第50話 熊カレー

 部員へのお土産に生の樺太鱒を買って帰ろうとしたオルカを羽交い絞めし、樺太鱒フレークと樺太鱒が練り込まれたスナック菓子と半透明なゼリーの真ん中に赤く着色された餡が入った菓子「流氷の天使」を買った。


「流氷の天使ならアザラシの真っ白な赤ちゃんの方がそれっぽいよな?」

「でもこっちの方が天使みたいだよ? 羽があるし」

「確かにそうなんだが・・・」


 あれって俺が好きで見ている動物番組で見たことあるけれど、捕食シーンが結構グロテスクなんだよね・・・触手うにょーんの口がグバーって感じでさ。


「お兄ちゃんは何で熊カレーがお土産なの?」

「狩猟活動の補助になるかと思って」

「熊を狩るのを助けるの?」

「こっちの熊は肉食だから狩らないと人里に下りて来て危険なんだって、狩猟の後継者が育つように製品を買って助けないとね」

「なるほどね」


 前世では後継者不足で狩猟者が減り、熊の頭数が増えて社会問題になっていた。 樺太鱒も熊による食害が問題になっているとパンフレットにも書かれている。 そんな熊を狩っている狩猟者を助けるためにその熊を使った製品を買う事が助けになるのではと思って買う事にしたのだ。

 もちろんレトルト製品なら食あたりする事も無いだろうというのが理由でもあるのだけれどね。


 帰りの飛行機は両親たちも一緒の便だった、空港から学校までバスがチャーターされていて、そこに同乗させてくれるらしい。

 

 お袋も義父も、2人に良い土産話が出来たと言っているので、俺の親父とユイの母親の墓前に報告に行くのだと思う。

 オルカの両親は今回応援には来なかった。 優勝は確実視されていたし、交通の便が悪い樺太県まで来る余裕が無かったのだろう。

 オルカは、国体の開催地である肥前県も国際空港がある筑豊とはアクセス悪いので来ないんじゃないかと言っていた。 世界選手権など国際的に重要な大会は来るらしいので、親としての要点は押さえているようだけどね。


---


 俺達が夏合宿をしている間、ユイは全国大会優勝へのお祝いと、引退する先輩たちへのお別れ会を兼ねた旅行に行くらしい。 何でも近くの温泉宿が親の実家という先輩がいるらしく、その先輩の親が全て負担して宿に招いてくれたらしい。夏休み期間というかき入れ時なのに余程嬉しかったんだろう。


「温泉かぁ・・・」

「行きたかった?」

「まぁねぇ」

「でも現実逃避しないで課題片付けような」

「はい・・・」


 今年の合宿もオルカを中心にして夏休みの課題の片付けが行われていた。


「花火買いにいくついでに、温泉の素でも買って来たら?」

「風呂に素入れるならサッカー部の方に許可取らないと駄目だろう」

「それなら顧問にも言っといた方が良いかな・・・」

「じゃあ宿直室の方に行ってくるよ」

「じゃあ僕はサッカー部の方に行ってこようかな」


 夏休みの課題を終えていて、部員たちの課題の片付けを手伝っているだけになっていた俺と坂城が手分けして許可を取りに行くことにした。


 宿直室からはテレビからと思われる、サッカーの試合中継の音がした。 扉をノックすると「入れ」という男性の声がした。 どうやらサッカー部顧問がいるようだ。


「失礼します」

「ん? 水泳部か? 相澤先生なら風呂に行ってるぞ?」

「それなら吉岡先生にもお願いしたい事があるので聞いて欲しいのですが」

「なんだ?」

「水泳部が、合宿4日目の夜に花火をするのは聞いていますか?」

「あぁ、相澤先生から聞いてる、大きな音の出る打ち上げ花火は駄目だぞ?」

「いえ、そうではなく買いに行くときに、温泉の素を買って来ようって話になったんです」

「合宿所の風呂に使うのか?」

「えぇ、女子バスケ部が温泉旅行に行った事が羨ましいって話になりまして」

「良いじゃないか、その方が疲れも取れるだろ」

「有難うございます」

「相澤先生には俺から話しておくぞ」

「よろしくお願いします」


 用事が済んだので「失礼しました」と言って宿直室を離れると、合宿所に戻って部屋に入った。


「顧問の許可は貰えたぞ」

「こっちも許可貰えたよ」

「それで何でサッカー部の奴らがいるんだ?」

「許可を取る時に、僕たちが何をしてるか話したら、課題写させて欲しいって頼まれたんだよ」

「なるほど・・・」

「あと花火も一緒にやりたいってさ」

「そりゃいいけど顧問の許可は自分たちで取って貰えよ?」

「了解」


 どうやらサッカー部の同級生は課題が殆ど空欄だった。 俺や坂城のように夏休みの最初の方に殆ど終わらせてしまうタイプと、残りのオルカ以外の水泳部員の様に計画的に少しづつ課題をこなすタイプと、オルカのように課題を後回しにして、夏休みの最終日に追い込みをかけるタイプに分かれるが、サッカー部はオルカと同じタイプだったようだ。

 来年はみんな受験生だし「助かるぜ」じゃ済まないと思うんだがな。 プロのスカウトも注目しているというキャプテンの佐野のように、スポーツで食っていけそうな実力者なら問題ないと思うけどさ。


「そういえば水辺先輩って1500には出ないんです?公式記録として扱われるオープン大会に出れば出場出来ますよね?」

「あぁ、なんでも1500は全員を周回遅れにして寂しいから嫌いなんだと」

「最近は800でも周回遅れにしちゃうけどね」

「それなら1500の方でも良いんじゃないですか?」

「そっちは全選手って訳じゃ無いから良いんだとよ・・・ってあがり」

「立花君また富豪!?」

「さっきからカードが良いんだよな」


 同じ100mに出ている後輩の秋山から、オルカが1500m自由形に出場をしない理由を聞かれた。俺や坂城も同じ事が気になって以前聞いたことがあったのでオルカの答えをそのまま伝えた。俺は嫌なら出場しなくても良いと思っている。まだ学生なんだし、別に良いのではと思うからだ。


「はいAのペア」

「2のペア出すよ」

「パス」

「パス」

「ジョーカー2枚は持って無いもんね、はい革命だよ」

「やったぁ」

「どわぁ! 坂城! このタイミングでか!?」

「立花君を富豪から落としたいからね」

「2もAも無くてビリだと思ってたけど復活です」

「狙い撃ちされた・・・」


 課題を埋め終わっている俺と坂城と秋山がトランプで大貧民大会をしていると、部屋の扉の方から「入って良いかしら」という女性の声がした。

 男女に分かれているとはいえ、和室の大部屋だし、ここは一応男の部屋となっているけれど、気にする奴はいない。女子の水泳部員達もガラっと扉を開けて入って来ていたし、男子サッカー部も断りもなく出入りしていた。

 入口の襖戸の方に行って開けると、そこにいたのは綾瀬だった。


「男子たちが部屋にいないと思ったら、こんなところにいたのね」

「夏休みの課題を写しに来てるんだよ」

「それで水泳部の女子達もいるのね」

「あぁ、顧問に許可も取ってるからな」

「なるほど」


 合宿所は基本的に男女の部屋が分けられていて往来が禁止されている。水泳部が男女同じ部屋にいるのは、夏休みの課題を一緒にするためという大義名分で許可を貰っているから出来た事だ。


「さっき、吉岡先生が水泳部が風呂に温泉の素を入れるって伝えに来たのだけど、その時相澤先生が男子部員に伝えに行った時に部屋にいなかったみたいで知らないかって聞かれたのよ」

「それで探してたのか?」

「相澤先生は全員いないから風呂だと思ったみたいだけどね」

「説明に行った方が良さそうだな」

「えぇ」


 血眼になって課題を写しているサッカー部員に行かせるのは可哀想なので、俺と綾瀬が説明に行くことになった。一応俺は3年生の引退で部長になってるし、綾瀬はサッカー部の女子マネージャーのリーダーになってるので適任でもある。


「立花君も面倒見が良いわね」

「マネージャーをしている綾瀬もそうなんじゃないか?」

「私はサッカーを見るのが好きなだけよ」

「サッカー中継とか見るのも好きなのか?」

「もちろん」

「今日は見られなくて残念だな」

「今日はサッカーの中継なんて無かったと思うわよ?」

「えっ? さっき相澤先生が宿直室でサッカーの試合をテレビで見てたぞ?」

「衛星中継かビデオじゃないかしら?」

「なるほど・・・」


 それは盲点だった。サッカー部顧問のサッカー好きの程度を甘く見ていたらしい。


 宿直室の前に行くとやはりサッカーのテレビ中継の音が中から聞こえて来ていた。

 ノックをすると、今度は男性では無く女性の声がした。どうやら水泳部の顧問も部屋にいるらしい。そういえばサッカーの顧問とは親子だっけな。


「あら? 何かあったかしら?」

「サッカー部員が勉強を一緒にしたいと俺達の部屋に来ているので許可を貰いに来ました」

「それは構わんぞ」


 サッカー部の顧問がテレビの前に座りながら顔だけこっちに向けて許可を出した。 生徒を信頼しているのか適当なのか、即決されてしまった。


「随分とあっさり決めるんですね」

「ここに許可を貰いに来たって事は悪さする気が無いからだろ、悪いことするやつは許可なんか取らないからな」

「それでいいんですか?」

「俺だって教師をしてるんだし、立花と綾瀬が真面目で模範的な生徒だって事は知ってるしな」

「有難うございます」


 先生たちの信頼が、簡単な許可を与えてくれた理由だったらしい。


「でもこの子ったら、総体の時に水辺さんと夜のデートをしたのよ?」

「なにぃ?」

「海に行って夕日を見ただけですよ」

「確かに小一時間程度で帰って来たわね、水辺さんが綺麗な貝殻持ってきたけど」

「悪い事してないだろうな」

「してませんって」

「してないわよ」

「吉岡先生が言うなら間違い無いな」

「どうして分かるんです?」

「私も女ですもの」

「だそうだ」

「はぁ・・・」


 意味が分からないけど、前世の時から、こういう感じの女性に下手に突っ込むと良いことにならなかった経験があるので黙っている事にした。

 

「それより、相澤先生が見ているのはいつの試合ですか?」

「先週の欧州リーグの試合だぞ」

「ワー、私が見ても良いですか? うち契約してないんです」

「消灯時間までならいいぞ」


 綾瀬はサッカー部顧問が見ているテレビの方が気になっていたらしい。


「ニュースのダイジェストでしか見れなかったから嬉しいです」

「日本に中継された試合は全部録画しているから貸そうか?」

「キャー、いいんですか?」

「おお良いぞ」


 学校って私物の持ち込み禁止だと思うんだけど良いんだろうか。


「あの子、あぁなっちゃうと止まらないんだけど、綾瀬さんも同じタイプだったのね」

「そうみたいですね・・・」

「あなたも見ていく?」

「いえ、部屋に戻ります、綾瀬をお願いします」

「はい、任されました」


 俺は、綾瀬を宿直室に置いて部屋に戻った。

 綾瀬って、ワーとかキャーとか言わない、いつも落ち着いた人だと思ってたけど、サッカーの前では違うらしい。

 綾瀬の意外な部分を見てしまったけれど、悪い感じはしないなと思った。

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