第26話 埖舞う季節

 春休みにり3月の末日に俺の誕生日があり、家族内でのパーティを行った。そしてその事を知ったオルカが後日プレゼントを持参しながら、教えて欲しかったと言って機嫌を悪くしていた。自分でプレゼントを催促しているみたいで嫌だったと言ったら少し寂しそうな顔をされてしまった。どうやらオルカはその日におめでとうを言いたかったらしい。蔑ろにしたつもりは無かったけれどそう感じさせたのだと思い反省をした。オルカの誕生日は6月頃だった筈だ、正確な日にちをユイから聞いてプレゼントをしなければと思った。


 誕生日の翌日である4月の初日、ユイの高校の入学式があった。

 入学式を手伝う生徒会の生徒などは出席するが、ただの在校生である俺は準備と片付けを手伝うのみで出席せず登校はしない。来場者が多いので校内での部活動は禁止されている。特にバスケ部は体育館が入学式の会場として占拠されてしまっているので明日も片付けを手伝うだけで自主練だと言われている。俺はバスケ部員ではないので免除されるらしいが、体育館にはお世話になっているので手伝いに行く。


「お兄ちゃん制服どう?」

「良く似合うよ」


 もう何度目かになるこのやり取りも今日で最後だろう。1人だけお留守番となる俺は3人を見送ったあと、リビングのソファーに座って新聞を広げた。城址公園で桜が見ごろで花見客が多いらしく多くの客で賑わっていると出ていた。そういえばゲームでは花見の季節に城址公園に行くとイベントが起きるヒロインが居たな。確か桃井だと思ったけど誰かと見に行ってるのかな。

 そんな事を考えて居たら玄関のチャイムが鳴り来客を伝えて来た。


「はーい」


 この家にはインターホンから音声を伝える仕組みが無い。だから人が居るなら直接出るしか無い。宗教の勧誘やセールスなどもきちんと出て対処しなければならない。


「オルカか、ユイの入学式で誰も居ないけれど良ければ上がってくれ」

「それよりも城址公園で桜が綺麗なんだってさ」

「あぁ新聞に出てたな」

「さっきテレビでもやってたんだよ」

「じゃあ見に行くか?」

「うんっ!」


 人手は多いだろうけど木の下に座って見るとかでなければ問題無いだろう。公園管理者も通路の交通整理ぐらいはしているだろうしな。


「ちょっと着替えるから冷蔵庫の麦茶でも飲んで待っててくれ」

「はーい」


 オルカは俺だけでなくユイと遊ぶために訪れたりするので、この家も勝手知ったる他人の家状態になっている。俺やユイが居ない時にもお袋とお茶飲みながら待っていたりして、家に溶け込み始めてしまっている。


 着替えが終わりバスで城址公園入口というそのままの駅名で降り公園に向かう。テレビで紹介された事もあり人手は多く出ている様で、平日なのに大いに賑わっていた。


「結構人が多いね」

「座って見るのは難しそうだね」

「あそこのゴミすごいね」

「公園管理の人がゴミ拾いしてるけど間に合って無いみたいだね」


 場所取りらしい人が桜の下にゴザを引いてそこに寝転んでいた。会社の宴会用の場所取りの人も居るだろうけど、商売として場所取りして居る人も居るのでそれは見分けが付かない。


「立花の旦那!」

「場所取り?」

「えぇ、リュウ兄の仲間たちがこれから集まるんで、俺が朝から場所取りしています」

「それはご苦労さま」

「立花の旦那も来てくれたらリュウ兄もよろこびますよ」

「公園をぐるっと見て回ってから戻って来るよ」

「えぇ! 是非っ!」


 手を上げてその場を去ると、ショッピングセンター側の入り口の方の通路側からリュウタ達一行がやって来た。


「兄貴っ!」

「花見をするんだって?」

「えぇ、兄貴を誘いたいんですが、こいつら酒が入ると行儀が悪くなりやすんで」

「そうなのかい? 場所取りしてる人から誘われたんで後から参加しようと思ったんだけど」

「来てくれるのなら歓迎しやすが、ご迷惑じゃないでしょうか」

「こういう場では無礼講ってのは知ってるよ」

「ご理解下さるなら是非参加下さい!」

「あぁ、公園の花を堪能させて貰ったあとに寄らせて貰うよ」


 リュウタ達とも別れて歩き出す。


「お前ら分かってるな!」

「「「へいっ!」」」


 なんか変に気合を入れてしまったようだ。折角の花見なんだし心置きなく楽しんだ方が良いと思うのだが・・・。


「なんかいつも思うけど不思議な関係だよね」

「俺もそう思うよ」


 俺もオルカも権田の親分から貰った小刀を剣帯に差している。前世の価値観では違和感を感じるけれど最近慣れてしまった。この街に引っ越して来るまでそういった人が身近にいなかったので分からなかったがこの世界では普通の事なので受け入れ始めて居るのだ。

 実際にゲームの続編では日本刀や騎士剣を持ち歩く登場人物が居た。その時の影響かは分からないけれど、こういう物の所持が許可される社会という背景があったという事からそういうキャラが登場出来たのだろう。さらに続編では異能を使うキャラが出て来てヒロイン同士がバトルを行う。実際にこの前そのヒロインの1人に遭遇して不思議体験をしていた。つまりこの世界にそういう設定があると思うべき状況なのだ。


