第100話 スポーツを仕事に
「何かした?」
『してません』
夕食中に見たテレビでは、ある水泳選手のドーピング疑惑と、ある政治家の政治資金規制法違反で家宅捜索を受けているというニュースが流れていた。
俺は、あまりの出来事に、スミス達が何かをしたのではと疑ってしまった訳だ。
『元々あの議員は国の防諜組織にマークされていました。現在仮想敵国組織がしっぽ切りに奔走しています』
「馬場は?」
『抜き打ちのドーピング検査で見つかりました。元々異常な記録の伸びで疑われていました。薬の供給元はパトロンの議員がいた組織からです。議員とは肉体関係ありです』
「あの議員ってどう見ても40超えだろ?」
『46歳です』
「若いツバメを有名にしたくて薬物を与えたって事か?」
『ちがいます。馬場は元々組織側の人間でこの国の人間ではありません。あの議員を動かしやすくするために本国から送られてきた存在です』
「えっ?」
そんな人間がオルカに接触してくるって怪しいな。
『オルカ様の小刀を見て使えると思ったようです、この街は工作員が入り込みにくいため、あなた様の情報の詳細まで掴んでいなかったようです』
「親分との繋がり狙いって事か?」
『使える手駒を増やすためで、使い道はオルカ様を手に入れてから考えるつもりだったようです』
魅力的な餌があったから取り敢えず確保しとこうとした訳か。でも何で工作員にドーピングなんて?
『ドーピングの薬も抜き打ちでなければ見つからないものです。組織のバックの国々では有力選手に普通に使われていて、発覚した事が無いため、工作員の価値をあげるために使っただけです』
「マジか・・・」
『はい』
スポーツの世界も随分と悪意に満ちているんだな。
『この国が異常に真面目なだけです。大会で上位を占める国の殆どが、スポーツ選手に薬物を摂取させています』
「そうなんだ・・・」
『今回の薬物の発覚により、検査方法が大きく変更され検出精度が向上します。既に類似の薬物を使用している国は、それをクリアするための実験を開始しました』
「実験?」
『あなた様の想像した通りです』
「人体実験か・・・」
『スポーツで実績を上げる人物は全体の極小数です。実験のために使われるその他多数はどの国も不足していません』
「スポーツマンシップって何だろうな」
『ビジネスと言えばわかりますよね』
「そっか・・・」
今日は学校のプール掃除だったけど凄く楽しかった。プールの防水用の塗料が太陽光で剥離しないように、冬場は水をたたえたままなので、水は濁り底にはドロがたまっていく。
水を抜くと大量の水生昆虫が泥の中を蠢いている。水泳部員は水道ホースで水を流しながら、デッキブラシとスクレーパーでそれを排水口に流していくのだ。
そんなに中で坂城はヤゴはいい釣り餌になるといってバケツに集め、新入部員達をドン引きさせていくという一幕がありながらも、水泳部顧問のマダムから差し入れられる氷菓子だけでみんな働いていたのだ。そこには水泳に対しても一切の金銭的な野心は存在しない。ここではみんな水泳をしたいからプールを綺麗に洗っていたのだ。
『気にしないほうが良いですよ』
「そうだな・・・」
オルカはスポーツを仕事にしていく道を選んだ。いつかそのスポーツに幻滅した時、支えてやらなければと思った。
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体育祭では2年の時と同じ100m走と色別対抗リレーに出場した。
俺は100走mでは運動が苦手だと自称する真田が、こんな自分でもクラスの役に立ちたいと言い、全学年で1番足が早い陸上部の依田が走る組で走ると言い出した。クラスで1番足が早いらしい俺がその組で走る予定になっていたので2位狙いだったのだけど、真田のおかげで別の組で走れた事で1位でゴールを切ることが出来た。
各学年の1、5組が赤組、2、6組が白組、3、7組が青組で、4、8組が黄組だ。そのため3年7組の男子である俺が青組の色別対抗リレーのアンカーになっていた。
