第97話 永遠に0が続く事
4月1日は学校で入学式が行われるので、部活は中止となっている。去年はユイが入学式に出ている間、オルカと桜の花見をするため城址公園に行き、リュウタ達と遭遇して彼らの花見に参加した。
今年はユイも在校生なので入学式は参加しない。リュウタからの電話で携帯電話が鳴り、花見をするので来て欲しいと誘いがあった。だから俺はユイとオルカを誘って出かけた。
「兄貴ぃ!ここですよっ!」
「呼んでくれてありがとう、それにしても見事に咲いてるな」
「えぇ、去年より見事でやす」
来場者は去年より多いのだが、去年多く見られたゴミは随分と減っていた。公園清掃員と交通整理の職員が増加し、リュウタの舎弟達がボランティアとして手伝っているからのようだ。
イカつい顔した男たちが掃除と誘導を行っている中でゴミをポイ捨てする、ある意味勇気のある人物は少数であるようで、公園はゴミ自体がとても減っていた。
彼らは街中の公園などの草刈りや清掃の他、街の様々な所にあるペンキなどの落書きなどを消して回っていたりもする。
ショッピング街のシャッターなどに見られた卑猥な言葉や迷惑な自己表現の落書きなどは既に無くなっていて、リュウタの行っている高校の美術部の生徒が絵を描いている。 それがテレビのローカルニュースで取り上げられた事で、彼らは市役所に招かれ表彰されていた。
奇抜な美的感覚を持ち、他者を威嚇してしまうことがある彼らが広報誌に写真付きで掲載された事もあり、彼らはかなり地元公認の愛される存在になりつつある。
「綾瀬も来てたんだな」
「えぇ、シオリにお呼ばれしてね」
花見には綾瀬や武田の妹も居た。リュウタの舎弟達にも面識があるのだろう、綾瀬の姐さん、現田の嬢ちゃんと呼ばれていた。
「奴ら、兄貴が去年言ってくれた事で、街を綺麗にすることが好きになりやがって、やんちゃする事が随分と減りやした」
「大人になったって事じゃないか? なんかいい人が出来た奴もいるみたいじゃ無いか」
「えぇ、あの野郎はあの女の困り事を助けた縁でですね。 それとあの野郎は公園の手入れで知り合った人に娘さんを紹介されたみたいでやす」
「街を綺麗にすれば、綺麗にしている奴も綺麗に見られるようになるんだろうな」
「えぇ・・・本当にそうなって来やした」
前世のスーパーのエリアマネージャーの教育実習の際に、割れ窓理論というものを教えられた事がある。 窓が割れた家を放置すると、その地域の住民は軽微な事に関心を持たないという事を周囲にアピールする事になって、住民のモラルの低下と、悪さを目論むものに目を付けられやすくなった事で、犯罪が増えてしまうという考え方だ。
現在駅前周辺がメインであるけれど、それが立証されつつある。
その分、駅前周辺地域に悪さをする奴らが広がって居るが、街全体に広げていけばそれは街の外にいってしまうという事でもあった。
「権田さん達の取り組みは、うちの高校の周囲でも取り組み始めたみたいね」
「そうなんだ」
「えぇ、うちの美術部に、商店街のシャッターに絵を描いてみないかって提案があったそうよ」
「あぁそれで・・・」
最近ゲームの美術部のヒロインである今井が、家の近くの商店街のシャッターが下ろされた店の前で商店街の人と何やら話し込んでいる所を見かけた。
「うちの美術部って・・・」
「えぇ・・・なんか図案を持っていった際に、違うものにしてくれって訴えられたそうよ」
「そうか・・・でも彼女がそのうち評価されるようになったら、そのシャッターはすごい価値が出そうだけどな、確かお父さんはすごい画家なんだろ?」
「それもそうね・・・」
美術部のヒロインが描く絵は前衛的過ぎて周囲から理解されない。 けれどゲームでは、高校3年生の時に出展した絵が展覧会で賞を取り評価されるというイベントが発生していた。 どうやら見る人が見ればいい作品のようだ。 文化祭の後に、坂城も綺麗な絵だったと言っていたので波長が合う奴にはすごく合うのだろう。
「綾瀬はああいった絵は分かるタイプか?」
「いいえ」
ゲームの設定と同じで、綾瀬は写実的な芸術を好むようだ。 ヒロインたちの中には美術館を好むキャラも居たのだが、開かれている展覧会の内容で、デートが成功したり失敗したりしていた。
ユイは美術館では成功する催しは無く、オルカは海の生物の幻想的な絵の展覧会が開かれる時期だけ成功する。
綾瀬は確かローマの彫刻展とルネッサンス期の絵画展などの写実性がある美術品の催しの時に成功した筈だ。
