第59話 封印したもの
俺がユイの事を好きだと気が付いたのはいつからだったか覚えていない。
最初は、あのゲームのヒロインがリアルに描写されたらこうなるのかという興味本位が強かった。
ヒロインになるだけあって可愛いなと思いつつも、ゲームでは描写されない生々しい人間臭さに戸惑い、ゲームの登場人物として見ることがが出来なくなって、そして3年過ごす内にいつの間にか好きになっていた。
気が付いたきっかけは、独りで留守番している時に、家が静かで寂しいと感じた事だ。 それが大体家に居る時一緒に居るユイがいないからなんだと気が付き、俺はユイが好きなんだと分かってしまった。
お袋は俺とユイが恋人になることを望んでいたし、義父もその考えを許容している事も知っていた。 だけど俺はユイが俺の妹でいることに執着している事に気が付いていた。 少しだけいい雰囲気じゃないかと思う時に、ユイが不自然に距離を置こうとするからだ。
ゲームの設定という言葉が脳裏に浮かんだ。 ユイを恋人にしたいと思う事はユイを苦しめるのではと思ったのだ。 ユイがゲーム主人公を好きになった時に、俺との関係に苦しむ事になる可能性があると思った。 だから俺はユイへの気持ちを封印して、兄になるべきだと思うようにしていた。
高校に入りゲームの登場人物を多く見かけた。
主人公である武田は変な奴だったけど、ヒロインたちは素直に可愛いなと思った。
けれどユイと同じように生々しい人なんだと思う事があって、直ぐにキャラクターとしては見なくなっていった。
主人公である武田とは極力関わらず、ヒロイン達とも距離を置くようにしていた。
桃井にビンタされるとか水泳部で出会ったオルカが近所に住んでいるとかスミスに憑依さてるとか思わぬ遭遇はあったけど、基本的には主人公である武田やヒロイン達とは普通の同じ学校の生徒として接するよう心がけた。
高校に入りすぐに大きな転機が2つあった。
一つは主人公である武田が退学になった事と、ユイが俺とオルカと交際するように応援するようになった事だ。
武田がああなるのは予想外だった。 俺はただ武田のお助けキャラをしないようにしていたぐらいで干渉などしていなかったからだ。
主人公である存在のゲーム舞台からの退場は、ゲーム設定という考え方を根本から吹っ飛ばしてしまった。 だからユイが俺と妹であろうとし、オルカとの交際を勧めようとして来る事は、ゲーム設定なのではなく本心からの行動だったんだと思うようになっていった。
近所に住む同じ水泳部の同級生であるオルカは可愛い女の子だ。 普段はサバサバしているのに、急に女の子の様な初心な態度になってドキッとさせられてしまう。
ユイとも仲が良いし、俺とも波長がすごく合う。 オルカは元々ユイのバスケの練習相手でもあったという事もあり、まるで俺とユイとオルカの3人は最初から幼馴染だったんじゃ無いかと思うぐらいに溶け込んだ。 そして俺は、オルカが身近にいないと寂しいと感じる様になるだろうなと確信するようになっていた。
俺はユイにオルカをデートに誘うと言ってみた。 ユイが少しでも悲しそうな素振りを示したらやめるつもりだった。
けれどユイがしたのは安堵の顔だった。その時俺はユイへの気持ちを表に出さないようにすると決めた。
俺とオルカは友達以上恋人未満の関係になっていった。 しかし前世で一度還暦以上生きた経験からか、思春期にありがちな衝動は起きなかった。 そしてオルカも普段はサバサバしているため女性らしさを強く感じる機会は殆ど無かった。 だからか、非常に落ち着いた気持ちで仲のいい関係を続けていた。
その気持ちが大きく変わったのは偶然にオルカの下着を見て目線を外したあと、スミスの憑依体によってオルカが恥ずかしがってうずくまってる姿を見せられた時だ。
俺はその時大きな衝撃を感じてしまった。 恥じらう姿に、オルカがとても生々しい女性なんだと認識させられてしまったのだ。
俺は前世の思春期の頃の激しい衝動が芽生えてしまった事に気が付いてしまった。 目に映る、そう見えるもの全てをそう見てしまうようになる、あの時の衝動だ。
