第92話 非公式ファンクラブ

 新学期に婚約指輪を着けて登校したことは、周囲にそれなりに反応はあったけど、同学年に数人はいるため、それが1人増えた程度の反応だった。


 傾向としてはクラスメイトには祝福され、水泳部員からは冷やかされ、バスケ部員からは心配された。


 バスケ部員が心配していたのはユイのブラコンっぷりが周知であったからだ。 けれどオルカの事を知っている人物がいた事と、ユイ自身が「お姉ちゃんが出来た〜」といつもより笑顔でいたことから安堵に変わっていった。


 ただオルカのいる隣のクラスでは大きな反応があったらしい。 なぜならオルカが教室に入ったすぐ後に奇声を上げて倒れた男子生徒がいたからだ。


「なんだ? その水辺オルカ非公式ファンクラブっていうのは?」

「水辺さんの事を密かに応援しようっていう人達の集まりだよ」

「それで倒れたのは、その会長だったんだな?」

「うん、なんか保健室に運ばれたんだけど、僕の天使が汚されたって言ってたらしいね」

「汚された?」

「婚約指輪にはそういう意味があるからね」

「そういう意味?」

「分からないんだ・・・双方の両親が同衾を許したって意味だよ」

「汚されたってそういう意味か」

「うん、そういう意味」


 放送部という立場から、新聞部にあるツテがあるらしく、真田は俺に情報を教えてくれた。


「それでその非公式ファンクラブっていうのは何をやってる組織なんだ?」

「水辺さんへの情報収集と、水辺さんに近づく存在への牽制や嫌がらせだね、時には脅迫や排除もしているって噂だよ」

「俺はそんなもの受けた事は無いが・・・」


 ユイやオルカと学食で弁当を食べている時に睨んで来る奴や、遠巻きに嫌な視線を向けて来る奴はいるけれど、話しかけられた事は無かったので無視していた。


「あぁ、それがヤバいって知ってる人がいたみたいだね」

「これか・・・」


 普段から身に着ける癖がついてしまったので忘れがちだけど、これを知っているのはそれなりに事情通という事になる。 親分さんの家の門に刻まれている家紋が意匠されているけど、あの家の前の通りは人が避ける傾向にあるようだし、通りかかっても門をジロジロは観察しないだろう。

 華族出身の人が刃物を所持している事はあるけれど、強い権力を維持している華族は一部だ。 家を重んじ礼節を嗜んでいる人が多いという印象があり、若干社会的信用を得られやすいといった程度で、傍若無人がまかり通ったりはしない。

 有名な華族というのは街の史跡や歴史資料館でも見る事があるため知られているけど、権田家のものはほぼ存在しないと言っていた。

 ただ華族であれば知らない人はいないぐらい有名らしい。 そして華族は余計な事は言わない家風を持っているので、権田の家紋の意味を知るものは情報通という事になる。


 ちなみに警察や軍隊と裏社会のトップは治安維持を司る旧将軍家の華族とその類が上位を占めている。 太平洋戦争に相当する戦争勃発前は組織の人間の殆が華族だったそうだけど、数が減ってしまった事と時代の流れにより、一般人も多く入っているが、それは変わっていないらしい。

 親分さんがこの小刀があれば「滅多な事は起きねぇ」という意味は、何があってもこれを見せて分からない奴は大した裏が無いって意味だから、気にせず始末しても何とかしてやるという事だったりする。


 メディア関係者の多くはこれを知っているけど、報じればどうなるか知っているので黙っているらしい。 つまりこの世界のメディアは検閲が存在するって事だ。

 そのうちインターネットの普及により、個人の配信力があがる事で知られていくだろうけど、この世界の日本はインターネットの検閲すらしそうなので、社会全体がそれを知るには、しばらく時間がかかるのでは無いかと思っている。


 真田は放送部や新聞部へのツテもあってそれを知っていたようだ。 ちなみに放送部や新聞部の報じる内容は、生徒会の検閲を受けているし、生徒会の顧問はなんと校長で、地元で有力者である華族家の意向に沿った方針を取っているらしい。


「一応立花君に対して、1年の最初の頃は変な噂を立てたりはしていたみたいだよ」

「あの女の子を調べて吹聴する・・・って奴か?」

「うん」

「今はいなくなって関係ないけど武田君に対しても酷い噂を立ててたみたいだね」


 ゲームのお助けキャラの俺が武田に「最近お前の変な噂を聞くぜ」の正体はコレだったのかもしれないな。


「その非公式ファンクラブってのはどうなるんだろうな」

「解散して、一部は他の非公式ファンクラブと合流するんじゃないかな」

「他の非公式ファンクラブ?」

「うん、綾瀬さんとか1年のすっごい美人の留学生の奴が有名だね。 あとは桃井さんとか立花君の妹さんのもそれなりに人数いるらしいよ、僕の姉さんのも一応あるね、あとは・・・」


 真田が教えてくれた非公式ファンクラブは、ゲームのヒロイン達全てとスミスと数名の女生徒、学校内でイケメンだと言われる人や運動で活躍している男子生徒だった。

 ちなみに「立花君のもあるよ」と言われたので、俺の知らないところでそんな組織が作られていたらしい。 ちなみに抜け駆け禁止をルールに定めている非公式ファンクラブが殆どなので、今まで俺が女生徒から殆ど告白を受けなかったのは、俺の非公式ファンクラブはその方針だったからだそうだ。


「真田のは無いのか?」

「・・・」


 どうやらあるらしい。黙っているという事は、不本意・・・例えば会員の多くが男子生徒なのかもな。


「真田も大変だよな」

「ほっといてよ」


 真田は重度のシスコンというノーマルとは言い難いけど女好きで男色の趣味は無い。 体育の水泳の授業の際と、修学旅行の風呂場でメガネを外して上半身裸の状態に鼻血を吹いたり前屈みになったクラスメイトが出たけどそれだけだ。


 ちなみに真田は大層なモノをお持ちの立派な男性だ。 水着の股間の部分は結構な膨らみがみられたし、風呂場で大柄な俺の後ろにピタッと隠れた時に少し当たった感触は、えっ?って思うぐらい重量感を感じた。

 華奢で丸みすら感じる体に、色白で細い手足となぜかプリンとした尻に、胸がペッタンなだけで女の子っぽいなと思うけど間違いなく真田は男だ。


「そういえばこれ助かるよ」

「従兄弟のお古だから気にしないでよ」


 真田が冬休みの帰省で、俺が志望している学校の過去の赤本を見つけたそうで持ってきてくれたのだ。

 真田も俺と同じ学校を志望しているので自身も読んだらしい。俺に貸してくれるのは多分中身を全て理解したからなのだろう。


 ちなみに真田の姉も同じ大学を志望しているらしいが、法学の方に進みたいらしく進路が違う。 メディアに携わるなら法律を知らなければという事らしいけど、そういうものなのだろうか。

 法律家を目指さないのに法律を学ぶ人は、法律の抜け穴で悪さを考える人ってイメージがあって、なんとなく怖いのだけど真田の姉はどうなのだろうか。

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