第87話 皇紀

 初詣で出会った綾瀬から、母親の移植手術が無事に終わった事を別れ際に教えられた。 今は無菌室にいて、移植された骨髄が定着するのを待っている状態らしい。 何も起きずそのまま定着すれば、あとは徐々に外に慣らしていく事と、手術により衰えた体のリハビリを行っていく事で健康体になれるらしい。


 綾瀬は母親を治すという目標を達成しつつある訳だが、医者への道は続けるらしい。 それを聞いて、医者になるというのは最初は母親の病がきっかけによる目標だったけど、志している内に本当の綾瀬の目標になっているのだと感じた。

 俺もただの公務員や公益法人の社員志望だったのに、関西の地震を知り、今では地震学者志望になっているし、何かのきっかけで夢が変わる事はあるんだなと思う。


 綾瀬ならどの道だってエキスパートになれるだろう。 彼女はゲームにおいて全ての能力値が非常に高く、またゲーム主人公の幼少期の接触の仕方という違いだけで、あらゆる道に進み、そこでトップに近い位置まで登る事が出来る万能の才能の持ち主だった。


 俺とユイとオルカの3人は、駅までの途中にあるコンビニで不足分の年賀はがきを買い、そのあと凧の材料が無いか探すため、正月なの開いていたおもちゃ屋と、ディスカウントストアのホビーコーナーを覗いた。

 おもちゃ屋はテレビゲーム関連のコーナーは充実していたけれど、他のおもちゃの品ぞろえが悪い店だった。 一応既製品のビニール製のカイトや凧はうっていたけど、残念ながら竹ひごや厚手の和紙など、手作りのおもちゃを作るための材料は置かない店だった。 短く細い凧糸しか付いて居ない既製品のカイトや凧の延長用だと思われる頑丈そうな凧糸は連凧作りに必要なので、それを2巻買って店を出る事にした。

 ディスカウントストアには障子紙が売って居るコーナーがあり、そこにあった凧作りに使える丈夫な無地の和紙を買った。 残念ながら竹ひごは見つからず、障子紙だけ買って帰る事になった。

 木工用ボンドはこの前使ったばかりで家にあるのが分かっていたため買わなかった。 凧の材料は竹ひごだけが不足した状態で帰る事になった。


 一年の出だしに躓くものはその一年を棒に振る。 前世にあった、一年の計は元旦にありという言葉に近い意味を持つ格言だ。

 凧作りの材料集めに失敗するという躓いたスタートを切ってしまったけれど、それは仕方ない事だ。 いつも完全に行くと思わない事、そう心がければ良いだろう。

 幸い商店街の文房具屋が4日から開店するらしい。 地元の児童会が凧作りをする地域の文房具店なので、売っている可能性が高いのではと思う。


 3人で駄菓子屋に顔を出し、お祖母さんに新年の挨拶をした。 オルカはそのまま駄菓子屋でお祖母さんと過ごし、その後は父親の滞在するホテルに行くらしい。

 俺とユイは出し逃しの年賀状を書いたあと、翌日から行く祖父母家巡りに備えて早めに休む事にした。 オルカがいる訳では無いので一緒の部屋に戻らず、それぞれの部屋で就寝をした。多分これがユイの考える妹としてのやり方なのだろう。


 翌日から2日間祖父母家巡りを行い挨拶をしてお年玉を貰った。 一応電話で報告は行っていたけれど俺やユイの活躍については色々聞きたかったらしく、一緒になって誇張をしながら祖父母達に話しを行った。

 どちらの祖父母の家も俺の水泳の全国6位というものについてはすぐに理解はしたけれど、ユイと俺のバスケの活躍については全国優勝なのに最初は呆けた顔をしていた。 祖父母の家はバスケの盛んではない地域だった事や70歳前後というバスケットボールと触れ合う機会の無かった生活を送って来たためか、孫はマイナーなスポーツをしていると思っていたようだった。

 けれど周囲の親戚やその子供達の反応を見て、自身の孫が競技人口の多いスポーツで全国の頂点に立ったという事が分かったようで、ご機嫌を通り越して顔を紅潮させるように話を聞くようになっていた。 義父の父親は、あいつに話さにゃならんと言っていたので、近所に孫自慢する最高のネタが出来て喜んでいるのだと思った。


 お墓参りで親父とユイの母親の眠る墓にそれぞれ行きお花を供えた。 最近お袋が異能の様な力に目覚めて来たのは親父のせいだと思うようになっていたので、親父の墓には冷水をかけたい気持ちはあったけど、先祖代々の墓なのでとばっちりでかけられる俺の御先祖様達に申し訳なく思い、親父の戒名が刻まれた部分に少しだけ柄杓で冷水を垂らすだけで済ませた。 早死にしてしまった親父の隣の部分には、祖父母の名が刻まれる予定で空欄となっているために、うまく親父の名前だけに水をかけることが出来た。是非あの世で、風呂で居眠りしてたら背中に天井からの冷たい水がピチョンと落ちて飛び起きたぐらいの衝撃ぐらいは感じて欲しいものだと思う。

