第85話 浮かない顔

「明けましておめでとう」

「「「「おめでとう!」」」」


 義父の音頭に合わせて全員でおめでとうを言い合うのが立花家式の正月に今年からメンバーが加わった。 若干お袋がイキイキとしていて、義父が衰弱していているけれど年の始まりとしては元気な挨拶が出来たと思う。


「はい、私達からお年玉」

「無駄遣いするんじゃないぞ?」

「「「ありがとう」」」


 全員高校生だから5000円、これも立花家式で今年はオルカも家族として受け取っている。

 年賀状の仕分けをして出していない相手の確認と不足している年賀はがきの枚数を確認するのも去年と同じだ。

 オルカがお祖母さんとお墓参りから帰って来るまで待っているため、初詣に行くのが少し遅くなる事が違う程度だ。


「今年の正月はいい天気だな」

「でも風が強い・・・」

「うぅぅぅぅ・・・」


 初詣に出かけるために家を出たのだが、冷たい風に思わず体が縮こまってしまう。 あの暖かいベッドの中に戻ってしまいたい衝動にかられるけれど、戻る訳にはいかない。 気合を入れて進んで行く事にする。


「ほら、公園で凧揚げしている人がいるよ」

「手作り凧か・・・」

「ちゃんと上がってすごいね~」

「私達失敗したもんね」

「失敗?」


 凧で失敗ってどういう事だ?


「ここらへんの児童会って毎年凧作って河川敷であげるんだよ」

「私達が作ったのは毎年くるくる回ってあがらなかったんだよね~」

「へぇ・・・じゃあ後で作ってみるか?」


 俺は前世で兄と一緒に凧を作ってあげた事が何度かある。 作り方も覚えて居るので材料さえあれば問題無く作れる。


「作った事あるの?」

「ちゃんと上げられた?」

「あの四角い凧も作った事もあるし連凧も作った事もあるよ」

「わーっ! 見たいっ!」

「凧あげの日に河川敷で上げたらヒーロだよっ!」


 連凧は前世でお線香のCMに出ていた凧に憧れて作った時のものだ。 兄が凧作りの本を学校から持ってきて、その中に連凧の作り方が書いてあった。 それ以外にも四角い凧とかイカみたいな形の凧とかつくったけど、連凧は結構安定して飛ばしやすい凧だった事を覚えている。

 商店街にある文房具店に和紙はあるだろうけど竹ひごや凧糸は扱っているだろうか。 無ければ探さなければならないけれど。


「バスが来たよっ」

「ご苦労様です」

「ありがたや~」


 去年もこんな風にバスの人に感謝した記憶がある。 オルカが増えてもパターンは一緒らしい。 そういえばその前後でユイと初夢の話をしたっけな。 俺が俺を紹介するという変な夢だったそうだが。

 その紹介する場である高校2年の最初の登校日、実際に出会ったのがスミスだった。 俺は出会ったのは2回目だったが「はじめまして」と挨拶したっけ。


『その節は御迷惑をおかけしました』


 スミスの俺の記憶の吸出しはまだ終わっていない。 いつまで続くものなのかも不明だ。


『あなた様の直接の記憶の吸出しは全て終了しております。 現在あなた様が出会われた方の記憶の吸出しを行っております。 そちらの進捗は約0.43%です』


 俺の記憶から俺が出会った人の記憶を吸い出すのってどういう理屈なんだろうな、説明されても理解出来ないだろうし聞かないけどさ。


『それが宜しいかと・・・』


 スミスの憑依体もそう判断しているしな。


 そこまで混んでいないけれど並んで座れる席は埋まっている。 俺達は体もでかいから隣に座る人に圧迫感を与えてしまう。 鍛えた足があるから立ったままでも問題無いけどね。


---


「あっ、あれ綾瀬さんじゃない?」

「今年も振袖なんだな」


 神社に入ってすぐに前の方で綾瀬らしい人が歩いているのをユイが発見した、俺も見るけど確かに去年見た振袖を着た人が前を歩いている。 去年と来た時間は違うのに出会うのは、隣にいリュウタと武田の妹と合流したからかな?

