第53話 逆吊り橋効果

 レンタサイクルを返却し奈良公園に入ると生徒たちが多く集まっていた。

 有名な鹿せんべいを買ったが故に群がられている生徒や、荷物を狙われて逃げている生徒もいた。


 ゲームでは、修学旅行で京都を選ぶと、自由時間に奈良に行き、そこで暴れ鹿というものに襲われ戦闘を行う。 勝つと経験値とゴールドとアイテムを手に入れたと表示される。

 リアルになった世界なのでそういう事は起きないと思うけれど、リュウタ達との戦いのあとに体が急成長した事が起きたので、何かが起きるかもしれない。 とりあえず周囲の鹿の動きの注意を払った方が良いだろうと気を張った。


「人が襲って来ないと思ってるんだね」

「角が丸っこいけど切り落としているのかな?」

「じゃないかな」


 オルカのリュックにある何かが狙われたのか、背後から早足で近づいてくる大柄の鹿がいた。


「危ない!」

「キャッ!」


 俺はオルカを背後に庇い鹿を睨みつけると、鹿は驚いたのか「キュ」っという声を出して飛び退り逃げて行った。


「あ・・・ありがとう・・・」

「食べ物の匂いでも嗅ぎ取ったのかな?」

「お昼のお弁当の残りぐらいしか無いけど・・・」

「背後から襲ってくるなんて荒っぽい鹿もいるんだな」

「そうだね・・・」


リュックを背中からおろして前に持って集合場所の所に行く。 さすがに人間の集団の中にずかずか入ってくる鹿はいないようだ。


「気をつけろよ、鹿のフンだらけだぞ」

「この黒いのが?」

「あぁ・・・」


 下が芝なので腰を下ろせそうだけど、座らないほうが良いみたいだ。


「何か暗いけど何かあったのか?」

「弁当食う暇が無かったんで、集合場所のこの公園で弁当を食べようとしたんだが、背後からニュっと出て来た鹿に驚いた瞬間に弁当箱を地面に落とされ食えなくなった」

「災難だったな」


 良く見るとそいつの周りの奴も暗い


「他の奴もか?」

「僕はそのまま弁当箱に顔突っ込まれてバクバク食われたよ」

「俺は背中を押された勢いでお茶がこぼれて、それで油断した隙に弁当箱咥えて持ち去られた」

「なかなか知恵があるな」

「他の奴がそういう目に合わない様に、食い物広げようとした奴らに注意して回ったり、大勢で固まって鹿が近づいて来ない様にしたんだよ」

「おかげで少しだけオカズ分けて貰ったけど足りないよ」

「残ってたら分けてやりたいが・・・」

「気持ちだけ貰っておくよ」

「夕飯はご飯のおかわりが自由だと良いなぁ・・・」


 男子高校生の食欲はすごいものだからな、一食抜かされて意気消沈してしまう気持ちは良く分かる。


 3時の集合時間になっても間に合わなかった生徒が2名出たため結局4時まで待たされる事になった。

 優等生が多い進学校ではあるけれど個人行動をさせればはみ出し者が出たり、不慮の事故で遅れるという事は起きてしまうものだと思う。 だからこの後は大きな予定が無く、和泉県にあるホテルに行って宿泊するだけになっているのだろう。


「明日のユニバーサルランド楽しみだなっ!」

「そっちが自由時間だった方が良かったよな・・・」

「12時回っても帰らなかったら園内放送で迷子探しされるらしいな」

「それって晒し者だろ・・・」


 明日は前世では大阪湾という名前だった茅渟湾にあるユニバーサルランドという、前世の関東と関西にあった大型遊戯場の合作の様な名前の遊園地に行く。 クラスで決めた班ごとに行動をするようになっていて、9時から12時まで遊ぶ事が許可されている。 オルカと回りたい気持ちはあるけれど、学校により決められた事なので仕方ない。 修学旅行という名目で来ているので、遊技場で男女でデートなどが制限されているのではないかと思う。


ーーー


「132cmか・・・真田でも大丈夫そうだ」

「大きなお世話だよっ!」


 何かと背の低さでイジられる真田だが、本人曰く四捨五入すれば160cmとのことなので制限にかかる事はなかった。

 グループ毎に回りながら、今いる公園入口と反対側にある波止場になっている場所に行くよう言われていた。

 他のグループと回るの禁止と言われてないため、いくつかのグループが一緒に行動するようだ。

 最初に俺達2年7組の男4人のグループに2年8組のオルカが居る女子のグループが合流した。

 そのあと真田が、姉のいる2年5組の女4人のグループに声をかけ、男女比が悪いなと思ってた所に通りかかった2年6組の坂城のいる男4人のグループを俺が引き込み、男8人女8人の大所帯で回る事が決まった。

