第66話 ドナドナ
「おう! 坊っ! 今日はすまんな」
「いえ、でも3日前に会ったばかりですよね」
「まぁそうなんだがな」
親分さんの家には月曜日の放課後に3人で訪ねるようにしている。 用事があり都合がつかない時もあるけれどなるべく行くようにはしていた。
今日は俺だけ個別に話があると連絡を受けたので、木曜日だけど1人で訪れていた。応接室に通されてお茶が運ばれ、話をする準備が出来た所で俺は話を切り出した。
「今日は俺に話があると聞いていますが、何かあったんですか?」
「あぁ・・・坊は確か綾瀬って同級生と親しかったよな?」
「クラスメイトでクラス委員長と副委員長の関係ですね」
「その程度か?」
「えぇ・・・」
親分さんが俺の顔をジッと見ながら俺の真意を量っているような素振りをしていたが、俺が何も反応をしなかったので真実だと思ったようだ。
「実はその綾瀬と渡りを付けてもらいてぇ」
「はい?」
「出来るか?」
「以前こちらに連れて来た事もあるので、難しくないと思いますが・・・」
「あぁ、確かリュウタの奴がバッジを渡していたな」
「えぇ」
「実はあの娘の母親は、儂の兄弟分の姉だったようでな」
「えっ!」
「俺も最近兄弟分に聞かされて知ったんだが、こっちの世界に嫌気が差して家を出ていた娘らしいんだよ」
「はぁ・・・」
世間は狭い物だと驚いたけれど、綾瀬のなんとなく気品のある態度は、母親が良い所のお嬢さんの出だと言われると何となく納得できた。
「最近兄弟分の姉が難病になっていたらしくてな」
「兄弟分の姉って事は綾瀬の母親ですよね?」
「そうだ」
「あぁ、綾瀬が医者を目指しているのはそれが理由ですか」
「そうだろうな」
母親を直したいという思いで医者を目指すとは優しい所があるじゃないか。
「治療法はあるんですか?」
「あぁ、適合者の骨髄の移植が必要らしいんだが、血縁者でも半々の確率らしくてな」
「綾瀬は適合しなかったんですね?」
「あぁ・・・」
「骨髄バンクという制度というのがありますよね?」
「始まったばかりで登録者は非常に少なく現在適合者はいない」
「なるほど」
前世の日本でドナー制度が始まったと聞いたのは、俺が大人になってからだったと思う。前世の俺が1970年生まれだから1990年以降に始まったのだろう。この世界の日本は現在1996年で血液のドナー制度はあるらしく、テレビでもドナー登録を推奨するCMが流れている。でも始まったばかりという事もあって登録者自体が少なく、必要とされている人にあまり手が届いて居ないというのが実情の様だ。
「それで俺はどうしたらいいんですか?」
「兄弟分と祖父母は血が繋がっているし親戚もいる。ドナーを待つより適合者が見つかる可能性は高いだろう」
「その方たちがドナー登録をすれば良いのではないのですか?」
「こういうのは申請順に処理されるものだが血縁者同士の提供なら優先されるんだ」
「なるほど、血縁者だと名乗らせて優先させたいのですね」
「あぁ・・・だが兄弟分は、姉に言ったら拒絶されると言っててな」
「だから姉の子である綾瀬に話を伝えて何とかしたい訳ですね?」
「あぁ・・・家を出ていったとき、姉の幸せのためならばと兄弟分は追わなかったらしい。だが、その姉が病気に苦しんでいるとあっちゃあ黙っちゃいられなかった。兄弟分は親が健在だし、娘に先立たれるなんて思わせたくないと思うのは人として当然だろう」
俺はなんとなく平穏な生活を望むために手に負えない息子を拒絶しながらも、死んで欲しくないと願った武田の両親の顔が頭に浮かんだ。
「話してみます」
「よろしく頼んだぞ」
俺の様な若造に深々と頭を下げる親分さんを見て、そういえばこの人も両親や奥さんに早くに逝かれてしまって、その愛情がリュウタへの不器用な溺愛に向かってしまった人だった事に気が付いた。
---
俺は親分さんに会った翌日の放課後に、綾瀬を校舎裏に連れ出して話をした。
こういう呼び出しってゲームでは場所がランダムだったけど、綾瀬に対してはいつも校舎裏だ。
「そう、お母さんは天涯孤独って言ってたけど、本当は親戚がいたのね・・・」
「戸籍を取れば分かったんじゃないのか?」
