第77話 錦玉子
「こんにちわ〜」
「会いたかったぁ」
玄関の入口で抱き合うユイとオルカ。
前世ではこういうのを尊いって言うんだっけ? それとも男同士の時だけに使うんだっけ?
お盆前と年末年始に必ず休む大学生バイトの子がそんな事を言ってたけど、急に早口で話しだす子だったので、うまく聞き取れなかった。
「玄関で抱き合ってたらは寒いだろ、早く奥に入って」
バスケ試合遠征から帰って来た翌日の朝、部屋の大掃除中にオルカが訪ねて来たのだけど、ユイはオルカが玄関のチャイムを鳴らす前に「オルカちゃんが来たよ!」って言いながら階段を駆け下りていった。
どうやって察したんだろうか。
「新聞とニュースで見たよっ! 優勝おめでとうっ!」
「ありがと〜」
「ほらまた抱き合う前に上着を脱いで貰った方が良いだろう」
相変らずユイとオルカは仲が良いな。
「そういえば男子も優勝候補に接戦をしたんだって?」
「あぁ、勝てなかったけどな」
「お兄ちゃんカッコ良かったよぉ、ポイントガードでチームの指揮をしてたんだから」
「えっ? ポイントガード?」
「キャプテンが俺に向いてるからって言ってな」
「なんかインターハイ得点王とマンツーマンやって0点抑えてベンチに返しちゃったんだよ」
「はぁ?」
「相性良かったんだよ」
あの6番は得点する時のスタイルが田宮とほぼ同じだった。 ドリブルでの突破力は田宮よりあったけどユイ程は守無かった。 守備も田宮より上手かったけれどオルカ程ではなかった。
「メッチャ睨まれてたよね」
「怪我でもさせたの」
「プライドを傷つけたんだろうなぁ」
「勝ったのにその選手だけ笑って無かったよね」
「恨まれてそう・・・」
「その人3年生だから俺と対戦する事は無いな」
「勝ち逃げだねっ!」
「試合は負けたんでしょ?」
試合には勝ったけど、満足度では勝利に匹敵していた。
「大学ではバスケしないの?」
「サークルには入るかもしれないけど、俺の志望校はスポーツ系ダメダメだから」
「頭いい人ばっかだもんねぇ」
「そっかぁ・・・」
この世界の日本でもこの時代は前世の同じ時期と同じようにバスケットのプロリーグは作られていない。
前世では俺が正社員店長になる2020年の数年前に親会社が出資したプロチームのサポーター会員募集の張り紙したのでその頃に作られた筈だ。
プロバスケットボールは上位のリーグと下位のリーグに分かれていた。現在の制度は分からないけど、大人と子供の様な実力差があるような対戦はしない制度はあるんじゃないだろうか。
「オルカちゃんお土産だよ〜」
「わっ! いっぱいっ!」
「お土産物屋じゃなく地元商店街で買ったから、包装がそれ用じゃないけどね」
「中身は一緒だよ、多分」
「ありがとう」
義父が年始の会社のゴルフコンペに備えて打ちっぱなしに行っていて、お袋がお節の仕上げをしていた。
「俺とユイは大掃除で忙しいけどゆっくりしてくれ」
「あー、じゃあおばさんのお節手伝うよ」
「オルカちゃん、もううちのお嫁さんだねっ!」
「ほら、ゴミ回収が10時頃来ちゃうから、それだけでもさっさと終わらせよう」
「はーい」
折角来てくれたけど、昨日帰って来たばかりで、大掃除出来るタイミングが今日しか無かった。 他の掃除はお袋と義父が終わらせてくれてたけれど、自分の部屋だけはやりなさいと残されていたのだ。
雑誌や学校からのプリントなどがあるけど古紙の回収日は今日では無いので纏めて縛って庭の物置に持っていった。
「ゴミ袋置いて置くからな、10分経ったら外に持っていくぞ」
「はーい」
ホコリを落とし掃除機をかけたあとは拭き掃除。
消しゴムのカスとかシャープペンの折れた芯とか、机の引き出しの奥に何故か溜まっているので拭き取る。
部屋の窓のレールとかも雑巾で拭き取るとホコリが積もっている事がわかる。
本棚の後とかベッドの下も掃除機では取り切れない汚れがこびりついている。
「窓拭きのスプレーある?」
「今使ったところ。 持っていっていいぞ」
「はーい」
掃除は高いところから低い所へやっていくのが原則。今は仕上げの床の拭き掃除に入っている。
「お兄ちゃん早いねぇ」
「そんなに物を持ってないからな」
「それもそうか・・・」
ずっとこの家に住んでいたユイと違い、俺は親父が死んで、お袋が住んでいた家を引き払った時と、お袋が再婚してこの家に引っ越す時に殆どのものを処分していったので物が少ない。