幸い思春期を一度乗り越えた経験を持っていたので、躱す事は比較的容易だった。 そう感じそうな気配を感じたら、その場から遠ざかったり、目の焦点を合わさないようにしたり、心に鍵を掛けるような暗示をして普段を演じるようにすればなんとかなった。
俺は今遠ざかる事が出来ないので、何も無い暗い天井を見上げ、心に鍵をかけるよう暗示をかけ続けていた。
「お兄ちゃん、心臓の鼓動が早いよ」
「そんな事を聞かされればな」
ユイは俺の胸をドンと一回叩いた。
「ジェーンちゃんに好かれてると知って嬉しいの?」
「違うよ?」
あれは好かれているとかそういうものじゃ無いしな。
『好きですよ?』
(ありがとよ)
『素っ気ないですね』
(どういう気持ちか知られているからな)
『それもそうですね』
俺はあれの外側を人形だと知っているし、スミスの憑依体もそれを認めていた。 俺はあの外側より憑依しているスミスの方により親しみを感じているのだ。
ユイはもう一度胸を叩いて質問をした。
「綾瀬さん?」
「それも違う」
綾瀬は魅力的な人だとは思う。 けれど俺とは合わないと思っている。 彼女は自身が優秀で魅力的であることを強く自覚していて、それが壊れる事を恐れているように思う。 だからか自らを律し、共に居る相手にもそれを求めてしまう傾向にあった。
彼女には先頭を走り続ける事が必要だ。 共にあるならそれに付いていける人である必要がある。
けれど俺は人が常に先頭を走るなんて無理だと思っている。 体や心が老いて立ち止まる時が来る事を知っているからだ。
彼女もいつか立ち止まる時が来ると思う。 その時始めて後ろを見て自らの足跡の上に転がる死屍累々を見るのでは無いかと思う。 それは彼女と走り続けられなかった人たちの事だ。
俺は彼女より優秀では無い事を自覚している。 それはスミスの憑依帯もそうだと答えていた。 彼女と共に走った場合、俺は先に立ち止まり、死屍累々の1つになるのではと思う。
「私?」
「・・・」
今度は胸を叩かず質問をしてきた。 俺はそれに答えなかった。 鼓動がさらに早くなり、心の鍵が悲鳴を上げているのを感じながら、収まるように暗示を繰り返していた。
「そっかぁ・・・そうなんだぁ・・・」
ユイは何かを確信したようにさっき俺の胸を叩いた手で、俺の胸を優しく撫でていた。
「ユイ?」
俺はユイの様子がいつもと違いすぎるのに戸惑っていた。 いつものユイならこういう核心的な事に触れる前に離れるようにしていた。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「お兄ちゃんはずっとお兄ちゃんでいてね?」
「当たり前だろ?」
いつも違う態度ではあるけれど、ユイが俺の妹であり続けようとする事には変わりが無いようだ。
「お兄ちゃんとオルカちゃんが結婚してもだよ?」
「気が早いだろ」
ユイからオルカと結婚という言葉を聞いてきた胸が少し傷んだ気がしたけれど、ユイに優しく撫でられているからか薄れていった。
「お兄ちゃんってオルカちゃんの事が好きでしょ?」
「あぁ」
「可愛いと思っているでしょ?」
「あぁ」
胸の鼓動が収まっていくのを感じていた。 自分の気持ちを素直に話して居るので落ち着いているのだ。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「私のこと好き?」
「・・・」
胸の鼓動が一気に早くなってしまった。
胸が急に痛くなってユイに優しく撫でられているのにその痛みには効果が無かった。
「私もお兄ちゃんが好き・・・」
「ユイ・・・」
ユイは急にどうしたのだろう。 いつものユイも妹に拘り過ぎている所など分からない所はあるけれど、今日のユイは今までと明らかに違う態度で全く意味が分からない。
ユイは俺の胸から顔を離して起き上がり、ベッドから離れると「お休みなさい」と言って部屋を出ていった。
そう言われても全く眠れる気がせず、夜が明けるまで悶々と考え続ける事になってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます