第49話 全国制覇はゴールじゃない

 オルカは800m自由形でも危なげなく予選を通過し、決勝でも他の選手を周回遅れにして優勝した。 オルカはこういう周回遅れが出る試合が嫌で1500mに出る時を嫌だと言っていた。けれど既に800m自由形でも周回遅れにしてしまうほどオルカの実力が同年代で抜き出てしまっていた。


 女子バスケ部も順調に勝利を重ねていき、大会6日目には俺達の学校で試合日程が残っているのは女子バスケだけになっていた。 だから残った生徒も引率の顧問も先に帰ってしまい、応援に来ているのは女子バスケ部の家族だけになっていた。

 女子バスケ部の家族の中にはユイの姉貴分であるオルカも含まれていた。


 7日目に準決勝があり、その相手は、ユイを推薦に誘っていた京都地区代表の強豪校だった。 試合開始前に相手チームの監督がうちの高校の監督と話したあとにユイと言葉を交わしていた。もしかして勧誘でもしているのだろうか。


『成長したな!・・・です』


 なるほど・・・。


 さすが8年連続準決勝まで進出し、内5回優勝という国内最高の高校女子バスケチーム。うちの高校のキャプテンやユイより身長の高い選手が5人も居て威圧感がすごい。


『2回戦目の強豪校より大柄な選手が多いですね』


 なるほど・・・ビッグマンを揃えるタイプのチーム造りをしてるのか・・・、でもそれだとスミスにとってはパスが回ってきてカモになるんじゃないか?


『そこには運動量の高い選手が割り当てる作戦みたいです』


 そういう選手も居る訳か・・・さすが強豪だな。


 試合が始まりジャンプボールは敵の手に渡り、簡単に相手に先制されてしまった。 しかし次のユイたちの攻撃のターンで、ユイが秘密兵器を投入した。 なんと外からシュートを打ったのだ。


 ユイは遠くからのシュートを練習してきた。 しかしフリーで撃たないと決定率が下がってしまう部分はスミスとは違う。 けれど、敵はユイにボールが渡ったら時に、急いで内側のガードを固めるという方針ではいけないと思い知った。

 ユイは185cmと出場選手の中では大柄だけどフットワークのいい選手だ。 だからただのビッグマンではついていく事が出来ない。 早速ユイのマークについていた選手がユイがシュートを打った瞬間に後ろからファールをしてしまい、バスケットカウントワンスローを献上してくれた。

 これにはたまらず相手チームの監督が即座にタイムを取り試合を中断させた。


「狙い通りだね」

「練習してたもんね」


 ユイはずっとこの強豪校が最大の壁として立ちはだかると思っていた。 そして外からのシュートがスミスだけでは崩せないと思っていた。

 俺達で1on1をするときに、俺はみんなより長身だけど外からのシュートを多用する。 だからユイは俺のプレースタイルを知っていたし、それを真似をする様になった。


「ユイのマークが大柄の選手と交代したね」

「今の選手じゃユイをフリーにさせちゃうと考えたんだろうね」


 ユイの相手は多分相手チーム内で一番大柄な選手だ。 ユイはジャンプ力があるのでシュートの時の打点が高い。 ただの選手では上からのシュートは止められないと判断しての起用だろう。

 でもそれは悪手だった。ユイはもともと切り込んでシュートを打つタイプで運動量が多い。 左右に振られて抜き去られ、それでもついて行こうとした大柄な選手は早々にスタミナを消費して肩で息をし始めた。


『第1クォーターついていけば、あとは動けなくなります』


 案の定ユイはゴール下に切り込んだ。 抜かれた大柄選手のフォローにスミスへのパスコースを塞いでいた選手が素早くフォローに入ったけれど、スミスへのパスコースが開いてしまい、ユイはスミスにパスをした。

 相手監督の「あっ」という声が聞いたような気がした瞬間に、スミスの見事なスリーポイントシュートが決まった。 第1クォーター始まってすぐに4対6、先制してスタートしたのに立場が逆転してしまったのだ。

 相手チームは動揺したのかシュートを失敗してユイたちの攻撃。 スミスにパスが渡りシュートをするが外れ、そのボールは、ゴール下近くでフリーだった早乙女の目の前に落ちて来て、そこからフックシュート気味のミドルシュートを打ち2点追加で4対8となった。

 相手チームの監督は選手を落ち着かせようとメンバーチェンジや激を飛ばしているけれど、試合の流れはこっちが持っている様だった。 もう一度相手チームの監督がタイムを取った時は、6対15と9点差に広がっていた。


「何でもっと早くタイム取らなかったんだろ」

「第1クォーターは1チームのタイムは2回までなんだよ」

「なるほど、使い切りたくなかったんだ」

「そういう事だろうね」


 それにしても外からのシュートの決定力が高い選手が増えるだけで一気に戦略が変わってしまう。


「ゲームチェンジャーだね」

「前に聞いた事がある」

「試合の流れを変えてしまう選手だよ、外から打つ決定力の高い選手が増えれば、ゴール下を守る高身長の選手を並べたチームは勝てなくなる」

「ふーん・・・」

「スミスはゆっくり動いているからあまり疲れた様子は無いのに、スミスへのパスを防ぐために走り回っている選手は汗だくだよ」

「本当だね」

「そしてユイをマークしている選手はもっと辛い、なんせユイは素早いしゴール下に入ってシュートを打つ、内のガードを固めれば外からのシュートやスミスへのパスをしてしまう」

「ユイへのガードを増やすべき?」

「ユイ並みに動けて長身で運動量の多いもう1人の選手が動きやすくなるだけでしょ、スミスへのパスも通りやすくなるだろうね」

「相手チームはどうしたら良いの?」

「外からの打ち合いをするしかないんだけど、スミス程の決定力のある選手が相手にいないと意味が無い」

「いないんだね・・・」

「みたいだね・・・」


 この世界のアメリカの今のバスケのスター選手は、ものすごい運動量のドリブラーだ。 背はあまり高く無いのに空を歩くようにジャンプしてダンクを決めてしまう。

 それに追従するような選手が花形として各チームに多く所属する様になっている。 そしてその選手に対抗するためのチーム作りをするのが、現在のアメリカバスケの主流になっていた。


 結局ズルズルと得点差は開いていき、気が付いたら89対55という大差で試合が終了した。


---


 総体8日目の女子バスケットの日程最終日に行われた決勝では、相手チームはユイの外からのシュートへの対策は取る事も出来ず、ユイのシュートが爆発してしまい一人で52点をたたき出し、105対44という大差でユイは全国大会優勝を果たしてしまった。 大会MVPはユイとなり、大会ベストメンバーにユイとスミスと3年生のキャプテンが選出された。


 この冬からユイたちは今までと違い挑戦を受ける立場になる。 チームの事は研究され、対策を打たれるようになってくる。 メンバーも主力だった3年生が抜け、1年生と2年生のチームとなる。


「妹が全国制覇か・・・」

「お兄ちゃんとしては負けてられない?」

「どうかな・・・来年に全国大会優勝の可能性が見えたらそう思うかもしれない」

「目指さないの?」

「目指しているよ、でも高校で全国制覇するのが人生のゴールじゃ無いだろ?」

「それもそうだね」

「人生の為に運動も勉強も頑張る、その結果、全国制覇が見れたら嬉しいなって考えているんだ」

「なるほど・・・タカシの考え方が少し分かった気がするよ」


 隣に座っていたオルカはその言葉を言ったあと、ピタっと俺に寄り添ってそんな事を言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る