 ユイが俺の行動を疑問に思ったのか理由を聞いて来たので、ゴミがついていたので水をかけて流したと言って、布巾で水を拭き取っておいたので証拠隠滅は完璧だ。

 ユイが母親に去年より長く黙とうをしていた。 俺の報告しなければならない事が出来てしまったのでユイの隣で同じ様に長い黙とうを行った。


 義父は来年は5人で回らないといけないと言い、今の中型のセダンでは俺やユイやオルカのような大柄な子供が3人となるため、もっと大勢が乗れるワンボックスカータイプの車に買い替える事を考えているみたいだった。

 御用始め後の日曜日に実施される、近所の国産ディーラーの新車初売りと書かれたチラシを見ながら、みんなで行くぞと言い出しているけれど、その日義父は取引先の新春ゴルフ接待の日だった筈なので、無理じゃ無いかと思う。

 狭いだけでセダンでも5人乗る事は出来るし、遠出をする計画が無いならそこまで焦る必要は無いと思うけど、そこら辺の事情は子供である俺には分からないのでお袋に委ねる事にした。


---


 オルカの父親達は3日にアメリカに帰って行っていたようで、4日の朝に俺達の家を訪ねて来た。 俺は親分さんの家を訪ねる予定だったので、オルカの相手はユイにお願いして出かけた。


「坊、明けましておめでとう」

「明けましておめでとうございます」

「坊は来年京都を目指すんだよな?」

「えぇ、地震研究所のある理学部を目指すつもりです」

「分かった、受験の手伝いは出来ねぇが、入れたら場所を用意するぞ」

「場所ですか?」

「住む所と研究所への推薦だな」


 京都は首都だけあってものすごい家賃が高い場所だ。 幸いその大学は国内トップの偏差値を持つ大学なので、割の良い家庭教師のバイトも出来るそうで、家賃と生活費なら何とかなるかなと思っていた。 だけどそれは貰い過ぎじゃないだろうか。


「それは有難いのですが良いのですか?」

「坊は分かってねぇようだが、坊が儂に話した事が既に日本を救ってるんだぞ?」

「えっ?」

「日本は石油資源が殆どねぇから原発大国になってる」

「えぇ」

「それでもし坊が予測するような規模の津波があったらと全ての原発でシミュレートさせてみたんだ」

「なるほど・・・その結果は多くの原発のメルトダウンだった訳ですね?」


 日本の原発数は、俺が知っている数より10倍以上の数がある。 人口密集地近くは避けているけれど、それでもあの東日本大震災の原発レベルの災害が起きたら、密集地でも避難勧告が出される事になる近い場所に原発はある。


「あぁ・・・米国で過去にあったレベル7級の原発事故が最低で2件、最高で36件も起きる可能性があると出やがった」

「酷いですね・・・」


 36件も日本で前世の福島原発事故レベルが起きるなんて考えたくも無い。 一体どれほどの犠牲が出てしまうのだろうか。


「問題の見つかった原発を推進していた奴らは、坊の予測する規模の津波は1000年に1度レベルでまず起きねぇと言いやがった。 皇紀2657年、そんな長い歴史を持つこの国では1000年に1度なんて起きると言っているようなもんだ」

「はい、そう思います」


 この国の日本には、過去にここまで津波が来たと後の人に警告するために石碑が残っていたり、津波石と呼ばれる巨大な波で運ばれたと思われる周辺の岩石とは違う巨石が残っていたりする。 地震や津波に興味を持つようになって調べて初めて知ったものなので、前世の日本に同じものがあるかは見ていないけれど、同じものはあっちにもあるのではと思っている。


「そいつらは、今、冷や飯を食うようになった、外国の原発組織と繋がってやがったから、奴らとツルるんで日本が破滅するよう罠を仕掛けていた可能性があると色々な所に噂を流してやったからな。公安だけじゃなく草や近や庭や蝶まで動いた」

「なるほど・・・」


 最近テレビニュースにあがっていた外国企業から違法献金を受けていた議員が捕まった件がそれなんだろう。神を信じる宗教法人経営者と同じぐらい金にクリーンな政治家というのは珍しいものだと聞いた事があるしな。

 草や近や庭や蝶というのは、この国の皇家、公家、将軍家、内務省直轄の諜報組織を差す隠語だと親分から聞いた事があった。 彼らは破滅するレベルに後ろ暗いところを調べあげられたんじゃないかと思う。

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