第51話 7年寿命が伸びました
合宿はオルカが怪しいお土産を振る舞うとか、綾瀬が怪しい田舎の食材を持ち込むなんて事は起きず、予定通り日程を終えた。 多分覗き魔が現れるなんて事も無かったんじゃないかと思う。
温泉の素と花火は好評で来年もやりたいと言われた。 総体終了後に引退という事にならなければ来年一緒に出来る筈だがどうだろう。 俺やオルカは国体に出る事になって引退延期かもしれないけど、他の3年生の多くは受験のための夏期講習もあるだろうし部活は引退だろうな。
ゲームでは3年の末まで部活に参加する事は出来たけど、運動部は夏休み中に、文化部は夏休みの明けの文化祭で引退する人が殆どだ。
そういえば、温泉の素は俺が前世で好きだった薬局でしか買えない入浴剤の匂いに似ていて良かった。 他の薬品と混ぜると毒ガスが発生させられるとかで、自殺に使う人が出てしまい発売されなくなった製品だけど、この世界にもあったら家でも使いたい。
「合宿楽しかったねぇ」
「肝試しも出来たしね」
「サッカー部のおかげだよ」
「あれは水泳部の1年生女子狙いだと思うけどね」
肝試しは、サッカー部員の半分が脅かし役に回ってくれた事で行う事が出来た。 顧問にも許可を取り、夜の校舎でおこなったのだが、脅かし役がかなり気合が入っていて、絶叫をあげる人が続出していた。
男女比の関係で女子1名に対して男子3人から4人という構成だったが、女子に腕を取ってもらいデレデレとする男子と、それを見て舌打ちしている男達という構図がいくつも産まれてサッカー部のチームワークに歪を生じさせて無いか不安になった。
「サッカー部は男ばかりだもんねぇ」
「マネージャーはいるけどな」
「でも綾瀬さんという可愛いマネージャーいるのに水泳部の女子を狙うんだね」
「ほぼ全員が綾瀬に告白して撃沈したらしいぞ」
オルカは少し驚いた顔をしたあと、すぐに真顔になっていた。何か変な事でも言っただろうか。
「そうなんだ・・・じゃあ何で綾瀬さんはサッカーのマネージャーをしてるんだろう」
「サッカー観戦がすごく好きらしいな」
「そうなんだ、将来の夢はプロサッカー選手のお嫁さんなのかな?」
「医者になりたいって言ってたな」
「そうなんだ、良く知ってるね」
「同じクラスの委員長と副委員長だからな」
「そういえばそうだったね」
「あぁ」
もしかして、オルカは俺が綾瀬に詳しいと思って嫉妬したのだろうか。
「そんな事より明日のショッピング楽しみだよな」
「そうだねっ」
ぱっと明るい顔に変わったので、話題を逸らす事に成功したらしい。
「スポーツ用品店の他にも行くの?」
「小物売り場に行こうと思ってるよ」
「えっ?」
「最近オルカが髪を伸ばしてるみたいだし、髪留めのようなものはどうかなと思ってさ」
「あっ・・・ありがとう・・・」
オルカの髪はショートカットだったのだが、1年ぐらい前から髪を伸ばし始めている。 水泳の時はキャップに収めているので良いのだけれど、ワン・オー・ワンの時に髪を鬱陶しそうにしている時があったので、髪留めの様なものがあったほうが良いと思っていたのだ。
ーーー
「ただいま」
「お帰り〜お土産あるよ〜」
オルカの家である駄菓子屋の前で別れて俺も家に帰ると、先に温泉から帰って来ちたらしいユイが機嫌良さそうに出迎えてくれた。
「オルカちゃんの分もあるから呼んで来て〜」
「了解」
俺は玄関で脱いだばかりの靴を履き直して駄菓子屋に向かいオルカを呼んだ。
「ユイが温泉旅行のお土産渡すから来てくれってさ」
「分かった・・・」
オルカの祖母にすぐに駄菓子屋の奥に通され、そこですぐにオルカに出会えたのだが、オルカは合宿の時の汚れ物を抱えていて、下着類がいくつも見えてしまった。
俺はすぐに目を逸らせて要件を言い背中を向けて去ったのだが、背中に刺さっているように感じる視線は俺を責めていそうだ。
『うずくまっています』
どうやら睨んでいるのではなく恥ずかしがっているらしい。 背中に刺さっているように感じた視線も、俺の幻覚だったようだ。
『こんな感じです』
(見せなくて良いって!)
スミスが、うずくまっているオルカを脳内で見せてくれたのだが、抱えている下着も見えてしまっていた。
『あなた様が喜んでいるように感じましたので』
(申し訳なさも感じていると思うんだが!?)
『喜びに比べて微々たるものでした』
(恥ずかしいからやめて)
『はい』
男って奴は・・・。
『今のあなた様は羞恥の気持ちが強いです』
(知ってるよっ!)
前世で一回通り過ぎたものなので薄いほうだと思っていたけど、俺もちゃんと思春期になっているようだった。
(ユイの下着が見えてしまっても、余り何も思わないんだがなぁ・・・)
『あなた様は・・・いえ、言わなくてもご理解なさっているようですね』
(あぁ・・・そりゃこんなに胸が高鳴ってしまえばな・・・ハニトラだと自己洗脳をかけてみても消えないだろう)
『幸せそうで何よりです』
(幸せそう?)
