には殆ど反映されない授業は熱心には予習復習などはしなかったため、いい成績は取れていない。


 そもそも前世を含めて俺は絵を描くのが得意ではなかった。

 字を書く事は得意だったのでノートの字が綺麗だと言われるけれど、前世でスーパーで店のバイトの女性達が購買意欲を書きたてるような目を引く挿絵つきのポップを書くような器用な絵を書く才能は持っておらず、今世でも美術の成績は良くないままだった。


---


 絵をかき終わったら絵の具が乾くのを待つ必要があった。 だから俺達は公園に行ってバスケットコートで汗を流して時間を潰した。


「お兄ちゃんもオルカちゃんも上達し過ぎっ! もう2人を同時に相手にするのは無理っ!」

「本職でも無い俺やオルカぐらいの人は全国に行ったらゴロゴロ要るだろ、俺達をかわせるようじゃないと通用しないんじゃないのか?」

「2人とも自分たちの実力を間違ってるよっ! 全国にもこんなに綺麗に連携してしつこくマークしてくる人はいなかったよっ!」

「それは俺達がユイの癖を知ってるからだろう」

「だってもう10回連続で防がれてるよ!?」

「11度目の正直だっ!」

「いやぁ~」


 1点入れたら交代でやっているのだけれど、ユイの番がなかなか終わらなかった。 俺やオルカは3回に1回ぐらい決められているのに不思議だ。


「2人おかしいっ!綺麗に連携し過ぎっ!」

「そりゃあ婚約者だし?」

「えへへ・・・」

「私お兄ちゃんの妹! オルカちゃんの幼馴染!」

「婚約者同士の方が上って事かな」

「負けないよっ!」

「くぅ~」


 結局16回目でユイはシュートを入れて交代した。 そして俺が2回目で、オルカが4回目でシュートを入れてユイの番になった。


「いじめだよ・・・小姑いびりだよ・・・」

「家で立場の弱い嫁を守るのが夫の務めだしな」

「嫁・・・」


 ユイに小姑と言われたので、お袋に言われて居たことを思い出して話した。


「妹の立場は!?」

「居候?」

「私はユイの味方だよっ!?」

「じゃあ手を抜いて~」

「それとこれとは別だろ」

「負けないよっ」

「負けず嫌い過ぎっ!」


 結局12回目でユイがシュートを決め、それで今日のバスケを終えた。


---


「タカシとオルカさんちょっと来なさい」

「なに?」

「はい」


 休みの日なのに朝から出かけていたお袋が、俺達がバスケをしている間に戻って来たようで、バスケを切り上げ戻って来た俺とオルカを呼んだ。


「私は?」

「ユイちゃんはこっちに座りなさい」

「は~い」


 食卓テーブルに座ったお袋の隣にユイが座り、その対面に俺とオルカが隣り合ってが座った。


「これを今日からはめなさい」

「これって・・・」

「あっ・・・」

「あー!」


 お袋が出したのは指輪が入っている様なパカッと蓋があく小箱だった。


「デザインは立花の家に準じて作られているわ、あなたの体に立花の血は流れていないけど、あなたは長男であるタダシさんの息子だからね」

「なるほど・・・」


 何が立花のデザインなのかは不明だけど、確かにお袋と義父がつけている結婚指輪とリングの部分のデザインが同じ感じの指輪だった。


「プラチナ製のリングだから、そのままでも金属的にそれなりの価値はあるわ」


 この世界の結婚指輪や婚約指輪は、前世で見られるような細い輪っかのリングじゃなく、平たいスリーブの様なリングだ。 表面に模様があしらわれていて、それが立花の家に準じたものなのだろう。


「この書類を学校に届ければ認められた装飾品という事になるわ」

「分かった」

「これは基本的に外せないと思いなさい」

「分かってる」


 どうしても外さなければならない場合は許されるけど、基本的に婚約指輪は付けたら外さないよう言われている。


「つけなさい」

「あぁ・・・」

「ぴったり・・・」

「いいなぁ・・・」


 俺とオルカは完全にペアリングを身に着けた事になった。 これで対外的にもオルカは俺の婚約者という事になる。


「あと・・・これはユイちゃんによ・・・」

「私?」


 何故かユイにも指輪の小箱が手渡された。


「同じデザイン・・・」

「そうよ」

「えっ?」

「なんで・・・」


 なんとなく理由を察してしまったけれど聞かざるを得ないため質問した。


「元日の夜にしていた話は私とタダシさんに聞こえていたわ、そして私とタダシさんは相談してユイちゃんにも贈る事を決めたの」

「それって・・・」

「ユイカさん・・・」

「良いの?」 


 つまりお袋と義父は俺達3人の状態を認めたという事だ。


「ユイちゃんはこの指輪を外で身に着ける事は出来ないわ、3人の時だけ身に着けなさい」

「はい・・・」

「それを守るならタカシの部屋でユイが過ごす事も認めます」

「はい・・・」


 ユイは指輪を見ながら目に涙を溜めていた。

 今はお袋がいるから身に着ける事は許されない。 ユイの指輪は3人の時にしか身に着けられないものだからだ。

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