第25話 減点方式
冬場は水泳部にとってオフシーズンだ。 長水路の屋内プールなどは日本にも数えるほどしかないため大きな大会は少ない。 国際大会に出場するような選手の練習の場として使われていたり、オープンウォーターの大会が行われたりしているぐらいで、冬場は25mプールでの短水路の試合が殆どになる。
そんな中、オルカの様な世界的な選手には国際大会が結構ある。
1月末には天津に飛んでアジア大会に参加し、3月初旬にはロサンゼルスに飛んで世界選手権に参加した。 残念ながら世界の壁は厚くどちらも入賞は果たせなかったようだ。
世界的な選手で無くても室内プールの短水路で大会が開かれる事はある。 けれど俺は中学校の時から短水路の試合は基本的に出なかった。 何故なら短水路の試合は個人の判断で出場を決め、参加費は学校から助成されず個人負担だったからだ。
試合会場が遠くても、学校が送迎してくれる事も交通費を負担してくれる事も無く、それが何となく勿体ないと感じてしまっていた。
平日の放課後1時間と日曜の半日は水泳部に混じって練習をしているけれど、それ以外はバスケ部の練習に加わっている。
そのせいもあって最近俺はバスケ部員だと思われている。 日に焼けた肌が白くなってきたし、バスケ部員に交じってトレーニングをしていて、良く火照った体を覚ますため校庭から良く見える水場で頭から水を被っているからだ。
水泳は激しい運動だけど、水に冷やされて体の熱がどんどん逃げていくので、体が火照るという事は無い。 雨が降り強い風が吹く日は真夏でも体が冷えてガタガタ震えて唇が紫になる事があるぐらいだ。
それで体調を崩さないかというとそういう事は起きなかった。 何故ならプールサイドに上がって水気を拭き取って休んでいると、すぐに体が火照るぐらい熱くなって寒気が吹き飛ぶからだ。 だからまたプールに戻って泳ぎ続けるを繰り返し、1日のノルマを終え帰宅する。
筋肉の疲労による倦怠感と、水の浮力が無くなる事による体の重さを感じるけれど、ご飯を食べて寝て起きれば翌日また元気にプールで泳ぎまわれた。
しかしバスケットボールの練習は外気以外に冷やされない。 外が冷え込む様な日は問題無いけれど、温かい日はどうしても体に熱がこもってしまった。 だからそういう時は、頭から冷たい水道水を頭からかぶって体の熱を冷ましていた。
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バレンタインの日にオルカからチョコレートを貰った。ゲームでも描写されていたように、この世界でも菓子メーカーの陰謀イベントはあり、女性から愛を告白する日になっている。
他に知り合っていたゲームのヒロインの中ではユイからチョコを貰っている。綾瀬や桃井や真田の姉とも面識を持っているけれどデートはしていないし、好感度イベントも一切こなしていないのでそういう結果になるのは当然だろう。
バレンタインデーの3日後に、高校受験の合格が張り出され、ユイから聞いていた番号が見事に掲載されていた。 掲示板の前には中学校時代の教頭がいて、掲示板をカメラで撮影していた。
「教頭先生、ご無沙汰しています」
「ん?・・・あれ? 立花君かい? 随分と背が大きくなったもんだね」
「えぇ、成長期が遅めだった分急に大きくなりました」
教頭先生は生徒会の顧問では無かったけれど、生徒会予算の件で顧問では判断できなかった時に交渉する相手だったので良く顔合わせをしていた。
「確か妹のユイさんも受験していたね、気になって見に来たのかい?」
「はい、無事に合格したようです」
「それは良かったね」
「先生たちのご鞭撻に感謝いたします」
「ご家族による協力あってこそだよ」
教頭先生は俺がリュウタと喧嘩をしたあと顔を腫らして登校し問題になった時、少しパニックを起こして警察を呼ぼうとした担任を宥め、冷静に話を聞いてくれたあと、両親と親分さんのところに電話をしてくれた。
そして最初に駆け付けた両親と共に校長室で事情を話している最中に、親分さんとリュウタを校長室に連れて来てくれた。
親分さんに話を聞いたら、教頭先生は親分さんの中学校時代の担任だったそうだ。
「こうやって掲示板を撮影するものなんですね」
「合格者は夕刊に掲載されるし、一覧は学校の事務所に行けば貰えるし、電話で聞けば口頭で教えて貰えるし、お願いすればFAXでも送っても貰える。 だけど、私が先生を始めた頃は手書きでメモして確認していたんだよ」
「へぇ・・・」
「そして私は写真が趣味でね、メモじゃ間違えると思って写真を撮っておくようにしたんだ」
「あぁ、それで写真部に良く出入りしていたんですね」
「暗室を使わせて貰ってたんだよ、教頭は忙しい時期が多くて顧問が難しくてね」
「そうなんですか・・・」
教頭先生って学校で一番忙しそうにしていたもんな。
「じゃあ、私は発表を待ちわびている生徒達に報告しなければならないから戻るよ」
「はい、宜しくお願いします」