『笑ってますよ』
(俺はいつも笑ってるだろう)
『とっても顔が崩れています』
ペタペタと顔を触ると口角がものすごく上がっていた。
『少し落ち着かれてから戻られた方が宜しいと思います』
(そうするよ・・・)
俺はすぐに家には入らず、家の前で胸の鼓動が収まるのを待つことにした。
なかなか収まってくれないので門柱に背を預けて目を瞑っていると、横から人の気配がして声がかかった。
「家に入らないの?」
「さっきはすまないな」
「わざとじゃなかったんだし良いよ」
「それでも恥ずかしかっただろ?」
「まぁね、でも良いよ」
「そうか・・・」
「その事言うために待ってたの?」
「あぁ・・・鼓動が落ち着くの待ってたんだ」
「えっ?」
「そういう事だ・・・」
「あっ・・・」
オルカは俺が言っている意味に気がついたようで、顔に手を当てて覆っていた。 去年の神社の花火で見た姿だった。
「そういうのはもっとムードのある場所でするものだと思う」
「総体の時の海岸みたいな場所?」
「うん・・・」
「今日のはノーカンって事で後日な」
「うん・・・」
顔に手を覆ったままのオルカとそんな会話をしている間に胸の鼓動は落ち着きを取り戻していた。
「新学期始まってすぐ修学旅行だよな・・・」
「うん・・・」
「自由時間一緒に回ろうな」
「うん・・・」
来月の後半に国体があるけれど、その前に学校行事での修学旅行がある。 本来は競技の前の追い込みの期間で大変な時期ではあるけれど、学校の大事な行事なのでオルカは修学旅行を優先させた。 オリンピック代表はほぼ確定しているし、一生に一度の思い出の方を優先させたようだ。
オルカも落ち着いたのか顔から手を離したので、家に戻る事にした。
「おっそ〜い」
「そんなに待たせたか?」
「すぐ戻るかと思ったからさ」
「合宿の荷物の片付けしてたんだよ」
「そうなんだ・・・」
ユイのテンションが妙に高いようだった。 温泉旅行がとても良かったのだろう。
「待たせてごめんねユイ」
「いいよ〜」
ユイはオルカの手を持ってリビングに連れて行った。
「はいこれ」
「うわっ! 黒い卵!」
「1個食べると寿命が7年伸びるんだって」
「すごーい」
「あとこのロールケーキはみんなで食べて、こっちのお餅と饅頭はお婆ちゃんにね」
「ありがとう」
お土産を結構買って来たようだ。
「はい、お兄ちゃんも黒たまご」
「これって賞味期限とか大丈夫なのか?」
「今日買ったものだし大丈夫だよ」
「それなら平気か・・・」
こんなもので寿命が7年伸びるなんて事はあり得ないが、ユイの気持ちだし美味しく頂こう。
「中は白いんだな」
「殻だけ黒くなるんだって、硫黄と鉄で黒くなるらしいよ」
「硫化鉄の色って事か・・・」
黒たまごを食べると、合宿の温泉の素で感じた様な匂いをわずかに感じた。
「温泉のような匂いするな、ありがとうユイ」
「どういたしまして、お茶を淹れるからロールケーキも食べてね」
「はいよ」
ユイは機嫌良さそうにキッチンに向かっていった。 オルカは卵を喉に詰まったのか、胸をトントン叩いていた。
『あなた様の寿命が7年伸びました』
(はぁ?)
『ユイ様とオルカ様の寿命も7年伸びています』
(あの卵にそんな効果があったのか?)
『ありました』
(ただの温泉で茹でた卵だぞ?)
『普通の黒たまごにはそんな効果はありません。 ユイ様が手渡した黒たまごにだけその効果がありました』
(それって科学で実証可能なのか?)
『我々には可能ですが、この星の現在の科学では出来ません』
(異能って事か?)
『はい』
(ユイが代償の様なものを払うとか無いのか?)
『ありませんが、この力はユイ様が使うには貯めが必要で、次に使えるのは87年程度の時間が必要です』
(変な力だな)
『溜めが必要な力の行使は、ありふれたものですけど・・・』
(そうなの?)
『あなた様が高くジャンプする時にも、普段より長く強く力を溜めてますよ?』
(なるほど・・・一瞬に見える事でも確かにそういう溜めの時間はあるんだな)
『はい』
スミス達の様な超越者からすると、コンマ1秒に満たない溜めも、87年の溜めも大差ないって事か。
「難しい顔してどうしたの?」
「あっ・・・あぁ、卵が喉に詰まってな」
「私もだよ! 急いで食べて失敗したと思ったよ」
「7年寿命が縮まったかもな」
「それは嫌だねぇ」
「卵で伸びてるからプラマイ0だな」
「あはは、そうだね〜」
俺がオルカに冗談を言っていると、切られたロールケーキとお茶をお盆に乗せたユイがリビングに戻って来た。
「ロールケーキだよっ!」
「ありがとうユイ」
「美味しそうだな」
真ん中まで渦巻いてるロールケーキではなく、真ん中がクリームになってるロールケーキのようだ。 前世ではこういうタイプのロールケーキを見かけるようになったのは結構あとだったけど、既にあったんだな。 それともこの世界だからかな。
「甘さ控え目なのに緑茶に合うね」
「柚子の香りが爽やかだね」
「思った通り美味しい!」
お土産のロールケーキを食べ終わり、その後お袋が帰宅して夕飯が出来上がる時間になってもユイの温泉旅行の話が尽きることは無かった。 義父が休みを貰えて家族旅行をする事になったら、行き先は温泉になる事だろう。
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