 武田の妹を通じてリュウタは綾瀬に面識が産まれているようだ。


「兄貴!」

「リュウタ、あけましておめでとう」

「あけましておめでとうでやす、今年もよろしくおねがいしやす」


 リュウタもこの界隈じゃ結構な大物なんだから、そろそろ俺にそんな変な言い回しをしなくても良いと思うんだが。


「綾瀬さんと今は現田さんだったね、明けましておめでとう」

「あけましておめでとうね立花君」

「あけましておめでとうございます」


 家に行って親分やリュウタと話す時はあったし見かける事はあったけど、武田の妹と会話する事はなかった。 いつも道場の方にいて集中していたからだ。

 ユイやオルカもお互いに新年の挨拶をし合ったあと社殿に向かって歩を進めていった。


「今年は仲間達と一緒じゃないんだな」

「さっきまで一緒でしたよ、今はシオリと綾瀬の姐さんに付き合ってるんです」

「姐さん?」

「シオリの姉貴分ですから、俺にとっても姐さんですので」

「そういうものなんだね・・・」

「えぇ」


 確かに武田の妹は綾瀬の事をカオリお姉ちゃんと呼んでいたな。


「そうなると俺と綾瀬も兄弟分になるのか?」

「いや綾瀬の姐さんは俺の個人にとっての姐さんです。 バッジを預けているんで、権田の身内とも言えますが、兄貴のように親父の家族って訳ではねぇです」

「なるほどな・・・」


 権田一家のメンバーではあるけれど権田の名を名乗れないって事かな。


「立花君達が持ってるソレってすごいものだったのね・・・」

「あぁコレか・・・」


 綾瀬が言っているのは俺やユイやオルカが持ってる小刀の事だ。 一般の人は分からないけれど、知っている人が見れば後ずさりするレベルの凄いものだ。

 この世界には皇族や華族がいるからか、刀剣類を持ち歩く人はそれなりにいる。 学校では殆ど見ないけれど、理事長の息子である今和泉の護衛っぽい取り巻きが持っていたりする。

 ゲームでは2作目では日本刀を持った風紀委員のヒロインが出てきて、護衛役のクノイチっぽい人が「お嬢様に無礼な」とか言って主人公の首筋に小刀を当てるシーンがあったりした。

 3作目のヒロインであるツインドリルヘアーのお嬢様が騎士剣を腰に刺していたし、お付きの執事は袖裏や懐に投げナイフを隠し持っていた。 他にも鉄扇を持っていたヒロインや暗器を持った従者がいるヒロインもいた。


 制服では刀帯を兼ねたベルトに装着しているし、あくまで刀身が長く無い小刀なのでそこまで目立たない。 現在はコートの内側に隠れているので注意しなければ持っている事すら周囲に気が付かないだろう。


