第47話 綺麗な貝殻

 オルカは女子400mの自由形で危なげなく予選を通過した。

 俺は男子100m自由形決勝で自己ベストを0.44も更新し3位でゴールした。成人男子の国体の標準記録も突破したので出場できるのではと思っている。


「お兄ちゃん凄いじゃん」

「なんでそんなに記録伸ばせるの?」

「成長期?」


 俺の答えにオルカが少し呆れていた。 一応身長は190㎝を超えてまだ大きくなっているのであながち間違ってはいない。


 ホテルに帰るとユイとスミス以外の女子バスケ部が丁度帰って来たようで、クラスメイトでベンチメンバーの早乙女が声をかけて来た。


「女子バスケ部は明日の試合に備えて早めにご飯を食べ風呂に入って寝るようにって」

「キャプテンが?」

「顧問よ」

「小西先生かぁ〜」


 どうやら女子バスケ部の顧問が休みだからと浮かれないよう部員に釘を差したらしい。


「あなたたちも7時には寝るのよ?」

「分かりました」

「了解です」


 ユイは、「先に行くね〜」と俺達に手を降って

たあと、「ジェーンちゃん行こうっ」と言ってスミスを伴ってエレベーターの方に向かって行った。

 他の客も居るロビーだから静かにと注意しようと思った時には、エレベーターの扉が開いて飛び乗ってしまったので逃してしまった。


「少し外に出ない?」

「夜間の不用意な外出は禁止じゃ無かったか?」

「先生が8時までに帰るように言ってた、だからそれまでなら大丈夫だよ」


 俺は部屋に荷物を置き軽くシャワーを浴びて先輩に声をかけて部屋を出た。 シャワーを浴びたのはプールの塩素が強くて髪がゴワゴワして気持ち悪かったからだ。

 部屋のシャワーを出た時、先輩が戻って来ていた。 先輩は予選敗退して、すぐにクラスメイトが出場している、男子テニスダブルスの試合を応援に行っていたらしい。

 

 ホテルのロビーに出ると、オルカが私服に着替えて待っていた。


「お待たせ」

「早速行こうっ」

「そういえばこのホテルの展望台から見える夕日が綺麗らしいぞ」

「それなら海岸まで行って見ようよ」

「それもそうか・・・」


 プールのある競技場の道路を挟んだ迎えが海岸線になっていた。 海水は冷たいのでビーチという訳ではないらしい。 観光ガイドではオットセイやアザラシなどの海獣類を見る事が出来ると書かれていた。


「急がないと日の入りに間に合わないね」

「気にしなくて良いよ、日が落ちたあとの海も綺麗でしょ」

「そうなのかな?」


 ゆっくり歩いて行くと視界の先に防波堤のコンクリートが見えて来た。 太陽は既にそのコンクリートの下にあって空は赤くなっている。

 防波堤に登る階段を上ると海側から強い風を感じた。


「丁度沈む所だったね」

「一応間に合ったね」


 俺は防波堤のコンクリートの上の埃をパタパタを軽く手で払い、そのコンクリートの上にオルカを座らせ、俺もその隣に座った。


「あの街では海に沈む夕日なんて見えないもんな」

「朝のジョギングをすると朝日が昇るのは見えるよ」

「うちからは遠いなぁ」

「父さんがいた頃住んでいた家は海の方だったから良く見ていたよ」

「オルカって海が好きなの?」

「そりゃ泳ぐのが好きになるぐらいだしね」

「そうか・・・」


 前世の俺は波にさらわれて死んだからか、あまり海にいい感情は無い。 こんなに泳げるようになったので溺れる事はもう無いと思っているけど、それでも少し抵抗があった。


「スキューバーダイビングとかしてみたいな」

「いきなりだね」

「ただ水面を真っすぐ泳ぐんじゃ無く、3次元的に泳ぐのもしてみたいじゃない」

「飛び込みとかしてみるか? 体が柔らかいし得意になるかもよ?」

「高い所はちょっと・・・」

「オルカにも苦手な事はあったんだな」

「少しね・・・」


 もしかしてホテルの展望台に行くのを遠慮したのは高い所だからか?