青組は1年生がバトンを繋いでいる間は1位だったのだけど、2年6組で白組のユイがビリの状態からごぼう抜きしたため、白組が1位に躍り出た。その後青組は、陸上部の走り高跳びの黄組の選手という女生徒と、中距離走の選手という赤組の男子生徒に抜かれ、白、黄、赤、青の順でバトンが3年生に渡った。
白組の3年1組の生徒がバトンを受け取るのに失敗し黃組と赤組抜かれて俺の前を走る綾瀬にバトンが渡った。綾瀬は一気に順位を上げ、青、黃、赤、白の順でアンカーである俺にバトンが渡った。ただし青、黃、赤は殆ど順位の差は無く白組だけが1/4周遅れた状態だった。
黃組はサッカー部のキャプテンである佐野、赤組はバスケ部1俊足の大石、白組は陸上部の依田だった。
俺は全力で走った。佐野や大石より50m走のタイムが早いため大丈夫だと知っていたけど。100m11秒台という依田はとんでもなく早い。白組とは1/4周離れているけど1周もあれば追い抜かれる可能性があった。
4分の1周で後ろを走る佐野の足音が遠ざかっていくことを感じて安心した。
けれど半周が過ぎてそろそろカーブという時にワーという歓声が強くなり「白はえぇ」という声が聞こえたので依田が佐野か大石に追いつたか追い抜かしたのだと予想した。
カーブが半分過ぎた時に後ろから足音が近づいているのが分かった。中学校3年生の200m自由形で県大会出場をかけた予選で、坂城にターンの度に近づかれていた時の事が脳裏をよぎった。
カーブからストレートに変わった頃にははっきりと後ろに付かれてしまっていることが分かった。依田の息遣いまで聞こえていて強い焦りを感じていた。
「お兄ちゃん頑張れっ!」
残り3歩ほどの時にした声に「あっユイだ」と思った瞬間に依田とほぼ同時にテープを切っていた。
息を切らせて居ると俺に1と書かれた旗が手渡されていた。2と書かれた旗を持った依田が悔しそうにしながらも近づいたあと、ニヤっと笑って俺の腕を取り高々と上げさせた。
「抜けると・・・思ったんだけど・・・ね」
「あそこの・・・妹の・・・応援する声が・・・聞こえたんで・・・ね」
「妹さん?・・・って白組じゃ・・・ないか・・・」
「それも・・・そうだな・・・」
少し遅れてゴールした佐野と牧野も近づいて来た。
「お前ら・・・早すぎ・・・」
「はぁ・・・2位からビリだよ」
「本職だからね」
「俺は水泳部なんだが」
「俺も陸は・・・本職だよっ!」
「一応バスケ部で1番足が早いんだけどね」
「立花君もバスケ部だろ?」
「ただの助っ人だって」
俺と依田は1年の時のクラスメイトで、サッカー部である佐野はクラスが一緒になった事は無いけれど夏合宿が一緒なので比較的に面識があった。
「さぁ、並ぼうよ」
「そうだな・・・」
与田に肩を叩かれて色別リレーを戦った選手たちの所に向かって歩いた。体育祭の種目は全て終わり、後は得点発表があるだけだ。
結局、色別対抗リレーの前までは点数がかなり拮抗していたようで、高い配分をされている色別対抗リレーの成績がそのまま総合得点の順位になったようだった。
依田に抜かされてたら戦犯扱いされてた可能性があったので、ユイの応援でひと伸び出来て本当に良かった。
それに体育祭には毎年点数で貢献している方だけど、1度も優勝した事が無かったので新鮮な気持ちがした。
「お兄ちゃん応援聞こえた?」
「聞こえたけど白組なのに青組の俺の応援したらダメだろ」
「私はいつでもお兄ちゃんを応援するよ」
「俺はユイがごぼう抜きしてた時に、もっと手加減してくれっておもってたぞ」
「あっ、ひどーい」
「さ来週はユイを応援するから勘弁してくれ」
「んもぅ! オルカちゃんもいるからでしょ?」
「そりゃあ婚約者だもんな」
「ぶぅ〜」
11日後に中間テストがあり、その週末の日曜日に港の祭りが開催される。俺とユイやオルカは別部門だけど3on3大会にエントリーしている。
別のチームで出場するのでユイやオルカの応援はずっとは出来ないけど、可能な限り応援するつもりでいる。
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