「お兄ちゃんっ! ちょっと助けてっ!」
「ユイが呼んでるからいってくるよ」
「えぇ」
ユイが俺に助けを呼んだのは、高い木の枝に風船を引っ掛けて泣いている女の子を助けてというものだった。 オルカがその女の子を慰めている。
これはゲームでユイと春の城址公園に来ると起きるイベントと同じ内容だった。
ゲームでは高い運動能力があると風船をジャンプして紐を掴んで回収でき、女の子から感謝され、ユイからの好感度がとてもあがり、運動能力が低いと棒で引っ掛けて取ろうとして女の子に泣かれ、ユイの好感度が下がるというものだった。
よく見ると風船は軽く紐が引っかかっているだけで、下手に刺激すると引っ掛かりが取れて空に飛んでいってしまいそうだった。
高さは3mちょっとはあるだろうか、ユイはジャンプして届かないか試したようだけど、触れる事が出来ずに無理と判断したようだ。
俺ならジャンプして届くだろうけど、あの引っかかり方は下手をすると風船に枝が触れて割れかねないと思った。
「ユイ、肩車するよ」
「えっ?」
「ユイが俺の肩に立てば多分届くよ」
「あっ! そうだねっ」
ユイはデートではスカートを履くことを好むけれど、今日は花見でシートの上に座る事を考えズボンを履いて来ていた。
ユイに靴を脱がせ肩に足を乗せさせたあと、その足を持って立ち上がった。
「わわっ! お兄ちゃんっ! すごく高いよっ!」
「安定したら枝の下に向かうから誘導して」
「怖そうだね・・・」
高いところが苦手なオルカはこういうものでも怖がるらしい。
「もう少し右〜・・・そこで半歩だけ前・・・あっ・・・まだちょっとだけ前・・・いいよ〜」
「わっ! 取れた〜」
「やったー!」
背後に居るので見えないが、オルカと泣いていた女の子の歓声も聞こえたので成功した事が分かった。
「あそこのベンチのところに下ろすけど、驚いて風船を離さないようちゃんと握っててな」
「うんっ!大丈夫っ!」
バスケ部の練習でする、2人一組で肩車をしてのスクワットをする時の要領でゆっくりと屈む、肩のユイが肩車より不安定なので、足の方にかなりの負荷がかかったけれど、俺が練習で組になる男子バスケ部員より、ユイは軽いのでなんとか屈めた。
ユイは「えいっ!」っと言ってベンチの上に降り立ち、女の子の手を引いてたオルカに風船を渡した。
「はい、もう手放さないようにね」
「うんっ! 大っきいお兄ちゃんとお姉ちゃんたちありがとうっ!」
いつの間にか周囲に数人のギャラリーが居たようで、オルカが風船を手放した瞬間に拍手をされた。
「どうもお騒がせしました」
「カッコ良かったよっ!」
「嬢ちゃん良かったなっ」
「うんっ!」
「なんか恥ずかしいね・・・」
「わっ! 靴の中に花びらがっ」
オルカが手に持っていて、ユイから風船を受け取る際にベンチの近くに置いたユイの靴の中には桜の花びらが入っていたようだ。
女の子はその風船を持ってそのままどこかへ駆けていった。 どうやら迷子でもあるという訳では無いらしい。
「優しいじゃない」
「兄貴っ! カッコ良かったでやすよ」
「助けられる内容だったからね」
「ただ通り過ぎていくだけの人も多いのよ」
「えぇ、俺等は脚立を借りに行ってやしたが、多くが素通りでした」
「ユイとオルカはそうじゃないからな」
「良い奥さんと妹さんね」
「さすが兄貴の身内ってとこでやすね」
「リュウタだって俺の身内だし、最近は綾瀬も親分の所に出入りしていて身内になってるんだろ?」
「あら・・・気づいてたのね」
「ご存知でやしたか・・・」
「そりゃ、あんだけ親しそうにしていたらなな・・・」
綾瀬とリュウタやその舎弟達が親しげに話をしてるんだし誰だって気が付くだろ。リュウタと個人的にっていうなら武田の妹が嫉妬の目を向けるだろうしな。
それにしてもゲームであったイベントと同じ様な事が起きたが偶然か? あれはゲーム内で武田とユイの好感度が、放課後後に一緒に帰ろうと言って応じて貰える状態以上の時に、春とされる2月から5月の城址公園に来ると発生するイベントで日にちの指定までは無かった。
風船を木に引っ掛ける少女が頻繁に発生するとは思えない。 たまたまそんな偶然に遭遇するなんて事があり得るのだろうか・・・。
『この城址公園とされるエリアで浮遊型の風船が木に引っかかったのは今回が初です』
(そんな低レベルで発生するものにたまたま遭遇するものか?)
