第67話 鬼

 秋のスポーツ大会があり、男子はバレーボールとハンドボールで、女子はバスケットボールとドッジボールが割り当てられた。

 俺はまたもや背の高さでバレーボールに決められたけれど、1年生の時のバスケットの様な活躍は無かった。 バスケットはユイに付き合って練習していたけれど、バレーボールは体育の授業ぐらいでしかした事が無い。 強いサーブは打てないし、たまに外してしまう。 レシーブしても安定した場所に飛ばない。 隣とトスを譲り合ってお見合いをする。 俺はブロックが多少上手いだけのというだけの素人だった。

 勿論バレーボール部から助っ人要請など来る自体にならず、かけ持ちが増える事にはならなかった。


 ユイとオルカとスミスは当然のようにバスケットボールに出ていた。 オルカのクラスは2回戦目にスミスのクラスに破れ、スミスのクラスは3回戦目でユイのクラスに破れ、ユイのクラスは準決勝で早乙女と俺達のクラスに破れ、俺達のクラスは決勝で前の女子のキャプテンがいる3年生のクラスに負けていた。


 ユイはリバウンドしたボールを自分でドリブルしてシュートするような独りプレイはしていなかった。 あくまでクラスの人に得点させるように立ち回っていた。 ユイなりにクラスの輪というものを乱さないよう考えてそのスタイルを選択したのだと思う。


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 バスケットボールのウィンターカップの予選で、男子女子両方で県予選を勝ち上がり、男子、女子共に決勝リーグに進出し男女ペアで優勝をした事で本選に進んだ。 尚女子はインターハイ優勝という出場枠を既に持っていたので、1回戦敗退でも出場は出来ていたそうだ。

 本選は毎年京都にある2つの体育館を使用しトーナメント方式で行われる。 終業式直後の23日が開会となるので俺やユイはクリスマにはこの街には居ない事が決まっていた。


「オルカちゃんは終業式のあとまたアメリカ?」

「多分そうだと思う」

「クリスマスはしょうがないけど、初詣は一緒に行きたいのになぁ・・・」


 ゲームではオルカの好感度が上がると初詣に誘うと乗って来るようになった筈だ。 けれどこちらの世界では、オルカの父親がアメリカに勤務していて、オルカも去年は年末年始はアメリカで過ごしていたので初詣は一緒に行けていなかった。


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「今年は帰国して来るんだ」

「うん! お父さんは一時帰国だし、家は貸し出されてるからホテル暮らしだけどね」

「この街にいるなら一緒に初詣行けるねっ!」


 商店街にクリスマスソングが流れだす12月に入ってすぐの通学中に、オルカが朝一番で年末年始に渡米前しない事を俺とユイに伝えて来た。 どうやら昨夜、父親から電話でそれを聞いたらしい。


「アメリカはカウントダウンを祝うぐらいしかしないって言ってたもんな」

「そうなんだよ、お父さんたらせっかく会いにいってるのに2日から仕事に行っちゃうんだもん、ショッピングに行ったりしてそれなりに楽しかったけどさ」

「でもクリスマスはあっちが本場なんでしょ?」

「そういえば聞いた事無かったな」

「クリスチャンの人はミサに参加するみたいだけど、お父さんは普通だったよ」

「えっ?」

「ケーキとか七面鳥とかプレゼントは?」

「無かったよ、だからデパートにショッピングに行っただけだって」

「それは・・・」

「思ってたのと違うな」


 前世の映画で見るアメリカのクリスマスはすごく派手なイメージがあった。 暖炉のある部屋にもみの木のツリーを飾って、その周りにプレゼントを配置して、七面鳥を食べてシャンパンを飲むみたいな感じだ。

 今世でも年末商戦という言葉はアメリカにもあって、確かクリスマスの子供へのプレゼント向けにおもちゃが大量に作られされ、それがあまりにつまらないから売れ残ってしまって在庫を抱えて会社が倒産したという話があったと聞いた事がある。


「大晦日から正月はお婆ちゃんの所にいるようにするよ」

「初詣はオルカちゃんと一緒だ!」


 来年の事を言えば鬼が笑うというけど、正月の話ぐらいならしても良いだろう。前世でも、「もういくつ寝るとお正月」から始まる童謡があったけど、鬼が出るから歌うななんて言われなかったしな。


「お祖母さんは正月に何をしてるんだ?」

「元日の午前中にお爺ちゃんの墓参りをするぐらいで、昼からは駄菓子屋を開けてるよ」

「そういえば開いてるね」

「3日ぐらいは休んでるのかと思った」

「休みだから子供が公園で遊んでるし、お年玉で駄菓子を買いに来る子は昔から多いんだって」

「大儲けするから?」

「公園に来る子供のためだろ、儲けのために駄菓子屋をしている様子は無いもんな」


 俺が店に入ると、客がいてもいなくても店の奥に座ってニコニコして出迎える。オルカに用事があるというと、上がらせてくれてニコニコと店の外を見ている、そんな人だ。


「お婆ちゃん、無理しなければ年金だけで食べれるらしいよ」

「年金?」

「60歳以上になったら働かなくても食べれるように国からお金が支給されるんだよ」

「そういうものなんだ・・・」

「へぇ~」


 高齢化社会になると、支給年齢が上げられたり、支給額が減らされたりして、死ぬまで働いて払うだけな制度になって来るけどな。

 一応俺が生きていた時代はまだ払った額の以上は貰える時代ではあった。 けれどそれは社会保険だけじゃ足りなくなり、消費税の税率をあげる事で補填されていた。 それでも高齢化の勢いは強くその制度がいつまでも維持できるかは分からないと言われていた。

