第41話 ご馳走様
「ようこそお越しくださいました、事情は権田より聞いております、どうぞお入り下さい」
「お邪魔いたします」
「失礼いたします」
案内されたのは応接室ではなく客に食事を振る舞う時に使う客室だった。
「午後は部活があると聞いております。 簡単なお食事を用意致します、リュウタ様とシオリ様もすぐに呼びますのでお食べになりながらご歓談下さい」
「お気遣い感謝します」
「有難うございます」
最初にこの家に来た時は随分と緊張したものだが、綾瀬にはそんな様子は見られなかった。普通の家のお嬢さんにしては、随分と根性が座って居るようだ。
「そのリュウタさんが武田君の家族を助けてくれた人?」
「ご両親を助けたのはリュウタの親だよ。 リュウタは武田の妹の学校での面倒を見ているんだ」
「学校関係者なの?」
「俺たちと同年だよ」
「生徒なのね・・・」
「あぁ」
1分ほどで外から気配がして、部屋の扉がノックされた。
「カオリお姉ちゃんっ!」
「シオリっ!」
がばっと抱き合う2人をみて、思ったより2人は仲が良んだなと思った。
「兄貴・・・下座に座るんじゃなく上座に座ってください」
「親分は?」
「親父は京都の方に行ってて留守です、今日は俺が仕切るように言付かってやす」
「そうか・・・」
親分が来るかもと1番の上座を開けていたけど、来ないなら俺がそこに座らないと、何かと俺を立てるリュウタは座りづらいだろう。
俺が開けていたこの部屋で1番の上座に座ると、抱擁は終わらせていた綾瀬は驚いた顔をして俺を見ていた。
「立花君って・・・」
全員が席に座ったところで食事が運ばれて来たので配膳が終わるのを黙って待った。 軽い食事という割にはダシが透き通ったお吸い物、鮎の塩焼き、雑穀入りのご飯、金箔が乗った湯葉、山菜の白和えと、豪華な内容だった。
「俺はリュウタの兄弟みたいなものなんだよ」
「弟分の権田リュウタです、シオリさんの世話を申しつかっています」
「シオリの幼馴染の綾瀬カオリです」
「2人は相思相愛らしいんだ」
「それはっ!」
武田の妹がパッと顔を赤らめリュウタを見たけど、「本当?」と言っているのでリュウタの告白はまだだったようだ。
「す・・・すまない! もうお互いの気持ちを伝え合っていると思っていたんだ」
「いや良いんす、ヘタレてる俺が悪いんす」
「嬉しいです・・・」
「そういう感じになってのね・・・」
俺達は食事をしながら近況について話した。 武田については成人になるまで全寮制のような場所に預かって貰っていると説明をした。 また武田が帰って来た時に迷惑をかけられかねないので、武田の両親は武田に追跡されないよう名前を変えて遠くに移住した事や、武田のせいで高校受験に失敗しそうな武田の妹は、学業の遅れを取り戻せるようリュウタがフォローしている事を伝えた。
「そんな事になってたの・・・」
「あぁ、だから武田の奴が帰って来ても、両親の事や妹さんの事は知らないって言って欲しいんだ」
「高校卒業したら、大学の近くに住むと思うから、会わないと思うけど・・・」
「武田が綾瀬のご両親に聞いて訪ねて来るかもしれないだろ?」
「それもそうね・・・うちも引っ越した方が良いかしら?」
「そんな簡単なものじゃないだろ」
「武田君の件で、親しくしていた私達も変な目で見られるようになったし、お父さんが切り盛りしている小さな店を畳んでしまって、空気の良い田舎にでも引っ越そうかって話が出てるのよ」
「なるほどな・・・」
武田の家の売却時の状況から、綾瀬の家も結構良い値で売れるだろうし、家族3人が暮らすマンションの1室なら買えるだろう。
「その話が本気なら俺に話を持ってきてくれやせんか?」
「どうしてだ?」
