第99話 綺麗な国
新学期が落ち着いた4月の第3週。かねてよりオルカが招待を受けていた園遊会に参加するため京都に向かった。
俺は黒のタキシードでオルカは桜染めという絹の生地を使ったドレスを着て会場となる御苑に向かった。
京都御所に入る際には受付で危険物を預ける必要があり俺もオルカも小刀を近衛の方に預けた。
そのあと来賓の意味を持つタスキをかけられ、案内人に誘導されながら御苑に入場した。
園内の池のほとりに場が作られていた。テレビでは映らないので知らなかったけれど、園内には大きな東屋があって、その場所に席が作られ飲み物と軽食が並んでいた。
既に多くのテレビで見たことがある人が大勢いて、顔見知り同士で話し込んでいるようだった。
「やぁ、オルカちゃん来たね」
「馬場さん、ロンドン以来ですね」
「やだなぁ堅苦しい、僕とオルカちゃんの仲じゃない、シカオと呼んでくれよ」
やけに馴れ馴れしい人だなと思ったら、世界選手権の200m背泳ぎで3位に入賞した馬場選手だった。
「あなたと私の間に仲などありません」
「またまた・・・おや?君は?」
ずっとオルカの隣に居たのに、まるで今気づいたみたいに俺を見る馬場。前世で俺が店長時代のエリアマネージャーがこんな感じの奴だった。店員に対する嫌味とマンウントが大好きなくせに本店から来るバイヤーやバイザーにはペコペコしてるのだ。
パート主婦へのセクハラと店の商品を廃棄という扱いにして盗んでいた事が発覚して解雇され、俺が後任のエリアマネージャーになったけど、引き継ぎも無いし、やってみたら数字の改竄が大量に見つかって非常に苦労した事を思い出していた。
「オルカの婚約者の立花です馬場選手」
「あぁ、自由形で中途半端な記録しか無いっていうのは君か」
健全な精神は健全な肉体に宿るって言うけど違うんだな。
『この方はオリンピック組織委員会で規制されている薬物を使用しています』
どうやら肉体は健全では無かったらしい。
「先程から私の婚約者に馴れ馴れしいですね」
「貴様・・・お前の様な奴にオルカちゃんは勿体ないって言ってるのが分からないのか?」
「意味ぐらい気がついていますよ。これでも学校の成績は良い方なので」
「ちっ・・・」
馬場は京都にある体育大学に所属しているのは知っているが、スポーツさえ成績が良ければ卒業は出来るという学校らしいので頭の出来はあまり良くないのではないかもしれない。
「俺のパトロンには政治家もいるんだぞ? お前なんかどうとでも出来るんだ」
「そうですか、頑張って下さい」
親分の小刀を持っていれば通用するか試したいけど、今は預けているからどうしようも無いな。
馬場は「覚えてろよ」と負け犬の遠吠えをして不機嫌そうに別の席に向かったけど、色々釘をさしておいた方が良さそうだな。
「ごめんね、嫌な思いをさせて」
「大丈夫、この程度は平気だよ」
春の良い陽気がする綺麗に手入れされた庭園にいるって言うのに、オルカをこんなに悲しい顔にさせるなんて腹立たしくは感じるな。
『パトロンという政治家は共益党の小内議員です』
(あぁ・・・国民一番と言ってるくせに自らが関係する団体に利益誘導する発言ばかりしてるタヌキみたいなオバサンか・・・)
『この国の仮想敵国が共同で作った団体です』
(要は工作員してるのか・・・)
『知名度があるので工作活動に手を貸していますが、実権は団体にあります』
(太陽光発電に助成をとか、隣国からガスパイプラインを引いてエネルギーコストを下げるとか、日本の資金を隣国への投資へとを言ってるのはそういう理由なのか・・・)
『はい』
前世でも似たような政治家いっぱいいたよな、こんな恋愛シミュレーションゲームが実体化した世界なのに、そういう嫌な部分までリアルなのは嫌になるな。
『お望みなら消せますよ?』
