第108話 ゲームチェンジャー
水泳で4種目の競技に出場する俺は結構忙しい。特に3種目が集中する水泳の1日目は決勝まで進出すると6回もレースに出ることになる。
バスケの試合と競合するレースもあるけれど、当然の様に水泳の出場が優先されている。
俺の出場する試合はスタミナを使う種目では無いため体の疲労自体は少ない。集中力を使うので精神的な疲労の方が影響あるぐらいだ。
俺は不思議と少し休むと体の疲労が抜ける。水泳の試合がある日でも経過を確認に行く事は勿論、ワンポイント的な出場をすることも可能だと思っている。
午前中でフリーリレー、100m自由形、100mバタフライの予選を終え、全てで決勝に進んだ俺は、午後の僅かな時間を見て男子バスケ部の様子を見に行った。
男子バスケ部は殆どのメンバーが試合中でもフリーなら3割程度の決定率でスリーポイントシュートが決められるようになっている。だから相手チームは守備が広がらざるを得ず、築地や望月の様な内からの攻めが得意なメンバーの攻撃が非常に通るし、相手のリバウンド力はかなり落ちているのでルーズボールを手にする確率が高くなっている。
相手チームは守りに入り、攻めに強い選手より、背の高い選手やマークの強い選手を多く出して対抗したり、同じくシューターを多く出して対抗したりしていた。
前者は得点能力の減少によりジリジリと負けが込むようになり、後者は田宮が6割を超えるシュートを決めるし、田宮にマークを増やすと守備力が落ちて他の選手のゴールがどんどん決まる。そんな状態なので大差は無いけれど確実に勝つと言った感じで試合を進めていた。
田宮はまさにゲームチェンジャー的な活躍をしていた。男子バスケ部の全体的な力は全国の強豪クラスに対抗できる程の実力は無かったのに、ウィンターカップでそれが出来たのは田宮の外からのシュート力によるものがあった。
田宮の外からのシュートの恐ろしさの片鱗は既にあったのに、他の高校の殆どの指導者はそれを完全には理解していなかった。相手チームにもシューター自体はいたのに、ガードを躱しドリブルシュートを決められる選手を多く起用していたし、ゴール下を固めてリバウンドを大事にするプレイスタイルをしていたからだ。
「お兄ちゃん、男子達なんかすごいよ」
「あぁ・・・特に田宮が恐ろしいな・・・」
「シュートの才能はすごかったもんね」
「あぁ、本人の努力もあるけどあれは才能がなきゃ到達できない奴だな」
「スタミナも良く持つようになってるね」
「それは完全に本人の努力だな、スタミナについては田宮に才能は無かった」
「うん・・・そうだね・・・お尻やふくらはぎが前よりすごく発達してるもん、あの安定的な足腰のおかげでさらに上半身が安定してシュートが決まるようになったし、スタミナもある程度持つようになった、当たり負けしてもすぐに立ち直るし凄く強いよ」
「元々すごかったけど、半年でさらに化けたな」
「うん」
「まぁあれだけマークが付けばさすがに疲労はすごいみたいだけどな」
「でもこの点差なら田宮君を下げられるよ」
「そうするだろうな、田宮が動ける状態でベンチにいる事だけでも相当プレッシャーになるし、相手は完全には集中出来ないだろ」
「そうだね」
俺は俺に気が付いた奴に手を振って、100m自由形決勝と100mバタフライ決勝、フリーリレーに参加するため会場を後にした。
「もう戻って良いのかい?」
「うん、俺がベンチに入っても出番は無いかも、それに俺は秘密兵器らしいからね」
「そうか、じゃあプールに戻るよ」
「ありがとう義父さん」
100m自由形決勝で自己ベストを0.13秒更新し優勝した。それでも国体の時にこの記録を出していても5位。大会新記録でもないこの年齢のトップが出す普通の記録という事なのだと思う。それで同世代1位というのは嬉しい事だ。
