第78話 世界恐慌

 オルカは父親からアメリカ留学の話を聞いて混乱しているようだった。


 しばらく沈黙しあっていたのだけれど、ゴミ出しから帰って来たらしいお袋が玄関を開ける音が廊下側から聞こえ、それをきっかけに沈黙が破られた。


「タカシ・・・私どうしたら良い?」


 こういう話になった時に曖昧な返事をして悲しい思いをした前世の記憶がフラッシュバックした。

 大学時代から友達以上恋人未満な関係だと思っていた女性から、別の男性から交際を持ちかけられたと言われた時の思い出だ。

 彼女から「交際を申し込まれたんだけどどうしたらいい?」という言葉を聞いてショックを受けた。ただ何と返事して良いかわからず「君のしたいようにすれば良いよ」と答えてしまった。


 後でその女性の友人から、態度が曖昧な俺の気持ちを知りたくてそう言ったと教えられた。

 その時、すでにその女性は別の男性と交際していて大学卒業と同時に噂も聞かなくなった。


「俺はオルカと一緒にいたい」

「タカシ・・・」


 オルカの目から涙がポタリと握っている左の手の平に落ちたのが見えた。


「お兄ちゃん良く言った!」


 突然リビングのドアをバーンと開いてユイが乱入してきた。


「・・・いつから聞いてた?」

「新しいお母さんがいた・・・のあたりから」


 結構前から聞いてたんだな。


「お袋が廊下を通りかからなかったか?」

「キッチンからゴミ袋持って出てきて、廊下を歩いて玄関で靴を履いて出ていった」


 随分と細かく説明するな。


「ユイはずっと扉の前にいたのか?」

「大掃除終えて階段降りたらユイカさんがキッチンに入るところで、リビングからお兄ちゃんとオルカちゃんの話し声が聞こえたからそーっと近づいて聞き耳立ててた」


 お袋がキッチンやリビングを出入りする音に紛れてユイが階段を降りてきた気配がわからなかったようだ。


「聞き耳を立ててるユイを見て、お袋は何も言わなかったのか?」

「口に指を当ててシーってジェスチャーしたら頷いてくれた」


 どうやらお袋とユイは協力関係にあったらしい。


「ユイちゃん、それで何を聞いたの?」

「お兄ちゃんがオルカちゃんに「俺はオルカと一緒にいたい」って言った」

「まぁっ!」


 さらにゴミ出しが終わりユイの聞き耳タイムが終わった事を察知したらしいお袋がリビングに乱入してきた。


「そしてオルカさんは何で答えたの?」

「お兄ちゃんを見つめて「タカシ・・・」って言って涙を流してた」

「それでユイちゃんはどう思うの?」

「お兄ちゃん良く言った! って思った」

「ユイちゃんをタカシの嫁にするという夢は敗れたか・・・シズカに謝りにいかないと」

「お母さんは良いよって言ってくれるよ」

「そうなのね・・・私の勘も鈍ったかしら?」


 2人が良く分からない会話をしているけど、俺がオルカプロポーズ的な事を言って、ユイがそれを応援してるという感じにお袋が勘違いしている事は分った。


「お袋は勘違いしてると思う」

「何を?」

「オルカがアメリカに行くって言うから俺は引き止めただけで、プロポーズしたんじゃないぞ?」


 お袋が首を傾げ、ユイが俺の事を「何言ってるんだコイツ」みたいな顔で見ていた。

 オルカは俺の言いたいことが分かるのかウンウンと頷いている。


「タカシ・・・あなたオルカさんを引き止めてどうするつもりだったの?」

「えっ? 今まで通りに過ごすけど・・・」


 オルカはウンウンと頷いているのに、お袋とユイの顔が憐れみの目を俺達に向けて来た。

 お袋とユイは身長差と年齢差はあるけれど血は繋がってないのに顔立ちが似ている。 今は本当は血が繋がってるんじゃないか思うぐらいそっくりな表情をしていた。


「お兄ちゃん、それは無い・・・」

「育て方を間違えたかしら・・・」


 なんだろう、いま俺の会社がバブル崩壊によって連日ストップ安つけられてしまってるような気分だ。


「オルカさん?」

「はいっ!」

「あなたはタカシにアメリカ行きを引き止めて欲しくてそれを言ったのね?」

「は・・・はいっ!」

「引き止めて欲しいのはタカシの事が好きで一緒にいたいからよね?」

「は・・・はい・・・」


 オルカは最後の質問の答えを言うのが恥ずかしいのか、顔を両手で覆って隠しながら答えた。


「お兄ちゃん!」

「なんだ」

「お兄ちゃんはオルカちゃんに傍にいて欲しいから引き止めたんだよねっ?」

「あぁ」

「それってオルカちゃんの事が好きで一緒にいたいからだよねっ?」

「あぁ・・・」


 その質問をしてきた意図はわかるけど、それをプロポーズだと解釈するのは早計じゃないか? 俺達まだ高校生だぞ?