「俺とリュウタは兄弟分だからな」

「俺の兄貴でやす」

「それで立花君は権田リュウゾウ氏の身内って事なのね、サクラの口が重い訳ね」

「サクラって桃井事か?」

「えぇ、以前商店街で睨まれた事情を聞いたのだけど、決して口を割らなかったのよ」

「へぇ」


 桃井って親分の身内とかだったのか? 俺にビンタした事で不利益とか起こってないと良いな。


「うちに出入りする植木職人と、親父の盆栽の師匠が、桃井ってお嬢さんの祖父でやす」

「えっ?」

「どっちも俺の爺さんである先代から、兄貴達と同じもの渡されてやすんで、そのお孫さんである桃井サクラは身内みたいなもんでやす」

「そうだったのね・・・」


 その2人って時々庭いじりをしている人と、大事な時に床の間に飾られている盆栽を手入れしている人だよな。


「桜爺さんと桃爺さんの事か?」

「そうっす、桜山造園の社長と、桃井園芸の社長っすね」


 桃井園芸の名前を聞いて驚いた。 その名前は俺の前世の実家があった場所にあったビニールハウスの所にあった看板に書かれた会社名だったからだ。

 桃井生花店では無かったので、関係ない桃井だと思っていたけど、関係者ではあったようだ。


 話しながら社殿の前に来たので、今回も賽銭を入れて手を合わせ学業成就を祈っておいた。 健康は今のところ問題は無いし恋愛は神様に叶えて貰う事では無いと思うからだ。


「お兄ちゃんっ! おみくじを引こうっ!」

「早く早くっ!」

「焦らなくても逃げないぞ」

「兄貴が引くなら俺も引きやす」

「おみくじね・・・」

「ここの神社はご利益あるって有名ですよね」

「私もここで祈って高校に合格出来たんだぁ」

「初詣で来たのは始めてだよ」

「ここのは当たるんだよ」

「地元の総本山でやすからね、ここらの他の神社はここからの御霊分けでやすから」


 お金を払って番号の書いた籤を引き、その番号通りのおみくじを貰う。


「中吉だね」

「小吉だって・・・お兄ちゃん良いなぁ」

「私は吉」

「俺も吉でやす」

「やっぱり・・・いえ大吉よ」

「大吉ですっ!」


 中吉と去年の末吉より幾分良い運勢のようだ。 あと綾瀬はやっぱり大吉なんだな。 ゲームでは大吉を引いた時だけ「一緒ね」と教えて貰えるけど、それ以外の時は気を使われるような言葉を言われていた。 綾瀬は必ずおみくじで大吉を引くのはどうやら決まっているようだ。