「あの辺で自社ビル建てたいって人に心当たりがありやす。 武田の家と綾瀬さんの家を合わせたら、その人が求めてた条件に合致しやす」
「あそこってただの住宅街じゃないのか?」
「駅から徒歩圏内の好立地です。6階建てビルやマンションにしても問題ない区域にも入ってやす、売値に色付けやすし、立ち退き料も払わせやす。仲介手数料なんかもいりやせん」
「なるほどな・・・でもそんなにすぐに決められはしないだろ?」
「1年半程度なら待たせられやす。 元々好立地な物件なんて、そう簡単に見つかるもんじゃありやせん、そいつが買わなくても買い手はすぐ見つかりやすから損にはなりやせん」
「今、武田の家の所有者は良いのか?」
「荒らされた内装を修理してから売ろうと思って、まだうちが持ってる状態です」
「なるほどな・・・」
俺とリュウタは綾瀬をジッと見た。話の急展開についていけないのか、少し焦ったような顔をしていた。
「こんな話になると思わなかったわ、帰ってから両親と相談するけど、いい返事が出来るか分からないわよ?」
「それで十分でやす。 ただ俺はシオリやシオリが大事に思っている人を守りやすくしたいだけでやすから・・・」
「リュウタさん・・・」
「ご馳走様・・・」
まだ食事は終わっていなかったが、お腹いっぱいな気分になってしまった。 俺はその程度で食欲減退するような軽い運動しかしない生活では無いので食べ続けたけど、綾瀬は箸を置いてお茶を飲み始めてしまった。
全員が箸を起き、リュウタがお手伝いさんに片付けを指示したあと、綾瀬に懐から取り出した小さな箱と名刺を差し出した。
「これは?」
「中身は見る奴が見れば、うちの身内だって分かるものが入ってやす。 あとここに連絡して貰えばシオリと連絡が取れやす。 家の事も連絡して貰えば、専門の奴を家に向かわせやす」
「ありがたく頂くわ」
そのあとリュウタが「学校まで送りますんで、お車が用意出来るまで待っていてくだせえ」と言って出ていったので、俺も綾瀬と武田の妹を話しやすくするために、部屋を出て、その廊下から見える小さな内庭を見ながら待った。
リュウタがやって来て、車の用意が出来たと伝えに来た事から、部屋の中の綾瀬に声をかけて親分の家からお暇した。
用意されていたのは海外製の乗った時の静粛性が最高と言われる事もある高級車だった。
「シオリが幸せそうで安心出来たわ」
「余り公に出来る事じゃ無かったとはいえ、不安にさせて悪かったな」
「いいえ、あなたが謝る事じゃ無いわ」
「そうか?」
「そうよ」
俺の謝罪に対して、綾瀬は断定したような口調でそれを否定して来た。 武田の行方について、少し後ろ暗い所があるので、少し胸がチクッと傷んでしまった。
「あなたはお助けキャラじゃないけど、ただの1人の人間では無さそうね」
「どういう意味だ?」
「不思議なところがあるとは思っていたけど、想像以上だったのよ」
「それはいい意味なのか?」
「そこまでは分からないわ・・・」
「そうか・・・」
まぁヤクザと言われてる人の関係者って事だもんな、悪いと断定しないだけでも充分理解して貰えてると考えるべきかもしれない。
「今日の事はとても感謝するわ」
「どういたしまして」
車は学校の校門前に横付けされたので俺と綾瀬はそこで降りた。 たまたま通りかかったと思われる弓道部らしい弓の入った袋と矢の入った筒を持った生徒2人が黒塗りの車から出てくる俺達を見てギョっとした顔をしていたけれど、悪い事をしている訳じゃないので無視して校門から中に入った。
「じゃあ部活頑張ってね」
「綾瀬もな」
俺はプールに、綾瀬はグラウンド近くの部活棟に向かうため、校門に入ってすぐに別れた。
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