『あの少女はここより約220m離れた所に居住する普通の人間です。 家族とショッピング街に買い物に行き、客引きの道化師に風船を貰い、帰宅後に友達に自慢するためこの城址公園を通りかかり風船を誤って手から離しただけです』
(つまり誰かが作為的に起こしているわけでは無いわけだな?)
『少女に外部から行動操作されたり思考誘導された形跡は確認されませんでした』
(だろうな・・・でももしゲームでの夏のオルカのイベントが起きたら偶然とは思えないんだが)
夏のオルカのイベントとは、3年の運動パラメーターが高い状態で海水浴に行き、遠泳をすると急に天候が悪化し潮に流されて海岸洞窟にたどり着くというものだ。
他にも綾瀬と冬にスキーに行くと強風でゴンドラが止まったり、桃井と春にデパートにいくとボヤ騒ぎになってパニックになるというイベントが発生する。 ゲームでは、ある一定の条件を満たした状態の最初の1回のデートで、必ずイベントが発生する設定になっていたのだ。
けれどリアルな世界では、頻繁にスキー場のゴンドラが強風で止まったり、デパートでボヤ騒ぎが起きているので無ければこれはあり得ない現象だ。
『あり得る事象ではありますが、起きない可能性の方が高い事は否めません。私があなた様に指示すれば、起こすことも起こさないことも選択出来ます』
(もしそんなデートに行ったとしても、何も操作しないでくれ?)
『わかりました』
スミスの憑依体なら、ゲームと同じイベントを起こすよう俺を誘導するのは容易いらしい。けれど今回は自然発生的に遭遇していたようだ。でも次も遭遇したら、俺はこの世界では偶然というものは存在しないと思った方が良いと考えるべきと思った。
『遭遇する確率は約8.4かける10の34乗分の1です』
そんな確率に遭遇する可能性は普通皆無だろう。
『あなた様の様な創造主様たちの世界の記憶を所持している存在出来る確率はこの世界の全ての容量で計算しても導けない確率です』
(確か、0.99999・・・と永遠に続くものは1で・・・0.00000・・・と永遠に続くのは0だって聞いた事があるけどな)
『存在しているので永遠に0が続く事はありません』
(そのいつか1が現れるのをスミス達はずっと計算し続けるんだな?)
『はい』
スミス達が妥協を許さないのは、世界の全てを把握したがるその習性故なのだろうな。
無いことを証明するのは悪魔の証明っていうけど、スミス達は悪魔の存在について世界全てを確認し有無を確認出来てしまう存在みたいだしな。 それに俺や武田の存在でこの世界の創造主が居る事は証明されてしまってる訳だしな。
『あなた様が悪魔と定義する存在はいます』
そりゃスミス達の方が悪魔なんかより余程超常の存在だしいるだろうよ。 悪魔というと人間の魂を対価にその魂を捧げた人間程度の願いを叶える程度だろ? 一瞬で宇宙1つを消しされるスミスにとったら小さい存在だろうよ。
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