第91話 兄弟(武田視点)
「ほれ兄弟行ったぜ」
「ほいよ」
延縄を海に投入する時と、魚の巻きあげをする時のマグロ船の忙しさは普通ではない。 投入で半日、巻き上げで1日。 船は揺れるし巻き上げされた魚はそれこそ死に物狂いで暴れる。 小さいものはカツオとあまり変わらない大きさだけど、大きいものは俺の体より体長があり、丸々とした体重は300キロを超える事もある。
そんな過酷な労働環境で働いているからか、船員達同士に連帯感みたいなものが育まれる事は多いらしい。 1回の航海で平均10ケ月。俺はまだ2回目の航海で、俺より後に入った新入りは航海の途中で死んじまってこの船の中じゃ未だに下っ端だけど。それでも長い間に信頼関係が生まれていたようで、俺の事を兄弟と言って慕って来る奴が出て来ていた。
「やっぱ日本は良い国なんだなぁ」
「あぁ、安全だし豊かだからな」
「でも兄弟は売られちまったんだな」
「あぁ、しくじっちまってな、帰ったらヤバいかもしれん」
「こういう事する奴らは鰐のようにしつこいからな」
「あぁ」
鰐がしつこい生き物か知らないけれど、この船にいる奴らから聞いたところによると一度かみついたら離さない生き物として有名らしい。
彼らの故郷では水くみに川に近づいた時に引きずり込まれて食べられる奴がそれなりの数いるらしく、そうなった場合は諦めるしかないらしい。
魚の網に鰐がかかる事があるそうで、その時は複数人で協力して取り込むらしい。鰐は噛む力が強いけど、口を開ける力は弱いので、口に網がかかって開けられなるらしい。そして目を隠すとしばらく身動きしなくなるので、その間に手足を縛っていくそうだ。
銃を使わないのかと聞いたら、血の匂いで他の鰐が寄って来て危険らしく、大人しくさせ早く陸から離した方が賢明らしい。
「平均的なマグロ1匹で大型の鰐20匹分だな」
「鰐ってそんなに高く無いんだな」
「あぁ、 肉、皮、骨、牙、内臓、みんな売れるし肉は美味いんだが、高くは売れねぇよ」
「知り合いを食ったかもしれない鰐を食うのか?」
「あぁ、見つかる時があるよ」
「マジかよ」
「俺は食われた人間が見つかった所に遭遇した事は無いけど、隣村で見つかった時は、服と骨の一部から誰かが分かったらしいな」
「一部って・・・」
「他の奴と奪い合って食ったとかだろ、分け合う様な奴らじゃないしな」
人が嚙みつかれて引きちぎられる光景を想像してしまって身震いしてしまった。
「骨とか牙とか何に使うんだ?」
「牙は観光客相手にペンダントにして売るって言ってたな、骨は聞いた事無いがダシでも取るんじゃないか?」
確かに鰐の歯のネックレスって良さそうだな。 サメの歯もそうやってペンダントにしたら売れないかな。
「兄弟は帰ったらどうするんだ?」
「さぁ・・・でも降りる時は結構な額貰えるらしいしな、家族に見つかって取られたくないし、しばらくはどこか一人で暮らすかもな」
「会いに行ったら考えがかわるんじゃねえか?」
「ねぇよ、俺を監禁する様な奴らだぞ?」
「そりゃあ兄弟がヘマやったからだろ?」
「俺は悪くねぇよ」
「俺は兄弟が悪いように思えるがねぇ」
俺を兄弟だと言ってくれる奴すら、俺が悪いと言いやがる。 俺はこの世界の主人公なんだぞ?
