第40話 人間だわ

「綾瀬さんに告白したってほんとう?」

「お兄ちゃん! オルカちゃんという人がいながらっ!」

「誤解だっ! 綾瀬に告白なんてしてないっ!」

「昨日綾瀬さんを校舎裏に呼び出したって聞いたよ?」

「お兄ちゃん最低っ!」

「あの件について話をしただけだよっ! ユイは分かるだろ?」

「あの件って?」

「あっ・・・」


 綾瀬の取り巻きたちがあること無いこと吹聴したのか、教室でもヒソヒソ噂されていた。 俺が綾瀬に告白して断られたという内容が殆どだけど、俺は武田の事についての話は秘密にしなければならないので言えないし、綾瀬も話を否定しないものだからどんどん広がってしまった。

 隣のクラスであるオルカの所にも伝わっていたようで、部活帰りのこのタイミングでオルカから質問を受けてしまった。 たまたま部活が終わる時間が重なっていたユイが同行していた事もあって大声で詰問されるような感じになってしまった。

 幸い周囲に人影ないけど、毎日のように往復している道で、顔見知りが通りの死角などにいてもおかしくないので、あまり大声をあげて欲しくは無かった。


「あの件って何? 私にだけ話せない事なの?」


 オルカは目に涙を溜めて俺を見ている。


「ち・・・違うのオルカちゃん・・・」


 ユイはしまったと言う顔でオルカを見てオロオロしていた。


 武田の事はオルカには話していなかった。 拉致誘拐とも言える内容だし、知っている人は少ないほうが良いと思っていたからだ。


「オルカは1年の時に、俺のクラスにいた武田って奴を覚えてるか?」

「合宿の時に先生の風呂場を覗いて退学になった人だっけ?」

「そう、その武田なんだけど、その後も色々悪さをやったらしくて、近所の悪い噂になってしまったらしいんだ」

「うん・・・」

「家族は親分の手引でこの街から夜逃げしていったんだが、武田の妹だけは親分さんの所で保護されているんだよ」

「保護?」

「この街に残りたい理由があったらしい」

「なるほど・・・」

「綾瀬は武田と幼馴染で武田の妹とも仲良しだったんだよ」

「うん・・・」

「急に居なくなった武田の家族を心配していた所で、たまたま武田の妹が近くにいる事を聞いて俺に話を聞きに来たんだよ」

「どうしてタカシの所に聞きに来たの?」

「綾瀬は、俺が親分さんと仲が良い事を知っていたのかな? そこは聞いてないから分からない」

「何で私には秘密だったの?」

「武田の家族は周囲にヤクザと思われてる親分さんによって夜逃げしてる。 そんなの周囲に話せる内容じゃ無いだろ」

「確かに・・・」


 誤解は解けたようで、まだ目は潤んではいたけれど安心したような顔で俺の顔を見上げているオルカが可愛い。 先程まで申し訳なさそうな顔をしていたユイが、今はニヤニヤした顔で俺とオルカの様子を見ていた。