俺の時も、合格発表は平日だった事もあり、担任から呼び出されて合格した事を告げられたけど、その日も教頭先生がこうやって確認に来ていたのだろう。
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3月に入りマラソン大会があったけれど、結果を見れば俺が皆が思っているより体力が無い事が分かる結果だった。 50m走はクラスで陸上部の依田に次いで早い俺が、後ろから数えた方が早いぐらいに後ろの方でゴールしたからだ。
俺は同じ速度で走り続ける事が苦手だ。 全力で走って5分ぐらいで力尽きて、残りをヒィコラ言いながら走る事しか出来ない。 10秒ほど休むとかなり体力が回復するのだけどそれじゃあマラソンじゃない気がするので普通に走り続けた結果だ。
「タカシって変な体質だね・・・」
「仕方ないだろ? オルカや坂城の様な体力お化けじゃないんだ」
「そういえばタカシのクラスの綾瀬さんってすごいね。学校のマラソンで私について来れた人って小中合わせても初めてだよ」
「頭も良いのに足も速いんだよな・・・運動会の時も色別リレーに出てたしな」
「顔もスタイルも良いよね・・・」
「完璧過ぎるよな・・・」
マラソン大会の翌日がホワイトデーで、俺はチョコをくれたユイとオルカと、ついでにと言って渡して来たお袋にお返しを贈った。
ゲームでは1人にしかお返しが出来なかったけれど、リアルな世界では何人に返そうが関係ない。
デートもしている女の子にチョコを貰ったのに本命以外には返せないというゲームの設定がおかしすぎると思う。
ホワイトデーの次の週にユイの中学校で卒業式があった。 俺が学校から帰るとユイがリビングにいて、貰った花がすぐに枯れてしまわないよう、花束のラッピングを剥がして水を張ったバケツの中に生けていた。
「随分と沢山花束貰ったみたいだな」
「お兄ちゃん程じゃ無いでしょ?」
「俺は生徒会長もしていたからな」
「お兄ちゃんは貰う物より取られるものが多かったでしょ」
「あはは、学ランの事か?」
「全部無くなってたじゃん」
「買い替えたばかりのベルトだけは死守したぞ。 高校で使うつもりだったしな」
入る予定の高校がブレザーで、もう学ランが要らなかったので、裏ボタンを欲しがった後輩に渡す約束をしていた。 けれど卒業式のあと、クラスメイトや生徒会や部活の後輩の女子に囲まれてボタンごと引きちぎられて取られてしまった。
裏ボタンを渡す約束をしていた後輩に申し訳無く思ったので、襟章を外して渡したのだけど、襟章を外す際に外した詰襟のカラーを見ていたのでそれも欲しいか聞いたら頷いたので渡した。
だから家に帰った時は俺の学ランは生地の部分しか残っていなかった。
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俺はオルカを意識するようになっていた。 綺麗なのに少しポンコツで可愛い。ユイとも仲が良くて姉妹みたいに見える。そんな人が身近にい続けられたら意識しない方が難しいだろう。
そういえばゲームでは各ヒロイン最低5回のイベント外のデートをしないと卒業の日に告白されるというイベントが起きない。そう考えるとオルカと行ったデートはユイと一緒に行った神社のデートだけになる。国体優勝祝いを親分さんの所に貰いに行ったのはさすがにデートではないだろうし。
ユイとの1on1にオルカも混ざって参加してるというのがデートとしてカウントされるなら、既にデート回数のノルマを更新している事になるけれど、2つの問題点がある。
まずゲーム中に家の近くの公園は存在していない。
2つ目はヒロインが2人居るというデートは、俺が主人公である武田を2年目の夏休みに呼び出し、綾瀬と好感度1位のキャラを教えるというダブルデートイベントの時だけで、しかもそのイベントデートでは告白を受けるためのデート回数のフラグにカウントされない。
オルカだけ単独でゲームイベントで行けるデートスポットに誘わないとオルカと恋人にはなれない可能性があるのだ。
俺がオルカに相応しい人物かは置いといて、バレンタインにチョコを貰っている。 しかも本命っぽい手作りのチョコだ。
リアルな世界とはいえ、ゲームのフラグというものは何かしらの作用をするかもしれないので、オルカとの事をちゃんと考えられる機会を作る意味でも、ちゃんと2人っきりのデートをした方が良いと思っている。
「オルカと2人でデートしようと思うんだけど、ユイはどう思う?」
「いいんじゃない?」
「そうか・・・」
「オルカちゃんの好きな場所とか知ってるの?」
「水族館とショッピングとプラネタリウムは好きそうだね」
「そうだね」
「アザラシが主人公のアニメが好きだからそれがやってたら良さそう、夏なら海とか良いかもな」
「問題無さそうだね」
「そうか?」
一応とぼけていたけど、ゲーム攻略の際に大成功するデートスポットを上げただけだ。
「私が好きな場所は知ってる?」
「動物園とNTホライズンのコンサートとボーリング場と遊園地とカラオケだろ?」