「ほら兄弟、巻き上げの時間だぜ」
「あぁ」
これから1日中交替しながら巻き上げ作業を行う。 俺はこの過酷な環境で鍛えられたからか太ももや脹脛が発達しがっしりしている、腕もパンパンに太くなり腹筋も6つに割れている。 肌は日焼けしていてサッカー部の顧問を思い出すような体になっている。 高校に入ったら急成長する俺のスペックがそうさせているのだろう。 そのおかげて力とスタミナがついているため周りにとても頼りにされ始めている。 このまま俺が予定の5年間を務めあげれば、船を下りる時に1000万を超える金を手に出来ると言っていた。 前世の親の貯金通帳にも無かった大金だ。 クイズ番組で人生が変わるかもしれない額と言われていた賞金と同じ金額が手に入る。 20歳でこんなに貯金出来る奴なんて、それこそプロスポーツ選手ぐらいじゃないだろうか?
「デカいサメだぞ!」
「これも鰐みたいなもんだな!」
「いい小遣いだ!」
ヒレは船主ではなく船員達に分配される小遣いだ。 俺は前回騙されて奪われちまったが次はゼッテェ騙されねぇ。
「それにしても兄弟は慣れたなっ!」
「あぁ、もう俺の天職だろうっ!」
「こんな所にいつまでもいたくないがなっ!」
「そりゃあ同感だっ!」
この船に来たばかりの時は絶望したが、俺の人生まだまだ捨てたもんじゃないって事だ。 1000万とこの体さえあれば何かデカい事も出来るだろうしな。
「それより兄弟、次の港は本当に外に出るのか?」
「あぁ! パーッとやらなきゃやってられるか!」
「そりゃ良かった! 次の港は俺の故郷だからなっ! 是非家族にも紹介させてくれ!」
「俺を騙すんじゃ無いぞ?」
「世話になってる兄弟を騙すかよ」
今度の奴は大丈夫だろう、なんたって俺を兄弟と言って慕ってる奴だしな、家に招いてまで騙す奴なんて居ないだろ。
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「何だおめぇ、また騙されたのかっ!」
「おいアイツは!?」
「契約は既に満了している奴だしな、下りたいっていうから下ろしたぞ」
「なんだよっ! みんなグルかよっ!」
「お前が勝手に騙されただけだろ」
「くそぉ!」
奴の家の場所は覚えている、だからすぐに駆け付けてやる。
「おいっ! 今日は船を下りるんじゃねーぞっ!」
「何でだよっ!」
「午後に出航するからだよっ! 今からじゃ戻ってこれねぇだろっ!」
「くそぉ!」
俺はまた騙されたようだ。
奴に誘われ、同じ様に外に出て、奴の家族だという奴らに会った。 数日滞在したあと、奴の妹だっていう二十代半ばの少しデブだが愛嬌のある女を紹介されていい感じになった。 そのあとそいつの部屋に連れ込まれて致した事までは覚えている。
気が付いたらまた船の部屋の中で真っ裸だった。
見覚えのある船室だったので飛び出したら船長が目の前にいて今のやり取りだ。
「本来は降りたらダメなんだぞ? ここは警備があまいが、捕まったらかなり面倒なんだ」
「何で俺が連れていかれるのを止めないんだよっ!」
「俺は言ったぞ? お前は降りられないって」
「じゃあ何で見送ったんだよっ!」
「そりゃあお前を外に連れ出してどうにかしたら、そいつが破滅するからさ。 この港のマフィアとお前をこの船に売ったマフィアは繋がってるからな、お前を連れてっても良いが返さねぇと大変だぞと釘をさしておいたんだよ」
「えっ?」
俺は耳を疑った。
俺は日本のマフィアだけじゃなくこっちのマフィアにも目を付けられてるのか?
「あんなぁ、世界中のマフィアは敵味方色んなしがらみは有るが繋がってる。 だからお前はどの港から逃げようが、4年間は捕まって戻されるようになってんだよ」
「はぁ?」
「まぁ全力で逃げるのを試しても良いが、捕まえるのに手間がかかった分給料から引かれて、日本に戻った時貰える金が減るだけだぞ、マイナスだったらまた別の場所に送られる事になるんじゃないか? まぁ確実に逃げる方法はあるがな」
船長は自らの首元を掻き切る動作をして、俺は死ぬ以外に逃げられないと伝えてきた。
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
どうしてこうなった、俺はこの世界の主人公じゃないのかよぉ!
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