第60話 ゴワゴワ
「すごいアクビだね、タカシも眠れなかった?」
「オルカもか?」
「新幹線で寝すぎたからね・・・遅くまで眠くならなかったよ」
「俺は一睡も出来なかったよ」
「中間テストが近いけど大丈夫!?」
「赤点にならない自信ならあるな・・・」
「うわっ! 天才の言葉だよっ!」
「天才では無いだろ、いいところ秀才だ」
「私にはどっちも同じようなもんだよ・・・」
授業はなんとか乗り切ったけど、部活の時間はさすがに限界だった。インターバルの間に体力が回復せず、練習について行く事が出来ないのだ。
「調子悪いみたいだね、今日は上がったほうが良いんじゃない?」
「疲れが抜けにくいみたいだ、下のグループと練習するよ」
「無理はしないでよ?」
「あぁ」
水泳部には、高負荷の練習に耐えられる部員がいるのと逆に、そうでは無い部員もいるため、コースごとにグループ分けして練習メニューを変えている。
俺は普段、オルカや坂城と共に最も高負荷な練習するグループと練習しているが、今日はついていく事が無理そうなので、1つ下のグループと一緒に練習をする事にした。
「秋山、今日はこっちで練習させて貰うな」
「先頭をお願いします」
「分かった」
同じインターバルで泳いでいても、トップスピードは俺の方が早いので俺が先頭を泳いだ方が良い。 それに先頭は水を最初に切って進むので2番目より負荷が大きいと言われている。 だから、下のグループの先頭を泳いでいた1年生が、上のグループから下りてきた俺に先頭を譲るのは正しい判断だった。
「じゃあスキップス、3分30秒サイクル、16分から始めるぞ」
「「「はい」」」
グループの先頭を泳ぐ人は他のメンバーに練習メニューを伝える役割をする事になっている。 練習メニューはマダムが紙に書いて渡して来るものなので読み上げるだけなのだが。
ちなみにスキップスとはSKPSと書かれている練習で、スイム(普通に泳ぐ)、キック(足だけで泳ぐ)、プル(手だけで泳ぐ)、スイム(普通に泳ぐ)をターンの度に切り替える練習の事だ。
似たものにカールスというKRLSと書かれた練習があって、これはキック(足だけで泳ぐ)、ライト(左手を使わず右手で泳ぐ)、レフト(右手を使わず左手で泳ぐ)、スイム(普通に泳ぐ)というものもある。
スイムやキックやプル単独の練習もあるけど、パドルやフロートやビート板や足輪と言われる小さいゴム製のタイヤなど、負荷を上げたり下げたりする内容が書かれているので、きちんと伝える必要があるし、道具を装着する時間やメンバーの回復具合を考慮した開始時間を伝える必要がある。
前のメンバーがスタートすると5秒開けて次のメンバーがスタートする。後ろのメンバーより遅く泳ぐことは、コースを詰まらせるし、後ろのメンバーの練習効率を下げるのでしてはいけない。
幸い一度も追いつかれる様子は無く練習メニューを終わらせる事が出来た。
「ダウン200 お疲れ様」
ダウンは練習の最初に身体を慣らすためにアップというゆっくり泳いだり、歩いたりする練習と同じもので、高負荷の練習で疲労した身体をゆっくりとクールダウンさせる練習で、その日の部活の終わりを意味している。200というのは200mそれをするという意味だ。
下のグループと練習したといっても、体はかなり疲労していた。早く帰って夕飯食べて寝てしまいたいと思った。
「今日はストレッチやめておこうか?」
「アレをしないと明日調子が悪くなるからなぁ」
「じゃあする?」
「して欲しい」
「了解」
日が落ちるのが早くなり、かなり暗くなった帰り道を、重い身体をふるいたたせるような気持ちで歩いていった。
「ただいま」
「お邪魔します」
お袋と義父はまだ帰って来ていないけれど、ユイは帰っているようだ。 俺とオルカがリビングに入るとユイがアニメを見ながら「おかえり〜」と声だけかけてきた。
「じゃああまり時間をかけず短縮でやろうね」
「ありがとう」
俺がオルカからストレッチを受けていると、アニメがエンディング曲に入ったようでユイが声をかけてきた。
「お兄ちゃん調子が悪いの?」
「あぁ」
「なんか寝不足みたいだよ」
「あらら・・・」
「早く夕飯食べて眠りたい」
「私の方はしなくて良いからね」
「私がなんか軽いもの作るよ」
「ありがとう」
ストレッチが終わりヨガマットの上にうつ伏せになって倒れていると「できたよ〜」というユイの声が聞こえて来た。
気合を入れて起き上がると、豚肉と玉ねぎを焼き肉のタレで炒めて丼に入れたご飯の上に乗せたというスタミナが付きそうな豚丼だった。
「うわぁ美味しそう・・・」
「これは元気出そうだ」
「でしょ?」
ゴマと紅生姜をかけながらユイはニカっと笑っていた。
「オルカちゃんも食べる?」
「家にご飯があるから大丈夫」
「じゃあ私がオルカちゃんをストレッチするよっ!」
「おねがいしま〜す」
かき込むよようにユイの豚丼を食べていった。濃厚な旨味が体中に染み渡り、一口ごとに元気が戻っていっているような感覚がしていた。
「ごっそうさん!」
「片付けは私がするから流しにだけ持っていってね」
「ありがとう」
体が伸ばされ「アァァァ」と言っているオルカの声を聞きながら、俺は流しに丼鉢を持っていき、荷物から水着類を脱衣籠に放り込んだあと歯だけ軽く磨いて2階に上がってそのまま眠った。
国体に行っている間のノートの写しや課題のプリントなどやらなきゃならない事が残っていたけれど、今は取り敢えず何も考えずに眠りかかった。
風呂に入っていないため、プールの塩素のニオイが残った身体のままだけど、それに構わずベッドに倒れ込み、すぐに意識を失った。
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「オルカちゃん、お兄ちゃんぐっすり寝ちゃってるよ」
「すごく疲れてる感じだったからね」
「ほら私奥の方から入るから、オルカちゃんはこっちから入りなよ」
「うん・・・」
「プールの匂いがする・・・」
「泳いだあとに軽く水で流しただけだからね・・・」
「髪の毛ゴワゴワ・・・」
「少し傷んじゃうね」
「なんか変な感じ」
「私達は変だからね」
「そうだったね」
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翌朝は爽快だった。
なんかとても温かい夢を見ていた気がする。 プールの後なのに風呂に入らずそのまま寝た為か、髪の毛にすごい寝癖が着いていた。 プールには菌類の繁殖を抑えるために塩素消毒が行われている。 そのためそのまま乾かすと髪がアルカリ性になり固くなってしまう。
一応プール後に水シャワーを浴びているけれど、家に帰ったあとに風呂で弱酸性のリンスやトリートメントをかけておかないと、どうしようもない寝癖がついてしまう。
「ヤベっ! ノートとプリントっ!」
シャワーを浴びてリンスをしている最中に俺は課題のプリントが残っている事に気が付いた時間は6時を回っている。 ノートの確認は授業の前にするとして、今日提出期限の課題のプリントだけは終わらせないといけない。
オルカは終わらせているだろうか? クラスは違うけれど担当教諭は同じだから同じものが出ている筈だ。 少し気になったけどその心配の前に俺がやらなければならない。 俺の宿題の提出は授業のある3限目中なのでそれまで貸して写させてやればいい。
急いでリンスを洗い流して風呂場を出ると、タオルで荒く髪と体を拭いて肌着を身に着けた状態で2階の自室に戻り机に齧りついた。
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