 坂城のグループの1人は彼女がいるそうだけど、1組の生徒らしく修学旅行では逆ルートに回っているらしいので、俺達と回っても構わないと言ってくれた。


「立花っ! 真田っ!  有難うなっ!」

「一緒の班になれた事に感謝しているっ!」

「2人とも必死すぎ」

「見た目は悪くないんだけどガツガツし過ぎだと思う」


 俺と真田がそれぞれ女子4人グループを誘ったため、一緒の組になった哀川と望月が喜んだ。普段から彼女欲しいと言っているように、こういったグループデートみたいな状況が嬉しいらしい。


「あっちとあっち、男子が固まってるけどなんだろう」

「あっちはうちの組の綾瀬のグループがいたあたりだな」

「あっちは9組の方だから桃井さんのグループがいるんじゃないかな」


 綾瀬と桃井に一緒に回ろうと誘いをかけられているのだろう。

 あんなに固まっていたら回る事も大変そうだな。


 俺達も、どこから回るかという話になったが、絶叫系が好きな人と、苦手な人で意見が割れてしまった。

 分けたほうが良いという話になり、11時45分に園の中心部にある塔の前で集合と決まった。


 最初は絶叫好きが男4女3、苦手が男2女4、どっちでも良いが男2女1だった。ちなみに俺はどっちでも良いだった。

 どっちでも良いと言った男子が苦手に合せて、どっちでも良いと言った女子が絶叫好きに合わせる事で、男4女4ごとの2組に分かれて回る事になった。


 絶叫苦手グループには俺とオルカと坂城と真田と真田姉がいた。俺とオルカ、真田と真田姉のペアが決まり、残り4人でグーとパーでペアを決めて回る事になった。乗り物はペアを前提に作られているものが多いからだ。


 最初に俺達は観覧車に乗ることになった。オルカは高所自体が苦手だけど、これを断る事はしなかった。

 最大6人乗りだけど2人ずつ乗った。本命の彼女が居る坂城はヤレヤレという顔を一瞬したけれど、ペアになった相手に悪いと思ったのか、受け入れていた。


「大丈夫か?」

「平気・・・」


 90度過ぎた辺りで籠がガタンといって少し揺れた時、オルカは「ヒッ」と言って捕まって来た。

 そして今は最頂部に居てカタカタと風に揺られている。


「後ろの籠の坂城が見えるよ、オーイ」

「おーい・・・」


 元気に手を降る俺と、弱々しく手を降るオルカに気がついたのか、坂城が小さく手を振り返して来た。


「海が綺麗だ、港に入る船も見える」

「うん・・・」


 オルカの目が虚ろなので、見えて居ないんだろうと思う。


「吊り橋効果って知ってる?」

「知らない・・・」

「こういう高い場所で男女が出会うと、恐怖で心拍数が上がっているのか、相手にときめいて心拍数が上がっているのかわからなくなるんだってさ」

「そうなんだ・・・」


 残り90度近くになり前後の籠から視線が通らなくなった位置で隣りに座ったオルカ抱き締めた。


「えっ! 何?」

「好きだから抱きしめた」

「えっ?」

「嫌?」

「ううん・・・」

「怖くて心拍数が上がってるのか、俺といて心拍数が上がってるか分からなくならない?」

「えっ・・・あ・・・うん・・・」

「逆吊り橋効果だよ」

「うん・・・」

「そろそろ隣の籠から俺達が見える位置だね」


 俺はオルカを離した。


「今の気持ちは怖い? 恥ずかしい?」

「恥ずかしい・・・」

「ここは最初に揺れてヒッと言った高さだよ」

「そうなんだ・・・」


 俺がオルカの手を握ると、オルカがギュッと強く握り返して来た。


「そろそろ降りるタイミングだけど立てる?」

「大丈夫」

「前の組が降りたからすぐだよ」

「うん」


 オルカは元気に立ち上がったけてど、籠がガタンと揺れたので「ヒッ」と言って座ってしまった。

 係員がドアを開けたタイミングで俺が手を引いて強引に引き寄せて外に出た。


「あー、地面がいいよー」

「坂城達が降りられなくなるから離れようね」

「わかった」


 降りた瞬間に地面に手を着いて安堵の声を上げたオルカの手を引いて立ち上がらせると、俺は笑顔の係員の誘導で出口の方に歩いていった。


「水辺さんってそんなに高い所が苦手なんだね」

「そういうの平気そうだと思ってた」

「高い所はだめなんだよ〜」


 オルカは前に降りた真田姉弟に手を着いていた所を見られていたらしい。


「でも飛行機は平気だよな」

「窓際の席はダメ」

「そうなんだ・・・」


 確かに総体で樺太県に向かう飛行機では隣に座っていたけど、トイレに行くかもしれないと言って通路側に座りたがった。本当は窓際が嫌だったのだろう。

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