ユイの部屋には小さい頃の思い出の品や母親の思い出の品などが仕舞われたり置かれたりしている。
さらにバスケット関連の賞状やトロフィーなどもあるし、ぬいぐるみや化粧品類など、女の子特有の持ち物も多い。
俺は学校の勉強は結構よかったけど、中学校3年生まではユイのようにスポーツでいい成績を取ったりしなかった。
あるのは小学校の時の読書感想文佳作ぐらいなので記念のトロフィーや盾の様なものも持っていなかった。
「じゃあゴミ袋をステーションに捨てにいくからな、まだあるなら自分で持っていってよ」
「はーい」
前世ではゴミは指定袋に入れるのが当たり前だったが、この地域柄なのか時代なのか指定ごみ袋制度が無く、半透明袋であればいい。
プラスチックの種類がいくつもみたいな分別も少ないので仕分けも簡単だ。
ゴミを捨ててリビングに行くと、お袋とオルカが茹で卵を剝いていた。 錦玉子を作るのだろう。
「手伝うよ」
「それなら卵の白身の裏ごしやって」
「こし器とボールは?」
「流し台の所に置いてるわよ」
「了解」
俺はこのお節料理作りを手伝うことが好きだ。
前世のお袋もお節料理を作っていて、俺や兄さんは大学に入り実家を出るまで手伝わされていた。
今世でも、親父が死ぬ前まで専業主婦だったお袋はお節料理を作っていた。
けれど親父が逝ったあとは、お節料理を作らず、どこかの惣菜をお重に詰めたものに変わってしまった。 けれどお袋が再婚してからお節料理作りが再開した。
だから俺にとってお節料理作りというのは温かいもののように感じていた
「白身終わったよ」
「じゃあこっちの黄身もお願い」
「はいよ」
俺がヘラでこし器にこびりついた白身を取ると、別のボールをセットしてそのまま黄身を裏ごし器で潰し始めた。
「洗わなくて良いの?」
「洗う?」
「網目に白身残ってるけど」
「多少白身が混じっても黄色だからな」
「えっ、良いの?」
「白身に少しでも黄身が混ざるのは駄目だけど、黄身に少し白身が混ざっても色は変わらないだろ?」
「確かに・・・」
「だから白身がから潰したんだし」
「なるほど・・・」
錦玉子は、錦と二食の語呂合わせした食べ物ってだけだし、色が分かれて完成すれば過程はどうでも良いって事なんだろう。
卵の裏ごしが終わり、それが入ったボールを持ってお袋はキッチンに戻っていった。卵の殻が最後の生ゴミだったのだろう、お袋はゴミ袋を持って家を出ていった。
「言ってくれれば持っていったのに」
「気を使ってくれたのかな?」
「何を?」
オルカは俺の言葉に何も言葉を返さず黙っていた。俺はなんとなく居心地が悪くなり話題を変えることにした。
「そういえばお父さんとは楽しく過ごしていたのか?」
「まぁね・・・」
軽く聞いたつもりだったのだが、オルカの顔がサッと曇ってしまった。
「なんかあまり楽しく無かったみたいだな」
「うん・・・」
「何かあったのか?」
「新しいお母さんがいた・・・」
「新しい?」
オルカの父親が再婚したって事か?
「お父さんアメリカであっちの人と結婚したんだってさ」
「おめでとう・・・ではないんだな?」
「どっちか分からなかったよ」
いたのに分からないってどういう事だ?
「相手と話さなかったのか?」
「相手が日本語をあまり喋れなかった」
あぁ、あっちの人ってそういう事か。
「それは大変だ・・・」
「お父さんに、大学はアメリカにって言われたけど私英語話せる気がしない」
ゲームではオルカは必ず水泳の実業団に入り、アメリカに留学するという話は無かった。
「オルカはどうしたいんだ?」
「いくつかの実業団から声がかかってる。 タカシが京都の大学を志望してるって言ってたから、京都にあるスポーツウェアメーカーの実業団の話を受けようと思ってた」
「なるほど・・・」
オルカも色々考えていたらしい。
「でも何でアメリカの大学なんだ?」
「分からない、でも学費はかからないらしい」
「オルカの将来性を買ってってところか・・・」
「多分・・・」
オリンピック出場選手が所属してるって肩書目的っぽいな。
でもアメリカって大学って単位取るのが難しいって聞くし、勉強が苦手で英語も喋れないオルカじゃ卒業出来ないよな。
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