第57話 真面目にストレッチ

 今日は肥前県で開催される国体に向かうため新幹線で向かう日だ。 高校総体の時は学校から貸し切りバスで空港まで出発だったけれど、今回は国体に出るのは俺とオルカだけだし、駅は空港より近いため、駅での集合という事になった。

 駅の改札口前まで見送りに来てくれた水泳部のみんなと別れた。 ユイとお袋と義父は新幹線の止まる駅まで見送りをするそうで、お袋と義父は「みんなありがとうね」と見送られる側の様な挨拶を部員にしていた。

 

「オルカちゃん頑張って!」

「うんっ!」


 そして新幹線の到着を知らせるアナウンスが鳴った時、ユイとオルカがギュッと抱き合っていてなかなか離れなかった。 2人は仲が良いとは思っていたけれど、こんな感じだったっけ? 先日部屋で激しく言い合っていたけど、熱い友情でも育まれる何かがあったのだろうか?

 あの時は壁越しに聞こえる2人の話し声に勉強への集中が削がれたので耳栓してしまっていた。 激しい声が耳栓越しに聞こえたので外したけれど、その時には激しい声はおさまっていて結局何を話していたのかは分からなかった。


『教えましょうか?』

(本人たちが話してくれるのを待つよ)

『そうですか・・・』


 気になるけれど本人たちが話さないなら聞かない方が良いのだろう。


「行って来るよ」

「お兄ちゃんも頑張ってね!」

「行って来ます」

「気を付けてね」

「水辺さんに変な事をしたらダメだからな?」

「私が見ておりますのでご安心ください」


 新幹線が到着してすぐに発車を知らせるベルの音がなり始めるので、俺とオルカと水泳部顧問が乗り込んだ。 指定席を取って居るので急いで座る必要が無いので、ドアの近くで新幹線が走り出してもしばらく手を振っていた。


「座ろうか」

「うん」

「筑前駅がお昼時間ね・・・」


 水泳部顧問が時刻表を見ながらブツブツ呟いて居た、お昼をどこで取るのか今から検討して居るのだろう。 朝食用にと言って駅弁を買っていたのにマダムは食欲旺盛だなと思う。


 新幹線4時間半で筑豊駅に行き、そこから高速バスで肥前県に向かうらしい。 筑前から肥前まで鉄道でも行けるけど、バスで行く方が乗り継ぎも無くて簡単だと旅行会社の人にお勧めされていた。


 この世界の日本は前世より地方空港が少ない。 公共投資の無駄が少ないのだと思う。 肥前県には一応飛行機が離発着出来る滑走路は存在する。 けれどそれは日本軍の基地であって、民間機が離発着するような空港としては運用されていないらしい。 もし肥前県に民間用の空港があったら空路で行った方が短時間で到着していたと思う。


「昔は九州に行くのは1日がかりだったのよ?」

「どうしてですか?」

「新幹線が無かったのよ」

「どうやって行ったんですか?」

「寝台特急という奴に乗って行ったのよ」

「あぁ、今でもありますよね?」

「えぇ、でも今は人が少ないでしょうね」

「昔は一杯だったんですか?」

「ほぼ満員だったわよ、あれだったら廃線にしようなんて話にはならないでしょうね」


 一番通路側の席に座っていた水泳部顧問がそんな思い出を語り始めた。 昔は水泳で活躍した選手だったそうなので、全国大会や国体の為に移動で苦労した思い出があるのだろう。


 前世では寝台特急というのは廃れていたけれど、それでも新幹線の通っていない山陰地方のルートで残っていた。 この世界の日本は空路の発達も遅いようなので、残る所は有りそうだと思った。


 修学旅行で行った京都駅を超えて先に進んでいった。俺とのトランプに飽きてしまい、窓から景色を眺め始めたオルカが俺の肩を叩き窓の外を指さしたので体を乗り出して窓の外を見た。


「ほら、なんばタワーが見えるよ」

「この前来たのにまた戻って来るなんてな」

「そうだね・・・」


 オルカが俺の顔をジッと見て来たけれど何かあっただろうか?


「何か顔についてるか?」

「ううん? 何もないよ?」


 新幹線はそのままさらに進んで行った。水泳部顧問はイビキをかいて眠り出し、俺とオルカはマグネット式のオセロをして時間を潰した。オルカはオセロがあまり得意では無いようで、俺の方が必ず勝ってしまう。

 最初から角にオルカの色の駒を置くというハンデをつけて続けたら、3つの角をオルカに渡すハンデにした時から勝てなくなった。


 筑前駅についたらタクシーに乗り水炊きの店に行った。水炊きは前世でも食べた事があったけれど、白濁した出汁では無かったと思う。


 そういえば筑前は武田の両親が移り住んだ街だ。 武田の妹の様子から問題無いとは思うけれど落ち着いた暮らしにはなったのだろうか。


 水炊きを食べ終えたあとまたタクシーに乗り込み駅から高速バスに乗って肥前に向かった。電車では元気だったオルカだが、バスだと車酔いするらしくトランプやオセロはせず大人しくしていた。

 水泳部顧問はガイドブックの様なものを出して色々ブツブツ言っていた。今回泊まるホテルはついているのが朝食のみらしく、昼と夜は自分たちで外食をしにいくらしい。 水泳部顧問のつぶやきから、今夜の食事はイカ尽くしになるような気がする。


---


 肥前の街に到着しバスを降りると、オルカは大きく背を伸ばしていた。

 停留所からタクシー乗り場に行きホテルに向かった。 午後4時前なのでさすがに食欲旺盛な水泳部顧問でも夕飯を食べに行こうとは言わないようだ。


 ホテルはシティーホテルの様な感じで3人とも個室らしい。

 水泳部顧問が夕飯は6時にロビーに集合し出かけると言ったので、俺達はフロントから貰った鍵を手に部屋に向かった。


 部屋で荷物を開けて、大会の会場に持って行くものだけリュックに詰め替えていると、部屋の扉がノックされた。部屋の扉を開けると案の定オルカがそこに居た。


「ストレッチしてくれない?」

「終わったら俺もお願い」

「うんっ!」


 オルカはバスではかなり大人しかったし、降りた時も背を伸ばしていたし、体を解したいと思っていたのだと思う。


「関節バリバリ鳴るね、珍しい」

「乗り物に長くいて体が縮こまったんだと思う」


 いつもしなやかで柔らかいオルカの体の関節が固くなっているのか、抵抗感を感じた。


「ゆっくりやるからね」

「おねがい」


 固くなっている時に勢いつけて柔軟すると痛めやすいらしく、こういう時は体をゆっくり温めるように伸ばすのが良いらしい。


「うまくなったよね」

「先生が良いからね」


 男女がベッドの上で接触し合うなんていう色々妄想を掻き立てられる状態だけど、真面目にストレッチをしているだけだ。


「体が温まった~交代ね~」

「よろしく~」


 色々当たっているけれど俺はそれを考えないように、体の力を脱力させるのに意識を集中していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る