第24話 マグロづくし(武田視点)

 俺は今詰んでしまっている。

 親父に強制的に連れていかれたのは飛行機と電車とバスを乗り継いで行った学校は、街外れの高台にある監獄の様な場所だった。

 寮や教室にはカースト制度があった。転入2日目に俺はカースト上位の腰巾着の奴に呼び出された上にボコされ、カースト最下位の烙印を押されてしまった。それ以降、カースト上位の奴の腰巾着達に、馬鹿にされパシリにされ後ろから蹴られて嘲られた。

 特に俺を執拗に馬鹿にして来たのはメガネでデブの男だった。しかもそいつのかけてるメガネは前の学校のメガネチビとまったく同じデザインだった。


 メガネチビというのは金を借りるために呼び出した時に断って来やがったムカつく奴だ。奴がさっさと貸さないから漫画喫茶に泊まる事が出来なくなったし、腹が減って無銭飲食をしてしまった。奴のせいで俺は警察に捕まって学校を退学させられたんだ。


 ある日俺は奴らの事が我慢できず、俺にパシリを告げに来たメガネデブを殴り飛ばして高校を飛び出してやった。幸い私服通学の学校だったので補導される恐れも少なかった。


 腹が減ったので金が欲しかった。幸い俺は夏合宿覗き失敗バグで容姿が実質カンスト状態だ。だからそれを使って金稼ぎ出来ると思った。

 容姿を使った金稼ぎで思いついたのはホストだった、幸い麓の街にあるコンビニに万引きで食料調達した際に、置かれていた無料求人誌を持って出ていて、そこに書かれたホストクラブに面接に行った。

 面接では年齢を聞かれたが前世で死んだ時と同じ24歳と言っておいた。やけに若いなと言われたけれどバレはせず、とりあえず見習いからとすぐに雇われた。


 ホストの仕事はチョロかった。今世でも俺は声が良くてさらに容姿がカンスト状態だ。自称28歳と言う37歳の若作りババアに気に入られて宿をゲットする事が出来た。鼻息荒いババア相手に腰振ってるだけで何でも買ってくれる。

 良い服を着て高級腕時計を付けてブランド物の財布には札束がぎっしり。このままいけば俺は勝ち組になれると確信した。

 ある時、メガネデブが街を歩いて居るのを見かけて後ろから蹴り飛ばしてやった。俺はお前の様な底辺の存在じゃないと札束の入った財布を自慢すると、奴は顔を歪めて悔しがってやがった。


 その3日後、店に警察の奴がやってきて俺が未成年である事がバレてしまった。多分メガネデブがチクりやがったのだろう。


 俺は家に連れ戻された。親父から殴られ家から出るなと言われた。


 1週間後、若作りババアが家に怒鳴り込んで来て騒ぎになりやがった。警察がやってきてババアは連れていかれたけれど、妹が「クズ兄貴死ね!」と言って来やがった。

 生意気なので殴ろうとしたら、親父に邪魔されて部屋に閉じ込められたうえ出て来るなと言われた。


 トイレと風呂以外は部屋に閉じ込められる生活が続いた。けれどインターネットには繋いでいたので退屈はしなかった。金を稼ぎたかったので前世と同じネット配信をしようとしたけど、動画配信サイトなんて無かった。

 デジタルで記憶出来るカメラが低スペックな上高額だった。さらに編集するソフトもえらく高額なものしか見つからなかった。

 でも動画配信サイトが始まれば俺が先駆者となる。だから俺は動画を取って編集する道具を買う為の金をお袋に要求した。

 けれどお袋は断って来やがった。俺が成功者になる道なのに邪魔しやがった。お袋を殴ったら、帰って来た親父に何度も殴られた。


 お袋に監視される生活に嫌気がさして来た。

 食い物や着替えは部屋の前に置かれるけれど、好きに選べない。

 トイレに行くために部屋の外に出るだけでもお袋が駆けつけて来ていちいち監視している。

 怒鳴ってやったら目線を外して後ずさりしやがった。追いかけて殴ってやったらスッキりした。そのあと何度かムカついた時に殴ってやった。

 クリスマスと正月も家の中はお通夜のようだった。けれどお袋を殴って居たら、妹の奴が後ろから蹴りいれてきやがった。

 ムカついたので親父のゴルフセットからゴルフクラブを持ち廊下に出て妹を追いかけた。

 家の中をグチャグチャにしてやるのは気分が良かった。けれど親父が帰って来やがって殴られた上にゴルフクラブを取り上げられた。

 けれど親父の足に結構いいヒットしたから清々した。


 ある日昼飯食ったあと眠って起きたら妙に家がシンとしていた。部屋から出てもすぐに来やがる親父もお袋も居ない。金を見つけるチャンスだと思い家の中を物色して、妹の部屋の貯金箱と財布から5000円ぐらいの現金を手に入れる事が出来た。そのまま脱出して街に出れば、またホストに戻る事が出来るれば楽に暮らせるのではと思い、現金と冷蔵庫の中にあるものを適当に持って家を出て駅の方に向かった。

 しかし途中で変な奴らに囲まれ車に連れ込まれた。車の中の奴らはガスマスクの様な奴を被っていて、煙が充満したと思ったら俺は意識を失っていた。


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 激しい頭痛と激しいムカつきで目を覚ました時には船の小さな部屋に転がされていた。

 俺の理解出来ない言葉を喋る奴が、俺に何かを怒鳴って来るけど理解出来ない。ただジェスチャーだけど働かなければ食い物を貰えない事は分かった。

 そんな事を言われても、胸がムカついて食べるどころじゃない。ゲロをしたらまた殴られた。襟首を掴まれて船べりの方に連れていかれ、そこで吐けという感じのジェスチャーをされた。


