第71話 大きなお助けキャラ

 翌日の朝食後、監督はホテルの大きいスクリーンとホワイトボードのある会議室で対戦相手の映像を見ながら1人づつ俺達に解説し、そのあと作戦を言い始めた。


「立花と田宮の外が抑えられたらそれより内が勝負になる、けれどあのセンターはかなり厄介そうだ。 だから空いてるミドルが大事になる」

「キャプテンのフックシュートですね」

「あぁ」


 監督は大きく頷いた。


「でもそれも抑えられたらジリ貧だ、そこで立花にもミドルレンジをかき回して貰いたい」

「ミドルのシュートはノーマークで7割ぐらいだし、その後の守備も遅れる事になりますが良いんですか?」

「あぁ、あのセンターを抑えるにはうちも2人使わざるをえんだろ。 その場合は相手にフリーな選手を作らせないために、お前にマークを2つ使わせる必要がある、だから積極的にミドルまで行ってくれ」

「分かりました」


 部屋で田宮と予想していた内容なので俺は了承した。


「田宮はフリー以外では打つな、無理せずキャプテンか立花にパスを回せ」

「了解っす」


 田宮はマークを1人引き付ける役だ、打たないと思わせマークが弱くなったらチャンスだ。


「築地と望月は二人がかりでスクリーンアウトして、あのセンターをゴール下から押し出せ、高さ勝負は負けるから無理に付き合わなくていい、相手のファールトラブルを誘うのが理想だな」

「「了解」」


 築地はスタメンのセンターで望月はパワーフォワードだ、ガタイは良いけど相手センターより身長が足りない。 今回は体格でも負けているので2人がかりでゴール下から追い出すようだ。


「ベンチからは、ミドルシュートが得意な奴を中心に交代する。 哀川、海野、大石だな。 立花のスタミナは心配してないが、キャプテンは第3クォーターまで、田宮は第2クォーター途中で交代になるだろう。 オフェンス力が弱まるそのタイミングで相手を休ませない事が大事だ」

「「「はい!」」」


 哀川、海野、大石は170cmから175cmのオールマイティーなタイプの同級生だ。 比較的ミドルレンジが得意なので今回は出番が多いらしい。


「柚木と渡辺はいつものように築地と望月がヘバッた時の交代要員だ、お前らなら位置取りが良ければ高さ勝負は可能だが、難しいだろう、センターを疲れさせる事をメインに動け、相手が疲労し位置取りが良さそうなら高さで勝負だ」

「「了解」」


 大体の作戦は決まったようだ。


「それが基本戦術だが相手はスタミナがある。 他のベンチメンバーも逐次投入していくが体力の消耗戦になる。それぞれ得意なポジションで出すが、焦らずじっくりとが戦術だ」

「「「了解」」」


「何か質問はあるか?」

「相手の速攻への対応はどうしますか?」

「あれは付き合えばヤラれるな」

「えっ?」

「相手の方が体力がある。 下手に付き合えばお前らの体力が尽きる。 だから守備が間に合わないと感じた場合は、シュートが入らないように祈るぐらいの心づもりで良い」


 監督の弱気だけど冗談交じりの指示に部員たちから笑いが起きた。


「立花さんでも高さ勝負は無理なんですか?」

「立花は体の重心が高いようで押し合いに弱い、上半身が発達しているが下半身はそうじゃないんだ。 瞬発力はあるからフリーなら速攻で突っ込めるだろうが、けれど体のぶつかり合いが起きるゴール下では、築地、望月、柚木、渡辺の方が上なんだ。 立花は手足が長いし素早いし外からのシュート力がある。 だから外で走り回らせてスティールに期待した方が良いんだ」

「なるほど・・・」


 俺は筋肉が上半身に寄っている。 バタフライの練習を増やしてからそれがさらに顕著になった。

 尻から太股に掛けて鍛えるよう水泳ではキック練習を多めにしているけど、そちらはあまり発達してくれない。 そのためどうしても押し合いでは力が乗らず分が悪くなる。 こればっかりは骨格と体質の問題なので仕方ない。


 俺に比べてオルカは尻から太股の方の筋肉がとても発達している。 これは坂城も同じ傾向があるので長距離タイプはそういう体質なのかと思っている。

 オルカは1on1 の時に、ユイから守備が粘り強いと言われている。 スタミナが多いことと腰がドッシリとしていてユイが押し負けるのでゴール下に近づきにくいからだ。

 男女の体格差のお陰で俺はユイにもオルカにも押し負けないけれど、ユイよりオルカの方が体をぶつけて競った際に重く感じる。 身長と体重はユイの方があるので、これも重心の差なのだと思う。


---


 11時までミーティングが続いたので、ユイと出かけるのは昼食後と決まった。


 昼食までの時間、俺は志望校の赤本で勉強を始めた。 来年は受験生なので色々準備をしているのだ。

 俺の志望校は一次試験は足切りで使い、合否判定は2次の結果だけと言われている。

 俺は模試で足切りは超えられそうな成績を維持していたので、勉強の中心を志望校の過去問を解くことを重視するように変えていた。


「先輩真面目っすよねぇ」

「俺は自分の才能は天賦では無いと思ってるからな」

「でも天才ばかりが行くような学校目指してるんすよね」

「一部の天才と努力できる奴が行ける学校だと思ってるがな」

「努力できるってのは才能っすよ」

「なんかするのが癖になっちまってなぁ」

「その癖俺も欲しいっす」

「お前のシュートは努力の結果だろ?」

「バスケは好きっすから」

「俺は今こうしているのが好きなんだろうな」

「羨ましいっす」


 俺の今の目標はあの世紀の大災害を小規模な被害で日本に乗り越えて貰う事だ。 それが俺が前世の記憶を持って生まれた意味だと今では思っている。

 恋愛シミュレーションゲームの主人公のお助けキャラにはならなかったけど、それより大きなお助けキャラを目指している感じだ。

 前世と同じタイミングで起きるなら、あの地震の日は今の俺は31歳の時に起きる。安定を求めて生きるのは、それから後ぐらいがいいかもしれない、そう思うようになっている。


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 昼食後にホテルの係の人が洗濯物を回収に来たので袋に入れて渡した。 総体や国体に出た時は、洗濯物は持ち帰りで水着は部屋の洗面台で手洗いして部屋干しだった。

 女子バスケ部もユニホームや下着を持参した洗剤で洗って脱衣所で干していたらしい。 今回のウィンターカップの男女ペア出場によって寄付が来たと言っていたので、かなり景気がいい状態みたいだ。

 バスケは街で人気のスポーツだし、バブル期という事もあって寄付の出資者の財布の紐がかなり緩いのかもしれない。


 軽くシャワーを浴びて私服に着替えていると、田宮から声がかかった。


「何処か行くっすか?」

「ユイと買い物に行ってくる」

「ユイっちとですか、俺もどっか出かけようかな」

「2年は試合見に行く奴が多いみたいだな、1年の柚木と渡辺はどうするのかな」

「聞いてくるっす」

「キーはどうする? 俺はすぐにでるぞ?」

「預かっておくっす」

「外に出るならフロントに預けておいてくれ」

「了解っす」


 俺が出るとオートロックで閉まるからな、柚木と渡辺の部屋に行ってすぐに戻って来るなら田宮がキーを持っていた方が良い。

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