「分かったかもしれないけど、子供は親の言葉を素直に信じるものよ?」
「それもそうだな・・・」
何でも完璧にこなしてしまうように見える綾瀬も、ちゃんと人の子だったようだ。
「それで私はどうしたらいいの?」
「俺の知り合いの指定する病院に、検査があるとでも言って母親を連れて来て欲しい」
「知り合いの指定する病院?」
「母親の知り合いの息のかかってる病院だよ」
「権田さんの事かしら?」
「外に漏らさないでくれよ?」
「分かったわ」
ヤクザと思われている人の息のかかった病院だと知られて良いことは無いからな。 その内前世の様に暴力団と言われる組織の活動を規制する法律がどんどん出来ていった時に、関係にあった病院として何かしらの責を負う可能性もある訳だし、世間には知られない方が良い筈だ。
「そこで検査したあと、ドナーになれる人が見つかれば、画期的な治療法があると説明を受ける事になる」
「なるほど・・・」
「後はその人の骨髄を綾瀬の母親に移植する訳だな」
「私はお母さんに、その人が関わっている事を知られないようにすれば良いのね」
「その通りだ」
「さてどうやって連れて行けば良いのかしら?」
「それは綾瀬に任せる事になるが、母親と同じ病気の人が、その病院で治療を受けて今は元気らしいと言えば良いんじゃないか?」
「なるほど・・・お母さんに嘘をつけばいいのね?」
「嘘じゃ無いぞ? 実際その病院では白血病の患者に骨髄移植手術を行った実績があるらしいからな。 綾瀬の母親と同じ病気によるものじゃ無いってだけで、症状や治療法は近いものだ」
「なるほど、それは心が軽いわね」
綾瀬は母親に嘘をつくというのは抵抗があるようだ。 だから俺の説明にホッとしたのか決意をしたような目をしていた。
「いつ来ても良いようにはしているらしいけれど、こういうのは早ければ早いほどいいはずだから、早めにお願いするよ」
「えぇ、今日はとてもいい話を聞いたわ」
「そう思って貰えるなら俺も嬉しいよ」
俺は綾瀬への説明が終わったので、バスケ部の練習に参加するためにそこを後にした。
「ありがとう・・・」
綾瀬の嗚咽が少し交じった声が背中から聞えたので、俺は振り向かず手だけ振りその場を去った。
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「お兄ちゃん! また綾瀬さんを呼び出したって聞いたよ!?」
「教室に戻った綾瀬さん目が真っ赤だったらしいじゃん!」
翌日の放課後のバスケの部活動に参加した帰りに、ユイとオルカが校門手前に待っていて、俺を囲うようにして人気の少ない路地裏までドナドナしたあと追求を始めた・・・。
ユイが部活の後に「今日は先に行くね」と言っていたのは、校門でオルカと合流するためだったようだ。 以前にも似たような追及を受けた気がする。
「親分さんから受けた伝言を話しただけだぞ?」
「そうなの?」
「何で綾瀬さんは泣いたの?」
「ありがとうって言いながら泣いてたな。学校では平然としているように見えたけど、気を張り詰めて我慢していただけだったんだろう」
「そっかぁ・・・お母さんの事だもんね・・・」
「ごっ・・・ごめんなさいっ!」
ユイもオルカは母親と死に別れた経験があるという共通点がある、けれど母親と暮らした記憶があるユイと、物心つく前に亡くしたために記憶が無いオルカでは今回の件では実感の仕方に差があるようだった。
ユイは気持ちが落ち込み気味になり口数が減って無表情気味になってしまった。
ユイは家に帰り、プリンをお皿に落として揺らしながら10分ぐらい眺めて過ごしている内に口元が緩んでいき。 その後口に含みだした頃にいつもの調子に戻っていった。
それにしてもこの学校は、綾瀬に何かしらの行動を取ると、猛烈な勢いで噂が出回る傾向にある。 それだけ綾瀬は人気があるし、昨日の話をした後の綾瀬の状態が普段と違って居た事で変な噂が広がりやすかったのだろうけれど、ユイとオルカは俺の事をもっと信じても良いんじゃないかと思う。
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