第70話 プリン切れ

 男子バスケ部はなんとか1回戦を突破した。

 女子バスケ部は俺達と同時刻帯で試合をしていた筈だけど、会場の近さの差か、先にホテルに戻っていた。


 試合内容は風呂上がりに売店に立ち寄った時に女子バスケ部のキャプテンをしているクラスメイトの早乙女から聞くことができた。

 どうやら相手チームにユイがスリーポイントシュートを打てる事は相手に知られていたらしい。 けれどインターハイよりもユイはマークがあっても成功率が極端に落ちなくなっていた。 厳しいマークが2人ついても切り込んでゴールできるぐらいに突破力も上がっていた。

 何せユイは196cmの背の高さを持つ敏捷性だけならピカイチの俺と、168cmと全国区の女子バスケ選手としてはありふれた背の高さの驚異の腰の粘りとスタミナを持つオルカのダブルチームのディフェンスを躱してゴールを決める練習をし続けてきた。 しかもユイ特化の息のあったディフェンスを俺とオルカは磨いて来た。 そんなユイに即席のダブルチームが止められる訳が無かった。


 相手チームは第1クォーターの中盤にユイに2人、スミスに2人マークをつけて来たらしい。その結果、残りの選手が味方3相手1の状態になりゴール下では完全に優勢になった。

 結局相手は標準的な守備に戻して。 ユイが切り込んでスミスが打つといったパターンでの勝利となったらしい。


「ユイとスミスは高校生レベルを逸脱して無いか?」

「実業団レベルだろうね、ユイさんはナショナルチームに呼ばれても疑問に思わないよ、ジェーンさんも帰化すれば間違いね」

「我が妹ながら凄い事だ」

「あなたもすごいからね?」

「俺?」

「何で君は15番なんだって相手チームの監督に聞かれたらしいじゃないですか」

「だって俺水泳部員だし、バスケ部では1番下っ端だし」

「そんなの相手は知りませんし」


 早乙女は俺とクラスメイトなんだから変な丁寧語使わなくて良いと思うよ?


「お兄ちゃん・・・なんか不完全燃焼だよ・・・」


 早乙女と話している間に風呂から上がって来たらしいユイが俺に近づいて来た。 もしかして好物のプリンが食べられなくて禁断症状になったのか?


「プリンが切れたのか?」

「違うよっ! プリンは食べたいけどさっ!」

「じゃあ何かあったのか?」

「マークが2人ついて、お兄ちゃんとオルカちゃん相手に戦った練習を試すぞって燃えてた所にすぐにマークが1人に戻されちゃったんだよぉ」

「それは可哀想に・・・」

「お兄ちゃんっ! 慰めてっ!」


 ユイは両手を広げてハグをしろとアピールしてきた。


「はいはい」

「エヘヘ・・・」


 ユイとオルカは何かと抱きしめ合うようになっていたけれど、最近は俺にもそれを要求するようになっていた。 妹であり大切な存在であるユイと、ほぼ恋人の状態のオルカに対してそう要求されるのは悪い気がしなかったので応じていた。


「兄妹にしても仲良すぎじゃない?」

「実際にとても仲が良いからなぁ」


 それを見た早乙女が呆れたように言ってきた。 気持ちは分かるけどこれが今の俺達だしなぁ。


「立花君って8組の水辺さんと付き合ってるんでしょ?」

「まぁそんな感じだな」

「悪いと思わないの?」

「ユイとオルカの方が俺とユイやオルカよりハグしあってるぞ?」

「欧米人?」


 確か欧米の人でもハグは余程の信頼した相手のみで、握手か頬をつけ合う程度らしいぞ。


「頭が痛くなった」


 早乙女は、目頭を抑えながら去って行った。 目頭を抑えるのは目が疲れた時にするものだと思う。 あと何か呟いてるけど何が可哀想なんだ?