「願望、奢ること無く続ければ叶うか・・・」

「お兄ちゃんのも見せてぇ」

「見せちゃって大丈夫なの?」

「大丈夫だろ」

「ふんふん・・・恋愛、激情に身を任せると悔いありだって!」

「激情・・・」

「穏やかな恋愛をすれば大丈夫って事だろうな」

「私も恋愛は焦ると良くないって書いてある」

「私は時には積極的に行くことも大事だって」

「オルカはそういう事には奥手そうだしな」

「オルカちゃんのは良いことばっかりだね、病気のとこだけ気をつけろって」

「何か変な病気になるのかな・・・」

「大会に海外に行くし注意した方が良いかもな」

「オリンピックだもんねぇ」

「そっかぁ・・・海外かぁ・・・」


 今年のオリンピックにオルカは出場する。

 アメリカにある都市で開催する事もあり昼夜逆転してるため応援は深夜にする事になる。

 それにオリンピックだけじゃなく2月中旬にマニラでアジア選手権があり、3月中旬に世界選手権がロンドンであるため、気候などにやられてしまう事もありえる。


「さぁ絵馬とお守りを買おう」

「まってぇ」

「ほらあそこが空いてるよ」


 ユイはおみくじを結ぶ場所探しに苦労しているようだ。 ご利益あると評判の神社は吉凶を占う人も多いらしい。


「浮かない顔をしているな」

「えぇ・・・私なぜかここのおみくじがいつも大吉なのだけど、恋愛関連だけはあまり良いことが書いてないのよ」

「えっ? 大吉なんだろ?」

「ほらここ・・・高望みはせぬこと、相手に多くを望めば逃すって書いてあるでしょ?」


 高望みって本人は普通の事を願っているつもりなのに周囲はそう思っていないギャップって事があるからな・・・綾瀬には気が付きにくい事かもしれない。


「綾瀬は普通に願うだけで高望みになっちゃうだろうな」

「そうなの?」

「綾瀬の目標はいつも高いだろ?」

「そんな事は無いわよ」

「容姿端麗で才色兼備である綾瀬が願うぐらいの事っていうのは周囲にとっては高いんだよ、だから綾瀬が立てる目標は綾瀬にとって身の丈でも、周囲にとっては高望みなんだ」

「・・・そうなのね・・・」


 綾瀬も自分が周囲より優秀だという事に気が付いている。 だけど綾瀬は驕った所がないため周囲とぶつかる事はあまり見た事が無い。


「俺が綾瀬のパートナーだったとしたら、自分と同じレベルを望まれてるって思ったら、無理ですって言って逃走すると思うぞ?」

「立花君がパートナーだった場合ね・・・」

「学年首席や全国模試1桁なんて俺には全力を尽くしても届かない、既に結構努力してるのに学年20位前後だし、全国模試では3桁順位になれたら御の字だ」

「でも立花君はすごいわ、勉強も運動も出来るのに努力を続けているもの」

「うん、俺にしては今の状態は上出来過ぎるぐらいだよ、でも綾瀬の理想には俺は努力しても届かない」

「まるで私のパートナーを望んだ事があるみたいね」

「それは考えた事は無いな・・・今のもあくまで例えだしな」

「そうね」


 俺は綾瀬のパートナーになると考えた事は無い。 自身の能力が綾瀬に及んでいない事を自覚しているからだ。


「俺は俺の歩む方向や速度を認めてくれそうな、ユイやオルカの方が良いからな」

「素敵な人が近くにいて羨ましいわ」


 ユイやオルカが俺にとって素敵な存在である事に疑いは無い。 けれどそれは綾瀬の言葉としては違和感のある言葉だ。


「綾瀬は自分が振った相手が、他にパートナーを見つけて幸せそうにしてるのを見たことが無いのか?」

「あるわよ?」

「綾瀬が素敵じゃないと思って交際を断った相手は、綾瀬じゃない誰かにとっての素敵な人になったって事だぞ?」

「そうね・・・」


 綾瀬が振った今のサッカー部のキャプテンだが、プロサッカーリーグのスカウトの目に留まるぐらいの実力者だ。 そして学力はあまり高くは無いが、人当たりが良く、容姿も良く、校内に多くのファンがいる。

 綾瀬が振ったあと、そのファンである女生徒と交際を始めたと聞いている。 綾瀬は多分、その女性徒から自身の恋人の惚気を聞いたら「素敵な人がいるのね」という感じの言葉を言うと思う。


「ユイもオルカも学校の成績は悪いけど素敵な人なんだよ」

「言いたいことは分かったわ、確かに私はユイさんやオルカさんのように話題や行動が運動に偏っている人が告白してきても、私には素敵な人には見えなくて断ってたわ、でも立花君の近くにいる2人はとても素敵に見えるわ」


 そう、実際にユイやオルカは素敵な人だ。 だけど綾瀬はその人がフリーでいる間は素敵に見えないのだろう。 誰かと付き合い相手と幸せそうにしているのを見て始めて素敵な人に見えるようになっているかもしれない。


「その理由がわかるようになれば相手は逃げたりしないだろ。 元々綾瀬はとても魅力的で、誰もが一緒にいて欲しいと思う相手なんだからさ」


 綾瀬は非常に冷静に話を聞いている。話の内容に心当たりがあるからだろう。

 綾瀬は相手の持ち物を欲しがるような、略奪に偏重した人では無いと思う。 もしそうなら綾瀬が振ったあと別の相手と付き合い破綻した人との噂が広がるだろう。 綾瀬はただ単に自らが本当に認めた相手を欲しい人なんだと思う。


 綾瀬は俺の顔をジッと見ていた。

 俺の話に反論しようとしたけど、言葉が見つから無いから黙っている感じだろうか。


「立花君を慕う人の気持ちが分かったような気がするわ」

「それは光栄だね」


 綾瀬の出した結論は反論をやめる事だったようだ。


 俺と綾瀬の会話をみんなが聞いていた。 ユイとオルカはウンウンと頷いていて、リュウタはキラキラとした目で俺を見ていて、武田の妹は感心したという顔で見ていた。


「ほらお守りでも買おう、ここのお守りはご利益あるからな」

「やっぱ兄貴はすげぇや」

「これが立花さんなんですね・・・」

「お兄ちゃんありがとう」

「私、タカシの事好きになって良かったって思ったよ」


 俺の話は年上臭い言葉を言っただけの様な気がするけどみんなには好評だったようだ。 綾瀬ももっと足元を見れば共に歩めそうな人がいくらでも見つかると思う。

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