第52話 首都は京都
夏休みの残りは、休日にオルカとショッピングに行っただけで、殆どの時間を国体に向けての追い込みに費やした。
「頑張りすぎて無い?」
自宅でオルカと買ってきた大きめのヨガマットの上でストレッチをしている時にそんな事を言われてしまった。
「今だけだしね」
追い込むのは国体までと決めている。 それを過ぎればまたバスケの助っ人業を兼務するようになるからだ。
「少し前より曲がるようになってるよ」
「そうか?」
「うん」
俺には分からないけどストレッチの効果はちゃんと出ているらしい。
「ストレッチも続ける事に意味があるからね」
「修学旅行の時も続けないとな」
「お風呂のあとにする方が良いよ」
「分かった」
ストレッチによってじんわりと汗をかいているオルカの事を少し意識してしまった。 あの日気持ちを自覚してから抑えてはいるけれど、時々こうやって気持ちが現れて来るようになってしまっていた。
「修学旅行中も2人でストレッチ出来たらいいんだけどね」
「さすがに周囲の目がな・・・ひとりで出来る範囲でやるよ」
「そうだね・・・」
ただのストレッチだと当人達が思っていても、周囲からは過度な体の接触に見られかねない行為だという自覚はあった。 だから帰宅後に家のリビングにヨガマットをひいてストレッチはしていた。
オルカの都合がつかない時はユイに手伝って貰ったけれど、長年しっかりとストレッチをしてきたオルカに比べて加減が下手なのか、オルカとした後の方が体が伸ばされた感覚を感じていた。
「ただいま〜」
「おかえり」
「お帰りなさい」
「いつもお兄ちゃんをありがとうねぇ」
「次はユイもやるでしょ?」
「俺は終わったからユイが使って良いぞ」
「荷物置いて来るからお願い〜」
「待ってるよ〜」
「俺はシャワーを浴びて来るよ」
俺は体の火照りを冷ますためにもシャワーを浴びようと思った。 ユイとストレッチをしているオルカを見ると、変な気持ちが湧いてくるのを最近自覚してしまったので、それを回避する意味もあった。
「シャワーじゃなく温かいお風呂入ったほうが良いよ?」
「それもそうだな・・・お湯を貯めるか・・・」
俺が風呂場に入ろうとすると、ユイが丁度自室から出て階段から降りてきた。
「お風呂入るの?」
「汗かいたしな」
「次は私もが入るから継ぎ足しておいて」
「了解」
容積の関係で、俺が風呂に入った後は継ぎ足さないとユイは風呂に肩まで浸かれない。
体の小ささ順に風呂に入るのがいつもだが、違う時はこうやって次に入る人に合せて継ぎ足さないといけない。
「イタタタ! 痛いよオルカちゃん!」
「ユイはまだまだ体が硬いなぁ」
そんな声を背後に聞きながら、俺はぬる目の設定でお湯を張って、長めに風呂に入った。
---
修学旅行の2日前、ユイの誕生日のパーティを行った。
例年は家族内だけで行われるが、その日はユイが家族に伝えてオルカが呼ばれる事になった。
俺はユイに新しいバッシュを贈った。 アメリカからの輸入品で足取りが軽くジャンプ力が向上する。 日本はアメリカに比べてバスケの市場が低いためこういったものの開発は積極的では無かった。
けれどアメリカではバスケットボール選手は人気が高く子供から大人まで、幅広く人気でヒーローのような存在だ。 だからこそそこに集まる資本が多く、選手のパフォーマンスを向上させる商品開発が盛んだ。 だから俺はユイに喜んで貰えるプレゼントを考えた結果、アメリカから輸入したバッシュを手に入れられないかと考えたのだ。
これを手に入れる事にはオルカが協力してくれた。 なぜならこの世界の日本は外国の製品に高い関税をかけて国内産業を保護しているからだ。
国際貿易摩擦もなんのその、ちゃんと軍隊を持ち経済力もある日本は、前世の日本の弱腰姿勢とは違い、外圧を跳ねのけてしまう力があった。
日本のスポーツ用品店に並ぶバッシュは日本製ばかりだ。 日本人は日本製の品質を盲目的に信じてしまう所があり、アメリカ製のバッシュは高い関税のせいもあり、同じ価格帯で並んだものは品質が悪い傾向にある。 デザインを気に入って買う人が僅かにいるだけで、一般的には高い割に質が悪いと思われている。
俺は個人輸入であれば関税を免除される範囲がある事を知り、オルカの父親の助けを借りて、アメリカで買ったユイの足のサイズの最新のバッシュを日本に送って貰った。
ユイは家の中でそれを履きピョンピョンと跳ねた結果、天井に頭をぶつけて涙目になってしまった。
オルカはユイに赤いリストバンドとヘアバンドのセットを贈っていた。 ユイはそれが欲しかったけれど赤色だけが見つからず青い奴を買っていた。オルカはどこからかそれを探して来た買ったらしい。
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「これって立花君に似てるよ」
「そうか?」
「笑ってる感じがそっくり!」
「マジだ! これ立花そっくり!」
