第79話 ヤバい代物

 俺はお袋とユイの言われるまま頷いている内にオルカと婚約という事になった。 といってもオルカの保護者にはまだ話が行ってはいないので、保護者同士がその線で話を進めるという意味だ。


 婚約という制度は、皇族や華族には明確な様式があるらしいけど、一般人にとっては不要式行為で役所に届け出るような義務も存在していない。

 それでもこの世界では、恋愛や婚約や結婚というものについては、前世より重い意味があって婚約という行為にも相応の責任が伴う。

 そういった重い責任があるのは、多分恋愛シミュレーションゲームの世界というスミス達が創造主様たちと呼んでいる存在の何かが影響している可能性がある。 運命により結ばれた2人は永遠にいつまでも幸せに暮らしましたという思いが世界に反映してしまっているのではと思う。


 一般人でも婚約を破るというのは、存在の価値を毀損するような社会的雰囲気が存在していて、実際に議員が失職したり、会社を解雇されたり、芸能界から追放されたりしている。


 婚約指輪や結婚指輪は必ずペアリングを身に着けないとしているとみなされない。 また婚約や結婚をしているものがペアリングを理由もなく外すと信用を著しく毀損する。

 スポーツ選手も競技中に外す事があっても、プライベートや競技外の時につけ忘れて外出したらバッシングを受けてしまう。 謝罪会見が行われたり、スポンサー契約が打ち切られたり、CMを降板させられたりが起こってしまうのだ。


 学校には不必要な所持品の持ち込みは禁止と校則に書かれているけれど、婚約指輪や結婚指輪は、俺やユイやオルカが持っている小刀のように、社会的地位が高い人から贈与された身分の保証を意味するものと同じく免責の対象となっていて没収されない。


 ゲームでは主人公である武田が成長し活躍するようになると理事長の息子である今和泉が度々現れて嫌味を言ってストレスというバッドステータスを上昇させていくようになる。

 ゲームでは描写は無かったけれど、今和泉はデザインが違う制服のような服を着ているのだけれど、その服が婚約者である華族の娘の家からの贈与品で、身分を保証するものだから許されているのだと、入学したあと知った。

 その服を毀損させる事は、その華族を敵に回すのに等しい行為なので、嫌味にイラついても逆らうことはしない方が良いと言われている。

 万が一殴って服を毀損させたら社会的に消されてしまうと生徒たちの間で噂になっているのがその理由だ。


 ゲーム主人公には喧嘩っ早いところがあるという描写がいくつもあった。 けれど今和泉の嫌味には良く耐えていて、プレイヤーからは言い返すや殴るという選択肢が出ないのはなぜと言われていた。 けれど生徒たちの噂をきけば、そういった理由があったんだろうとすぐに納得する事が出来た。

 

 ちなみに俺やユイやオルカが持っている親分から貰った小刀は、鯉口を切ってはばきに刻まれた家紋を見せると、権田の家が警告したという意味になり、刃を見せると権田の家が戦争をするという宣言になる。

 俺やユイやオルカが活躍しても理事長の息子が嫌味を言いに来る事は決して無い。 なぜなら権田家が下手な華族より影響力のある将軍家と縁戚関係がある家だからだ。

 前世の時代劇に出て来る越後のちりめん問屋のご隠居の印籠程では無いけれど、一般人にとっては同列に等しいヤバい代物だったりする。

 もし今和泉と俺達が諍いを起こしたら、時代劇の悪代官のように俺達に平服することになってしまう。


 けれどそんな事は多分起きる事はない。 何故なら今和泉は普通にいい奴だったりするからだ。

 主人公に嫌味を言うのは多くのヒロイン達と浮名を流す調子に乗ってる男への警告に現れているだけに過ぎないのだと分かってきた。

 婚約者がいるのに別の女子生徒と出かけるような相手や、お節操なく女子にアプローチしている男子生徒だけ今和泉は嫌味を言っているからだ。


 ゲームではパラメーターが上がれば勝手にヒロイン達と知り合ってしまうという設定なのに理不尽だと思うけど、その理不尽を乗り越え一人のヒロインと結ばれるというゲームバランスだったのだから、恨むならスミス達が創造主様達と呼んでいる人たちを恨んで欲しい。


『とんでもない』


 俺の記憶の読み取りに集中しているため黙っているスミスの憑依体が俺の思考に反応してしまったので、邪魔しないように考えるのを中断した。


「婚約指輪かぁ・・・良いなぁ・・・」

「ユイちゃんもそのうちいい人が出来たら貰えるわよ」

「ユイなら大丈夫」

「ユイカさんとオルカちゃんがそういうなら大丈夫だねっ!」


 ユイとオルカが手を取りあってぴょんぴょん跳ねて喜びあっているのが可愛い。 身長が高くてジャンプ力も高いユイははしゃぎ過ぎると天井に頭をぶつける事になるので抑えた方が良いと思うけどね。


「指のサイズはタカシが26号でオルカさんが16号ね」

「オルカちゃんって私より3合も大きいんだ・・・」

「手が大きいと水をかくのに有利だし嬉しいな」

「長くて太くて随分とたくましく育ったものねぇ」

「お兄ちゃんぐらい大きいと力強さを感じるよね」

「うん、ギュってされると温かくて幸せを感じるよ」


 大きいとか太いとか温かいと話す3人の言葉が卑猥に感じるのは、俺の心が思春期に汚染されているからだろう。


「デザインは私達保護者が決めて用意するから、好きなものを買うのは結婚指輪の時にしなさい」

「わかった」

「はい」

「いいなぁ・・・」


 義父がゴルフの打ちっぱなしから帰って来たようで、車庫の方から車の音が聞こえて来た。


「私とタダシさんは着替えてユイカさんのお父さんに会いに行ってくるから待ってなさい」

「あぁ」

「はーい」

「はい」

「錦玉子はもう蒸し終わってるから、火を止めて蒸し器からおろして粗熱取っておいて」

「わかった」

「錦玉子つくってるんだっ」

「さっき作ってたんだよ」


 ユイはお袋の錦玉子好きだからなぁ・・・。


「お昼はどうする?」

「お寿司でも買ってくるから待ってなさい」

「わーい」

「わっ! 寿司っ!」


 11時半だけど義父の車を飛ばせばオルカの父親がいるホテルは遠くないしな。 中央卸売市場が近くにあるから、そこの場外市場で買ってくるのだろう。 でもこの時期だし混んでそうだけど大丈夫だろうか。


「バスケしてお腹空かせとこう?」

「良いねっ!」

「いっぱい買ってくるから待ってなさいね〜」


 寿司って腹すかせてから腹いっぱい食べるものでは無いと思うのだけど・・・まぁ好きだし良いか。


 お袋は玄関から鼻歌交じりで入ってきた義父と話したあと、慌ただしく支度して出かけていった。お袋はオルカが来る日だからと油断せず朝からバッチリ目にメイクをしていたので、比較的短時間で出発出来たようだ。


「お兄ちゃん行こっ!」

「あぁ」

「私、着替えて靴も変えて来るから、先に初めてて」


 冬休みという事もあって公園は子どもたちが多く遊んでいた。 駄菓子屋の前にも子供が居て、シールの入ったチョコ菓子の包装を開けていた。


「先客が居るね、コートが開くまであそこでボールの奪い合いしよっか」

「そうだな」


 気温は冷たい日だけど、俺は体がホカホカになって汗が飛び散るようになるまで遊んだ。

 話し合いが長引いたのか、場外市場が混んで居たのか不明だけど、義父の運転する車が帰って来たのは2時近くになってからだった。

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