 ゲームではオルカはデートでスキーを誘うとリフトが苦手だと言われて好感度が下がる選択肢しか無くなる。 遊園地も絶叫マシーンに誘うと好感度が下がる選択肢しか出なくなる。 オルカは活発なキャラなのでそういうのが好きそうだと誘うと、失敗するというトラップになっていた。


 オルカが好きなのは可愛いものだ。 だからショッピングセンターで小物を見に行くと好感度が上がる選択肢が出やすい。 海では、「綺麗な貝殻があったからあげるよ」という選択肢を選んだり、動物園で小動物のふれあいコーナーに行き「ちっちゃくて可愛い子達だね」を選択すると好感度がとても上昇する。


 防波堤の下の浜で何かがキラっと光っているように見えた。


「何だろう? あの光っているの」

「ん? どれ?」

「ちょっと気になるから見て来るよ」

「えっ?」


 立ち上がり防波堤を降りられる場所から海岸に行く。


「このあたりだと思うんだが・・・」


 またキラっと光ったのでその場に行くと、桜色に輝く二枚貝の殻が落ちて居るのを見つけた。


「桜貝? これってこの辺にもいるんだな・・・」


 日が落ちらばかりの赤い空に照らされて、海岸でたまに見つける桜貝の殻より鮮やかなピンク色をして見える貝殻がそこにあった。


「何か見つけたの?」

「綺麗な貝殻があったからあげるよ」

「えっ?」


 俺が桜貝の貝殻を手渡すとオルカの顔が少し赤らんだ様な気がした。

 夕焼けに照らされて居るし、日に焼けて色黒なので勘違いの可能性の方が高いけれど。


(もしかして光らせた?)

『いいえ、自然の光の反射がたまたま目に入っただけです』

(桜貝ってこの辺に住んでいるもの?)

『いいえ、もっと南側に生息しています』

(どこからか持ってきたとかした?)

『いいえ、それはちゃんと最初からそこに落ちていました』

(たまたまここに漂着したって事?)

『はい』


 オルカはニコニコしながら貝殻を見ていた。


「風が冷たくなって来たから帰ろうか」

「うんっ!」


 ゲームでは、デートで同じ場所に何度も行くことが出来た。そして会話のパターンは何通りかあったけど3パターンぐらいしか無かった。

 オルカを海に誘った時は最初の1回目は必ず綺麗な貝殻を拾う選択肢が出てくる。 そして4回目にまた貝殻を拾う選択肢が出てくる。 もしかしてオルカを海でデートすると、3回に1回綺麗な貝殻が落ちていたりするのだろうか。


『あの街の海の砂浜なら3回に1回の散策で拾うのは難しくありません』

(それもそうか・・・)


 俺達が今住んで居る街の海岸には桜貝が比較的落ちていたらしい、しかし俺がこの街に来る前にテレビのニュースで都会から日帰りで往復できる、綺麗な桜色の貝殻が落ちている海岸として紹介された事で周辺から人が集まって、綺麗な貝殻が大量に拾われた事で減ってしまったそうだ。

 桜色の貝殻は地元の人は普通に落ちているものとして特に関心を持っていなかったから別に誰が拾おうが良いのだろうが、海に貝殻を拾いに来る人のマナーが全て良かった訳では無く、そのあと大量に残された海岸のゴミを清掃したのは地元のボランティアだったらしい。

 綺麗な貝殻が拾われたくらいで海岸は汚くなったりはしない。 けれど汚いゴミを放置されれば海岸は汚くなる。そ

 ういった事もあって、海岸でのバーベキュー禁止、花火の禁止などが条例で制定されたと聞いている。


「そんなにその貝殻が好きならこんど海に拾いに行く?」

「ううん、これだけで良いよ」

「ふーん・・・」


 リアルは3パターンしかない会話を繰り返したりしないし、記念の同じ貝殻を何度も貰って嬉しがったりしない。

 ゲームではオルカは水族館と動物園とプラネタリウムでデートするのが好きだったし、それを交互で行き続けるだけでも好感度はどんどん上昇した。

 けれどリアルでそんな事をすれば、同じところばかりだと幻滅されてしまうだろう。

 オルカは相談が出来る相手なんだしちゃんと話を聞いてデートする場所を決めるべきだ。 ゲームとは違い、選択肢にある会話以外も出来る相手なんだから。

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