「何か難しい事考えてる?」

「この小刀の事を考えて居たんだよ」

「あぁ・・・すごいものだよね」

「何かあったの?」

「今まで嫌らしい目線で見て来たメディアの人が、この小刀を見た瞬間に明らかに態度が変わったんだよ」

「なるほど・・・」


 俺は街から離れる事は無いし、そういった所からの取材があった事も当然無いので分からないけれど、そういう事が多いオルカはこの小刀を貰ってから起きた変化を直に感じているようだ。


 腕を組みながら公園を散策し花を充分楽しんだあとリュウタ達の居る場所にやってきて宴会に参加した。リュウタの隣であるお重の並んだ真ん前である明らかに上座の場所二か所に空席が開けられていて用意万端と言った感じだ。


「兄貴達奥へどうぞ!」

「いい席を開けていてくれてありがとう」

「乾杯は済ませましたが一言頂けると助かります」

「じゃあ短くだけど挨拶しようかな」


 俺とリュウタのやり取りをシンと聞いて居たリュウタの舎弟達は、居住まいを正していた。


「兄貴がこれから挨拶を下さるっ! しっかりと心に刻み付けるんだっ!」

「「「へいっ!」」」


 リュウタの言葉でさらに背筋がピンとなって緊張が走った。そこまで大した話をするつもりは無かったけれど、少し気合の入った話をしなければと思った。


「今日は無礼講だと聞いて居るが一言だけ話をしようと思う」


 少しだけ集まった奴らの顔を見た後、公園を含めた周囲を見回す。城址公園の向こうに見えるビルや電波塔や薄っすら見える遠くの山も見る。

 俺が周囲を見回したものだから、集まっている奴らも周りを見る奴が居た。


「俺はこの街が好きだ・・・親分やリュウタやリュウタの舎弟達であるお前らもだ・・・お前らはどうだ?」

「好きです!」「勿論でさぁ!」「この街は最高です!」

「この街を・・・こんなに良い街にしているのは親分を始めお前らのおかげでもあると思っている・・・だから・・・お前らに誇りを持って欲しいっ!」

「分かりやした!」「誇らしいです!」「俺が誇り!?」

「誇りを持った時、これから街を見る時は・・・その景色はお前らの姿そのものだ。 街で悪い奴が蔓延ったらお前らの姿が悪いって事だ。 ゴミが落ちて居たらお前らの姿にゴミが付いて居るって事だ。 お前らが直接どうにかするのも大事だがそれ以外にも方法がある。この公園でも暴れる奴を諫めている奴がいるだろう。 ゴミを拾っている人が居るだろう。その人が動きやすい様にするようにする事で解決しても良いんだ。 自分に出来ないと思ったらお互いに支え合うんだっ! その中にはもちろん俺も居ると思ってくれっ!」

「「「へいっ!」」」


 この挨拶は俺がスーパーのエリアチーフをしている時に新年の挨拶周りで最もウケた挨拶を応用したものだ。どうやらそれは好評だったようで気合の入った挨拶の後、歓声が上がった。

 

「兄貴に何でも迷惑をかけて良いって事じゃねーからなっ! 分かってるなっ!?」

「勿論です!」「立花の旦那に迷惑をかけねぇ!」「頼もしい奴らがこんなに居るんだからなっ!」


 その後は和気あいあいと御馳走をつまんで飲み物を飲んで花を楽しんだ。

 ギターの演奏や手品やジャグリングや歌の披露などの一発芸をする奴も居て大いに盛り上がった。

 どう考えても未成年の奴が飲酒して居たりと社会のルールを守っているとは言えない集団ではある。けれど引き上げる時は、ゴミを周囲のグループが残していったものも含めて片付けて帰った。

 「綺麗になるって気持ちいいっすね」と言ってる奴も居たし、その様子を見た公園管理の人から「ありがとうね」と言われて、照れ隠しで下手な恐縮をしている奴も居た。


 見た目や行動が威圧的な人を社会のゴミと決めつけて見る人が居る。周囲に順応できない見た目をしていて、居るだけで恐怖を周囲に与えるためそう見てしまう部分を否定するつもりは無い。彼らが周囲と相容れない美学を持って生きていて、粗野で短慮であるため他人とぶつかる厄介な一面があり、俺もかつてその被害を直接受けていた。


 埖と書いてゴミと読む漢字がある。土埃が風に飛ばされ花びらが舞っているよう見える様を表した非常用漢字だ。もし社会のゴミと言われる存在でも風が吹き綺麗な舞い方をするのなら綺麗な花びらに見えるのではと思う。


 ざぁっと風が吹き、桜の花びらが枝から離れてハラハラと周囲に散っていく。とても幻想的な光景だ。

 その花びら越しに見える、ゴミを片付けありがとうと感謝されていた彼らは、その時は間違いなく風に舞い上がったゴミでは無く、風に乗った人の目を喜ばせる花であったと思う。


「また来ような」

「うんっ!」


 桜は毎年咲く。

 だから来年もその後もずっとこの情景を見る事が出来たらいいなと思った。

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