第80話 アイアンクロー
「うわっ! 美味しそう!」
「量が多いよっ!」
「夕飯も兼ねてるからね、年越しそばの分だけ開けときなさい」
「すごーい」
「5万も奮発したからな! でも高級店に食いに行くと思えば大した事はない!」
「金箔が乗ってるけど美味しいの?」
「味はしないな・・・」
「金箔はよーく見てから食べると美味しいのよ?」
「本当?」
「成金の味がするぞぉ〜」
お袋と義父は車から降りると、「やったわよっ!」「娘が増えたお祝いだっ!」と言った。 そして車の後部座席から大量のお寿司の入った箱が入ったビニール袋を取り出して高々と掲げた。
味噌汁とお茶を用意するからシャワーを浴びて来なさいと言われたので俺とユイは交代で入り、オルカは駄菓子屋に一時戻ってからシャワーを浴び着替えて戻って来た。
オルカお祖母さんも誘ったけれど、お店があるからと遠慮してきたのでお寿司のお裾分けを渡してきた。
「これって本物のわさび?」
「これ1本3000円よ?」
「これですれば良いの?」
「食べる分だけするんだぞ、香りが逃げて辛くなるからなっ」
「おじさん詳しいねっ」
オルカが義父の事をいつものようにおじさんと言ったら、お袋と義父がピタッと動きを止めた。
「お父さん達どうしたの?」
「あぁこれは・・・」
「私?」
先に我に返ったらしいお袋がオルカに近づき肩をガシッと捕まえると「お義父さんよ?」と目が笑ってない笑顔で言った。
「お・・・お義父さん?」
「おおっ! 娘よ〜!!」
いきなり覚醒した義父が我に返ってオルカに抱きつこうとしたので俺が素早く間に入ってガードした。
「お父さんサイテー」
「タダシさん? 何をしようとしたのかしら?」
「痛い痛いっ! ギブギブッ!」
「娘だとしても抱きつくのはアウトな年齢だろ・・・」
「タカシ・・・」
妻であるお袋にアイアンクローされてお袋の腕をパシパシしながら、実の娘であるユイに蔑んだ目で見られて悶えるるおっさん(義父)を見ながら、俺はシズカさんと間違えてお袋に抱きついたという昔話は、見間違いによる勘違いではなくわざとだったのではと考えていた。
『見間違いで間違いありませんが、気がついたあと離すまで12.65秒気がついてないふりをして抱きつき続けました、その間「ヤベッ!でもこいつシズカより胸あるな・・・」と考えていました』
それはギルティだな。でも今責任取っていると言える状態だから、情状酌量を汲み取って執行猶予としておくか・・・。
『それがよろしいかと・・・』
義父の罪を超常の存在であるスミスの憑依体から告げられたが、今の幸せな家庭の維持のために事実を胸の内に収める事にした。
「すごいいい香りがするんだねっ」
「甘い香り・・・」
「あったかいご飯にかけて醤油を垂らして食べても美味しいのよ?」
「初めて本物食べるよ」
「ちょっとだけしか辛くないんだね」
「少し時間を置くと辛くなるのよ、香りも飛んじゃうしね」
「へぇ・・・」
「うわっ!鼻中に香り広がるっ!」
床でピクピク痙攣している義父をよそに、俺達は5万円という高級寿司と3000円の本物のワサビを堪能した。
今日は「260も飛んだぞ〜」と機嫌よく打ちっぱなしから帰って来た義父の姿は既にそこには無かった。
「味噌汁も美味しいね、でも何で生ごみが出ちゃうアサリなの?」
「お寿司の時の味噌汁なんだから海の香りがするものが良いでしょ?」
「ワカメじゃだめだったの?」
「せっかくだしね」
「ふーん」
義父は、「食べきれないね」「乾かないようにラップかけときましょう」「紅白の頃にはお腹空いてるだろ」「食べ過ぎたよ・・・」とみんなが話し始めた時に復活した。
「あら? 起きたの?」
「あれ? 寝てた?」
「オルカちゃん! 部屋の大掃除で良いもの見つけたんだよ? ほらっ! あの時のノートっ!」
「わわっ! 懐かし〜! 見せて〜見せて〜」
「さて、過去問でも解きに行こうかな・・・」
冷えた目をしたお袋と、一時性健忘症になっている義父をリビングに置いて、俺とユイとオルカはリビングから出た。
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ユイの部屋から聞こえるキャッキャという楽しそうな声を遮断するために耳栓をしながら古本屋で見つけた去年の赤本を解いていると、いつの間にかオルカが部屋に入ってきていて隣に立っていた。
「あれ? いつの間に入ってたの?」
「今さっきだよ、ユイが眠いって言ってベッドに横になってから来たからね」
「あぁ・・・もう5時回ってるのか・・・」
勉強で首周りが固くなっているのに気がついたので、腕をあげてグーッと伸ばした。
「ストレッチしようか?」
「良いねぇ」
先程のリビングの出来事があるので、もうしばらく近づきたくない。
俺の部屋だと少し狭いけど出来なくは無い程度の広さはあるので、床にヨガマットをひいてそこでお願いすることにした。
「運動したあとシャワーだけでしっかりクールダウンしてないから固くなってるよ」
「その状態で机にかじりついたから首周りが凝ったのか・・・」
「凝ってるって程じゃないよ、柔らかいのが普通になってるから、少し固くなるだけで違和感感じているんだよ」
「なるほどねぇ・・・」
肩腕腰脚と柔軟を受けて血の巡りが良くなり体が軽く感じるようになってきた。
「タカシの婚約者になっちゃったね」
「まだ指輪を交わした訳じゃないから婚約約者ぐらいかな」
「なにそれ〜」
うつ伏せになっている状態なので見えないけれど、背中に感じるオルカの体が揺れて居るので笑っているのが分った。
「交代だよ」
「あ〜軽くなったぁ〜」
「随分と可動域も広がったよね」
「柔軟も継続が大事って言いたいんだろ?」
「そうそう」
俺と交代してオルカがヨガマットに寝転がり、俺がオルカの柔軟を手伝っていった。
オルカの体の関節は、新体操選手並みに柔らかい。そして体を覆う筋肉もプルプルしていて非常に柔軟性を感じる。
「あなたたち、部屋暗すぎよ」
少しだけ扉が空いていたため、部屋の前を通りかかったお袋が気が付きパチンと部屋の明かりを付けた。
日が落ちて急激に外が暗くなったけど、少しづつなので慣れてしまい余り気が付かなかったのだ。
「こんな狭い場所じゃなくリビングですれば良いのに」
「義父さんは?」
「お寿司食べながら熱燗飲んでソファで寝ちゃったわよ」
「すぐに終わるから降りていくよ」
「紅白始まる前にお風呂入って置きなさい、オルカさんが最初よ」
「はいよ」
オルカは今日ユイの部屋に泊まることになっているので着替えを持って家に来ている。 特に珍しい事では無いけど順番を指定されたのは初めてだった。
「お袋の声は聞こえてたと思うけど、最初に風呂に入れってさ」
「ユイちゃん起こさなくて良いのかな・・・」
「寝たばっかじゃ起きないだろ」
「それもそっか」
オルカはユイの部屋に置いてある着替えを取りに行って風呂場に向かった。
俺はヨガマットを除菌スプレーをかけながらタオルで拭いて畳んだあと、部屋を出てリビングに降りていった。
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