 10日も経つとムカつきも落ち着いてきた。最初の数日はそれなりの食事だったし野菜も付いて居たけれど、10日も経つ頃にはパサついたパンと表面を焼かれたハムだけの食事になっていた。飲み物が欲しいとジェスチャーをしたら飲んだ事の無い味のジュースの入ったカップを手渡された。飯に合わなくて胸がムカついて船べりでゲロを吐いた。

 

 船では全員が日本語が喋れない訳では無く、比較的偉そうなキャップと呼ばれる左手の指が2本無い奴と、チーフと呼ばれている顔に火傷の跡がある奴はある程度の日本語を喋る事が出来た。

 チーフに聞いたところ、この船には医者が居ないので、怪我しても消毒して布を当てるぐらいしかしなく、時には生死を彷徨うらしい。

 虫歯はペンチでそのまま抜いて、腕が食いちぎられたら止血だけして放置、骨折は添え木を当てて縛るだけ、病気は下手すればそのまま死ぬらしい。


 キャップの指は甲板で暴れるサメを大人しくさせている時に食いちぎられてしまったらしいし、チーフは配管から漏れる蒸気を浴びてしまい火傷を負ったらしい。

 他の船員にもカジキに足を突き刺されて貫通したという奴や、サメの尾に吹っ飛ばされて腕を骨折し歪んでくっついてしまった奴が居た。


 半日かけて長いデカい釣り針の付いた糸に餌をつけながら流していく作業をしているのが仕事なのかと思ったら、そのあとそれを1日かけて巻き上げて回収する作業が始まった。指を指しながら怒鳴ってくるのは手伝えって事なのだろう。仕方がないので見よう見まねで手伝いをしていたら怒鳴られたうえに殴られた。やり方が違うんだろうが教わってないんだから分かる訳無い。


 慣れた手つきの船員たちがマグロをどんどん処理していく。頭にハリをさしてエラとヒレと尻尾と内臓を取ったら水で洗う。

 結構な頻度でサメがあがり甲板で酷く暴れて危険だった。

 慣れた船員がナイフと槍でとどめを刺してヒレを取ったら海に流していた。ヒレをピンチではさみ乾燥させるらしい。聞いたらこれはフカヒレで港に付いたらいいお小遣いになるらしい。マグロは船主のものだが、サメのヒレは船員が丸々貰えるので、サメが上がると船員は目の色を変えて飛びかかっていった。サメに突き刺す槍は、カジキの角で作られているらしい。金属で作られた槍もあるけどカジキの角の方が軽くて曲がらず使いやすいらしい。


 船の上では真水は貴重品で料理と飲み水としてしか使わない。体や服を洗う時は海水なので、スコールがやって来た時に雨を浴びた時以外は体がベタベタしていた。


 船員の殆どはマレーとシャムという国の人らしい。他はシンという国から1名とセイロンという国の人で、船員たちはマレーの言葉を共通語にしていた。俺もジェスチャーから少しづつ言葉を覚える事で交流が出来る様になった。


 この船は転送船に魚をおろし、燃料や食料や漁具などを補充するので、壊れたりしなければ10ヶ月ぐらいは港に戻らないらしい。しかもその港は日本では無いのでパスポートも船員登録も無い俺は港から外には出れないそうだ。逃げても金も無いし路頭に迷うだけだし、戻って来ず船が出てしまったらそこで路上生活者になると言われた。だから俺はずっと船上暮らしをしていろと命令された。


 マグロ漁が始まってから食事はご飯にマグロの味噌汁にマグロの刺身や煮つけというマグロづくしばかりになった。マグロは野菜なので野菜を取らなくても平気らしい。マグロが野菜なんて初めて聞いた。

 心臓や浮袋などが珍味だというけれど毎日が魚だと飽きる。加熱調理は炊飯器だけで行うので調理方法が偏っている。色んな調味料があって味を変えられるのだけが救いだ。醤油マヨネーズやごまドレ味噌が俺に合うという発見があったがそれも大した慰めにはならない。


 船の中には男しか居ないので性処理は当然ながらマスをかくしか無かった。テレビが置かれた小さな部屋にビデオと雑誌が置かれていてそれが全船員のオカズだ。無修正のビデオだが小型画面で画像も荒く何か月も同じものを見続ける事になるので飽きが来る。

 転送船から新しいものが補充されるがすぐに見飽きる。けれど別の船に遭遇した時は別だった。ビデオと雑誌を全て交換し合ったのでその日からしばらくオカズが新鮮だったのだ。


 ある日、奥歯が痛くて唸って居たら、船員達に体を押さえつけられ親知らずをペンチで抜かれた。痛みと発熱で1週間苦しみながら仕事をする事になった。

 ナイフを与えられ、マグロの処理やサメにトドメを刺す仕事をするようになった。しかし俺は鈍くさいのか、針を腕に刺してしまい皮膚が切り裂かれる大けがをしてしまった。アルコール消毒とグルグル巻きの包帯だけの処置を受けたらまた発熱して寝込んでしまった。

 陸地が近い状態で大病を患うなら救助を呼ぶことがあるけど、そうでは無いならこの程度の治療らしい。

 感染症にかかったら隔離されるが解熱以外の治療は無いらしい。港に行っても検疫で待たされ治療は遅いと言われた。死んだら水葬するのが普通だが、お前は冷凍庫に入れて故郷に戻してやると右手の人差し指の先が短い船員に笑われただけだった。

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