俺が望めばオルカのような実業団に入る道はあると思う。さらに練習をして日本一を目指す道だってあると思う。けれど俺はその道を選ぶつもりは無い。趣味や体力づくりのために水泳は続けるとは思うけど俺が目指すのは地震学者だと決めて居るのだ。できれば東北沖に発生する地震の兆候を掴んで警告を発する事が出来るような、発信力を兼ね備えた学者になるのだ。
「おめでとう」
「ありがとう」
「同じ色のメダルだよ」
オルカの首には女子800mの金メダルがぶら下がっていた。
「あぁ・・・でも俺はここまでだろうな」
「そう思うの?」
「ここから水泳はオルカの応援に専念するよ」
「国体も出るんでしょ?」
「うん、でも優先するのは勉強だ。合宿には参加するけど、夏期講習の特別講座に行くからね」
「そうなんだ・・・」
「水泳の日本はオルカに託すよ」
「うん日本になってくる」
俺はオルカと握手をした。
友人や恋人として手を繋いだり、座っているところを打ち上がらせるため手を握ったり、ストレッチのために手を取ったりなどはあったけど、何かを託す様な気持ちで正面から手を握りあったのは初めての事だった。
「何言ってるんすか、これからフリーリレーもあるし、明日の競技も続くんすよ」
「それもそうだな」
「あはは、私は400mでも優勝しないとだね」
100m自由形決勝で3位に入賞して色違いのメダルを首にかけた相良が俺のやり切った感のある発言にツッコミを入れて来た。
「立花さんが現役の間に勝ちたかったっすね、今の話を聞いたら国体で上の着順取っても勝った気にならないっす」
「先輩に花を持たせて勝ち逃げさせてくれ」
「仕方ないっすね、俺は日本一を取った時に勝ったって思う事にするっす」
「どうせなら世界一まで行ってくれ」
「あー日本になるって奴っすか」
俺や坂城が時々オルカに言ってる冗談を相良も聞いてたらしい。
「日本一になれば日本にはなるさ。そして日本になれない俺達は、その日本が世界一になる所が見たいんだよ、日本に届く事が無かった奴ら全員の願いさ」
「・・・立花さんって時々そういう年寄り臭いような事を言うっすよね」
どうやら前世の68歳まで生きた内面の部分を感じ取られてしまったようだ。
「2年先に産まれてるからな」
「俺の親父よりそう感じるんすよね・・・」
「さすがにそこまで年食ってないな」
「それは知ってるっすよ」
さてフリーリレーの時間まで体を適度に休めないとな。
決勝のレースは1種目1レースなので、プログラム上は間があるように見えても早く進む。
選手紹介などされて少し時間は開くけど、1試合平均8組程度ある予選の方がプログラムはゆっくりと進むのだ。
「坂城の疲労は取れたかな?」
「大丈夫だよ、長距離選手は1500m泳いだぐらいじゃ1時間もすればケロリだから」
「それは水辺先輩だけっすよ・・・多分・・・」
坂城は「僕の実力じゃ入賞は無理だから少し強めのアップのつもりでやるよ」と言った1500mの試合で自己ベストを更新し8位になっていた。力みでも抜けても良い結果が出たのだろうか、良く分からない。順位が発表された時、本人も意味がわからないと言っていたので本当に気を楽にして泳いだのだろう。
「坂城さんと秋山さんが来たみたいなんで並ぶっすよ」
「じゃあ応援してるから頑張ってね」
「あぁ、ありがとう」
どうやら坂城の疲労は心配ないようだ。オルカも1時間も経てばケロリと言っていたしその通りかもしれない。俺はそんなに連続全力で泳いだら、倦怠感みたいなものが残り続けるものだし、多分相良も同じなのだろう。長い距離を全力に近いスピードで泳ぎ続けられる奴っていうのは体の仕組みが違うのだと思う。
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