「俺達まだ高校生だし結婚はまだ早いって言いたそうね?」


 お袋はエスパーかな?


「どうして分かったんだって顔してるわね」


 どうやらお袋は異能を使えるらしい。


『使えません』


 10分の1の宇宙人が乱入してきて否定しやがった。


「俺達まだ高校卒業したばかりだし結婚は早いよな・・・付き合い始めて2回目のデートであなたのお父さんに聞いた言葉よ」

「学生結婚かぁ・・・憧れるけど怖い気がする」

「さすが早いよぉ」


 親父とお袋は大学で知り合ったと聞いていたけど随分と早くに結婚を意識してたんだな。


「俺達まだ大学生だし結婚は早いよな・・・就職内定をお祝いしあった日にあなたのお父さんから聞いた言葉よ」

「社会人になって2.3年後ぐらいに結婚しようって言われたいかもっ!」

「結婚を意識して貰えてるって嬉しくなるかも」


 社会に出る前の不安を述べているんだろうな。 経済的な安定からするとユイの言う通り2.3年後ぐらいが理想かな。


「俺達まだ社会人になったばかりだし結婚は早いよな・・・社会人3年目、シズカとタダシさんの結婚式の日にあなたのお父さんから聞いた言葉よ」

「同じような言葉なのに急に倦怠期カップルの言葉に聞こえて来たよ・・・」

「結婚式のお祝いの気分が台無しな言葉・・・」


 なんか雲行きが怪しくなって来た気がする。

 俺の持ってる親父関連銘柄の株が大暴落中なのだけどどうしたらいいんだろう。

 親父とお袋って年甲斐も無くラブラブって感じに見えていたけど、実は結構ヤバい感じだった?


「俺達まだ20代だし結婚は早いよな・・・29歳の私の誕生日の日にあなたのお父さんから聞いた言葉よ」

「ひどいっ! シンジおじさんサイテー!」

「適齢期が一気に飛んだっ!」


 これは酷い。

 親父には結婚願望が無かったのか?

 親父株の下落をきっかけに、京都中央証券取引所をはじめ、自由経済主義を導入している国の主要取引所の株価が一斉に大暴落して世界恐慌に突入したレベルなんだが。


「私が散々結婚をアピールしてるのにあいつったらっ!・・・あぁっ!今思い出しても頭に来るっ!」

「ユイカさん可哀想・・・」

「どうしてそんな人と結婚したんです?」


 俺の疑問をオルカが代弁してくれたけど、俺の親父をそんな人扱いなんて、不渡りを2回出して廃業決定と思われている会社の株券並に親父の価値が暴落してる気がするよ。


「私がお腹にこの子が出来たと言ったら、あの人ったら婚姻届書いて私の両親に土下座しに行ったのよ」

「急に潔いっ!」

「その後はあの人ったら急に人が変わったように働きだしてね、貯金を頭金にしてローン組んで家を買ったから、それを早く返してしまいたいって言ってね」

「さっきまでの人と別人みたい・・・」

「それで仕事中にミスして・・・バカよねぇ・・・」


 俺は人が変わったようになった親父しか知らなかったんだな。 途中までは墓参りの時にせめて冷たい水でもぶっかけてやるかと思ってたけど、やめておくか。


「私はあの人と結婚したくてずーっとあの人の顔を見て来たからね、だからあの人と同じ顔をしたら分かるのよ」

『という事です』


 お袋の察しの良さは、異能では無く長い時間かけて親父と過ごした故に身につけた技術だったようだ。


 さて、こういう女同士の会話に突っ込むと痛い目を見るというのは、前世のスーパーの店長時代に多く経験したけれど、今何も言わないのはまずい事も分かる。

 でも俺は何を言ってここを切り抜ければ良いのだろうか。

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