「あまり吹聴すると、親分さん達や武田の家族に迷惑かけるから、この話はここだけの話だからな?」

「分かった」


 俺は、ニヤニヤ顔を続けるユイの頭をコツンと叩き、オルカの頭を撫でた。


「お兄ちゃんイタいっ? オルカちゃんみたく私も撫でてっ!」

「余計な事を言った自覚があるならちゃんと反省しなさい」

「は〜い」


 ユイは不貞腐れた様な仕草をして先に歩き出した。

 俺はオルカの頭を撫でていた手を差し出し、おずおず差し出されたオルカの手を握ってユイの後を追った。


---


 終業式で県大会に進む生徒の壮行会があり、成績表が配られ、終業が伝えられたあと、俺は綾瀬と共に親分の家に向かった。

 普段なら学食でユイやオルカと弁当を食べ、部活までの食休みを談笑や宿題の片付けをするのだが、2人には今日の事を説明していたのでそのまま綾瀬に声をかけて教室を出た。

 俺が綾瀬に声をかけて一緒に帰る事に、クラスメイトからざわめきが起きたが、人の噂も七十五日、夏休み40日の間では足りないけど、それなりに収まってくれる事だろう。


「綾瀬は噂を否定しないんだな」

「都合が良かったからよ」

「都合?」

「こういうのが減ってくれたし、断る時の言い訳が簡単になったもの」


 初めて綾瀬と教室を出たから知らなかったが、綾瀬の靴箱にはラブレターと思わしきものが結構入っていた。俺が高校生活の中で2通あったというのに比べたら圧倒的に多い。


「全部読んでいるのか?」

「えぇ、初めて手紙を送って来た人には、必ず断りの返事も書いているわ」

「そりゃ大変だ」

「これでも1年生の留学生が来てくれて随分減ったのよ」

「毎日それだけ入ってるなら大変だな」

「今日は終業式だから特に多いけど、1通も無い日は無いわね」

「男子生徒の殆どが書いてそうだな」

「女子の方が多いのよ・・・」


 俺が驚いた事に気がついたようで、数枚の便箋の柄を見せてくれた。 確かにピンクの可愛い便箋は男子は使わないだろう。


「中学校の時もそうだったのか?」

「今の3割ぐらいかしら」

「それでも多そうだ」

「えぇ・・・」


 その後は無言でバスが来るのを待ち乗り込んだ。 席は結構空いているのにわざわざ隣に座るのも都合が良いからなのだろう。


「夏休み明けに髪をバッサリ切ったならどんな噂をされるかしらね」

「そんな綺麗な髪なのに切ったら勿体ないだろう」

「普段あなたの周りに居る子達は短いじゃない」

「スミスは長いだろ」

「スミスってジェーンさんのこと?」

「・・・」


 普段から憑依体がついているので、俺の周りに居る子として真っ先に浮かんだのがスミスだった。 学校では接触していなかったので、これは失言だ。


「立花君がジェーンさんと一緒にいるイメージが無いのだけど」

「ユイとの付き合いで時々な・・・」

「ふーん・・・」


 納得は出来なかったようだけど、追求する気は無いらしく、綾瀬は駅前に付くまで黙っていた。


 ショッピングセンターを親分の家の方に向かって歩いていると、花屋からでてきたばかりの桃井に見つかりギョッとした顔をされた。 ホームルームが短かったとかで俺達より前のバスにでも乗っていたのだろう。 既に店の手伝いを始めていたようだ。


「何でサクラが睨んで来るの?」

「サクラ?」

「桃井サクラ、花屋にいたでしょ?」

「あぁ・・・いたけみたいだけど睨んでたのか?」

「結構鋭い目をこちらに向けられたのだけど・・・」

「そうだったか?」

「見てないならいいわ・・・」


 綾瀬は桃井の様子に何か思う事でもあったようだが、うまく言葉に出来ないようで流す事にしたようだ。


「綾瀬って桃井と同じ中学校か?」

「えぇ、同じ城南中よ」

「仲が良かったりする?」

「えぇ」

「じゃあ俺が何で睨まれるか分かるんじゃないのか?」

「1年の時にビンタされた事?」

「あぁ・・・」

「それは無いわ、だってサクラは「立花って思ったよりいい奴だった」って言ってたもの」

「何で?」

「城址公園を掃除しているボランティアって、立花君の友人たちなんでしょ?」

「えっ?」

「ボランティアの人が立花君に言われて掃除を始めたって言ってたらしいわよ」

「城址公園が綺麗になる事と桃井が何の関係があるんだ?」

「あの公園の樹木を手入れしているのはサクラのお爺さんよ、サクラの名付け親でもあるわね」


 なるほど、桃井と桜の咲く時期に城址公園でに行くと、一本の見事に咲く樹の所で、「この桜の木は、私が生まれた日にここに植樹されたんだよ」と言われるイベントが発生するけど、それは桃井の祖父が樹木を手入れしている人だからそうなったのか。