俺がそんな事を望んで無いのに聞いて来るのは、俺が心の中が沸々と怒りが湧いて冷静じゃなくなってるので冷水をかけてくれたのだろう。
ああいう奴はスミスの憑依体にお願いするといつでも消せる存在なんだと思うとスッと気持が楽になった。
「せっかくの綺麗な顔が台無しだよ」
「綺麗なんて初めて言ってくれた」
「いつもは可愛いけど、今日は綺麗だよ」
「化粧のおかげだよ・・・」
「綺麗な顔は外向きの顔だね、その綺麗な顔のままで今日を乗り切って、いつもの可愛いオルカになって帰ろう?」
「うんっ!」
親分さんの手配してくれた人にレクチャーされた化粧されたオルカは綺麗だ。崩れないようにお澄まし顔をして頑張っているのが良くわかる。
でも俺の前では化粧は必要無いし、お澄ましせずユイと元気に飛び回っているほうがうれしい。
「お時間でございます、係のものが案内しますので、あちらの列にお並び下さい」
陛下をはじめ皇族の方がご到着されたらしい。
俺とオルカは俺達を案内してくれた係の人の指示に従って所定の場所に並んで陛下が来られるの待った。
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「朕、そなたの具申により、将来国難が取り除かれ、万民が救われる事になった聞いている、心安らぐ思いぞ」
「さらに陛下の心が安らぐよう、今後も国のために働けるよう努力して参ります」
「うむ、期待しておる」
前世の園遊会を報じていた映像では、陛下は一人ひとりに近づき、握手をして声をかけられていた。そしてとても優しくゆっくりと親しげに声をかけられていたように見えた。
こちらの陛下の場合は、軽く手を触れあうが、親しげというほどは近づかず、言葉も少し尊大気味だ。
けれどこれは前世の陛下が人間宣言をされた存在であったのに対し、この世界の日本の陛下が現人神だからだろう。けれど俺にかけられた言葉は国民の事を思い国の安寧を祈る存在としての言葉だ。
前世の俺は、天皇陛下とは接点を得られる存在では無かったけれど、今日拝謁した方と同じ国家の安寧を願う方だったのではと思った。
『思っている事と口にしたことに全くの乖離がありません、本心をそのままです』
この世界を作ったのがスミス達の言う創造主様という存在だとしたら、その人たちは日本という国の事が好きだったんだろうなと思った。
多くのメディアでは、日本が世界で最も汚い国で、世界に反省を示し続けなければならないと言い続けていた。そのくせ自社の不祥事に対しては反省の態度を示す様子も無く偉そうに国民に対しては謝罪しろ反省しろと言い続けていた。
俺は日本という国が好きだったが、日本の事を嫌いな人が社会に増えていってるように感じていた。
バブル崩壊前の日本はとても元気で、日本の事を好きな人が多い社会だったように思う。
俺の小さい頃は国民の祝日には家の前に日本の国旗をかけていた。
これはうちが保守系の政党を支持していたとかではない。俺の親父は学生運動に参加して社会を変えてやるなんて息巻いていた闘志だったらしいし、左翼の政党が発行する新聞を取っていた。
その新聞を配っている方は熱心な党員だったけれど、その人の家も祝日には国旗を掲揚していた。国歌斉唱で起立せず、国旗の掲揚を学校教師が妨害するなんてあり得ない社会だった。
しかし日本はバブル崩壊によって自信を失っていき、いつの間にかメディアが言う日本は世界で一番汚い国という言葉に洗脳されていった。
久しぶりに帰省した小学校には国旗が掲揚されなくなっていて、いつの間にこんな国になったんだと思ったものだ。
「庭が綺麗だったね」
「うん、日本は綺麗な国だ」
俺とオルカは園遊会のプログラムが終了してすぐに、許された範囲での庭園の散策や会食をせず御苑を出てホテルに帰った。
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