 年金がもらえたとしても受給額の上昇以上の速度で物価は上昇していて、さらに新税や増税で追い打ちがかけられていた。

 そんな年金でも俺は受給されるようになってすぐに死んでしまっていて殆ど恩恵を受けていない。 溺れた自分の自業自得だと分かっているけれど、個人的には払い損だったと思わないでもない。

 毎月明細で減らされている金があったらどれほど生活が楽なのか考えるサラリーマンは多いと思う。 俺もスーパーの店じまい後に賞味期限切れの見切り品で売れ残ったものを買って食べたりしていた。 店の売上に貢献し廃棄ロスを減らすのも店長の仕事と思ってもいたけれど、そんな事をして切り詰めようとする生活にやるせない気持ちを抱く事は多かった。


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 男子バスケ部はウィンターカップ本選出場に沸いていた。 気合が入り過ぎているという状態とも言える。

 俺はどちらかというと通常運転だ。 3年生は引退し、1年生と2年生だけのチームになっているので俺は上級生だけど、背番号は相変らずの15番で秘密兵器扱いだからだ。 とはいっても予選からばんばん出場させられていたので今更な秘密兵器ではあるのだけれど、男子バスケ部顧問が、お前は秘密兵器だと言い張るのでそうなんだろう。


「お前のような高身長で3Pラインの後ろからフェード気味にシュート打つとか止めらるもんじゃないだろ」

「ユイもファールしないと止められないと言ってたな」

「だろうな・・・」


 今のバスケ部にはフリーの状態なら俺より決定力の高い1年生のスリーポイントシューターがいる。ただし身長が168cmとあまり高く無い事もあり厳しいマークを受けると決定力が極端に下がる。 ウィンターカップ予選では、俺にはスリーポイントシュートを防ぐためか2人のマークが付けられ事が多く、その隙をつくように出場したその1年生がスリーポイントシュートを打って試合の流れを決定的にした。 秘密兵器というならその1年生がもろにそれで、俺は秘密兵器を隠すための存在として出場していたような感じがしていた。


 男子バスケ部の1年生には189cmと186cmのセンターとパワーフォワード候補が入部していたので、俺が担っていたシューティングフォワードをしながらセンターもするといった働きが随分変わってきている。 スリーポイントが打ったら入ると思ってもリバウンドの可能性を考えてゴール下に駆け込んでいた、しかし今はしっかり打てたと確信した瞬間に自陣に戻ってディフェンスするようになっている。そして速攻で駆けこまれて1対1の状態なら、ユイとの1on1で鍛えた技術で簡単にゴールさせない守備が出来るようになった。


「何で先輩ってバスケ部じゃ無いんすか?」

「何度も言ってるだろ? 俺は水泳部で100m自由形で国体で6位だぞ?」

「聞いてはいるんすけど俺からしたら、こんなに恵まれた体しといて何言ってるんだって思うんす」

「俺だって中学校入ったばかりの時にこんなに身長伸びるなんて思わなかったんだよ。身長は150㎝も無かったし、俺の親父は170㎝そこそこでお袋も160㎝そこそこだぞ?」

「今は197㎝じゃないっすか、しかもさらに伸びてるんでしょ?」

「巨人症じゃないかって疑って検査したんだが違ったんだよな・・・」

「巨人症で良いから身長欲しかったっす」


 1年ながら外からのシュート力が高かったため、3年生引退後にスタメンを勝ち取ったが、身長は168㎝とバスケ選手としては小柄であった田宮が俺の身長を羨んでいた。


「今は良いけど俺は社会人になったら色々苦労しそうだよ」

「あぁ・・・時々頭ぶつけてるっすもんね」

「どこの扉も180㎝ぐらいだもんな・・・」

「外国に移り住んだ方がいいんじゃないっすか?」

「海外旅行は憧れるけど、住むのは日本が良いよ」

「俺はアメリカのプロリーグとか憧れるっすけどね」

「日本人はハードル高そうだよな」

「先輩なら通用するんじゃないっすか?」

「1on1でユイに勝てないのにか?」

「ユイっちは多分アメリカでも通用するっす、女子はプロリーグが無いっすけど」

「それを言うならスミスの方だろ」

「彼女は何なんでしょうね?」

「さぁ・・・?」


 スリーポイントシュートを得意とする同士で話をしていてもスミスの事は良く分からないという結論になるだけだ。 目の前にマークがいても、床に足を付いた状態で綺麗なフォームで打ち、必ずゴールリングの方まで飛んでいく、そして5割入り、残り5割のルーズボールが味方の方に飛んでいく。

 あれを平均的なアメリカ人らしいプレイだと考えているスミスが良く分からない。 相変わらず片言を演じたアクセントが変な日本語を続けているのも良く分からない。 俺が変だと思っている事はスミスの憑依体も同意しているのに、スミスの本体が続けている理由も良く分からない。

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