「花見の時にゴミが散乱していたから、一緒に掃除して帰ったけど、そんな大層な事は言ってないぞ」

「そうなの? 最近、そのボランティアの人達、ショッピング街の方も綺麗にし始めたわよ?」

「街を綺麗にしたら気持ち良いよなって事も言ったかな」

「それだけ?」

「・・・」


 少し変な話になりそうなので話題を変える事にした。


「それにしても、桃井って学校から帰ってすぐに家の手伝いしているなんて偉いよな」

「サクラの実家があそこなんて良く知ってるわね」

「ショッピング街に来ると、よく店の手伝いしているし、あそこは桃井生花店だろ?」

「あの店のレジの横に小さく書いてあるあれ? 実際に店舗に入らないと気が付かないわよ。 地元の人でも軒の所に書かれてる「フラワー」って名前の店だって思ってるわよ。 だから普通ならバイトだって思うんじゃ無いかしら・・」


 確かに俺はどこに店舗名が書かれているなんて知らない。 俺はゲームの知識であそこが桃井生花店だと知ってるが、普通は知らないものだ。


「たまたま知っただけだよ」

「そうなの・・・」

 

 綾瀬は何かが引っかかっているようで、思案をめぐらしているようだった。


「・・・そういえば1年の最初の頃に立花君に変な噂があったわね・・・」

「あれは武田が勝手に言ってただけだけだろ」


 武田によって俺の不名誉な噂が独り歩きしていた時の事だろう。


「私、武田君の幼馴染だから、小さい頃に彼が変な事を言ってたのを覚えているのよ?」

「へぇ・・・どんな事を言ってたんだ?」

「俺はこの世界の主人公で、高校に入ったらお助けキャラを使って、きっちり落としてやるって」


 気になって聞いてしまったが失敗だったかもしれない。まさか奴が小さい頃からそんな事を言うアホだとは思わなかった。

 武田の両親が、手のかからない子だったと言ってたので、大人しい子だったんだろうと勘違いしていた。

 それにしてもさっきから俺は失言が多いな。会話が誘導されているようでも無いのに何でだ?


「好きな人への告白にしたって意味が分からない言葉だな」


 俺は綾瀬に通じるか分からないけど色恋に絡めて誤魔化すことにした。


「武田君があなたの事を時々お助けキャラと言ってたのよ」

「俺はそんなキャラじゃないぞ?」

「えぇ・・・でもあなたは知らないほうが普通であるサクラの事情を知っていたわ」

「だから偶然だって」

「武田君の家族はあなたの知り合いに助けられたようだわ」

「それはこれから会いに行く人だな」

「バスケ部もあなたが助っ人をするようになって勝ち進んでいるわ」

「それと今回の話は関係ないだろう」

「私もあなたなら助けてくれるかもと思う時があるのよ」

「綾瀬が俺に?」


 俺に比べたら綾瀬の方がカリスマがあるし、クラスの中でも慕われている。学力の点でも圧倒的に綾瀬が上だ。


「私はシオリが困ってるのに見守る事しか出来なかったわ」

「それは俺達がまだ大人じゃ無いからだろう」

「でもあの時あなたはシオリの手を掴んで歩き出した、そしすぐシオリは救われたわ」

「救ったのは今日会う人だからな?」

「あなたの関係者なんでしょ?」

「それは・・・」


 ゲームでのお助けキャラとは随分と違うものだが、武田が俺の事をお助けキャラと言った事で、ここまでの誤解を産んでしまったようだ。


「俺はお助けキャラなんかじゃない」

「そうね・・・キャラじゃなく人間だわ」

「・・・」


 その後は気まずくて親分の家まで黙って歩いた。

 綾瀬には向かう先がどこなのか事前に見当がついていたのか、俺が親分の家に向かう角を曲がった時も、重厚な門にあるインターホンを押しても驚くような反応はなく、俺の後ろに控えていた。

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