『綾瀬さん可哀想にと呟いてました』


 綾瀬か・・・最近綾瀬に目で追われてるのは気が付いていた。 俺はそこまで鈍感じゃないので、ある程度の好意を向けられている事も察している。


「早乙女キャプテン、綾瀬さん可哀想にって言ってたね」

「聞こえたのか」

「うん」


 ユイの耳は俺よりも随分と良いらしい。


「お兄ちゃん、綾瀬さんを恋人にしちゃ駄目だよ?」

「そんな事を考えて無いよ」

「告白されても?」

「光栄だと思うけどちゃんと断るよ」

「光栄なの?」

「すごいヤツだからな」

「でも断るんだ」

「俺は綾瀬と同じスピードでは走れないからな」

「それ凄く分かる! 私がダメっていう理由もそれだもん!」


 ユイも綾瀬の厄介さを何となくではあるが理解出来ているらしい。

 俺が社会に出た時に、綾瀬が仕事仲間として現れたらとても頼れる奴だと思う。 でも俺と一緒に仕事をしている間に、綾瀬は俺以外の数人とも同時に仕事を出来るほど優秀で、パートナーなんかになっていたら、出来ない俺に幻滅するだろう。


 綾瀬はマニュアル化したものをこなすのが得意だと思う、その代わりマニュアル外の事態に陥った時に経験不足で行き詰まる。

 俺は綾瀬がマニュアル外で困っていたものに3回関わった。 そして親分やリュウタの力で助けた。 その結果、綾瀬は俺の事を自身より有能だと勘違いしている状態だと思う。


「ユイも牛乳飲むだろ?」

「うん」


 売店で売られていた牛乳はビン入りだった。 小学校の4年生ぐらいまでは学校給食の牛乳はビンだったのに、その頃に紙パックの牛乳になってしまった。

 それ以来牛乳を瓶で飲んだ事が無かった。 この売店で久しぶりに瓶の牛乳を見て思わず買ってしまったのだ。


 いちご牛乳やバナナ牛乳やコーヒー牛乳もあるのに、ユイが飲んだのは白牛乳だった。


「風呂上がりなら普通の牛乳かな」

「通だね」

「通?」

「普通なら味がついた牛乳飲みたくなるだろ?」

「甘い牛乳飲むとプリンが美味しく無くなるから嫌なんだよ」

「何処かに売ってたのか?」

「家から持って来たよ」

「なるほど・・・」


 総体の時に周囲の店で見つからないのを残念がってたから、今回は学習して持ってきていたらしい。


「お兄ちゃんの分も持ってきたから部屋にあるよ」

「今日は試合に勝った特別な日だから俺の分も食べて良いよ」

「あっ! そっかぁ! 持って来た数足りなかった!」

「俺は家に帰ったからで良いよ、プリンはユイの特別だからな」

「うんっ! じゃあ明日の自由時間に外に出て探さない?」

「明日は男子も女子も休みか・・・確か監督が次の試合に備えてミーティングするってたな、それ以外は自由時間らしいから探しに行くか?」

「うんっ!」


 フロントに近くの商業施設を聞けば教えて貰えるだろう。 そこを回ればあるんじゃないかと思う。


「夕飯の6時に遅れないようにな」

「うん」


 部屋に戻ると田宮が部屋に居て何かのメモを読んでいた。


「大浴場気持ちよかったぞ」

「部屋の風呂で充分っすよ」

「そうか? 体が伸ばせた方が良いだろ」

「先輩はあの風呂が狭いでしょうが、俺には充分っすよ」

「それも一理あるな・・・」


 俺がベッドに横になってグーッと背伸びをする。ベッドが少し狭くて足がはみ出してしまう。


「先輩には小さいっすか」

「総体や国体でもそうだったしな」

「キングサイズのベッドがある部屋か、和室頼んで布団2つ用意して貰った方がいいっすね」

「来年の総体の時お願いしてみるか・・・」


 オルカとストレッチした時もベッドが狭くてやりにくかったしな。


「それより何を見てたんだ?」

「次のの対戦相手のメモっす、明日の朝食後に相手チームの試合のビデオ見たあとミーティングするので見ておくようにって配られたっす」


 ミーティングは朝食後か、それ以降が自由時間って事だな。


「俺の分もあるのか?」

「はいっす」

「ありがとな」


 メモを見ると対戦相手の公式のプロフィールと、今日の試合で書かれた特徴が書かれていた。


「しつこいマークが厄介っすね」

「相当走り込んでるんだろうな」

「リバウンド取られるから苦し紛れのシュートは厳禁っすね」

「俺達がマークを引き付けて、中が空けばキャプテンのフックシュートも決まるさ」

「そうっすね・・・」


 あのセンター相手に中はキツそうだからな・・・キャプテンまで抑えられたらかなり厳しいだろう。 いざとなったら俺もマーク振り切ってミドルシュートかな。 ユイやキャプテン程はうまくないけど、それでもマークを振り切っていれば7割は入る。 俺の打点が高いフックシュートは簡単に抑えられないってユイも言っていたしな。

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