ユイから「お土産楽しみにしてるよ~」と見送られて学校行事の修学旅行にいった。 京都から始まって近畿圏を回る3泊4日だ。 ゲームだと京都奈良という選択だったが、実際は前世でいう大阪の方まで回る旅行になっていた。
1日目は新幹線で京都駅についたあと、観光バスに乗り清水寺に行って舞台からの景観を見た後、三十三間堂に行き、みんなでお互いの顔にそっくりな顔を探した。
『あの像の、目、鼻、口配置と相互の大きさについて、あなた様の顔との相似性のシンクロ率は約94.6%です』
周囲の評価通り、俺とかなり似通った顔をした像だったらしい。
「あれはユイに似てるな」
『約84.7%です』
「あっちはオルカか?」
『約86.4%です』
「あれって真田に似過ぎてないか?」
『99.6%です』
同じグループで回っている真田にそっくりな顔の像を見つけたので呼んでみた。
「あれ真田にそっくりだと思うんだが」
「マジで可愛い顔の像だな」
「メガネ取ってよ」
「嫌だよっ!」
「嫌ならしょうがないか」
「並んで写真撮りたいよな」
「撮影禁止だよ」
「そうだよっ! 禁止だよっ!」
「そんなに大声出したら迷惑だぞ」
とは言っても同じように同じ顔を探して騒いでいる生徒は多いので、遅いような気もするけれど。
お土産品のコーナーで、像の近接写真がプリントされたポストカードがあったので、自分とユイとオルカと親父とお袋と義父とユイのお母さんに1番似た奴を探して買った。
何故か真田似のポストカードを買う奴が多く、コーナーにあるそれだけが商品棚から無くなってしまっていた。
「自分似のカード買えたか?」
「買えたよ」
姉さんに見せると言いながら、大事にカバンに入れる真田を見て、「相変わらずなんだな」と思わず呟いてしまった。
その日は本能寺の近くにあるというホテルに泊まった。
翌日は金閣寺と仁和寺のあと、観光バスが止まれるスペースがお昼を食べ、嵐山の方にあるテレビで見たことのある橋を観光した。
その後はバスガイドのアナウンスを聞きながら京都の町にある国会議事堂や京都タワーなどの近くを通りながら奈良の方のホテルに行き宿泊した。
その翌日は奈良を散策するのだが自由時間となっているのでオルカと合流して回るつもりで居る。帰ってからレポートを書かないといけないので、しっかり記録と写真を取りながら回っていくつもりでいる。
「お待たせ」
「行こうか」
「うん」
移動手段行も行くところも自由だけど、3時に奈良公園に集合するよう言われている。
俺とオルカはレンタサイクルショップに行って自転車を借りる事にしていた。 体力には自信が無いけど、歩くような感じに力を使う分には大丈夫。 それでも自転車は歩くよりずっと早く移動できて肌で古都の情景を感じる事が出来る。
そして何より金が安く済むのが無限の体力を持つオルカと貧乏性の俺には合っていた。
「天気も良いし今日は涼しいから良いね」
「余裕を持ったコースにしてるからゆっくりとね」
「うん」
前世では、俺が死んだ頃には、自転車に対する規制が強くなって、ヘルメットの着用義務とかあったけど、こっちの世界には無く、そのまま風を感じる事が出来た。
石舞台とか法隆寺とか有名どころを回ることは押さえたけれど、古都の気配を味わいながらゆったりと散策することを目的としていた。
「京都はさすが首都って感じだったけど、こっちはのどかだね」
「あっちはお寺は風情あったけどね」
前世では東京都が首都だったが、こっちの世界では武蔵府と呼ばれ首都では無い。 皇居は江戸城跡地にあるものでは無く、山城府内にある特別区の京都にある御所がそれに該当している。
400年程前から250年ほど藩制が制定され武蔵府辺りに作られた江戸藩が政治の中心だった事があったので、武蔵府には日本軍の司令部と警察機構と教育機関の中心がある。 けれど150年程前に国会や内閣や官公庁の主だったものは京都に戻されていて、日本の政治の中心は京都になっている。
京都に政治の中心に戻されたあと、周辺地域をどんどん近代的に開発していく計画が出たそうだ。 けれど当時の陛下が日本の風情が消えていく事を嘆いたため一部計画が見直された。 そのため歴史的に価値のあるものは開発より保全という方向に舵を切られた。
河内県、摂津県、和泉県、播磨県のあたりが大きく開発されたけれど、京都特別区と大和県の奈良周辺ではいくつかの開発は制限され、飛鳥時代から続く古都の面影が多く残されたそうだ。
京都を中心に修学旅行をするというのは、前世で言う東京の首都観光と京都と奈良の史跡観光を兼ねるようなものになるため、修学旅行先として良く選択される場所になっていた。
俺達の街では小学校で武蔵府に行き日本軍基地を見学したあと下野県の東照宮など江戸時代の史跡を辿る観光をする。
中学校で伊勢県の神宮や尾張県で戦国時代の史跡巡りを中心とした観光をする。
そして高校で山城府の京都の首都と大和県の奈良にある飛鳥時代の史跡観光が選択される事が多いようだった。
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