「おー! 良く知ってるねぇ」
ユイはゲームでは2年目に登場するキャラだけあって、好感度が上がるデートスポットが多いように作られていた。こっちのユイも同じように好きな場所は結構多い。
「今からカラオケにでも行くか?」
「行く!」
ユイは高校の合格を決めて以来、家では怠惰気味だ。 燃え尽き症候群にようなものにかかっているのだと思う。 カラオケで楽しむ事で、少しはやる気になればいいのだけれど過度な期待はしないでおこう。
ゲームでは基本的にデートとは日曜日に行くものだった。 しかも1日で1か所だけだ。 動物園や遊園地や水族館のでも乗り物や見る動物を選び、それ一個しか遊んだという描写が無い。果たしてそんな事があり得るのだろうか?一回行ってみてどうなるか確かめる方が良いかもしれない。
「オルカちゃんとショッピングに行くなら金魚の餌買って来てよ」
「了解」
夏祭りで忖度金魚すくいで取った金魚はあの小指の先ぐらいの大きさしか無かったのに、たった半年で人差し指と中指を足した様な大きさになってしまった。最初は金魚鉢に入れたけれど狭そうなので、今では結構大きい四角い水槽に入れ替えている。何故がガラスに藻が繁茂してしまうので定期的に掃除と水替えが必要で俺とユイが交代で行っているけれど結構重い。
「赤ブチちゃんまた餌を独占してるよ」
「黒出目は相変らずのろまだな・・」
餌の食べる量の差でも大きさの差が出て来る。白くて大きな赤い斑点の流線形の金魚は動きが早く、しかも自動餌やり機から落ちるタイミングを察して落ちるポイントに先回りして水面近くに居るため餌の大半を食べてしまう。特に黒い出目金は動きは可愛いけどノロくて餌の獲得競争で最下位を続けているため栄養が足りないのか体の成長が遅い。
「やっぱり黒出目だけ独立した金魚鉢で飼った方が良いかな・・・」
「だねぇ・・・」
水槽に空気を送り込むポンプが金魚鉢用に買った時の1個だけだった。もし黒出目だけを単独で飼うならポンプがもう一つ買って来ないといけないだろう。
「餌のついでにポンプも買って来るか・・・」
「お願いね~」
金魚鉢は玄関の靴箱の上が定位置だ。 玄関が涼し気で華やぐというのが建前で、ガレージの横にある庭の蛇口で水槽を洗うのに、玄関にあるのが一番近いからが理由だったりする。
その日、俺とユイは近所にあるカラオケハウスに行って2時間熱唱した。 お互いに新曲縛り、上位3曲の得点の合計で勝った方が1回水槽の掃除を代わりに行うという勝負も兼ねていた。
水槽掃除は夏場はともかく、冬場は結構手が冷たくて大変だ。 特にユイの受験応援という事で12月から試験が終わる1月の第3日曜日までは俺がずっと洗っていた。 あの時は終わった後ずっと指先がジンジンして結構痛かった。
合計254点対252点という僅差で俺が勝つことが出来たので来週の俺の水槽当番でユイが掃除する事に決まった。
「お兄ちゃん、あの2曲の得点はズルいよ、何で高得点出るの?」
「勝負は非情なのだよユイ君」
今日のカラオケの採点は減点方式なので、単調で短い曲の方が高得点が出やすい。ユイは知らないので難易度に関わらず好きな歌を選ぶ、そのため点数の波が大きい。
俺はそういった中、高得点が出やすい懐メロを2曲歌って90点オーバーを出し勝利を決定づけた。
他は得点が出にくい好きな絶叫系の歌を歌ったけど、ユイの手持ちに現在のトップスリーを超える点が取れるものが無いのを知って居るので2点差の状態、そろそろお時間コールがかかり最後の曲をユイが入れたけれど、勝利を確信しながらユイの歌う曲に合いの手を入れていた。
一応ユイも高得点を出す曲がある。 それはこのゲームのイメージアルバムでユイのキャラが歌っている曲だ。 得点なんと98点。 作詞作曲はNTホライズンという、ユイが好きな音楽グループが約1年前に出した曲だ。
ちなみにオルカにもそういった曲がある、ニチアサ変身ヒーローのオープニングで流れる曲だ。
オルカはそのヒーロー番組が好きだ。 遊園地では定期的にヒーローショーをやっていて、オルカと遊園地でデートする時に最も好感度があがるのはヒーローショーを見に行った時だったりする。
オルカは高所恐怖症持ちで基本的に遊園地のデートは誘っても断られやすいし、応じて貰えても大成功しない。 だからヒーローショーをするタイミングに行かないと失敗する。
ちなみにオルカはカラオケに誘っても応じる可能性が低いし、デートで成功する事は無い。
ただデートに行った回数のフラグを回収するだけにしかならなかったりする。
「オルカちゃんとも一緒にカラオケ行きたいなぁ」
「好きじゃ無いみたいだし仕方ないだろ」
オルカはカラオケに誘っても逃げ回る。 音痴だからという事らしい。 イメージアルバムでは声優さんが上手く歌っていたけれど、口パクやレコーディング後に修正されていたものなのかもしれない。
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